守るべきモノ

神崎

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交差

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 何とか風俗情報のフリーペーパーのデザインを決めて納品した。これを選ばれるかどうかはわからないが、選ばれれば給与に色がつく。だが社長である上岡富美子は、こういった相手とはもう付き合いたくはないとグチっているのを聞いた。おそらく、こういう相手とはもう仕事をしないだろう。伊織は少しほっとして時計をみる。
 十五時。泉との約束は十八時であと三時間ほどあるだろう。映画を見る前に軽く食事をして、ナイトの時間のものをみる。泉もあまり映画は見ないが、なにやら外国の役者で好きな人がいるらしい。その人のやっている映画は、ちょうど伊織が見たいものだったのでちょうど良かったかもしれない。
 そわそわしながら、また新しい仕事の以来を見ていた。するとその様子に富美子が少し笑った。
「富岡君、今日は機嫌が良いわねぇ。」
「そう見えますか?」
「デートでもするのかしら。」
 その言葉に隣のデスクに座っている高柳明日菜が、伊織の方を見た。
「まぁ……そんなところです。」
「あら。本当にデートだったなんて、お祝いをしないと。」
「やめてくださいよ。大したことじゃ……。」
「だってここに入ってから彼女の噂って、二、三年はなかったわ。ゲイなのかしらって言ってたのに。」
 意地悪そうに笑う富美子や他のスタッフだったが、明日菜だけは厳しい顔をしていた。
「浮かれてるのね。」
「何だよ。高柳。」
「その調子乗ってんの、今のうちだからね。」
「何だよ。」
 しかしもう明日菜は何も言わずにパソコンの画面を見ていた。不思議そうな伊織に、富美子は少し笑った。
 明日菜はずっと伊織をライバル視していたが、それはライバルだけではなく恋心だったのだ。それをわかっていない伊織も罪づくりだと思う。
 それにしても明日菜ではない、伊織の恋人というのも気になる。一緒にいるのを見たスタッフによると、派手な女だという。入れ墨がちらちら見えた露出の激しい女性。それは作家だという。
 伊織はその作家の表装をデザインすることが多かった。なので、自然と惹かれたのだろう。
 それにしてもそんな女性と付き合っているのは意外だと思ったが、伊織の経歴を見るとそうでもないのかと自分に納得させた。

 そのころ、倫子もまた街に出ていた。あまり進まないが、「戸崎出版」ではない他の出版社から出る本のサイン会をすることになったのだ。
 倫子はあまり世に出ることはないので珍しさもあってか、人は多く集まっている。
「先生。上着を着てくださいよ。」
 女性の担当者だった。この担当者は何人目だろう。どことなく、春樹と一緒にいる加藤絵里子に似た感じの女性だ。だが絵里子ほど潔癖ではないらしく、趣味はアイドルの追っかけだという。まぁそういう人の方がやりやすいかと思いながら、名刺をもらったのを覚えている。実際、付き合ってみればわりとはっきりしている性格でやりやすい。
 普通なら、入れ墨があるような倫子には尻込みをするだろう。だが、普通に付き合える相手だ。
「店内が暑いんですよね。」
「空調下げてもらいます?」
「上着を着たらモヤシが生えるわ。」
「お客さんは寒いんですよ。」
 冗談も言えない人かと思っていた。また、女性も倫子は取っつきにくいと言う話を聞いていたので色眼鏡で見ていたが、実際会うと普通の女性だと思った。ただあちこちに見える入れ墨が怖いイメージを持っているだけで。
 だからお客さんにも怖いイメージをとってもらってはいけないと、倫子の着ていた薄いカーディガンではなく濃い青のジャケットを着てもらったのだ。
「小泉先生。」
 向こうから声をかけられた。それは荒田夕だった。夕は、あの打ち上げの時以来、倫子とは距離を保っているように感じたし連絡を取ることもなかった。
「荒田先生の人気はすごいですねぇ。」
「これ全部じゃないですよ。半分は小泉先生でしょ?」
「私なんかにサインをしてもらおうって人居ますかね。」
 倫子はそういって、さっきサインをした本の山を見上げた。限定百冊。これを買った人に名前を入れたり、ちょっとした話が出来るようになっているのだ。
「荒田先生。」
 向こうから声をかけられて、夕が少し席を外す。そして戻ってくると倫子に声をかけた。
「先生。今、テレビが来ているんですよ。」
「密着?」
「えぇ。情報番組で流したいとか。で、ちらっとですけど、小泉先生が映っても大丈夫かって。」
 すると倫子は首を横に振る。
「先生。」
「ごめんなさい。それは勘弁して欲しい。」
 すると倫子の担当の女性が声を上げた。
「先生。ちらっとだったら大丈夫でしょう?別に声とかが流れるわけではないんですよね。」
「えぇ。あくまで俺を追ったものなんで、本当にちらっとなんですけど。」
「いいや。どこで何が流れるかわからないから、本当に映さないで。」
 その言葉に夕が驚いたように倫子を見た。そしてまた奥に戻っていく。テレビの関係者にそう告げたのだろう。
「先生。なんで映りたくないんですか?」
 担当の女性が倫子に聞くと、倫子は少し笑って言う。
「私は家の恥だそうですよ。」
「そんな……。」
 作家として成功しているように見える。出すものはすべてヒットをしているし、映像化も他のメディアにも取り上げられた。なのに恥だというのはどう言うことだろう。
「家のものに言わせれば、私は人殺しの文学でご飯を食べているらしいです。」
「そんなこといったら、恋愛小説なんてどうなるんですか。惚れた晴れたでご飯が食べれるわけではないのに。SFだってそうじゃないですか。想像力だけですよ。実際に宇宙人なんか見たこと無い人がほとんどなのに。」
 春樹ほどではないがこの女性も結構熱いところがあるんだなと、倫子は少し笑った。
「売るためには雑誌にでたり、対談することなんかは良いかもしれない。だけど、映像になって誰でも見れるテレビの媒体は止して欲しいと言われているんです。」
 倫子はあまり自分のことを話す人ではない。だからどんな経緯でそんなことを言われたのかはわからない。だがきっとそこから想像する倫子の家とは、きっと窮屈な家だったのだろう。
 その様子を夕は見ながら少しため息を付いた。携帯電話のウェブ情報に載っていた倫子の弟である栄輝。その画像は、倫子によく似た綺麗な顔立ちの男だった。
 栄輝がウリセンで働いているのも、きっと倫子のように家に反抗したかったからなのだろう。それが安易に想像できる。
「先生。そろそろ時間です。」
 書店のスタッフが声をかけて、倫子と夕が立ち上がる。どちらの本も、この間出版したものだった。
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