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緊縛
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結局泉と伊織はつきあうことはなく、友達、そして、同居人のスタンスを取るのだという。変わらない関係に、倫子はほっとしたように思ったが反面、つきあえば恋愛の云々を見ることが出来たのにと少し残念に思った。
だがこの家の中で、つきあった、別れたは面倒だ。これで良かったのかもしれないと自分に言い聞かせながら、倫子はその日も一人で部屋にこもって執筆をしていた。
今日はこのあと、春樹のつとめている「戸崎出版」ではない別の会社の担当がくる。官能小説を載せてくれた雑誌だ。
それは小説の雑誌ではなく、エロ本だという。資料としてその本を購入して内容を知っていたので、それに準じた内容の話を書いたのだが、評判は悪くないらしい。前に「淫靡小説」に書いたものは、次々に女を変えるドン・ファンのような男の話を書いたが、リジェクトされたのだ。そこで、ここで書いたものは女性の目線に立った高校生と教師の話を書いてみたのだ。もちろん、こんなことがあれば大問題だなと倫子は思いながら、割と楽しみながら書いたのを覚えている。
次の話を書いて欲しいとまた依頼がきたので、それを受けようと思っていたのだ。倫子はここの出版社のミステリー雑誌に読み物を載せている。溜まったら本になるらしいが、それもまたその短編集の一部になるのだろうと思っていた。
ピンポーン。
古いチャイムの音がする。倫子は席を立つと、玄関の方へ向かっていった。
「はい。」
ドアを開けると、若くて日焼けをした男が立っていた。
「あの……誰?」
「「西島書店」の若井といいます。小泉倫子先生ですか。」
そういって男は名刺を出し出す。確かにその名刺には、いつも世話になっている出版社の名前と、雑誌名と、名前が書いてあった。その雑誌の担当者なのだろう。
「いつもの人がいいと言っていたのですけど。」
「雑誌の担当は俺なので、行って欲しいといわれたんですけど。」
確かにいつも来てくれている小太りの男は、文芸誌の担当だ。この男がエロ本の担当なら、断る理由はないだろう。
「……家の中は嫌です。」
「でもこの辺カフェも喫茶店もないですよね。」
だからあまり信用できない担当者は、町中のカフェなんかで打ち合わせをしていたのに、どうしていきなり自宅を教えたのだろう。倫子は心の中で舌打ちをする。
「わかりましたよ。中にどうぞ。」
せめて居間に通そう。そう思いながら、倫子は体をよけた。
「お邪魔します。」
何人か同居人がいるらしい。靴のサイズの違う男物の靴、倫子の趣味ではなさそうな色気のない靴がある。それを見ながら、若井という男は心の中で笑った。
客が多い家だ。だとすれば、きっと外見の通り股が緩いに違いない。あの襟刳りが大きくあいた薄手のセーターがそれを物語っている。
「お茶で良いですか。」
倫子はそういってお茶を入れると、若井の前におく。
「あ、すいません。」
これ以上は出したくない。そう思いながら、倫子も自分のお茶を入れる。
「この間の作品は評判が良くてですね。」
「はぁ……。」
「それで、短編集を出したらどうかとうちの方で提案されています。」
「官能のジャンルの短編ですか。」
そういうものもあるだろうが、需要があるのかどうかはわからない。
「なるべくジャンルはバラバラな感じで。今回がロリだったんで、次回はショタとか。」
「興味ないなぁ。」
ショタコンは本当に興味がない。だいたい、小さい男の子に性的な目が見れるのかわからない。あの皮付きソーセージみたいなものに、何も感じないのだ。
「小泉先生は、恋人は?」
「今はいません。」
軽くそう言ったが、一番に思い出したのは春樹だった。だが春樹のことを恋人というわけにはいかないだろう。
「先生の性癖でも結構ですよ。」
「普通です。」
広く開いた襟刳りから見える竜の入れ墨。手の甲に掘られているヘビの頭。いずれも勘違いさせるものだ。
「書きたいものを書いていいと言われたので、書きたいものを書きます。」
「だったら何を書きますか。」
「……今考えているのは、SMですね。少し前に女王様と話をしたんで。」
特殊なジャンルになりそうだ。それは受け入れる人が限られてくる。
「なるべくソフトSMでお願いしたいんですが。」
「どこまでがソフトですか?」
「例えば、叩くのは良いけれど道具は使わない。縛るのは手首と足首だけとか。」
