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素直
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家に帰って自転車を止める。そして家にはいると、そこはしんと静まり返っていた。
「もう寝てるのかしら。」
「泉さんはともかく、伊織君が寝るのは早い時間だと思うけどね。」
「それにラジオの音もしないわ。」
泉は部屋にいるときいつもラジオを流している。正直それがうるさいと最初は思っていたが、今はそれもいい音だと思っていた。しんと静まり返った方が仕事は進むが、時折音があれば新しい刺激になる。
「様子を見るわ。」
玄関の一番手前が泉の部屋だ。春樹の部屋と伊織の部屋はふすまで仕切られているだけの部屋だが、倫子と泉の部屋は独立している。だが女性であるのも考えると、春樹が泉の部屋に用もなく入ることはない。その辺は気を使っているのだ。
そっと泉の部屋のドアを開ける。すると明るい部屋の中、布団にくるまれていたのは泉だけではなく伊織も一緒だったのだ。
「え……。」
思わずドアを閉めた。何かの間違いかと思ったのだ。だが春樹の方がもう一度確かめるべくドアに手をかける。
「心配することはないよ。」
そういってドアを閉めた。
「心配ないって……。」
「吐き気がしたらすぐにはけるように洗面器やビニール袋があった。水も用意している。大丈夫だよ。」
「……そんな問題じゃ……。」
「着衣の乱れもない。ただ一緒に寝ているだけだ。君と田島先生が今朝したようにね。」
それを出されると弱い。それで三人に心配をかけてしまったのだから。
「……わかったわ。」
心の中で舌打ちをする。伊織の過去を思えば簡単に手を出さない。それはわかっているつもりだったが、複雑だと思う。
「風呂が沸いていないな。朝にでも入るつもりかな。」
「たまにはシャワーだけでも良いわね。」
もうこれから出ようと思っていないのだろうか。やはり、コンビニの前で栄輝に会ってしまったことが悪かった。
「あ……。」
そのとき春樹の電話に着信があった。それは先ほど栄輝たちと一緒にいた鈴木という編集長で、四十代をすぎても独身だという男はゲイではないかと噂も立ったことがある。
「はい……。わかってますよ。べらべらしゃべるつもりはありませんから。そのかわり、こちらのことも黙っていてください。少しでも漏れたら、こちらも考えがありますから。」
こういう秘密を一つ一つ積み重ねることで、「戸崎出版」は表面上は穏やかなように見えるが、その実状は暗くどろどろしたもので溢れている。
電話を切って倫子を探す。どうやら倫子は部屋に入ってしまったようだ。そのドアを開けると、倫子もまた電話をしていたがそれは上機嫌とは全く言えない様子で、いらいらしたように煙草に火をつけようとしていたが、うまく火がつかない。
「知ってるわ。あなたのことで一度脅されかけたの。」
おそらく相手は栄輝だ。そして脅されたというのは荒木夕のことだろう。どこからそんな情報を得たのかは知らないが、インターネットを調べればすぐに出てくる情報なのだ。
「人の性癖に口を出すつもりはないわ。それに……こっちも知りたいことがあるし。」
倫子はきっと栄輝に、ウリセンのことを聞きたいのだろう。これもネタを集める方法の一つだ。だがライターで火をつける手が止まる。
「は?」
煙草を離して、倫子はいぶかしげな声になる。
「あなたねぇ。彼女が居るんでしょ?なのに何で男に手を出してんのよ。それを聞きたいってだけじゃない。あまりにもひどいものなんかネタにしないわ。」
「……。」
徐々に倫子の口調が荒くなる。それを感じて、春樹は机に置いていたライターで火をつけた。するとそれがわかって、倫子は再び煙草をくわえると、それで火をつける。
「とりあえず今度会いましょう。えっと……いつが良いかな。あなた大学の都合は?」
煙を吐き出して、電話を切る。そして倫子はいすに深く腰掛けた。
「弟?」
「えぇ。私には関係無いの一点張り。ネットなんかにも画像が残ったら、兄の耳にも入るのは時間の問題なのに。」
一度会ったことのある倫子の兄である忍は、教師だった。男尊女卑がひどく倫子にも否定的であった反面、倫子の文章にはある一定の評価をしているようだ。
だがきっと栄輝のことを理解はできないだろう。男は男らしく外で働き、女は家で子育てと家事をするのが当たり前と思っているような人だ。
