142 / 384
指輪
142
しおりを挟む
キャラクター案を見せてもらって、春樹は少し驚いていた。過疎が進んでいる田舎で、廃校になった学校が舞台だ。同窓会で始まる物語は、様々なキャラクターが形になっていた。小太りのIT企業の社員。フリーターの男。早いうちに結婚をして子供がいるギャル。眼鏡をかけたガス会社の事務をしている女。そしてその中にシーメールのキャラクターがいる。
「良い形になったわね。」
ロリータファッションで、金髪の巻き毛。ショップの店員をしているキャラクターだ。
「ロリータの雑誌、久しぶりに買ったわ。今時はまた違うんだな。昔みたいな感じじゃないし、ロリータがコスプレみたいだ。」
このキャラクターがキーマンになる。倫子はそう思いながら、少し笑った。
「でも、どうやってシーメールっていうのを表現するの?」
春樹はそう聞くと、政近はプロットを取り出す。
「別に表現しなくてもいい。こっちの男とつきあっているように見せかけて、こっちの女と出来ている。それがわかればいいんだよ。」
「バイセクシャル?」
「そう言うこと。」
倫子は煙草を消して立ち上がると、机の上にあるファイルを一つ取り出した。
「ストーリーは出来てる。藤枝さん。一度見てもらっていい?」
倫子はそう言ってそのファイルを春樹に手渡そうとした。だがそれを止めたのは政近の方だった。
「ちょっと。」
「俺が先に見る。」
「何言ってんの?まず担当者に見せてからでしょ?ストーリーに問題がないかとか、トリックがどうかとか、そう言うの……。」
「書きたいか書きたくねぇかは、俺が決める。」
「書いてからだめって言われたらどうすんのよ。書き損じゃない。」
キャラクターの設定は、浜田に一任している。その上でのストーリーは春樹もチェックするようにしているのだ。浜田は漫画に関してはプロかもしれないが、ミステリーには素人だから春樹も加わるようにしたのだ。
「まぁ……ストーリーというか、キャラクターを見た時点では、この主人公は人気がでるかもしれないね。」
探偵役になっている男は、刑事という役所だ。高校までこの田舎で育ち、警察学校へ行った。そのあと交番勤務をして都会の方の一課に配属されたばかり。つまり、刑事としてはまだまだというキャラクターだ。おっちょこちょいなところがあり、ボタンを掛け違えるようなちょっと間の抜けたキャラクターなのに、言葉の端や現場での検証に抜かりがない。
そしてこのキャラクターには恋人がいるという設定だが、その恋人は姿を現さない。昔、他の国のテレビドラマで「うちの奥さん」と口癖にしている刑事の奥さんは、一度も画面に出たことはないという手法に似ていた。
「ホームズがこのキャラなら、ワトソンを作るべきだね。」
「助手?」
「そう。出来れば女性の。そうすれば、絵になったときに読者が感じる疑問なんかを解説することが出来る。」
「そっか……。」
倫子は納得しながら、そのキャラクターをまた見ていた。
「主人公は抜けているなら、助手はしっかり者だろう。ロリータはいるし、大人のキャラかな。」
「漫才だとボケとツッコミね。んー。でもここで優等生のキャラクターって言うのもありきたりだわ。」
「だったらどうするんだよ。」
すると倫子はプリントアウトをする前の紙を取り出して、書き始める。
「妹。」
「妹?」
「歳が離れている妹。高校生。しかも血の繋がりがない。だからこの男にずっと恋心を抱いている。恋人にも嫉妬している。大人になろうと背伸びをしている。」
「なるほど。でも何でこの妹もここに着いてきたんだと思う?」
春樹がそう聞くと、倫子は春樹に言った。
「墓参りを口実に、兄と家を離れたかった。デート気分で田舎に帰ってきた。家にいると兄と妹という縛りがあるから。」
その言葉に春樹は思わず倫子を抱きしめたくなった。二人きりになれないから手すら繋げないのを不満に思っていたのは、春樹だけではなかったのだと思えた。
「ギャグ要素も出来そうだ。その辺入れていいんだろ?」
対して政近は不機嫌そうにその紙を見ていた。その倫子の言葉の真意を理解したからだろう。
「良いわ。その辺は任せる。私、そういうのは作れないから。」
「早速形にしてくるわ。出来たらここにまた来て良い?」
