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指輪
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キャラクター案を見せてもらって、春樹は少し驚いていた。過疎が進んでいる田舎で、廃校になった学校が舞台だ。同窓会で始まる物語は、様々なキャラクターが形になっていた。小太りのIT企業の社員。フリーターの男。早いうちに結婚をして子供がいるギャル。眼鏡をかけたガス会社の事務をしている女。そしてその中にシーメールのキャラクターがいる。
「良い形になったわね。」
ロリータファッションで、金髪の巻き毛。ショップの店員をしているキャラクターだ。
「ロリータの雑誌、久しぶりに買ったわ。今時はまた違うんだな。昔みたいな感じじゃないし、ロリータがコスプレみたいだ。」
このキャラクターがキーマンになる。倫子はそう思いながら、少し笑った。
「でも、どうやってシーメールっていうのを表現するの?」
春樹はそう聞くと、政近はプロットを取り出す。
「別に表現しなくてもいい。こっちの男とつきあっているように見せかけて、こっちの女と出来ている。それがわかればいいんだよ。」
「バイセクシャル?」
「そう言うこと。」
倫子は煙草を消して立ち上がると、机の上にあるファイルを一つ取り出した。
「ストーリーは出来てる。藤枝さん。一度見てもらっていい?」
倫子はそう言ってそのファイルを春樹に手渡そうとした。だがそれを止めたのは政近の方だった。
「ちょっと。」
「俺が先に見る。」
「何言ってんの?まず担当者に見せてからでしょ?ストーリーに問題がないかとか、トリックがどうかとか、そう言うの……。」
「書きたいか書きたくねぇかは、俺が決める。」
「書いてからだめって言われたらどうすんのよ。書き損じゃない。」
キャラクターの設定は、浜田に一任している。その上でのストーリーは春樹もチェックするようにしているのだ。浜田は漫画に関してはプロかもしれないが、ミステリーには素人だから春樹も加わるようにしたのだ。
「まぁ……ストーリーというか、キャラクターを見た時点では、この主人公は人気がでるかもしれないね。」
探偵役になっている男は、刑事という役所だ。高校までこの田舎で育ち、警察学校へ行った。そのあと交番勤務をして都会の方の一課に配属されたばかり。つまり、刑事としてはまだまだというキャラクターだ。おっちょこちょいなところがあり、ボタンを掛け違えるようなちょっと間の抜けたキャラクターなのに、言葉の端や現場での検証に抜かりがない。
そしてこのキャラクターには恋人がいるという設定だが、その恋人は姿を現さない。昔、他の国のテレビドラマで「うちの奥さん」と口癖にしている刑事の奥さんは、一度も画面に出たことはないという手法に似ていた。
「ホームズがこのキャラなら、ワトソンを作るべきだね。」
「助手?」
「そう。出来れば女性の。そうすれば、絵になったときに読者が感じる疑問なんかを解説することが出来る。」
「そっか……。」
倫子は納得しながら、そのキャラクターをまた見ていた。
「主人公は抜けているなら、助手はしっかり者だろう。ロリータはいるし、大人のキャラかな。」
「漫才だとボケとツッコミね。んー。でもここで優等生のキャラクターって言うのもありきたりだわ。」
「だったらどうするんだよ。」
すると倫子はプリントアウトをする前の紙を取り出して、書き始める。
「妹。」
「妹?」
「歳が離れている妹。高校生。しかも血の繋がりがない。だからこの男にずっと恋心を抱いている。恋人にも嫉妬している。大人になろうと背伸びをしている。」
「なるほど。でも何でこの妹もここに着いてきたんだと思う?」
春樹がそう聞くと、倫子は春樹に言った。
「墓参りを口実に、兄と家を離れたかった。デート気分で田舎に帰ってきた。家にいると兄と妹という縛りがあるから。」
その言葉に春樹は思わず倫子を抱きしめたくなった。二人きりになれないから手すら繋げないのを不満に思っていたのは、春樹だけではなかったのだと思えた。
「ギャグ要素も出来そうだ。その辺入れていいんだろ?」
対して政近は不機嫌そうにその紙を見ていた。その倫子の言葉の真意を理解したからだろう。
