守るべきモノ

神崎

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交際

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 女はがくがくと体を震わせて、声を上げた。その様子を見て夏川は満足そうに手に持っていたリモコンのつまみを下げる。すると女は夏川を見上げて囁くような小声で夏川に訴える。
「英吾……欲しいの。」
 こんなAVのようなことをしているのかと、春樹は少し呆れたように夏川をみる。わずかに年上なだけの夏川だが、性欲は旺盛らしい。
「本当に見ますか?それとも三人でします?見た目はSっぽいけど、どっちですか?」
「あなたとセックスをする気はありません。見せてもらえば結構です。他人のセックスを生でみれる機会なんてないでしょうし。」
「小泉先生。」
 すると夏川は少し笑って言う。
「大概ですね。小泉先生も。やはりミステリーばかり書いているのは、本当に人を殺したことがあるからだという噂は本当ですか。」
 その言葉に倫子の表情が曇り、夏川に詰め寄る。
「誰がそんなことを?」
「噂ですよ。ただ、あなたの作品にはあまりにも情がない。それは苦しいことを思い出すからではないかという噂が一人歩きしています。それが、何かしらの事件だったとか。または、あなた自身の罪なのか。」
 そんな話は聞いたことがない。だが倫子の体には不自然なことが多すぎる。入れ墨も、火傷も、訳は聞いたことがないのだ。
「私が罪を犯しているから、おとなしくセックスをさせろと?」
「興味はありますね。」
 そう言って夏川は、倫子のセーターの襟刳りは引く。すると入れ墨とともに、白い胸の谷間が見えた。
「このサイズがあれば挟めるでしょう?」
 さすがにやりすぎだ。春樹はそう思って夏川を止めようとした。だが倫子の方が早かった。夏川の手を振り払い、夏川を見上げる。
「セクハラで訴えられたいですか?」
「見たいと言ったのはあなただ。」
「私は、そこの奥でセックスをするようであれば、黙って見ていると言ったんです。そんな格好をしているのですから、そのつもりでしょう。イヤなら公然猥褻で通報しますから。」
 倫子はそう言って携帯電話を取り出して、まだ座り込んでいる女性にカメラを向ける。しかしそれを夏川が止めた。
「やめろ。」
 すると倫子は少しため息を付く。
「だったらお互い黙っていましょう?大人なんですから。あぁ、それにそちらに載せる小説は、野外セックスです。時代的には公然猥褻ではないので、罪になりませんよね。」
「しかし、不義密通はその時代でも罪ですよ。」
 そう言って春樹の方をみる。やはり夏川が黙ってみているわけがなかった。
「……誤解していますね。」
「え?」
「感情があれば不義密通でしょう。でも私たちには何もない。ネタですよ。」
 すると夏川がひときわ大きく笑った。そして春樹の方をみる。
「いいセフレですね。」
 春樹は手の震えを押さえながら、夏川に言う。
「そう思ってくれても良いです。でも、この関係が外に出ることがあれば、夏川編集長のことも公になりますから。」
 夏川に関してはいくつか脅すネタがある。それをつかんでいて良かったと春樹は思っていた。
「それは困る。さ、行こう。京香。」
 そういって座り込んでいる女を抱き起こすと、夏川は二人を後目にホテル街の方へ向かっていった。
「感情はないね……。」
「そうでも言わないと、誤解させたままだわ。」
 本心ではなかった。倫子は柳から離れると、春樹を見上げる。
「感情は無いことにしておいた方がいいの。」
 無いことにしておいた方が良い。それはどういうことか、春樹にもわかった。そして思わず倫子の手を握る。
「ホテルに行きたい。」
「そんな暇はないわ。仕事をしなきゃ。」
 デートのような散歩は、一時間もしないで終わる。だから人の目があるのはわかるがせめて手を繋ぎたいと思った。すると倫子もそれを握り返す。倫子も同じ気持ちだったのだ。

 数日後の昼休憩後、春樹のパソコンに倫子からのプロットの修正が送られてきた。本編ではすでに霧島という女郎と、三郎という男衆が重要なキーワードになっているのは明らかで、その性行為を表現するというのが「淫靡小説」に載せるものなのだ。本編にはあまり関係がない。
「……。」
 春樹はお茶を飲みながら、そのプロットを見ていた。そこへ加藤絵里子が、いぶかしげな顔でその前を通り過ぎる。
「何?」
 春樹が聞くと、絵里子は口を尖らせて言う。
「別に何でもないです。」
「気になるなぁ。何か言いたげだったし。」
「それ、小泉先生のものですよね。」
「あぁ。「淫靡小説」のプロット。」
「女の人がよくそんなの書けるなって思って。」
「関係ないよ。そんなことは。それこそ性差別だと思うね。」
 寛容すぎる。しかし、こんな作品のチェックをしているともし未来が知ったらどう思うだろう。
「でも……。」
「俺は、最近の女性誌の方がきつい内容を載せているなと思うよ。この間のセックスの特集で、AV男優にインタビューすると思ってなかったから。」
「あれ、評判良いんでしょう?何が良いんだか。汚い男なのに。」
「加藤さんはそう取るんだね。」
 絵里子がもし移動なんかになって、「淫靡小説」になったら卒倒するだろう。または退社するかもしれない。それくらい潔癖なのだ。
 そのときオフィスに夏川がやってきた。相変わらず踊るような足取りだと思う。
「藤枝編集長。」
「どうしました。」
「小泉先生のプロット変更になったんでしょう?」
「えぇ。さっき届いてました。ざっと見た感じ、良いと思いますよ。これで煮詰めていってもらいましょう。」
「あぁ。良かった。そろそろプロットから、清書に行って欲しいからですね。」
 そういって夏川は春樹のデスクへ近づくと、そのプロットをチェックする。その手元には、メモ紙がおかれた。それに春樹は見えないように、デスクの下で開く。その紙の内容に、夏川の方を驚いたように見た。
「夏川編集長。まだ時間ありますか?」
「えぇ。」
「ちょっとコーヒーでも飲みませんか。」
「良いですね。」
 春樹はそういってプロットOKのメッセージを送ると、席を立った。そして夏川と一緒にオフィスを出て行く。
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