「つまらない。」
だんだん倫子の態度が退屈という感じになってきた。まずい。このままだと、担当をはずされる。倫子に担当をはずされた人は評判になって、地方に飛ばされることもあるのだ。それだけは勘弁したい。
魚臭い田舎からやっと都会に出てきたのだ。この地位だけは守りたいと思う。
「あの……。」
「何ですか?」
「例えば、スカトロとかは……興味ないですよね。」
「無いですね。排泄物じゃないですか。」
そこまでハードではなく、ソフトすぎないSMだ。どれくらいが限度なのだろう。思わず若井は、お茶を口に入れると倫子の方を見た。
「どの辺まで書くつもりですか?」
「開発される人妻を書こうと思います。プロットは立ててますから、見ますか。」
「えぇ。」
そう言って倫子は席を立つと、居間を出て行った。まずい。このままでは倫子の機嫌を損ねる。どうしたらいいだろう。若井はそう思いながら、席を立った。するとその隣の部屋から倫子が出てくる。
「トイレですか?奥です。」
「あ……じゃなくて……。」
倫子の部屋に近づいていく。煙草の臭いがほのかにするようだ。
「何?」
思わずその体を抱き寄せた。そして首筋から耳にかけて舌を這わせる。
「な……。」
倫子はすぐに抵抗して、体をよじらせる。そしてその体に足を突き立てる。すると足は若井の腹部にヒットして、若井は体をくの時に曲げた。
「帰れ!作家に手を出す担当者なんかいらねぇんだよ。」
そのとき玄関で音がした。春樹がそこにやってきて、驚いたようにその光景を見ていた。
「そんな格好をして誘われてるって思われても仕方ねぇだろ。」
「何ですって?」
「小泉先生。」
あわてて春樹が倫子を止める。殴りかかりそうだったからだ。
「そっちの男とも寝てんだろ?官能小説なんか書いている女なんか、誰とでもやるヤリ○ンなんだろうからな。」
その言葉にさらに倫子はかちんとしたように、男に詰め寄ろうとした。だが、春樹がそれを止める。
「「西島書店」さんですよね。その言葉はあまりにも失礼だ。」
春樹はそう言って胸ポケットからICレコーダーを取り出した。
「これを、小泉先生から送ってもらいます。いい証拠になりますから。」
すると若井の顔色が悪くなる。
「それは……。」
「官能だからと他の文学作品よりも下だと思っている時点で、あなたはこの仕事に向いてませんよ。」
すると若井は居間へ戻ると、荷物をまとめて出て行ってしまった。その後ろ姿を見て、倫子は少しため息をついた。
だがこの家の中で、つきあった、別れたは面倒だ。これで良かったのかもしれないと自分に言い聞かせながら、倫子はその日も一人で部屋にこもって執筆をしていた。
今日はこのあと、春樹のつとめている「戸崎出版」ではない別の会社の担当がくる。官能小説を載せてくれた雑誌だ。
それは小説の雑誌ではなく、エロ本だという。資料としてその本を購入して内容を知っていたので、それに準じた内容の話を書いたのだが、評判は悪くないらしい。前に「淫靡小説」に書いたものは、次々に女を変えるドン・ファンのような男の話を書いたが、リジェクトされたのだ。そこで、ここで書いたものは女性の目線に立った高校生と教師の話を書いてみたのだ。もちろん、こんなことがあれば大問題だなと倫子は思いながら、割と楽しみながら書いたのを覚えている。
次の話を書いて欲しいとまた依頼がきたので、それを受けようと思っていたのだ。倫子はここの出版社のミステリー雑誌に読み物を載せている。溜まったら本になるらしいが、それもまたその短編集の一部になるのだろうと思っていた。
ピンポーン。
古いチャイムの音がする。倫子は席を立つと、玄関の方へ向かっていった。
「はい。」
ドアを開けると、若くて日焼けをした男が立っていた。
「あの……誰?」
「「西島書店」の若井といいます。小泉倫子先生ですか。」
そういって男は名刺を出し出す。確かにその名刺には、いつも世話になっている出版社の名前と、雑誌名と、名前が書いてあった。その雑誌の担当者なのだろう。
「いつもの人がいいと言っていたのですけど。」
「雑誌の担当は俺なので、行って欲しいといわれたんですけど。」
確かにいつも来てくれている小太りの男は、文芸誌の担当だ。この男がエロ本の担当なら、断る理由はないだろう。
「……家の中は嫌です。」
「でもこの辺カフェも喫茶店もないですよね。」
だからあまり信用できない担当者は、町中のカフェなんかで打ち合わせをしていたのに、どうしていきなり自宅を教えたのだろう。倫子は心の中で舌打ちをする。
