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交際
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夜ごとに冷えてくるようだ。厚めのカーディガンを羽織ってきていて良かったと倫子は思いながら、公園の道を歩く。人が歩く度にセンサーが反応して道を幻想的に照らす。それは夜十二時まで。もう少しでこのセンサーも消えてしまうが、散策をするだけならこの時間で十分だ。
あとの時間はその公園のそばにあるホテルへ消えるか、道の脇にある木々の向こうへ消えるのだ。倫子は何度かその最中に出くわしたことがある。男女二、三人ほどが夢中で行為をしているので、倫子が居ても気が付かないようだった。そこまで夢中になれるものかと思っていたが、春樹と体を重ねてからはその気持ちがわかる。周りが見えなくなるのだ。
その春樹は少し距離を置くように倫子の後ろを歩いている。どこで誰が見ているかわからない野外は、家の中よりもリスクが高い。偶然であったことを装わないといけないため、これくらいの距離を取らないといけないのだと二人は言い聞かせる。
「見事にカップルばかりだ。」
途中にあるベンチには幻想的だとライトを見ているカップルばかりだ。二人はきっと並んで歩いていてもそんな風に見えない。
「そうね。」
倫子は少し笑い、その様子を観察しているようだった。さっきよりは余裕ができたように思える。
「今年一杯は仕事が詰まっているの?」
「えぇ。駄目ね。仕事を見極めて取っているつもりだけれど、調子に乗りやすいのかもしれないわ。「書籍にする」と言われれば、仕事を受けてしまうもの。」
確かに倫子にはそう言うところがある。普通の作家であれば、他のジャンルの話を書くのはためらうはずだ。「恋愛小説家」「推理作家」「ミステリー作家」などジャンルを区分けされれば、それ以外のものに手を着けるのは、あらが出てしまうかもしれなくてそれを恐れているのだ。
「今度の話は、今書いているものを書籍にしたときに番外編として載せるつもりだよ。」
「としたら、その書籍は十八禁になるわね。」
「そうでもないよ。作家によっては官能小説のような純文学もある。どのジャンルにしても厳密に区分けは出来ないんだ。」
そのとき片隅にある自動販売機が見えた。思ったよりも寒いので、温かい飲み物でも買おうかと、春樹はポケットの小銭入れを取り出した。だが倫子はその自動販売機に目をくれず、その奥にある木々に目を向けているようだった。
「何かあった?」
「柳ね。」
ライトに照らされるように、枝や葉が垂れ下がった樹木がある。その木に近づくと、葉に触れた。
「……ホラーにはよくあるものね。この下に女の幽霊が居るってもの。」
「あぁ。女の幽霊が子供を抱いているというヤツだね。」
小銭入れをしまい、春樹もその木に近づく。
「割と手入れをされているけれど、昔ならそこまで手入れされていないと思う。とすると……葉はもっと茂っているわね。」
何かヒントを掴んだらしい。ぶつぶつと口の中でつぶやいていて、春樹のことを忘れているようだった。
もし、倫子が良いならば、二、三時間、外出しても良いと思っていた春樹は、それが無理だと確信した。もう倫子の頭にはセックスすることなど考えていない。仕事しかないのだ。
こんなところで妻の気持ちがわかると思っていなかった。妻と付き合っていたときも、春樹は子供が欲しいという妻に答えることはなく排卵日なのにずっと会社にいたり、作家の所にいたりしたのだ。今のように編集長業務も兼任していれば、担当業務はそれほど数はいない。だが昔は多くの作家を抱えていた。書籍の出版、打ち合わせ、雑誌の掲載など、その業務は激務だった。
妻の方を省みることはない。そして目の前の倫子も今そうだ。春樹の方を見ることはないのだ。倫子の頭の中には作品のことしかないのだろう。
「プロットを変更したい。」
「どこを?」
「最初にセックスをするのは、人目を盗んで霧島の部屋と言うことにしようと思っていたんだけれど、やっぱり不自然だと思うの。設定では霧島は部屋付きの女郎にしたけれど、そこまで位が上なら禿がいてもおかしくないし、その目を盗んでするわけがないわ。」
「そうだね。だとしたらどこ?出会い茶屋でする?」
「ううん。野外。」
「野外?」
「客を見送ったあと、三郎とするのよ。柳の下で。手入れをされていないところなら不自然じゃない。」
