守るべきモノ

神崎

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緊縛

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 ホテルに備え付けの浴衣を脱がせると、入れ墨が見える。倫子とセックスをした人はこれを皆見ているのだ。春樹はそう思いながらそれを脱がせて胸に触れる。倫子は温かい。その入れ墨に触れても温かい。未来の手は冷たいのに、倫子のすべてが温かいのは生きているからだ。
 その温もりが欲しかった。誰にも渡したくない。倫子と行ると自分が欲張りになった気がする。
「声、聞かせて。押さえないで。」
 何か意地になっている。未来に会わせたからだろうか。何度も体を重ねて、倫子が感じるところもわかってきたのにそれを隠すように押さえている。
「いつも……。」
 背中に手を回してその下着を取ると、春樹は倫子を見下ろした。
「いつもこんなに丁寧にするの?」
 すると春樹は少し笑っていった。
「商売でしているのだったら、それだけの対価をもらわないと割に合わない。だけどこれはもう商売でも仕事でもないよ。」
 すると春樹は倫子の顔を持ち上げてキスをする。
「好きだから、したい。俺の欲のままだから、君を感じさせたい。」
 本音だとは思えない。だから倫子はその視線から逃げるように目をそらした。きっと未来に会ったから、倫子は意地になっているのだ。しかし会わせないわけにはいかない。未来のためにも、倫子のためにも隠すのはリスクが大きすぎる。
「俺だけ見て。」
「……あなたは見ていないのに?」
「……。」
「この場だけでも、疑似で「愛」を語られればいいと言っていたわ。でも……私はそんなに器用じゃなかったみたい。」
 倫子は体を避けて、ベッドから降りようと床に足をつく。
「別のところに泊まる。」
「倫子。」
 春樹が倫子を背中から抱きしめた。
「それは……俺を好きだって思ってくれたってこと?」
「違う。気持ちを切り離して、割り切ることが出来なかった。それだけ。」
「それが好きってことなんじゃないのか。」
「奥様に申し訳ないから……。」
「好きなんだろう。」
「……。」
 すると倫子は首を横に振った。だが逃れられない。倫子もまたこの温もりから離れられなかった。
「こっちを見て。」
 すると倫子はおそるおそる春樹の方をみる。そしてまた唇を重ねた。そしてまた舌を入れる。

 男だの女だのと言う関係でいたくないというのは、きっと恋人にはなれないということなのだ。泉はそう思って少しうつむく。その様子に伊織はチケットをテーブルに置いて泉の方を見た。
「誤解しないで欲しいんだけど。」
「え?」
「俺、泉のことを女じゃないなんて思ってないから。」
「……。」
「男と女って枠があるから、こんな変な関係になるんだ。そんなの取っ払いたいのに。」
「だったら伊織、また抱きしめてくれる?」
「え?」
 声が震えている。こんなことを女の方から言うのはどう考えてもおかしい。だがそうでもしないと伊織の気持ちが分からない。
「ごめん、何でもない。聞かなかったことにして。」
 そういって泉は本を手にして部屋を出ていこうと、ドアの方へ向かった。だが伊織がそれを止める。
「泉。」
 二の腕を掴んでみて、驚いた。やはり女なのだ。しっかり筋肉はあるように見えるのに、細い腕はどう考えても女の腕だ。
 それを引き寄せると、伊織は背中から泉を抱きしめた。泉の手が胸の前で組まれて、とても体が固くなっているのがわかる。
「……怖い。」
「俺でも?」
「伊織……。」
 この背中の温かさは伊織の温かさだ。そう思って泉は落ち着くように息を吐く。吐息が首もとにかかって温かい。泉はゆっくりと体をよじらせると、正面を向く。思ったよりもそばに伊織がいたのだ。
 溜まっている涙を拭うように頬に手を当てる。そしてその頬に唇を寄せた。
「……え……。」
 温かくて少し湿った感触だった。男の感触がする。伊織も少し頬を染めながら、またその頬に手を当てた。
「泉。嫌なら拒否して。」
「……。」
 何をしたいのかわかる。だが避けられない。泉はすっと目を閉じると、伊織は少しかがんでその唇に唇を重ねた。軽く触れるだけのキスだったのに、伊織の頬もまた赤くなっている。
 そのまま泉は目を開けると、少しうつむいた。恥ずかしくて目があわせることは出来なかったのだ。
「初めてだっけ。」
「うん……。映画や小説とは全然違うのね。」
「どうして?」
「もっと……こう……。」
「ロマンチックだと思った?」
「そうじゃないの。」
 キスすらしたことがない二十五の女性なのだ。何の幻想を抱いていたのだろう。
「……こんなに恥ずかしいと思ってなかった。」
 その言葉に伊織は思わずもう一度泉を抱きしめた。
「何?」
「思った以上に可愛いことを言うんだね。」
 そういって伊織はまたキスをしたいと思った。だがこれ以上していいのだろうか。一度しただけで恥ずかしいとは思わないのだろうか。そう思うと気が引ける。
「あの……伊織。」
「何?」
 すると泉は少し体を離すと、泉の頬に手を当てた。そして自分が背伸びをすると、その唇にキスをする。女の身からするなど、母が聞いたら卒倒するだろう。だがそんなものはもう関係ない。
 髪を切って、髪を染めたときから、あの呪縛から解けたと思っていたのに、まだ母に縛られている。それを解きたかった。
 首に手を回し、少し口を開けた。すると伊織はそれを感じて、その口の中に舌を入れ込む。
「んっ……。」
 驚いたように呻いたが、それは一瞬だった。たどたどしく、泉もそれに答える。
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