「良いわ。その辺は任せる。私、そういうのは作れないから。」
「早速形にしてくるわ。出来たらここにまた来て良い?」
そう言って政近は荷物をまとめ始めた。
「イヤ。打ち合わせは外でするって言ったわよね。」
「外、面倒くさいんだよ。変なヤツに声をかけられるし。」
「私はあなたの方が面倒よ。」
そう言って倫子は机に置いていた指輪を政近に手渡す。
「忘れ物なんかしないで。」
きっと昼間にここに来たことはわかっている。だが肝心なことは何も言っていないのだ。
「わかったよ。」
いつかこの男に全てを言ってやる。そして倫子の所から離れればいい。幻滅して捨てろ。そうすれば自分の元へやってくるのだから。
政近が帰ったあと、春樹は倫子の部屋でそのキャラクター設定の紙を見ていた。殺される人物には×が付いている。どうやらそのシーメールには×が付いていない。ということはこのキャラクターは生き残るのだ。
「倫子。」
コップを片づけた倫子は部屋に戻り、春樹の所へやってくる。
「何?」
「もし、これがシリーズ化されたら、このキャラクターは再登場するかな。」
「どうかしら。読者がどう受け入れるのかわからないけれど……。」
「物珍しさで出すのだったら止した方が良い。」
「どうして?」
「性の問題はデリケートな問題だ。簡単にキャラクターにして反感を買うこともあるから。」
「バイセクシャルが恥だと?」
「どちらにしても性の問題ってのは本人にはコンプレックスなんだよ。」
考えたこともなかった。昼間に映像を見て、ただ単純にこういうキャラクターを出してみたいと思っていたのだが、実状は違うらしい。
「そう……。」
「今回は良いかもしれない。でもこれから先となると厳しいかもね。」
倫子の周りでは亜美がバイセクシャルだ。だが亜美はそれを恥と思っていないのだと思っていたのだが、亜美の心など倫子が知るはずはない。
「一度……話をしてみないといけないわね。」
「誰に?」
「いるのよ。私の周りにそういう人が。」
すると春樹は倫子の体に体を寄せた。そしてその体をぎゅっと抱きしめる。
「今日はもう仕事をしない?」
「そのために昼間ずっと仕事をしていたのよ。」
その言葉に春樹は嬉しそうに倫子の方を見る。すると視線が合い、唇を重ねた。
上書きして欲しい。あんなに自分勝手なキスをする人のことを忘れさせて欲しいと倫子は思っていた。
「良い形になったわね。」
ロリータファッションで、金髪の巻き毛。ショップの店員をしているキャラクターだ。
「ロリータの雑誌、久しぶりに買ったわ。今時はまた違うんだな。昔みたいな感じじゃないし、ロリータがコスプレみたいだ。」
このキャラクターがキーマンになる。倫子はそう思いながら、少し笑った。
「でも、どうやってシーメールっていうのを表現するの?」
春樹はそう聞くと、政近はプロットを取り出す。
「別に表現しなくてもいい。こっちの男とつきあっているように見せかけて、こっちの女と出来ている。それがわかればいいんだよ。」
「バイセクシャル?」
「そう言うこと。」
倫子は煙草を消して立ち上がると、机の上にあるファイルを一つ取り出した。
「ストーリーは出来てる。藤枝さん。一度見てもらっていい?」
倫子はそう言ってそのファイルを春樹に手渡そうとした。だがそれを止めたのは政近の方だった。
「ちょっと。」
「俺が先に見る。」
「何言ってんの?まず担当者に見せてからでしょ?ストーリーに問題がないかとか、トリックがどうかとか、そう言うの……。」
「書きたいか書きたくねぇかは、俺が決める。」
「書いてからだめって言われたらどうすんのよ。書き損じゃない。」
キャラクターの設定は、浜田に一任している。その上でのストーリーは春樹もチェックするようにしているのだ。浜田は漫画に関してはプロかもしれないが、ミステリーには素人だから春樹も加わるようにしたのだ。
「まぁ……ストーリーというか、キャラクターを見た時点では、この主人公は人気がでるかもしれないね。」
探偵役になっている男は、刑事という役所だ。高校までこの田舎で育ち、警察学校へ行った。そのあと交番勤務をして都会の方の一課に配属されたばかり。つまり、刑事としてはまだまだというキャラクターだ。おっちょこちょいなところがあり、ボタンを掛け違えるようなちょっと間の抜けたキャラクターなのに、言葉の端や現場での検証に抜かりがない。