それは野外でしたことがあるから言えるのだろうか。自分ではない。他の男としたのだろうか。
「それは不自然だ。」
「どうして?」
「客を見送ったあとだったら、他の女郎も男衆もいるだろう。そこで目を盗むのは難しい。」
確かにそうだ。だとしたらいつそんなタイミングがあるだろう。倫子はそう思いながら、頭を悩ませていた。
発想を働かせるのには外を散歩するのは良かったかもしれない。だが、かえって倫子をまた悩ませてしまっただろうか。春樹はそう思いながら、倫子の後ろ姿を見ていた。そのときだった。
「藤枝編集長ですか?」
声をかけられて振り返る。そこには夏川の姿があったのだ。夏川の隣には、薄いコートを羽織っている女性が居る。その女性だけが春樹と倫子を不思議そうに見ていた。
「こんなところで何を?」
柳の葉に手をかけている倫子に、夏川は気が付いて驚いたようにまた春樹をみた。
「小泉先生。」
倫子もやっと気が付いて夏川の方をみた。
「デートですか?」
「いいえ。ちょっとネタに詰まって、散歩をしていたら藤枝さんに会って。」
「偶然?」
「えぇ。不審な動きをしていたので。」
不審だと言われて、倫子は不機嫌そうに春樹をみた。だが夏川は少し笑って、倫子に近づいていく。
「何をしてたんですか?」
「プロット変更を考えていました。野外セックス。どうですか?」
「時代物でしたよね。いいんじゃないんですか。」
すると女性が、夏川の方へ近づいてくる。
「英吾。行こう。」
その女性を見て、春樹は少し首を傾げる。妙な格好をしていると思ったからだ。この寒さなので薄いコートはわかるが、その足は素足にサンダル。寒いのか寒くないのかわからない。
「ちょっと待って。」
すると倫子はふとその女性の方を振り返った。そして何か思ったのだろう。
「……夏川編集長。」
「何?」
「見せてもらえません?」
「何を?」
「今からすること。」
倫子がそう言うと、夏川は少し笑ってポケットの中からスイッチのようなものを取り出した。そしてそのつまみをあげる。すると女性が耐えれなくなったように座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「んっ……。だめぇ……英吾……こんなところで……。」
まさかこんなAVのようなことをしているとは思ってなかった。春樹は呆れたように夏川をみる。だが倫子の表情は全く変わらない。
あとの時間はその公園のそばにあるホテルへ消えるか、道の脇にある木々の向こうへ消えるのだ。倫子は何度かその最中に出くわしたことがある。男女二、三人ほどが夢中で行為をしているので、倫子が居ても気が付かないようだった。そこまで夢中になれるものかと思っていたが、春樹と体を重ねてからはその気持ちがわかる。周りが見えなくなるのだ。
その春樹は少し距離を置くように倫子の後ろを歩いている。どこで誰が見ているかわからない野外は、家の中よりもリスクが高い。偶然であったことを装わないといけないため、これくらいの距離を取らないといけないのだと二人は言い聞かせる。
「見事にカップルばかりだ。」
途中にあるベンチには幻想的だとライトを見ているカップルばかりだ。二人はきっと並んで歩いていてもそんな風に見えない。
「そうね。」
倫子は少し笑い、その様子を観察しているようだった。さっきよりは余裕ができたように思える。
「今年一杯は仕事が詰まっているの?」
「えぇ。駄目ね。仕事を見極めて取っているつもりだけれど、調子に乗りやすいのかもしれないわ。「書籍にする」と言われれば、仕事を受けてしまうもの。」
確かに倫子にはそう言うところがある。普通の作家であれば、他のジャンルの話を書くのはためらうはずだ。「恋愛小説家」「推理作家」「ミステリー作家」などジャンルを区分けされれば、それ以外のものに手を着けるのは、あらが出てしまうかもしれなくてそれを恐れているのだ。
「今度の話は、今書いているものを書籍にしたときに番外編として載せるつもりだよ。」
「としたら、その書籍は十八禁になるわね。」
「そうでもないよ。作家によっては官能小説のような純文学もある。どのジャンルにしても厳密に区分けは出来ないんだ。」
そのとき片隅にある自動販売機が見えた。思ったよりも寒いので、温かい飲み物でも買おうかと、春樹はポケットの小銭入れを取り出した。だが倫子はその自動販売機に目をくれず、その奥にある木々に目を向けているようだった。
