守るべきモノ

神崎

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秘密

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 携帯電話の画面には目を線で隠しているが、明らかに栄輝の姿がある。栄輝は白いシャツを着ているが、前のボタンを胸のあたりまではずしていた。そのほかの男の写真には、下着姿のものもある。
「何?これ?モデル?栄輝君モデルのバイトでもしているの?」
 しかし栄輝は何もいわない。じっと黙ったままだった。それを見かねたように礼二は、その画面をまた前に戻す。
「ゲイ向けの風俗のサイト。」
「風俗?男の人にもあるんですか?」
 前に倫子から出張ホストの話を聞いていた。セックスのあれこれを知りたくて、倫子が利用しかけたのを思い出す。結局倫子はそれを利用せずに、春樹に頼っているような感じになってしまった。それが一番嫌だった。だが今はその話題ではない。
「ゲイ向けって事は、男が男を相手にするんだ。」
「えっ?」
 思わず泉は口を押さえた。するとまた戻した画面を見せる。ゲイ向けの風俗店はちゃんと店舗もあるようだが、出張と言ってホテルに行ったりすることもあるらしい。店舗だろうとホテルだろうとすることは一つで、男を相手に性行為をする。栄輝の写真の下にあるプロフィールには、「タチ」と書いてあった。
「タチってことは、突っ込むの?」
 栄輝は顔色を青くしたまま、首を横に振る。
「俺、実はタチって書いているけど挿入まではまだしたことがなくて。」
「やってまだそんなにたってないのか。」
 すると泉が興奮したように言った。
「だったら辞めれるわよね。こんなことしてお金を稼いで、どうするの?サイトに載っちゃったら、辞めても残ることもあるのよ。そうしたら就職だって不利だわ。」
 泉の話もわかる。だが辞めれないのだ。
「辞めれないんです。」
「どうして?」
「辞めたくない。」
 辞めれないのではなく辞めたくない。その理由に泉は少しため息をついた。
「すいません。」
 ふとレジの前に客が居るのを見て、泉はカウンターを出る。いつもの顔をしないといけない。そう思いながら、泉は笑顔で会計をする。
 この店にも男同士や女同士で来ることもある。同性で遊びたいというのは、友人同士では不自然ではない。今はそんなに機会はないが、泉だって倫子と遊びに出かけることだってあるのだ。
 だがそれはデートではない。性的なことなんかないのだ。だがそういう目で見れば、あの奥に座っている男二人も何か話をしているようだがそれが恋人同士の会話にも見える。そしてそういう目で見れば、案外身近にあるものなのかもしれないと思えてくるのが不思議だ。
 カップや皿を片づけて、布巾を手にした。テーブルを片づけると、またカウンターに戻ってくる。
「小泉さんには言わない方がいい?」
 礼二がそう聞くと、栄輝はぽつりという。
「言わないでください。」
「身内にこそこそかくしてするようなことをしないといけないの?」
 思わず泉がそう聞くと、栄輝は予想外のことを口にする。
「姉さんにいうと、根ほり葉ほり聞こうとするから。俺……それがいつも苦痛だったんです。」
 全てネタのため。身近な人間も全て作品に繋げようとする倫子だったが、それが栄輝にとって苦痛だったのだろう。
「姉さんは、自分のことを隠して作品にする所があるんです。自分のことは話さないくせに。不公平だと思いませんか。」
 そういわれて泉は首を横に振る。倫子のことをかばいたくはないが、その言いぐさはない。
「違うわ。栄輝君。」
「え?」
「私、倫子から地元で何があったか聞いたことがある。公に出来る事じゃないわ。」
「……。」
「それにベラベラ話すことでもない。」
「卑怯だ。」
「でもあなたには火傷の跡なんかないんでしょう?」
 やはりそうだったのか。一度倫子と寝たときわかったが、倫子の入れ墨は確かに目だつが、それはその側にある無数の火傷をごまかすためだったのだ。礼二はそう思って栄輝を見る。
「俺にはないです。」
「だったら倫子の苦しみなんかわからない。」
 倫子が何を背負って、何を生みだそうとしているのか、軽い気持ちでゲイ風俗の世界にはいったその大学生にはわからないだろう。

 栄輝が帰ったあと、泉はそのカップを片づける。もう栄輝はここにこないだろう。そう思っていた。
「阿川さん。」
 溜まった食器を洗おうと、バッグヤードに入ろうとした泉に礼二が声をかける。
「……なんですか?」
「帰ってきたら、いつも通りにして。」
 その言葉に泉は口元だけで笑った。
「店長にはお見通しですね。」
「阿川さんにしてはキツいことを言っているなと思ったし。」
 泉は商売であれば、人を非難することはない。だが今日は耐えきれなかったのだ。何よりも倫子を責められたくはない。
「つきあいが長いからですかね。」
「まぁね。ゲイとか、レズとか、そういう世界は絶対受け入れないだろうなとは思ってた。」
「……。」
 昔、泉の母がはまった宗教の教えに、「同性愛は自然の摂理に反していて、罪であり、認められない」というものがあった。
 母に強制された宗教に反抗するように過ごしていたのに、こんなところでまだその根底が根強く生き残っている。そんな自分が嫌だ。
「私自身は同性愛は嫌だとは思わないんです。でもどこかで誰かが囁くんです。「汚い」って。」
「汚いねぇ……俺はそう思わないけどね。」
「……どうしてですか?」
 すると礼二は瓶に豆を追加しながら言う。
「そういう人が身近にいれば、そう思わない。ゲイだからって、男を見たら盛っているわけでもないしね。」
「そんなものなんですか?」
「それね。誤解されやすいけど、男と女だって出会ったから「セックスしたい」って思う訳じゃないでしょ?」
「まぁ……そうですね。」
 少し伊織のことを思い出して心が痛んだ。
「ゲイだって、レズだってそうだよ。ただの人間で、その性趣向が同性なだけ。あとは何も変わらない。俺らと一緒だと思う。だからその人たちが汚いなら、俺らも汚いね。」
 礼二はちゃらく見えるが、こう言うところがしっかりしている。泉はそう思いながら、少し笑う。
「そうですね。じゃ、私ディッシャー入ってきます。」
「うん。あ、それからあと三十分もしたら、配送が来るよ。」
「OKです。」
 表に出たくなかった。こんな話をしてどうやって店に出て良いかわからない。そして無性に伊織に会いたくなった。
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