守るべきモノ

神崎

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緊縛

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 若井が出て行った音を聞いて、倫子は忌々しそうに首もとに手を当てる。その様子に春樹は少し笑った。
「どうしたの?」
「舐められたのよ。嫌ね。あんな男に隙を見せるつもりはなかったんだけど。そうだ。そっちの出版社に連絡をしなきゃ。」
 唾液なんかがまだありそうな感じがする。すると春樹は荷物を居間に置くと、奥の部屋へ向かう。そしてタオルを手にすると、倫子の首元を拭うように拭く。
「あんな男に舐められるのは耐えられないな。」
「気をつけてたんだけど。」
「いいや。あの男はどっちにしても編集者にはあまり向いていない。官能小説を書く女性だから、股が緩いなんて言ってはいけない言葉だ。それに……。」
 タオルを取ると、春樹はそこに手を当てる。
「何?」
「嫉妬した。」
 当てている手を自分に引き寄せた。すると倫子の頬が赤くなる。春樹の温かい手が倫子を包み、倫子もその体に体を寄せた。春樹は少しかがむとその首もとに唇を寄せる。
「仕事の話をしにきたのにな。」
「仕事で来たんでしょう?」
「せっかく二人きりなのに?」
 その言葉に倫子は少し笑って、春樹を離した。
「「西島書店」に連絡をしたいわ。」
「そうだね。それが先だ。」
 倫子はそう言って体を離すと、携帯電話を取り出した。いつもの担当者に連絡をするためだ。
「お疲れさまです。あのですね……。」
 その間、春樹は若井が飲んだであろう湯飲みを下げた。若井のことを考えると「淫靡小説」やエロ本である「好色」の担当者は男も女もいるが、こんなことは一切しない。夏川をはじめとした編集長がしっかりしているからだろうか。夏川も確かにちゃらいのはちゃらいが、仕事には真面目な男なのだろう。またはばれないようにしているのだろうか。自分と倫子のように。
 居間に戻ってくると倫子は電話を切って、ため息をつく。
「どうしたの?」
「あの男、女性の担当になると手が早くて、クレームが良く来てたみたい。それが続いていたから注意はずっとしていたのだけれど、証拠がないので処分も出来なかった。もし音声があるなら、回して欲しいと言われたわ。」
「……作品のことは?」
「今度は女性を回すって言ってる。謝罪もあった。けれど……気持ち悪いわね。」
 倫子は利用されたと思っているのだろうか。出版社によってはそういうこともあるかもしれないが、腑に落ちないこともあるのだろう。
「倫子。君が良ければだけど。」
 ずっと考えていたことがあった。春樹はそう思って倫子に言う。
「何?」
 煙草に手を伸ばして、倫子は春樹の方をみる。
「専属契約をしないか。」
「専属?」
「そういう作家先生もいる。専属になれば変な輩は来ないし、売れても売れなくても保証がある。」
 うまく今日は春樹がいたからいいものの、フリーの作家はこういうところが弱い。仕事の制限が無く稼げるのかもしれないが、その分危険と隣り合わせだ。
「専属になったら、書きたくないものも書かないといけないんじゃないの?」
「そうだね。」
「……恋愛小説なんかは書けないわ。」
 倫子はそういって煙草に火をつけると、春樹の方を見た。
「官能を書けば、そういわれるかもしれない。まだ書けないかな。」
「……官能のジャンルは良いかもしれない。だけど恋愛となれば別。誰かを特別な目で見たりしないもの。」
 すると春樹も煙草を取り出して火をつける。
「無理にとは言わない。だけど……専属だったら、俺が守ることが出来る。」
「……。」
「守りたいと思うよ。」
「奥様のために、でしょう?」
 煙を吐き出すと倫子はお茶を口に入れると、携帯電話が鳴った。それを目にすると、少し表情が変わる。
「どうしたの?」
「……少し黙って。」
 倫子はそういって、周りを見渡す。そして若井が持ってきた菓子折を手にした。それを開けると、中には最中が入っている。初めて来たのだから、それを手にしてくるのは当然だろう。だがその箱の蓋の裏をみる。そこには黒い小さな機械が張り付けてあった。
 倫子はそれを手にして中の機械を取り外した。
「盗聴器。」
「え?」
「ったく……そっちの出版社とはもう書かないようにしよう。」
 想像はできる。倫子はこの容姿であることは、一部の人は知っているだろう。見た目は誰とでもセックスをさせる股の緩い女だろう。その証拠を掴みたいと思っていたのだろうか。
「連載は?」
「こことはしていない。だから書きませんと言えばすぐに切ることが出来ると思う。」
 倫子は携帯電話を手にすると、その出版社に連絡を入れた。
「もしもし……小泉ですが。えぇ。先ほどの若井さんって方ですけど、盗聴器入りの菓子折を持ってきてですね。どういうことでしょうか。」
 スキャンダルを取りたいと思っていたのだろう。幸い、盗聴器だけだ。もし抱きしめていたのを取られていたりしたらと思うとぞっとする。
「いいえ、結構です。もうそちらで仕事をすることはありません。お世話になりました。」
 倫子はそういって電話を切る。そしてため息をついた。
「あの担当の人は悪い人ではなかったんだけどなぁ。」
「「西島書店」か。ちょっと前は羽振りが良かったみたいだけど。」
 人気作家を次々に送り出して、映画やドラマにもなった。だが最近は休刊する雑誌も多い。春樹のつとめている「戸崎出版」は、大きな企業のグループ組織であるため、割と安定している方だろう。
「週刊誌は、ゴシップになると割と売れてしまうからね。」
「その一時の増刷で、作家を失ってしまうのね。バカみたい。作家同士の繋がりがないとでも思ってるのかしら。」
「繋がりがあるの?」
 一人でどんどん動いていると思っていた。だから誰かと一緒に仕事をしていると思ってもなかったのだ。
「前に言ったでしょう?作家同志の集まりもあるのよ。あぁ、今週だったわ。」
「何?」
「月見酒。」
「風流だね。」
 そんなにたいしたものではない。大学生かというくらい皆飲んで、他の人に迷惑をかけるのだ。
「誰が来るの?」
「伊勢明さんが発起人よ。あとは、吉行銘子さんとか、佐藤栄介さんも来ることがあるわ。」
「そうそうたるメンツだね。」
「編集者も来ることがあるわ。春樹も来る?」
 倫子から誘われること自体が珍しい。島へ行ったとき以来だろうか。
「行ってもいいの?」
「良いけれど、期待しないでね。」
 そのとき玄関のチャイムが鳴った。倫子はその音に席を立つと、玄関の方へ向かった。
 その間、春樹はその電池がはずされた盗聴器を見ていた。これだけなのだろうか。もし、盗聴器を仕掛けているなら盗撮器もあると疑ってしまう。
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