「何かあった?」
「柳ね。」
ライトに照らされるように、枝や葉が垂れ下がった樹木がある。その木に近づくと、葉に触れた。
「……ホラーにはよくあるものね。この下に女の幽霊が居るってもの。」
「あぁ。女の幽霊が子供を抱いているというヤツだね。」
小銭入れをしまい、春樹もその木に近づく。
「割と手入れをされているけれど、昔ならそこまで手入れされていないと思う。とすると……葉はもっと茂っているわね。」
何かヒントを掴んだらしい。ぶつぶつと口の中でつぶやいていて、春樹のことを忘れているようだった。
もし、倫子が良いならば、二、三時間、外出しても良いと思っていた春樹は、それが無理だと確信した。もう倫子の頭にはセックスすることなど考えていない。仕事しかないのだ。
こんなところで妻の気持ちがわかると思っていなかった。妻と付き合っていたときも、春樹は子供が欲しいという妻に答えることはなく排卵日なのにずっと会社にいたり、作家の所にいたりしたのだ。今のように編集長業務も兼任していれば、担当業務はそれほど数はいない。だが昔は多くの作家を抱えていた。書籍の出版、打ち合わせ、雑誌の掲載など、その業務は激務だった。
妻の方を省みることはない。そして目の前の倫子も今そうだ。春樹の方を見ることはないのだ。倫子の頭の中には作品のことしかないのだろう。
「プロットを変更したい。」
「どこを?」
「最初にセックスをするのは、人目を盗んで霧島の部屋と言うことにしようと思っていたんだけれど、やっぱり不自然だと思うの。設定では霧島は部屋付きの女郎にしたけれど、そこまで位が上なら禿がいてもおかしくないし、その目を盗んでするわけがないわ。」
「そうだね。だとしたらどこ?出会い茶屋でする?」
「ううん。野外。」
「野外?」
「客を見送ったあと、三郎とするのよ。柳の下で。手入れをされていないところなら不自然じゃない。」
それは野外でしたことがあるから言えるのだろうか。自分ではない。他の男としたのだろうか。
「それは不自然だ。」
「どうして?」
「客を見送ったあとだったら、他の女郎も男衆もいるだろう。そこで目を盗むのは難しい。」
確かにそうだ。だとしたらいつそんなタイミングがあるだろう。倫子はそう思いながら、頭を悩ませていた。
発想を働かせるのには外を散歩するのは良かったかもしれない。だが、かえって倫子をまた悩ませてしまっただろうか。春樹はそう思いながら、倫子の後ろ姿を見ていた。そのときだった。
「藤枝編集長ですか?」
声をかけられて振り返る。そこには夏川の姿があったのだ。夏川の隣には、薄いコートを羽織っている女性が居る。その女性だけが春樹と倫子を不思議そうに見ていた。
「こんなところで何を?」
柳の葉に手をかけている倫子に、夏川は気が付いて驚いたようにまた春樹をみた。
「小泉先生。」
倫子もやっと気が付いて夏川の方をみた。
「デートですか?」
「いいえ。ちょっとネタに詰まって、散歩をしていたら藤枝さんに会って。」
「偶然?」
「えぇ。不審な動きをしていたので。」
不審だと言われて、倫子は不機嫌そうに春樹をみた。だが夏川は少し笑って、倫子に近づいていく。
「何をしてたんですか?」
「プロット変更を考えていました。野外セックス。どうですか?」
「時代物でしたよね。いいんじゃないんですか。」
すると女性が、夏川の方へ近づいてくる。
「英吾。行こう。」
その女性を見て、春樹は少し首を傾げる。妙な格好をしていると思ったからだ。この寒さなので薄いコートはわかるが、その足は素足にサンダル。寒いのか寒くないのかわからない。
「ちょっと待って。」
すると倫子はふとその女性の方を振り返った。そして何か思ったのだろう。
「……夏川編集長。」
「何?」
「見せてもらえません?」
「何を?」
「今からすること。」
倫子がそう言うと、夏川は少し笑ってポケットの中からスイッチのようなものを取り出した。そしてそのつまみをあげる。すると女性が耐えれなくなったように座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「んっ……。だめぇ……英吾……こんなところで……。」
まさかこんなAVのようなことをしているとは思ってなかった。春樹は呆れたように夏川をみる。だが倫子の表情は全く変わらない。
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