守るべきモノ

神崎

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交際

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 春樹と夏川はエレベーターホールを抜けて、自動販売機でコーヒーを買う。そしてその脇にある非常階段へ入っていった。ドアを閉めると春樹はため息を付く。
「これをどこで?」
 春樹の手にはメモ紙がある。それは夏川が書いたものだ。
「小泉倫子の弟はウリセンにいる。」
 ウリセンとは、いわゆるゲイ風俗のことだった。
 男性向けの風俗は女性が相手をするのに対し、男性が男性を相手にするのがゲイ風俗で、数ある店の中にに倫子の弟である栄輝が居るのだ。
 その話は倫子自身から聞いている。荒田夕にそのネタで倫子は脅されかけた。だがそれは亜美や春樹の手によって消された話題でもある。だがどうしてそれがこんなところで漏れてしまったのだろう。
「うちの課にいるんですよ。そういうのを利用している人がね。」
 そこで倫子の話題でも出したのだろうか。身内にそんな人が居るのは、倫子にとってマイナスになるだろう。
「それを知ってどうするんですか。公にしますか。小泉先生の身内に男を相手に体を売る男が居ると?」
 こんなに挑戦的な春樹を初めて見る。いつも穏やかでその柔らかさが作家を引きつけると思っていたのに、倫子のためだとそれも忘れてしまうのだろうか。
「公になればイメージは悪くなるでしょうね。ただでさえあまり良いイメージはないようだ。」
 コーヒーの蓋を開けると、夏川はそれを口に入れた。だが春樹はそれを手にしたまま開けようとはしない。
「小泉先生は「西島書店」の事で、メディアが追っているところもある。それでこんな話題がでれば、もっと小泉先生を追おうとするかもしれない。そうなれば……。」
「そんなことはしませんよ。」
 夏川はそういって春樹をみる。
「確かに小泉先生の作品を載せれば、名前だけでうちの部数は上がるかもしれません。最初はそれだけでしたよ。でもプロットをちらっと見ただけで、確信しました。」
「……。」
「あれは、売れる。だから出来れば連載をしてもらいたい。短編集を出しても良いと思っています。」
「だったらどうしてそんなことをわざわざ言う必要があったんですか。」
 すると夏川は、少しため息を付いていった。
「あなたがどうして小泉先生にそんなにこだわるのかがわからないからです。」
「……。」
「奥様だったか……。小泉先生を見出したのは。」
「えぇ。」
「その意志を次いでいるとは言っても、寝るまですることはないと思います。俺なら、セックスを知りたいだけなら女性向けの風俗でも紹介しますよ。」
「……それは……。」
 言葉に詰まった。夏川の前で感情とは無縁でセックスをしていることを言ったばかりだ。
「俺には藤枝編集長の方がはまりこんでいる気がしますよ。」
「……正直……ここまでとは思ってませんでしたから。」
 ため息を付いて、春樹は壁にもたれ掛かる。そして首を振った。
「よっぽど体の相性が良かったんですか?」
「まぁ……そうですね。」
 すると夏川は少し笑う。
「やはり感情があるんですね。」
 頬が赤くなる。まるで中学生のような反応だった。
「十も違うんですよ。それに……倫子はずっとネタのためにと言っていますから。」
「そんなことはないでしょう。」
 夏川はそういって春樹をみる。
「奥さんが居るリスクを背負ってまでする事じゃない。それでもあなたと寝てるのは、小泉先生に気持ちがあるからだと思います。」
「慰めてくれなくても結構ですよ。」
 春樹は手に持っている缶コーヒーの蓋を開けると、それを口に入れた。
「慰めるつもりはないです。正直に思ったまでで……それに……。」
「何ですか?」
「これで対等になれたと思うんで。」
「は?」
「俺のことも話すことはないですよね。」
 ずっと気にしていたのだろう。春樹は少し笑うと、夏川をみる。
「えぇ。言いませんよ。あなたに子供が居ることなんか。」
「勘弁してくださいよ。やっと中学になったんですから。」
 夏川は、就職したばかりの時不倫をしていた。相手は五つ年上の既婚者で、その相手は夫の子供として子供を育てている。歳をおうごとに、夏川に似てきていて誤魔化すことが厳しくなってきたのだ。
 だが公に出来るわけがない。その女は、夏川のいとこなのだから。

 パソコンのキーボードを打つ音に紛れて、何か聞こえる。倫子は手を止めて、その音に耳を澄ませた。
「……雨?」
 それに気が付いていすから立ち上がると、部屋を出る。窓を開けっ放しにしていたのだ。古い家はすぐにカビのような匂いがすると思って、居るときは窓を開けているのだから。
 トイレの窓台所の窓など、閉めて回り廊下の縁側に続くその窓を閉めたときだった。
「ただいま。」
 伊織の声がする。もうこんな時間だったのだろうか。
「お帰り。」
 倫子は窓を閉めて、玄関の方へ向かう。すると伊織が驚いたように倫子を見ながら、傘をしまった。
「どうしたの?変なものを見るような顔をして。」
「最近ずっと閉じこもってたみたいだからさ。こうして迎えにくるの初めてだと思ってね。」
「そうかしら。あぁ、新婚夫婦みたい?」
 そういわれて、伊織は少し笑った。きっと泉のことがあるから、こんな不用意な言葉も口に出来るのだ。
「新婚夫婦なら、あれをするわね。」
「あれ?」
 玄関にあがって、伊織は少し笑う。
「ご飯にする?お風呂にする?みたいな。どっちも用意できてないけど。」
 倫子はそういって玄関の横にある窓を閉めた。これで最後だ。
「本当ならご飯かお風呂か、私?って聞くよね。」
「私って……。」
 倫子はそういって笑う。
「泉に言ってもらえば?」
「泉はそんなことをしないよ。」
 ホテルでして以来、キスも出来ていない。それどころか二人きりでいれる時間は本当に少ないのだ。休みだって合わない。泉は平日に休みだし、伊織は基本土日が休みなのだ。
「ちょっとは誘ったら?泉の部屋なら、あなたたちの部屋と違って独立してるし、声なんか漏れないわよ。気になるんなら、私は席を外しても良いし。」
「春樹さんと?」
 その言葉に倫子は少し笑った。
「飲みにでも行くわ。さすがに最近仕事を詰めすぎたし、気分転換したいわ。駅前の居酒屋は美味しいわね。また行こう。」
 春樹と行かせたくない。きっと春樹と行けば、倫子はまた寝てしまうのだろう。
「倫子。春樹さんとは行かないでくれる?」
「どうして?」
「何でって……。」
 すると倫子は少し笑って言う。
「誤解しているわ。」
 何もないのだ。春樹と寝ているのはネタのため。セックスの時に愛しているというのは、嘘なのだから。
 しかしどうしてだろう。あの夜のことを思い出せば、体が熱くなる。倫子は拳を握って、部屋に戻ろうとした。するとその後ろから伊織が声をかける。
「ご飯、出来たら呼ぶよ。」
「えぇ。」
 倫子はそういってまた部屋に戻っていった。
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