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秘密
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今日から「book cafe」のクリスマスデザートが販売される。ハロウィンが終わったと思ったら、クリスマスなのだと泉は内心呆れていた。
チラシの片隅には高柳鈴音の写真が載っている。写真写りはいいようで、きらきらした笑顔で本屋のコーナーへやってきた客も足を止めているようだ。
「顔だけじゃ売れないだろう?このデザートだって見た目が良いからさ。」
結局チョコレートを押し出したようなケーキではなく、意外にもモンブランを提案してきたのだ。カップケーキに上のマロンクリームは緑に着色され、もみの木のようだ。それに粉糖などでデコレーションすると一気にクリスマスらしくなった。
カップケーキにしたのは片手でも食べられるからだという。それにチョコレートにこだわらなかったのは、コーヒーでも紅茶でも合うようにと言うことらしい。
売り出しは悪くなかった。限定で一日二十食のみとしたのも悪くない。持ち帰りが出来ないのかといわれる客も居たほどだ。
「売り上げよくて、エリアマネージャーがほくほくだ。」
店長の川村礼二は、そういって売り上げを見ながら少し笑った。この分だとボーナスも色がつくだろうなと思っていた。礼二はこのデザートには参加しなかったが、泉は関わっている。
毎日店が終わって遅くまで高柳鈴音たちとあぁでもない。こうでもないと試行錯誤していたのだ。それを見ていれば泉の方が報われればいいと思いながら、またモンブランをデコレーションする。
「阿川さん。これ、三番さん。」
紅茶とコーヒー。それからモンブランを載せた皿を二つ前に置くと、泉はトレーにそれを載せてそのカップルの前にデザートを置く。
「可愛い。写真とろっと。」
そういって女性が携帯電話をケーキに向ける。自分が食べるものをネットにさらして何になるのだろう。泉はそう思いながら、空のカップを手にしてカウンターに戻ってきた。
「写真撮ってる?」
「あれ、何がいいんですか?」
「撮ってもらった方がいい。SNSなんかに上げてもらえば、それを見た人がここにまた来るだろう?」
「あー。そう言うことですか。」
美味しければ続くし、まずいと思われればここには足も運ばないだろう。
「しかし、あれだね。」
「何ですか?」
「阿川さんは恋人が出来たっていってた割には、他のカップルにまた塩対応だね。」
「色目使ってどうするんですか。二人の世界なのに。」
ただオーダーを聞いて、運ぶだけに見える。愛想がないわけではない。子供が来れば冗談を言ったりすることもあるのに、カップルだけに限って冷たく接しているような気がする。
「阿川さんも邪魔されたくない?」
そう言われて少し黙ってしまった。この間、初めて伊織と出かけたとき、邪魔をするように伊織の同僚が服を選んで着せてくれた。コンプレックスがあった女らしさは、それで解消された気がするがその分また伊織との距離が出来た気がする。嫌いだったのだろうか。そう思うと不安になるのだ。
「わかんないです。」
泉はそう言ってカップをカウンターの奥に持って行く。そのとき階段を上がる人が見えて、礼二が声をかける。
「いらっしゃいませ。」
ひょろっとした金髪の男だった。まるで少女漫画から出てきたような美形な男に、思わず礼二も言葉を失った。だがすぐに我を取り戻すとカウンター越しから聞いた。
「何名様ですか。」
「一人です。」
「どうぞ。テーブル席でもカウンター席でも。」
男はそう言われて、カウンター席に座る。すると奥から泉が戻ってきた。そしてカウンターの男をみる。
「あれ?いらっしゃい。栄輝君。」
「泉さん?ここで働いていたんですか。」
「うん。そうよ。」
こんな見ほれるような男に知り合いが居たのだろうか。そう思って礼二は、泉に聞く。
「知り合い?」
「倫子の弟です。」
そう言われて、礼二は驚いたようにその男を見た。確かに似ているような気がする。倫子も美形な方だし女性にしては背が高く細い。その辺がよく似ていた。
「小泉さんの?」
「えぇ。一番下です。泉さん。姉さんもここに来ることがあるんですか?」
「たまにね。でも今は仕事が忙しくて、外出もままならないみたい。」
「家を買ったって聞きました。あ、コーヒーください。」
「ブレンドでいい?」
「えぇ。」
そう言われて泉はコーヒー豆を取り出して、ミルにセットする。本当なら手で回す手動式がいいそうだが、それは手間もかかるし時間もかかってしまうので、電動式にしてしまったのだ。
音を立ててコーヒー豆が砕けていく音を聞いた。そしてペーパーをセットする。
「小泉さんの弟は大学生?」
「えぇ。」
どこかで見た顔だな。礼二はそう思いながら、会計にたった客の対応をする。