「わかりましたよ。中にどうぞ。」
せめて居間に通そう。そう思いながら、倫子は体をよけた。
「お邪魔します。」
何人か同居人がいるらしい。靴のサイズの違う男物の靴、倫子の趣味ではなさそうな色気のない靴がある。それを見ながら、若井という男は心の中で笑った。
客が多い家だ。だとすれば、きっと外見の通り股が緩いに違いない。あの襟刳りが大きくあいた薄手のセーターがそれを物語っている。
「お茶で良いですか。」
倫子はそういってお茶を入れると、若井の前におく。
「あ、すいません。」
これ以上は出したくない。そう思いながら、倫子も自分のお茶を入れる。
「この間の作品は評判が良くてですね。」
「はぁ……。」
「それで、短編集を出したらどうかとうちの方で提案されています。」
「官能のジャンルの短編ですか。」
そういうものもあるだろうが、需要があるのかどうかはわからない。
「なるべくジャンルはバラバラな感じで。今回がロリだったんで、次回はショタとか。」
「興味ないなぁ。」
ショタコンは本当に興味がない。だいたい、小さい男の子に性的な目が見れるのかわからない。あの皮付きソーセージみたいなものに、何も感じないのだ。
「小泉先生は、恋人は?」
「今はいません。」
軽くそう言ったが、一番に思い出したのは春樹だった。だが春樹のことを恋人というわけにはいかないだろう。
「先生の性癖でも結構ですよ。」
「普通です。」
広く開いた襟刳りから見える竜の入れ墨。手の甲に掘られているヘビの頭。いずれも勘違いさせるものだ。
「書きたいものを書いていいと言われたので、書きたいものを書きます。」
「だったら何を書きますか。」
「……今考えているのは、SMですね。少し前に女王様と話をしたんで。」
特殊なジャンルになりそうだ。それは受け入れる人が限られてくる。
「なるべくソフトSMでお願いしたいんですが。」
「どこまでがソフトですか?」
「例えば、叩くのは良いけれど道具は使わない。縛るのは手首と足首だけとか。」
「つまらない。」
だんだん倫子の態度が退屈という感じになってきた。まずい。このままだと、担当をはずされる。倫子に担当をはずされた人は評判になって、地方に飛ばされることもあるのだ。それだけは勘弁したい。
魚臭い田舎からやっと都会に出てきたのだ。この地位だけは守りたいと思う。
「あの……。」
「何ですか?」
「例えば、スカトロとかは……興味ないですよね。」
「無いですね。排泄物じゃないですか。」
そこまでハードではなく、ソフトすぎないSMだ。どれくらいが限度なのだろう。思わず若井は、お茶を口に入れると倫子の方を見た。
「どの辺まで書くつもりですか?」
「開発される人妻を書こうと思います。プロットは立ててますから、見ますか。」
「えぇ。」
そう言って倫子は席を立つと、居間を出て行った。まずい。このままでは倫子の機嫌を損ねる。どうしたらいいだろう。若井はそう思いながら、席を立った。するとその隣の部屋から倫子が出てくる。
「トイレですか?奥です。」
「あ……じゃなくて……。」
倫子の部屋に近づいていく。煙草の臭いがほのかにするようだ。
「何?」
思わずその体を抱き寄せた。そして首筋から耳にかけて舌を這わせる。
「な……。」
倫子はすぐに抵抗して、体をよじらせる。そしてその体に足を突き立てる。すると足は若井の腹部にヒットして、若井は体をくの時に曲げた。
「帰れ!作家に手を出す担当者なんかいらねぇんだよ。」
そのとき玄関で音がした。春樹がそこにやってきて、驚いたようにその光景を見ていた。
「そんな格好をして誘われてるって思われても仕方ねぇだろ。」
「何ですって?」
「小泉先生。」
あわてて春樹が倫子を止める。殴りかかりそうだったからだ。
「そっちの男とも寝てんだろ?官能小説なんか書いている女なんか、誰とでもやるヤリ○ンなんだろうからな。」
その言葉にさらに倫子はかちんとしたように、男に詰め寄ろうとした。だが、春樹がそれを止める。
「「西島書店」さんですよね。その言葉はあまりにも失礼だ。」
春樹はそう言って胸ポケットからICレコーダーを取り出した。
「これを、小泉先生から送ってもらいます。いい証拠になりますから。」
すると若井の顔色が悪くなる。
「それは……。」
「官能だからと他の文学作品よりも下だと思っている時点で、あなたはこの仕事に向いてませんよ。」
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