そう言って政近は荷物をまとめ始めた。
「イヤ。打ち合わせは外でするって言ったわよね。」
「外、面倒くさいんだよ。変なヤツに声をかけられるし。」
「私はあなたの方が面倒よ。」
そう言って倫子は机に置いていた指輪を政近に手渡す。
「忘れ物なんかしないで。」
きっと昼間にここに来たことはわかっている。だが肝心なことは何も言っていないのだ。
「わかったよ。」
いつかこの男に全てを言ってやる。そして倫子の所から離れればいい。幻滅して捨てろ。そうすれば自分の元へやってくるのだから。
政近が帰ったあと、春樹は倫子の部屋でそのキャラクター設定の紙を見ていた。殺される人物には×が付いている。どうやらそのシーメールには×が付いていない。ということはこのキャラクターは生き残るのだ。
「倫子。」
コップを片づけた倫子は部屋に戻り、春樹の所へやってくる。
「何?」
「もし、これがシリーズ化されたら、このキャラクターは再登場するかな。」
「どうかしら。読者がどう受け入れるのかわからないけれど……。」
「物珍しさで出すのだったら止した方が良い。」
「どうして?」
「性の問題はデリケートな問題だ。簡単にキャラクターにして反感を買うこともあるから。」
「バイセクシャルが恥だと?」
「どちらにしても性の問題ってのは本人にはコンプレックスなんだよ。」
考えたこともなかった。昼間に映像を見て、ただ単純にこういうキャラクターを出してみたいと思っていたのだが、実状は違うらしい。
「そう……。」
「今回は良いかもしれない。でもこれから先となると厳しいかもね。」
倫子の周りでは亜美がバイセクシャルだ。だが亜美はそれを恥と思っていないのだと思っていたのだが、亜美の心など倫子が知るはずはない。
「一度……話をしてみないといけないわね。」
「誰に?」
「いるのよ。私の周りにそういう人が。」
すると春樹は倫子の体に体を寄せた。そしてその体をぎゅっと抱きしめる。
「今日はもう仕事をしない?」
「そのために昼間ずっと仕事をしていたのよ。」
その言葉に春樹は嬉しそうに倫子の方を見る。すると視線が合い、唇を重ねた。
上書きして欲しい。あんなに自分勝手なキスをする人のことを忘れさせて欲しいと倫子は思っていた。
「良い形になったわね。」
ロリータファッションで、金髪の巻き毛。ショップの店員をしているキャラクターだ。
「ロリータの雑誌、久しぶりに買ったわ。今時はまた違うんだな。昔みたいな感じじゃないし、ロリータがコスプレみたいだ。」
このキャラクターがキーマンになる。倫子はそう思いながら、少し笑った。
「でも、どうやってシーメールっていうのを表現するの?」
春樹はそう聞くと、政近はプロットを取り出す。
「別に表現しなくてもいい。こっちの男とつきあっているように見せかけて、こっちの女と出来ている。それがわかればいいんだよ。」
「バイセクシャル?」
「そう言うこと。」
倫子は煙草を消して立ち上がると、机の上にあるファイルを一つ取り出した。
「ストーリーは出来てる。藤枝さん。一度見てもらっていい?」
倫子はそう言ってそのファイルを春樹に手渡そうとした。だがそれを止めたのは政近の方だった。
「ちょっと。」
「俺が先に見る。」
「何言ってんの?まず担当者に見せてからでしょ?ストーリーに問題がないかとか、トリックがどうかとか、そう言うの……。」
「書きたいか書きたくねぇかは、俺が決める。」
「書いてからだめって言われたらどうすんのよ。書き損じゃない。」
キャラクターの設定は、浜田に一任している。その上でのストーリーは春樹もチェックするようにしているのだ。浜田は漫画に関してはプロかもしれないが、ミステリーには素人だから春樹も加わるようにしたのだ。
「まぁ……ストーリーというか、キャラクターを見た時点では、この主人公は人気がでるかもしれないね。」
探偵役になっている男は、刑事という役所だ。高校までこの田舎で育ち、警察学校へ行った。そのあと交番勤務をして都会の方の一課に配属されたばかり。つまり、刑事としてはまだまだというキャラクターだ。おっちょこちょいなところがあり、ボタンを掛け違えるようなちょっと間の抜けたキャラクターなのに、言葉の端や現場での検証に抜かりがない。