「あのお兄さんに理解を求めるのは難しいだろうね。」
「それに……私にも相談をしたくないんですって。」
「何で?」
「私に話すとすべてネタにするからですって。」
その言葉に春樹は少し笑った。
「何よ。」
「昔ならそうしていただろうね。でも今は違うだろう?」
「その人のことを考えたら、それをネタにするのはどうかと思うのよ。本当に苦しいことをネタにしたら、どれだけ傷つくかわかるから。」
それはきっと春樹との関係を思って言っているのだ。本当に春樹のことをネタにするのだったら、不倫関係の話を描くべきだろう。だが自分でも悪いことをしていると思う。だからネタにはできない。
春樹との関係が解消されればその話を書くかもしれないが、今はそれを想像したくないと思う。
「倫子。」
「何?」
「今日はまた仕事をする?」
そういわれて時計を見た。まだ日は変わっていない。だが仕事をする気分にもなれない。かといって横になったところで寝れないだろう。
「そうね……どうしようかしら。」
「外に出かけないか。」
「外?」
「公園を少し歩こう。少し落ち着いた方が良いよ。」
昼間は春樹は外にでていた。そして帰ってきっと会社で仕事をしたはずだ。それから三人につき合ってレストランで食事をした。
疲れているはずなのに、さらに倫子に気を使うのだ。どれだけ気が回る人なのだろう。
「疲れてない?」
「いいや。まだ早い時間だろう?普段寝るよりは、遅くないよ。」
倫子に気を使ったのだろうか。泉と伊織の関係を知っていて納得したように見えているのに、相当動揺しているのがさっきの電話の口調でわかるから。倫子が好きだという言葉の通り、これは作家と編集者という関係ではなく春樹の好意から来ているものなのだろうか。
それともただ単に、夜のデートをしたいという気持ちからだろうか。一緒の家にいて、毎日顔を合わせているのに手を握り会うことも抱きしめることも滅多にできないのだ。だから恋人の気分を味わいたいだけなのだろうか。そしてあわよくばセックスができると思っているのかわからない。
どちらにしても気を使っているのだ。表面上は優しい男だから。
「行くわ。私も冷静にならないと仕事ができそうにない。」
倫子はそういって携帯電話と財布だけを手に、そのまま上着を着た。
「もう寝てるのかしら。」
「泉さんはともかく、伊織君が寝るのは早い時間だと思うけどね。」
「それにラジオの音もしないわ。」
泉は部屋にいるときいつもラジオを流している。正直それがうるさいと最初は思っていたが、今はそれもいい音だと思っていた。しんと静まり返った方が仕事は進むが、時折音があれば新しい刺激になる。
「様子を見るわ。」
玄関の一番手前が泉の部屋だ。春樹の部屋と伊織の部屋はふすまで仕切られているだけの部屋だが、倫子と泉の部屋は独立している。だが女性であるのも考えると、春樹が泉の部屋に用もなく入ることはない。その辺は気を使っているのだ。
そっと泉の部屋のドアを開ける。すると明るい部屋の中、布団にくるまれていたのは泉だけではなく伊織も一緒だったのだ。
「え……。」
思わずドアを閉めた。何かの間違いかと思ったのだ。だが春樹の方がもう一度確かめるべくドアに手をかける。
「心配することはないよ。」
そういってドアを閉めた。
「心配ないって……。」
「吐き気がしたらすぐにはけるように洗面器やビニール袋があった。水も用意している。大丈夫だよ。」
「……そんな問題じゃ……。」
「着衣の乱れもない。ただ一緒に寝ているだけだ。君と田島先生が今朝したようにね。」
それを出されると弱い。それで三人に心配をかけてしまったのだから。
「……わかったわ。」
心の中で舌打ちをする。伊織の過去を思えば簡単に手を出さない。それはわかっているつもりだったが、複雑だと思う。
「風呂が沸いていないな。朝にでも入るつもりかな。」
「たまにはシャワーだけでも良いわね。」
もうこれから出ようと思っていないのだろうか。やはり、コンビニの前で栄輝に会ってしまったことが悪かった。
「あ……。」
そのとき春樹の電話に着信があった。それは先ほど栄輝たちと一緒にいた鈴木という編集長で、四十代をすぎても独身だという男はゲイではないかと噂も立ったことがある。
「はい……。わかってますよ。べらべらしゃべるつもりはありませんから。そのかわり、こちらのことも黙っていてください。少しでも漏れたら、こちらも考えがありますから。」
こういう秘密を一つ一つ積み重ねることで、「戸崎出版」は表面上は穏やかなように見えるが、その実状は暗くどろどろしたもので溢れている。
電話を切って倫子を探す。どうやら倫子は部屋に入ってしまったようだ。そのドアを開けると、倫子もまた電話をしていたがそれは上機嫌とは全く言えない様子で、いらいらしたように煙草に火をつけようとしていたが、うまく火がつかない。
「知ってるわ。あなたのことで一度脅されかけたの。」
おそらく相手は栄輝だ。そして脅されたというのは荒木夕のことだろう。どこからそんな情報を得たのかは知らないが、インターネットを調べればすぐに出てくる情報なのだ。
「人の性癖に口を出すつもりはないわ。それに……こっちも知りたいことがあるし。」
倫子はきっと栄輝に、ウリセンのことを聞きたいのだろう。これもネタを集める方法の一つだ。だがライターで火をつける手が止まる。
「は?」
煙草を離して、倫子はいぶかしげな声になる。
「あなたねぇ。彼女が居るんでしょ?なのに何で男に手を出してんのよ。それを聞きたいってだけじゃない。あまりにもひどいものなんかネタにしないわ。」
「……。」
徐々に倫子の口調が荒くなる。それを感じて、春樹は机に置いていたライターで火をつけた。するとそれがわかって、倫子は再び煙草をくわえると、それで火をつける。
「とりあえず今度会いましょう。えっと……いつが良いかな。あなた大学の都合は?」
煙を吐き出して、電話を切る。そして倫子はいすに深く腰掛けた。
「弟?」
「えぇ。私には関係無いの一点張り。ネットなんかにも画像が残ったら、兄の耳にも入るのは時間の問題なのに。」
一度会ったことのある倫子の兄である忍は、教師だった。男尊女卑がひどく倫子にも否定的であった反面、倫子の文章にはある一定の評価をしているようだ。
だがきっと栄輝のことを理解はできないだろう。男は男らしく外で働き、女は家で子育てと家事をするのが当たり前と思っているような人だ。
「あのお兄さんに理解を求めるのは難しいだろうね。」
「それに……私にも相談をしたくないんですって。」
「何で?」
「私に話すとすべてネタにするからですって。」
その言葉に春樹は少し笑った。
「何よ。」
「昔ならそうしていただろうね。でも今は違うだろう?」
「その人のことを考えたら、それをネタにするのはどうかと思うのよ。本当に苦しいことをネタにしたら、どれだけ傷つくかわかるから。」
それはきっと春樹との関係を思って言っているのだ。本当に春樹のことをネタにするのだったら、不倫関係の話を描くべきだろう。だが自分でも悪いことをしていると思う。だからネタにはできない。
春樹との関係が解消されればその話を書くかもしれないが、今はそれを想像したくないと思う。
「倫子。」
「何?」
「今日はまた仕事をする?」
そういわれて時計を見た。まだ日は変わっていない。だが仕事をする気分にもなれない。かといって横になったところで寝れないだろう。
「そうね……どうしようかしら。」
「外に出かけないか。」
「外?」
「公園を少し歩こう。少し落ち着いた方が良いよ。」
昼間は春樹は外にでていた。そして帰ってきっと会社で仕事をしたはずだ。それから三人につき合ってレストランで食事をした。
疲れているはずなのに、さらに倫子に気を使うのだ。どれだけ気が回る人なのだろう。
「疲れてない?」
「いいや。まだ早い時間だろう?普段寝るよりは、遅くないよ。」
倫子に気を使ったのだろうか。泉と伊織の関係を知っていて納得したように見えているのに、相当動揺しているのがさっきの電話の口調でわかるから。倫子が好きだという言葉の通り、これは作家と編集者という関係ではなく春樹の好意から来ているものなのだろうか。
それともただ単に、夜のデートをしたいという気持ちからだろうか。一緒の家にいて、毎日顔を合わせているのに手を握り会うことも抱きしめることも滅多にできないのだ。だから恋人の気分を味わいたいだけなのだろうか。そしてあわよくばセックスができると思っているのかわからない。
どちらにしても気を使っているのだ。表面上は優しい男だから。
「行くわ。私も冷静にならないと仕事ができそうにない。」
倫子はそういって携帯電話と財布だけを手に、そのまま上着を着た。
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