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指輪
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風呂から上がると、玄関先から声が聞こえた。倫子の声と男の声だと思う。そしてその男の声に聞き覚えがあった。
「わざと忘れていったの?」
「んだよ。わざとじゃねぇよ。たまたま。」
政近の声だ。そう思って春樹は玄関に向かう。そこには本当に田島政近の姿があった。
「田島先生。」
「あぁ。藤枝さん。そういえば一緒に住んでたんだっけ。」
「同棲みたいな事を言わないでください。他の住人も居ますよ。」
「ふーん。ま、いいや。」
「昼間に見えたそうで。」
「えぇ。二人で作るってのは、案外面倒ですね。一人なら勝手に変えたりするけど。」
「……。」
それだけが理由なのだろうか。そう思いながら、春樹は政近を見ていた。
「んでさ、キャラクターを見てほしいから、家に上がらせてくれよ。」
その言葉に倫子は春樹の方をみる。作品のことだけだったらかまわない。だが昼間のことを思うとそれだけではないのは明確だ。
「今日は二人が居ないのよ。居ないときに人の家に上がるのってどうなのかしら。」
「居たら居たで、気を使うって言うんだろ?別に変なことをしねぇから。」
「変なこと?」
春樹はそういって訝しげに政近をみる。やはりまた倫子に手を出したのだろうか。
「誤解するようなことを言わないで。」
倫子はそういって首を横に振る。手を出されたことは春樹にばれたくはない。
「シーメールのキャラクターですか?」
「あぁ、浜田さんから聞きました?」
「えぇ。でも難しいキャラクターだと思いますよ。」
「藤枝さんの観点からでも?」
「漫画は小説と違って、画像になっている。その上青年向けの漫画とは言ってもエロ漫画ではない。セックスの描写は出さない、裸も極力抑えている。となると、どうやってシーメールを表現するのか。」
外見だけならほとんど女性だ。見分けは性器が有るか無いかだけ。その性器を表現は出来ない。となるとどうやって表現するのだろう。
「その辺はどうにでもなりますよ。ぼかしたりしても出来るし。」
「ぼかしねぇ……。」
そんな中途半端なことでいいのかわからない。
「っていうか、ここで話をしてたら俺が風邪引くだろ?だから上がらせてくれよ。」
春樹は湯上がりだ。このままだと湯冷めをするだろう。倫子は少しため息をつくと、春樹の方をみる。
「俺も一緒に居るよ。気になるだろう?」
春樹が一緒なら大丈夫だろう。そう思って倫子は、体を避けた。
「どうぞ。」
「悪いな。足がもう寒くてさ。凍るかと思った。」
「そんな立派なブーツを履いてるのに?」
革のブーツはパンクでもしてそうなものだ。パンクロッカーのような容姿の倫子と似ている。それだけじゃない。考え方も、仕事の姿勢も、全てが倫子に似ていて、春樹は少しこの男と居ると自分が取り残されたような気分になるのだ。
自分と倫子が並んでいても、恋人には見えない。せいぜい、デリヘル嬢とその客くらいにしか見えないのだから。
倫子は自分の部屋のドアを開ける。そこには資料が散らばっていて、他の作品の設定を考えていたところなのだろう。倫子はそれをまとめ始めた。するとその資料として集めていたコピーされた紙を政近は手に取る。
「何だ?今度は歴史物でも書くのか?」
その言葉に倫子はその資料を奪うように手にする。
「みないで。」
この人は現時点で共同で仕事をしている相手かもしれない。だがそれは一時的なものだ。この仕事が終われば、またライバルに変わる。そのときネタを持って行かれたとなったら、洒落にならないのだ。
「人のネタを持って行くかよ。」
政近にもプライドはある。そんなことをしてまでネタを集めたくないと思っていたのだ。
資料をまとめると、テーブルをあけた。そして倫子は一旦部屋を出る。残ったのは春樹と政近だけだった。
「強引ですね。」
「仕事のためですよ。あんただってそうしていたって浜田さんから聞いています。」
「昔は強引にでも作家に詰め寄っていました。筆の遅い作家も、スランプだとグチってくる作家も居ましたから。」