そしてこのキャラクターには恋人がいるという設定だが、その恋人は姿を現さない。昔、他の国のテレビドラマで「うちの奥さん」と口癖にしている刑事の奥さんは、一度も画面に出たことはないという手法に似ていた。
「ホームズがこのキャラなら、ワトソンを作るべきだね。」
「助手?」
「そう。出来れば女性の。そうすれば、絵になったときに読者が感じる疑問なんかを解説することが出来る。」
「そっか……。」
倫子は納得しながら、そのキャラクターをまた見ていた。
「主人公は抜けているなら、助手はしっかり者だろう。ロリータはいるし、大人のキャラかな。」
「漫才だとボケとツッコミね。んー。でもここで優等生のキャラクターって言うのもありきたりだわ。」
「だったらどうするんだよ。」
すると倫子はプリントアウトをする前の紙を取り出して、書き始める。
「妹。」
「妹?」
「歳が離れている妹。高校生。しかも血の繋がりがない。だからこの男にずっと恋心を抱いている。恋人にも嫉妬している。大人になろうと背伸びをしている。」
「なるほど。でも何でこの妹もここに着いてきたんだと思う?」
春樹がそう聞くと、倫子は春樹に言った。
「墓参りを口実に、兄と家を離れたかった。デート気分で田舎に帰ってきた。家にいると兄と妹という縛りがあるから。」
その言葉に春樹は思わず倫子を抱きしめたくなった。二人きりになれないから手すら繋げないのを不満に思っていたのは、春樹だけではなかったのだと思えた。
「ギャグ要素も出来そうだ。その辺入れていいんだろ?」
対して政近は不機嫌そうにその紙を見ていた。その倫子の言葉の真意を理解したからだろう。
「良いわ。その辺は任せる。私、そういうのは作れないから。」
「早速形にしてくるわ。出来たらここにまた来て良い?」
そう言って政近は荷物をまとめ始めた。
「イヤ。打ち合わせは外でするって言ったわよね。」
「外、面倒くさいんだよ。変なヤツに声をかけられるし。」
「私はあなたの方が面倒よ。」
そう言って倫子は机に置いていた指輪を政近に手渡す。
「忘れ物なんかしないで。」
きっと昼間にここに来たことはわかっている。だが肝心なことは何も言っていないのだ。
「わかったよ。」
いつかこの男に全てを言ってやる。そして倫子の所から離れればいい。幻滅して捨てろ。そうすれば自分の元へやってくるのだから。
政近が帰ったあと、春樹は倫子の部屋でそのキャラクター設定の紙を見ていた。殺される人物には×が付いている。どうやらそのシーメールには×が付いていない。ということはこのキャラクターは生き残るのだ。
「倫子。」
コップを片づけた倫子は部屋に戻り、春樹の所へやってくる。
「何?」
「もし、これがシリーズ化されたら、このキャラクターは再登場するかな。」
「どうかしら。読者がどう受け入れるのかわからないけれど……。」
「物珍しさで出すのだったら止した方が良い。」
「どうして?」
「性の問題はデリケートな問題だ。簡単にキャラクターにして反感を買うこともあるから。」
「バイセクシャルが恥だと?」
「どちらにしても性の問題ってのは本人にはコンプレックスなんだよ。」
考えたこともなかった。昼間に映像を見て、ただ単純にこういうキャラクターを出してみたいと思っていたのだが、実状は違うらしい。
「そう……。」
「今回は良いかもしれない。でもこれから先となると厳しいかもね。」
倫子の周りでは亜美がバイセクシャルだ。だが亜美はそれを恥と思っていないのだと思っていたのだが、亜美の心など倫子が知るはずはない。
「一度……話をしてみないといけないわね。」
「誰に?」
「いるのよ。私の周りにそういう人が。」
すると春樹は倫子の体に体を寄せた。そしてその体をぎゅっと抱きしめる。
「今日はもう仕事をしない?」
「そのために昼間ずっと仕事をしていたのよ。」
その言葉に春樹は嬉しそうに倫子の方を見る。すると視線が合い、唇を重ねた。
上書きして欲しい。あんなに自分勝手なキスをする人のことを忘れさせて欲しいと倫子は思っていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる