守るべきモノ

神崎

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秘密

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 出て行った政近を見送ったあと、倫子は玄関ドアを閉めて鍵をかける。一人で居ても鍵をかけるのは習慣になってしまった。そして部屋に戻ると、パソコン上の文章を読んでいる春樹がいる。
「どう?」
「いいね。ノーマルなものにして欲しいというこちらの要望通りだ。」
「良かったわ。でも……。」
「どうしたの?」
「少し生ぬるくてね。」
 政近と作っている作品には、濡れ場はない。だが政近の絵はどこか女らしい、男らしいキャラクターがあり、それは濡れ場が無くても性の匂いがするようだと思った。それが倫子が気に入っている一番の理由なのだ。
「田島先生はどう?」
「すんなり私の頭の中の映像を絵にしてくれてる。人の気持ちをくむのがうまい人ね。」
 人に興味がなさそうなのに、作品に関していえばどん欲なのだろう。それは倫子にも通じるところがある。
「いい人と巡り会えて良かったと思うよ。でも……複雑だな。」
「どうして?」
「……嫉妬したよ。」
 自分の隣でくっつくように寝ていた倫子が、政近の側で寝ていた。もちろんくっついて寝ているわけではなかったが、泉が誤解するのも無理はないと思う。泉も伊織も、春樹と倫子がそんな風に寝ているところを見ているわけではないのだから。
「作品のことしか話をしていないわ。」
「本当に?」
「……雑談程度のことしかね。伊織のこととか。」
「あぁ。同期だって言ってたね。」
 芸術大学のことはよくわからないが、政近のような人は珍しくないのだろう。かえって文学部にいた倫子の方が目立っていたのは目に見えるようだ。
 そのとき倫子がいすに座っている春樹の側へやってくる。そして倫子は腰を屈めると、春樹の頬に手を伸ばした。
「どうしたの?積極的だね。」
 いすを回して、倫子の方を向く。そして倫子はそのまま春樹の方へ顔を近づける。すると春樹もまた倫子の唇にキスをした。
 軽くキスをするだけで頬が赤くなる。唇を離すと、倫子は少しうつむいた。
「なんかあった?」
「何もないの。だけど……誤解させたわ。」
「……嫉妬はしたよ。倫子。このまま抱いていい?」
「仕事中でしょう?」
「そうだね。だったらもう一度キスをさせてくれるかな。」
 すると春樹はそのまま倫子を引き寄せて、唇を重ねようとした。そのときだった。縁側の網戸が開いた音がして思わず離す。
「え……誰?」
 そのとき倫子の部屋のドアが開いた。思わずびくっとして身構える。
「悪い。そこ携帯ねえかな。」
 それは政近だったのだ。思わず二人は構えてしまう。だが政近は、ずかずかと部屋に入ってきて、床を見た。
「あぁ。あったわ。」
 春樹は倫子の二の腕をつかんでいる。そして倫子との距離は近い。何をしようとしているのかは一目瞭然だろうに、政近は何もいわずに部屋を出ていこうとした。
「……あの……政近。」
 春樹を振り払い、倫子は部屋を出る。すると政近は縁側から家を出て行こうとしていた。
「悪いな。邪魔して。」
「誤解をしているわ。」
「誤解?男と女なんだろ?あいつらが得意な。」
「……。」
 倫子は言葉に詰まって、政近を見る。
「どうせネタのためだろ?あんたと一晩話してわかったよ。あんた、仕事のことになると見境がねぇな。」
「そうよ……。」
「……。」
 それなら、春樹とこういう関係になっているのも全部ネタだ。政近はそう思って、吐きかけたブーツをまた脱ぐ。
「俺とネタづくりでもするか?」
「ネタ?」
「体だけなんだろ?一人でわかるのか?」
「……誰でもいいってわけじゃないわ。」
 倫子は青い顔のままそうつぶやく。すると政近は、少し笑って言う。
「お前、そんなことを言う割には俺とのヤツ、気に入ってたんだろ?」
 すると倫子はどんと政近の胸に拳をたてる。
「無理矢理でしょ?」
「でも俺と仕事をしたくねぇのは、仕事が優先だからだ。お前は結局その程度なんだよ。」
 すると政近は、バッグの中から手帳をとりだして何かを書いた。そしてそのページを破ると、倫子に差し出す。
「こっち、プライベートのヤツ。連絡しろよ。」
「しないわ。」
「そう言うなよ。」
 そう言って倫子の手にそのメモを握らせる。そしてまたブーツを履いて出て行った。倫子はそのまま縁側の窓を閉める。
 腹が立った。倫子はそう思いながら部屋に戻る。すると春樹は畳の上に座り、倫子を見上げていた。
「落ち着いて。」
「……。」
 一番知られたくない人に知られたかもしれない。そう思いながら、倫子は春樹に近づくと、その足の間に体を入れ込む。その行動に春樹は少し驚きながら、その体を後ろから抱きしめた。
「田島先生は俺との関係、話しそう?」
「そんなことはしないと思う。」
「話がちらっとでもでたら疑うよ。でも疑われたら、命取りなのはあっちだから。」
「……春樹って少し怖いところがあるわね。」
「そう?」
 倫子はそう言ってそのお腹のところに回された手を握った。
「キスして欲しい。」
「俺もしたいと思ってた。だけどその前に一つ聞かないといけないことがある。」
「……そうね。私も言わないといけないことがあるの。さっき……急に政近が、キスをしてきたわ。」
「そんなところだろうと思ってた。」
 嫌だった。口元の冷たいピアスの感触も、妙に馴れた舌つきも、抵抗すればするほど抱きしめられる腕の力も、全てが嫌だった。
「あなたじゃないと意味がないのね。」
「……上書きしたい。」
「してもらったわ。さっき……。」
「俺がしたい。」
 そう言って春樹は倫子の方をのぞき込む。そして倫子も春樹の方を振り返った。唇が軽く触れ、そしてまた重なったときどちらとも無く口が少し開いた。
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