ただのいいわけだ。そういって脅すように原稿を仕上げてもらったことがある。そのせいで歴代編集長が「大物」だと大事にしていた作家から春樹は嫌われて、「月刊ミステリー」では書かないと言われた。その責任を追及され、春樹は一時辞めることも視野に入れていたが、その直後に倫子を妻が見いだした。そしてその作家の人気を埋めるように、倫子は人気がいきなりでたのだ。
そして春樹を嫌っていたその作家は、未だに春樹のことを良いように言っていないようだ。だが人の悪いところを言っている人は、どんな立場でも信用されない。
結果その作家の勢いは地に落ちた。
「何で作家にそこまで出来るかね。」
「本を作りたいからですよ。」
それだけだった。出来るなら、本に囲まれて死にたいと思う。そしてその隣には倫子がいればいいと思った。
部屋にお茶を入れたカップを三つ持った倫子が入ってきた。そしてテーブルに置くと、倫子は不機嫌そうにそこに座る。
「ん?昼とは違う茶だな。」
やはり昼間も来ていたのか。春樹はそう思いながら、そのお茶に手をかける。
「緑茶じゃないのよ。ほうじ茶。」
「何で?」
「寝れなくなるでしょ?緑茶にはカフェインが入っているのよ。」
倫子はこう言うところにいつも気を使っている。
「寝るつもりかよ。」
「春樹さんは寝るでしょう?明日も仕事なんだから。」
「そっか。会社勤めだもんな。」
その口調がバカにしたように聞こえる。確かに会社勤めなので、時間の制限もあるし、給料だって会社からもらっているものだ。
フリーだと全て自分の責任だろう。
全て自分がしていることと、何かあったら会社が守ってくれるというのは責任感が違う。政近はそう言いたいのだ。
「時間は気にしなくても良いよ。徹夜は慣れているし。」
「無理しなくて良いわ。政近も早く帰るでしょうし。」
「帰らせるつもりかよ。」
「帰らなくてどうするの?」
「あー。同居人がいないんだろ?ゆっくりさせてくれよ。」
倫子は不機嫌そうに煙草に火を付ける。すると春樹は笑顔で言った。
「そう。今日は二人はいない。そしてこの家は二人きりだ。」
「え?」
「だから君には早く帰って欲しい。」
その言葉に、妙な威圧感を感じた。邪魔だと言われているようだと思う。
「ったく……。あんたも良くやるよ。あんた、奥さんがいるのに良くそんなことが出来るな。」
目に見えない火花が散っているように見えた。お互いの弱いところを責め合っている。そして手に入れるのは自分だとお互いが意地になっていた。
「わざと忘れていったの?」
「んだよ。わざとじゃねぇよ。たまたま。」
政近の声だ。そう思って春樹は玄関に向かう。そこには本当に田島政近の姿があった。
「田島先生。」
「あぁ。藤枝さん。そういえば一緒に住んでたんだっけ。」
「同棲みたいな事を言わないでください。他の住人も居ますよ。」
「ふーん。ま、いいや。」
「昼間に見えたそうで。」
「えぇ。二人で作るってのは、案外面倒ですね。一人なら勝手に変えたりするけど。」
「……。」
それだけが理由なのだろうか。そう思いながら、春樹は政近を見ていた。
「んでさ、キャラクターを見てほしいから、家に上がらせてくれよ。」
その言葉に倫子は春樹の方をみる。作品のことだけだったらかまわない。だが昼間のことを思うとそれだけではないのは明確だ。
「今日は二人が居ないのよ。居ないときに人の家に上がるのってどうなのかしら。」
「居たら居たで、気を使うって言うんだろ?別に変なことをしねぇから。」
「変なこと?」
春樹はそういって訝しげに政近をみる。やはりまた倫子に手を出したのだろうか。
「誤解するようなことを言わないで。」
倫子はそういって首を横に振る。手を出されたことは春樹にばれたくはない。
「シーメールのキャラクターですか?」
「あぁ、浜田さんから聞きました?」
「えぇ。でも難しいキャラクターだと思いますよ。」
「藤枝さんの観点からでも?」
「漫画は小説と違って、画像になっている。その上青年向けの漫画とは言ってもエロ漫画ではない。セックスの描写は出さない、裸も極力抑えている。となると、どうやってシーメールを表現するのか。」
外見だけならほとんど女性だ。見分けは性器が有るか無いかだけ。その性器を表現は出来ない。となるとどうやって表現するのだろう。
「その辺はどうにでもなりますよ。ぼかしたりしても出来るし。」
「ぼかしねぇ……。」
そんな中途半端なことでいいのかわからない。