そしてこのキャラクターには恋人がいるという設定だが、その恋人は姿を現さない。昔、他の国のテレビドラマで「うちの奥さん」と口癖にしている刑事の奥さんは、一度も画面に出たことはないという手法に似ていた。
「ホームズがこのキャラなら、ワトソンを作るべきだね。」
「助手?」
「そう。出来れば女性の。そうすれば、絵になったときに読者が感じる疑問なんかを解説することが出来る。」
「そっか……。」
倫子は納得しながら、そのキャラクターをまた見ていた。
「主人公は抜けているなら、助手はしっかり者だろう。ロリータはいるし、大人のキャラかな。」
「漫才だとボケとツッコミね。んー。でもここで優等生のキャラクターって言うのもありきたりだわ。」
「だったらどうするんだよ。」
すると倫子はプリントアウトをする前の紙を取り出して、書き始める。
「妹。」
「妹?」
「歳が離れている妹。高校生。しかも血の繋がりがない。だからこの男にずっと恋心を抱いている。恋人にも嫉妬している。大人になろうと背伸びをしている。」
「なるほど。でも何でこの妹もここに着いてきたんだと思う?」
春樹がそう聞くと、倫子は春樹に言った。
「墓参りを口実に、兄と家を離れたかった。デート気分で田舎に帰ってきた。家にいると兄と妹という縛りがあるから。」
その言葉に春樹は思わず倫子を抱きしめたくなった。二人きりになれないから手すら繋げないのを不満に思っていたのは、春樹だけではなかったのだと思えた。
「ギャグ要素も出来そうだ。その辺入れていいんだろ?」
対して政近は不機嫌そうにその紙を見ていた。その倫子の言葉の真意を理解したからだろう。
「良いわ。その辺は任せる。私、そういうのは作れないから。」
「早速形にしてくるわ。出来たらここにまた来て良い?」
そう言って政近は荷物をまとめ始めた。
「イヤ。打ち合わせは外でするって言ったわよね。」
「外、面倒くさいんだよ。変なヤツに声をかけられるし。」
「私はあなたの方が面倒よ。」
そう言って倫子は机に置いていた指輪を政近に手渡す。
「忘れ物なんかしないで。」
きっと昼間にここに来たことはわかっている。だが肝心なことは何も言っていないのだ。
「わかったよ。」
いつかこの男に全てを言ってやる。そして倫子の所から離れればいい。幻滅して捨てろ。そうすれば自分の元へやってくるのだから。
政近が帰ったあと、春樹は倫子の部屋でそのキャラクター設定の紙を見ていた。殺される人物には×が付いている。どうやらそのシーメールには×が付いていない。ということはこのキャラクターは生き残るのだ。
「倫子。」
コップを片づけた倫子は部屋に戻り、春樹の所へやってくる。
「何?」
「もし、これがシリーズ化されたら、このキャラクターは再登場するかな。」
「どうかしら。読者がどう受け入れるのかわからないけれど……。」
「物珍しさで出すのだったら止した方が良い。」
「どうして?」
「性の問題はデリケートな問題だ。簡単にキャラクターにして反感を買うこともあるから。」
「バイセクシャルが恥だと?」
「どちらにしても性の問題ってのは本人にはコンプレックスなんだよ。」
考えたこともなかった。昼間に映像を見て、ただ単純にこういうキャラクターを出してみたいと思っていたのだが、実状は違うらしい。
「そう……。」
「今回は良いかもしれない。でもこれから先となると厳しいかもね。」
倫子の周りでは亜美がバイセクシャルだ。だが亜美はそれを恥と思っていないのだと思っていたのだが、亜美の心など倫子が知るはずはない。
「一度……話をしてみないといけないわね。」
「誰に?」
「いるのよ。私の周りにそういう人が。」
すると春樹は倫子の体に体を寄せた。そしてその体をぎゅっと抱きしめる。
「今日はもう仕事をしない?」
「そのために昼間ずっと仕事をしていたのよ。」
その言葉に春樹は嬉しそうに倫子の方を見る。すると視線が合い、唇を重ねた。
上書きして欲しい。あんなに自分勝手なキスをする人のことを忘れさせて欲しいと倫子は思っていた。
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