「夏だったかな。お兄さんがこっちにきたみたいよ。」
豆をセットすると、泉は栄輝にそう言った。
「え……兄さんが?」
「仕事でこっちにきたみたい。知らなかった?」
「んー。知らなかったです。」
倫子にお見合いを進めてきたのだ。栄輝には用事はなかったのかもしれない。
「倫子の家って割と冷淡だよね。」
「え?」
「倫子が家を買ったときもなんだかんだ言ってきてさ。保証人のサインもしてくれなかったって言ってたもの。」
「……姉さんだからじゃないですかね?」
「え?」
「作家の仕事って結構不安定でしょう?定期的に給料がもらえる訳じゃないみたいだし、売れなくなったらどうするんだって言われてましたよ。」
「それって、会社に勤めてて「クビになったらどうする」って言われてるのと同じよ。」
「会社はクビにならないように気をつけてますよ。」
バイトしかしたことのない栄輝の言葉は、全くわかっていないぼんぼんの考え方だった。それに泉がいらっとする。
「作家もそうでしょ?手にとってもらえる作品をずっと生みだそうとしてるわ。だから売れなくなったらどうするか、なんて考えないのよ。」
そう言うところがうらやましかった。倫子はいつも自分のしたいように動いていたのだ。それが家族に反対されても貫く強さもあり、それが栄輝にとってコンプレックスだった。
「姉さんはずっと……。」
「……あのね。栄輝君。あまり倫子のことをここで言わないで。ここはね、本好きが集まるの。当然、倫子のファンも来るわ。倫子はあまり自分のことを知られたくないみたいだから、不用意に口にしないでね。」
泉はそう言ってお湯を注ぐ。泉は知っているのだろうか。倫子がどうして本にこだわっているのか。昔何があったのかも、泉は知っているのだろうか。
「はい。ブレンドです。」
「ありがとうございます。」
そういってコーヒーを受け取った。
「サービスで、大きめサイズにしてあげてるわ。」
「え?ありがとうございます。コーヒー好きなんですよね。」
「倫子もコーヒーばっかりなの。あまり飲み過ぎても良くないんだけどね。」
そういって栄輝はそのコーヒーを口にして、少し笑った。
「昔飲んだコーヒーによく似てる。」
「え?」
「どこだったかなぁ。俺、小さかったけど……。」
よっぽど美味しいコーヒーだったのだろうか。大人になってもそれを覚えているのに違和感を感じる。
そのとき礼二がカウンターに戻ってくると、カップをおいて栄輝の方を見た。
「小泉君。」
「はい?」
「これ、自分?」
礼二はそう言って自分の携帯電話の画面を栄輝に見せた。すると今度は栄輝が顔色を悪くする番だった。
チラシの片隅には高柳鈴音の写真が載っている。写真写りはいいようで、きらきらした笑顔で本屋のコーナーへやってきた客も足を止めているようだ。
「顔だけじゃ売れないだろう?このデザートだって見た目が良いからさ。」
結局チョコレートを押し出したようなケーキではなく、意外にもモンブランを提案してきたのだ。カップケーキに上のマロンクリームは緑に着色され、もみの木のようだ。それに粉糖などでデコレーションすると一気にクリスマスらしくなった。
カップケーキにしたのは片手でも食べられるからだという。それにチョコレートにこだわらなかったのは、コーヒーでも紅茶でも合うようにと言うことらしい。
売り出しは悪くなかった。限定で一日二十食のみとしたのも悪くない。持ち帰りが出来ないのかといわれる客も居たほどだ。
「売り上げよくて、エリアマネージャーがほくほくだ。」
店長の川村礼二は、そういって売り上げを見ながら少し笑った。この分だとボーナスも色がつくだろうなと思っていた。礼二はこのデザートには参加しなかったが、泉は関わっている。
毎日店が終わって遅くまで高柳鈴音たちとあぁでもない。こうでもないと試行錯誤していたのだ。それを見ていれば泉の方が報われればいいと思いながら、またモンブランをデコレーションする。
「阿川さん。これ、三番さん。」
紅茶とコーヒー。それからモンブランを載せた皿を二つ前に置くと、泉はトレーにそれを載せてそのカップルの前にデザートを置く。
「可愛い。写真とろっと。」
そういって女性が携帯電話をケーキに向ける。自分が食べるものをネットにさらして何になるのだろう。泉はそう思いながら、空のカップを手にしてカウンターに戻ってきた。
「写真撮ってる?」
「あれ、何がいいんですか?」
「撮ってもらった方がいい。SNSなんかに上げてもらえば、それを見た人がここにまた来るだろう?」
「あー。そう言うことですか。」
美味しければ続くし、まずいと思われればここには足も運ばないだろう。
「しかし、あれだね。」
「何ですか?」
「阿川さんは恋人が出来たっていってた割には、他のカップルにまた塩対応だね。」
「色目使ってどうするんですか。二人の世界なのに。」
ただオーダーを聞いて、運ぶだけに見える。愛想がないわけではない。子供が来れば冗談を言ったりすることもあるのに、カップルだけに限って冷たく接しているような気がする。
