守るべきモノ

神崎

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指輪

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 泉と伊織は荷物を持って出かけてしまった。今日と明日、二人はいないのだ。倫子はそう思いながら、官能小説の文字のチェックをしていた。今日納品を済ませるつもりなのだ。
 この作品の二人は絶対に許されない恋をしている。遊女と男衆の関係で、濡れ場では遊女である霧島が男衆である三郎と茂った柳の下でセックスをする。
 野外でセックスをしたことはないが、もしも野外で、しかも許されない関係であればもっと燃え上がるだろう。霧島は上位の方の遊女で、ばれれば厳しい折檻を受けることになる。三郎は追い出されるかもしれない。それでもやめることは出来なかったのだ。
 最後には二人はどぶ川に身を投げる。本編の主人公であるこのときはまだ禿の立場だった花柳の目の前で。
 人に言えないような関係が燃え上がるのは倫子でもわかる。それは春樹を好きな自分が押さえきれないのと同じだ。反対されても、春樹の奥さんがちらついてもそれを止めることは出来ない。
「……こんなになるとは思ってなかったのに……。」
 先は見えない。なのに止められないのは、今さえよければいいという、安易な考え方からだった。自分がそうなると思ってなかった。
 そのときだった。玄関のチャイムが鳴った。
「はい。」
 倫子は立ち上がり、玄関の方へ向かう。ドアを開けると、宅配業者が段ボールを持って立っていた。
「お届け物です。「戸崎出版」さんからですね。」
「はい。」
 段ボールを受け取ると、ボールペンを差し出された。
「サインをお願いします。」
 思わず商業的なサインをしてしまいそうになったがすぐ冷静になると、倫子は自分の名前を指定されたところに書く。
「どうも。」
「お疲れさまです。」
 そういって宅配業者は行ってしまった。そして段ボールをみる。それをあけると、この間発売された本がいくつも入っていた。倫子は少しため息をつくと、その段ボールを部屋に持って行こうとした。その時だった。
 また玄関のチャイムが鳴る。また宅配かと思いながら、倫子はそのドアを開けた。
「よう。」
 そこには田島政近の姿があった。その姿に思わず倫子は怪訝そうな顔をする。
「何?」
「ちょっと話があるんだよ。例のキャラクター設定でさ、付け加えたいところがあって。」
「誰を付け加えたいの?ここで話せない?」
「中に入れろよ。部屋にDVDのデッキとかある?」
「一応あるけど……。」
 中に入れるのはためらった。また手を出してこようと思っているのかもしれないと思ったのだ。
「そこまで節操ない訳じゃねぇよ。本当にキャラクターの話で、あんたにも良いネタになると思うんだよ。」
「良いネタになるかどうかは、私が判断するわ。」
 強気に言っているように見える。だがその根底はマゾヒストだ。それはキスをしたときにわかった。嫌だと言っても受け入れたのが、いい証拠だ。
「シーメールって知ってるか?」
「えぇ。話だけは。」
「あっちがついてる奴が居るっての知っている?」
「……性器がついているってこと?」
「あぁ。」
 そんな人がいるのだろうか。男性が女性化をするのには、ある程度のリスクがある。豊胸などで女性化はある程度出来るだろうが、女性ホルモンを投薬すればより女性らしくはなる。
 だが性器は使い物にならなくなるはずだ。
「体は女なのに、女とやれる奴が居るんだよ。」
「可能なの?」
「でもここにあるんだよな。洋物で、モザイクねぇけど。」
 政近は持っているバッグからDVDのパッケージを取り出した。倫子はそれを手にしようとしたが、すっと政近はそれをバッグの中に引っ込める。
「家に入れろよ。」
 卑怯な人だ。確かに調べれば出てくることかもしれない。だがこの男は自分が考えていることを、忠実に表現してくれるのだ。それがもっと確実になるためには、それを見ることも必要だろう。
「わかったわ。」
 部屋へ入れたくない。幸い、倫子の部屋にはテレビなどはない。あるのは居間だけだ。そこに入れば、特に問題はないだろう。
「入るぜ。ん?新刊か?」
 さっき持ってきた本が入った段ボールを見て、政近はそれを一冊手にする。
「えぇ。この間発売された。」
「発売されたんだったら、サンプルじゃねぇな。何でこんなに大量にあるんだ。」
「サインを書いて欲しいってモノかしらね。」
「人気者だな。」
 倫子本人がでて、実際にサインをするサイン会を開くこともあるが、地方ではそれが難しい。なので、こうしてサインだけをして送り返すこともあるのだ。
「ん?他の本も混ざってるな。これ、雑誌?」
「あぁ。「月刊ミステリー」のサンプルも送ってくれたのね。」
 今月のモノの表紙は、荒木夕が載っている。それを見て政近は苦笑いをした。
「芸能人か何なのかわかんねぇ男だな。」
「対談をしたわ。」
「え?」
 そういわれて政近はそのカラーページをみる。そこには和服のアレンジされたワンピースを着た倫子が映っていた。隣には夕が居て寄り添っているように見えたが、次のページはいすに座って話をしている写真が載っている。
 どちらにしても親密そうに見えた。それに夕の見た目の良さと、倫子が普段よりも着飾っているのを見て、あのサイン会の時の司会者が言っていた「ミステリー界の王子と姫」という文言がぴったりだと思う。
「仲がいいのか?」
「全然。撮影の時派手に喧嘩をしたわ。」
「は?でも全然そんな風に見えないけど。」
「当たり前でしょう?対談しているんだから、仲が悪いところなんか見せないわよ。」
 表面上だけだったのか。倫子もそれをうんざりとしか見てなかったようだ。こんな軽薄そうな男が好きだとは思えない。倫子が相手にしているのは、あの出版社の男だ。倫子を守るように心配していた人。そんな人が好きなのだ。
「居間に行っていて。すぐ行くから。」
 倫子はそういって段ボールを抱えると、自分の部屋へ戻っていった。その後ろからついて行きたい。そのまま押し倒して、そのまま縛り上げたい。
 抵抗されて、罵られて、それでも自分の快感には逆らえないという絶望。それを想像するだけで、何度も抜ける。倫子はどんな反応をするのだろう。
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