守るべきモノ

神崎

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緊縛

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 昼休憩をしていた泉の元に、メッセージが届いて驚いたように画面を見た。
「ん?」
 今日は家に帰らない方がいい。どこか知り合いのところでもホテルでも泊まって欲しいというのだ。
 何があったのだろう。泉はメッセージを送ると、意外な言葉が返ってきた。
「家の中に盗聴器があった。もしかしたら盗撮器もあるかもしれない。業者に見てもらったり、警察に届けるから、今日は帰っても寝れないかもしれない。」
 倫子は小説家としてデビュー作から話題をさらっている。そしてその地位は新ジャンルによって不動のものになりつつあった。だがその分、倫子の周りには敵が多いかもしれない。足を引っ張ろうとする人も多いのだ。
 泉はそう思いながらメッセージを送って、おにぎりに口を付けた。顔見知りになった弁当屋のおにぎり弁当は、とても美味しくて安い。三日に一度はここの弁当を買っている。
「あー。今日は新刊が多いねぇ。」
 本屋に勤めている男二人がバッグヤードに戻ってきた。一人は青年マンガの担当で、もう一人は文芸でもハードカバーの担当だった。
「荒田夕先生の新刊、置いても置いても無くなるんだよ。ったく、あの顔だけの男の文章が何がいいんだか。」
「そういうなよ。漫画家になっている「cross road」はこっちでも評判良いし。」
「まーな。お、阿川さん。お疲れさん。」
「どうも。新刊多いんですか?」
「うん。まぁね。明日ってどうだっけか。」
「明日は「西島書店」。」
「あそこって、小泉倫子先生が書いてるからもってるようなものだよな。ほら、BLの雑誌は休刊したよ。」
「荒田先生は書かないっていったらしいよ。それから吉行銘子先生も。」
「そうそうたるメンツが書かないってなんかあったのかな。」
「何でも、書いてもらうために盗聴器とか盗撮器を家に仕込んでたらしいぜ。それで弱みを握って安い金で書かせてたとか。」
「ヤクザかよ。」
 その言葉に泉の手が止まった。だから倫子が家に帰らない方がいいと言ったのだろうか。泉はまた携帯電話を手にして倫子にメッセージを送る。
「っと……阿川さんは、小泉先生と同居しているっていってたっけ。」
「えぇ。大学の時の同期で。」
「小泉先生ってあまり表に出ないもんな。ミステリアスだから、知りたいってファンなら思うのかも。」
「普通の女性ですよ。ファンってそんなこと知りたいんですか?」
「SNSとかしてるならともかくさ、プライベートが見えない人は見たいって思うんじゃない?特に、この間官能のジャンル書いたじゃん。」
「あぁ。」
 それは評判が良いらしく、官能の雑誌なのに女性が隠すこともなくカフェにもってきているのを見た。
「でもあれ、半分はミステリーだよな。」
「あんまりエロくはないし、これからってところかな。」
 世間の評判はそんなものなのかもしれない。倫子の名前だから皆手に取るだけなのだ。
 そのとき携帯電話が鳴って、泉はまたそれを手に取る。その相手は伊織だった。

 伊織のつてで紹介されたのは、伊織の姉であり「戸崎出版」の顧問弁護士の富岡真理子の紹介で刑事事件を得意とする城島という男だった。専門業者ではないが、専門の機械を使って家の中の盗聴器や盗撮器があるのを調べてもらっている。
 するとその城島がテーブルの上に次々に置かれていたその機械に、倫子はため息をついた。
「すごいですね。トイレの中にまであった。」
 二十四時間監視されていたことになる。だが後ろ暗いところは全くなかっただろう。何せこの家の中では皆仕事の話はしないし、同居していても春樹も倫子も手を出すことはなかったからだ。
「指紋を調べれば誰が仕掛けたのかもわかるし、いつから仕掛けられていたのかも自白させることができますよ。」
「そうですか。ではお願いします。」
「警察に被害届は?」
「出てきてからと思っていたので、これから。」
「それが良いと思います。」
 それにしても、ここまでして作家を縛り付けたいのだろうか。倫子は少しため息をついた。
「泣き寝入りする必要はありませんよ。悪いことをしているわけではありませんし。」
 だが自分の性で春樹も、伊織も、泉も皆に迷惑をかけてしまったと倫子は思っていた。妙に売れてしまったからこんなことになってしまったのだ。それは自分だけのことではなく、周りを巻き込んでしまったことの罪悪感だったのかもしれない。
「それにしてもストーカー並ですね。こんな量があるなんて。」
「私はあまり表にでないので、どうしてもプライベートを掴みたかったんでしょう。」
「作家によってはそれが嫌で、海外に拠点を置く人もいます。小泉先生はそうされないんですか?」
「家のローンもあるので。」
「まぁ……そうですよね。」
 すると奥から春樹がやってきた。荷物をまとめていたのだろう。
「先生。警察へ行きますか。」
「えぇ。」
「俺、ついて行きますから。」
「え?」
「「淫靡小説」のほうの打ち合わせも全く出来てませんし、今日はどちらにしても他の仕事は出来ません。」
 正直嬉しかった。こんなことを一人で抱え込むには、荷が重すぎるのだ。
「わかりました。お願いします。」
 するとそのようすに城島は少し笑った。
「担当編集者さんとおっしゃっていましたが、まるで夫婦のようですね。」
「え?」
「担当編集者さんってのはそんなものなんですか。」
 その言葉に倫子は驚いたように城島を見ていた。だが春樹は少し笑っていう。
「そうですね。これが元で小泉先生が書かなくなったら、うちの雑誌はすぐに廃刊ですよ。」
「それくらい重点を置いているんですか。」
「えぇ。」
 春樹はそういうと、城島は納得したようにその盗聴器や盗撮器を袋に入れた。このまま警察へ持って行くためだった。
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