「阿川さんも邪魔されたくない?」
そう言われて少し黙ってしまった。この間、初めて伊織と出かけたとき、邪魔をするように伊織の同僚が服を選んで着せてくれた。コンプレックスがあった女らしさは、それで解消された気がするがその分また伊織との距離が出来た気がする。嫌いだったのだろうか。そう思うと不安になるのだ。
「わかんないです。」
泉はそう言ってカップをカウンターの奥に持って行く。そのとき階段を上がる人が見えて、礼二が声をかける。
「いらっしゃいませ。」
ひょろっとした金髪の男だった。まるで少女漫画から出てきたような美形な男に、思わず礼二も言葉を失った。だがすぐに我を取り戻すとカウンター越しから聞いた。
「何名様ですか。」
「一人です。」
「どうぞ。テーブル席でもカウンター席でも。」
男はそう言われて、カウンター席に座る。すると奥から泉が戻ってきた。そしてカウンターの男をみる。
「あれ?いらっしゃい。栄輝君。」
「泉さん?ここで働いていたんですか。」
「うん。そうよ。」
こんな見ほれるような男に知り合いが居たのだろうか。そう思って礼二は、泉に聞く。
「知り合い?」
「倫子の弟です。」
そう言われて、礼二は驚いたようにその男を見た。確かに似ているような気がする。倫子も美形な方だし女性にしては背が高く細い。その辺がよく似ていた。
「小泉さんの?」
「えぇ。一番下です。泉さん。姉さんもここに来ることがあるんですか?」
「たまにね。でも今は仕事が忙しくて、外出もままならないみたい。」
「家を買ったって聞きました。あ、コーヒーください。」
「ブレンドでいい?」
「えぇ。」
そう言われて泉はコーヒー豆を取り出して、ミルにセットする。本当なら手で回す手動式がいいそうだが、それは手間もかかるし時間もかかってしまうので、電動式にしてしまったのだ。
音を立ててコーヒー豆が砕けていく音を聞いた。そしてペーパーをセットする。
「小泉さんの弟は大学生?」
「えぇ。」
どこかで見た顔だな。礼二はそう思いながら、会計にたった客の対応をする。
「夏だったかな。お兄さんがこっちにきたみたいよ。」
豆をセットすると、泉は栄輝にそう言った。
「え……兄さんが?」
「仕事でこっちにきたみたい。知らなかった?」
「んー。知らなかったです。」
倫子にお見合いを進めてきたのだ。栄輝には用事はなかったのかもしれない。
「倫子の家って割と冷淡だよね。」
「え?」
「倫子が家を買ったときもなんだかんだ言ってきてさ。保証人のサインもしてくれなかったって言ってたもの。」
「……姉さんだからじゃないですかね?」
「え?」
「作家の仕事って結構不安定でしょう?定期的に給料がもらえる訳じゃないみたいだし、売れなくなったらどうするんだって言われてましたよ。」
「それって、会社に勤めてて「クビになったらどうする」って言われてるのと同じよ。」
「会社はクビにならないように気をつけてますよ。」
バイトしかしたことのない栄輝の言葉は、全くわかっていないぼんぼんの考え方だった。それに泉がいらっとする。
「作家もそうでしょ?手にとってもらえる作品をずっと生みだそうとしてるわ。だから売れなくなったらどうするか、なんて考えないのよ。」
そう言うところがうらやましかった。倫子はいつも自分のしたいように動いていたのだ。それが家族に反対されても貫く強さもあり、それが栄輝にとってコンプレックスだった。
「姉さんはずっと……。」
「……あのね。栄輝君。あまり倫子のことをここで言わないで。ここはね、本好きが集まるの。当然、倫子のファンも来るわ。倫子はあまり自分のことを知られたくないみたいだから、不用意に口にしないでね。」
泉はそう言ってお湯を注ぐ。泉は知っているのだろうか。倫子がどうして本にこだわっているのか。昔何があったのかも、泉は知っているのだろうか。
「はい。ブレンドです。」
「ありがとうございます。」
そういってコーヒーを受け取った。
「サービスで、大きめサイズにしてあげてるわ。」
「え?ありがとうございます。コーヒー好きなんですよね。」
「倫子もコーヒーばっかりなの。あまり飲み過ぎても良くないんだけどね。」
そういって栄輝はそのコーヒーを口にして、少し笑った。
「昔飲んだコーヒーによく似てる。」
「え?」
「どこだったかなぁ。俺、小さかったけど……。」
よっぽど美味しいコーヒーだったのだろうか。大人になってもそれを覚えているのに違和感を感じる。
そのとき礼二がカウンターに戻ってくると、カップをおいて栄輝の方を見た。
「小泉君。」
「はい?」
「これ、自分?」
礼二はそう言って自分の携帯電話の画面を栄輝に見せた。すると今度は栄輝が顔色を悪くする番だった。
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