「っていうか、ここで話をしてたら俺が風邪引くだろ?だから上がらせてくれよ。」
春樹は湯上がりだ。このままだと湯冷めをするだろう。倫子は少しため息をつくと、春樹の方をみる。
「俺も一緒に居るよ。気になるだろう?」
春樹が一緒なら大丈夫だろう。そう思って倫子は、体を避けた。
「どうぞ。」
「悪いな。足がもう寒くてさ。凍るかと思った。」
「そんな立派なブーツを履いてるのに?」
革のブーツはパンクでもしてそうなものだ。パンクロッカーのような容姿の倫子と似ている。それだけじゃない。考え方も、仕事の姿勢も、全てが倫子に似ていて、春樹は少しこの男と居ると自分が取り残されたような気分になるのだ。
自分と倫子が並んでいても、恋人には見えない。せいぜい、デリヘル嬢とその客くらいにしか見えないのだから。
倫子は自分の部屋のドアを開ける。そこには資料が散らばっていて、他の作品の設定を考えていたところなのだろう。倫子はそれをまとめ始めた。するとその資料として集めていたコピーされた紙を政近は手に取る。
「何だ?今度は歴史物でも書くのか?」
その言葉に倫子はその資料を奪うように手にする。
「みないで。」
この人は現時点で共同で仕事をしている相手かもしれない。だがそれは一時的なものだ。この仕事が終われば、またライバルに変わる。そのときネタを持って行かれたとなったら、洒落にならないのだ。
「人のネタを持って行くかよ。」
政近にもプライドはある。そんなことをしてまでネタを集めたくないと思っていたのだ。
資料をまとめると、テーブルをあけた。そして倫子は一旦部屋を出る。残ったのは春樹と政近だけだった。
「強引ですね。」
「仕事のためですよ。あんただってそうしていたって浜田さんから聞いています。」
「昔は強引にでも作家に詰め寄っていました。筆の遅い作家も、スランプだとグチってくる作家も居ましたから。」
ただのいいわけだ。そういって脅すように原稿を仕上げてもらったことがある。そのせいで歴代編集長が「大物」だと大事にしていた作家から春樹は嫌われて、「月刊ミステリー」では書かないと言われた。その責任を追及され、春樹は一時辞めることも視野に入れていたが、その直後に倫子を妻が見いだした。そしてその作家の人気を埋めるように、倫子は人気がいきなりでたのだ。
そして春樹を嫌っていたその作家は、未だに春樹のことを良いように言っていないようだ。だが人の悪いところを言っている人は、どんな立場でも信用されない。
結果その作家の勢いは地に落ちた。
「何で作家にそこまで出来るかね。」
「本を作りたいからですよ。」
それだけだった。出来るなら、本に囲まれて死にたいと思う。そしてその隣には倫子がいればいいと思った。
部屋にお茶を入れたカップを三つ持った倫子が入ってきた。そしてテーブルに置くと、倫子は不機嫌そうにそこに座る。
「ん?昼とは違う茶だな。」
やはり昼間も来ていたのか。春樹はそう思いながら、そのお茶に手をかける。
「緑茶じゃないのよ。ほうじ茶。」
「何で?」
「寝れなくなるでしょ?緑茶にはカフェインが入っているのよ。」
倫子はこう言うところにいつも気を使っている。
「寝るつもりかよ。」
「春樹さんは寝るでしょう?明日も仕事なんだから。」
「そっか。会社勤めだもんな。」
その口調がバカにしたように聞こえる。確かに会社勤めなので、時間の制限もあるし、給料だって会社からもらっているものだ。
フリーだと全て自分の責任だろう。
全て自分がしていることと、何かあったら会社が守ってくれるというのは責任感が違う。政近はそう言いたいのだ。
「時間は気にしなくても良いよ。徹夜は慣れているし。」
「無理しなくて良いわ。政近も早く帰るでしょうし。」
「帰らせるつもりかよ。」
「帰らなくてどうするの?」
「あー。同居人がいないんだろ?ゆっくりさせてくれよ。」
倫子は不機嫌そうに煙草に火を付ける。すると春樹は笑顔で言った。
「そう。今日は二人はいない。そしてこの家は二人きりだ。」
「え?」
「だから君には早く帰って欲しい。」
その言葉に、妙な威圧感を感じた。邪魔だと言われているようだと思う。
「ったく……。あんたも良くやるよ。あんた、奥さんがいるのに良くそんなことが出来るな。」
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