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家族
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焼酎の水割りとロックを頼み、焼きなすとシシャモの炭火焼きが運ばれた。食事はしているので軽いものでいいのだ。倫子はロックを受け取り、春樹は水割りを受け取る。
「美味しいわ。焼きなす。」
「なすはもう旬が終わったと思っていたけど。」
「そうね。なす自体の美味しさではなくて、味付けのようね。ポン酢の酢が変わった香りがする。」
もう少しで日が変わるだろうに、客はとぎれることはない。この辺は住宅街なのに、飲むところが少ないからだろうか。この裏にはスナックがある。高校生の間で少し評判のママがしているのだ。
「裏のスナックの話を聞いたことがある?」
「あぁ。工業高校の近くのアパートに住んでいて、いつも見えるように下着を干しているとね。」
「高校生が頼めば童貞を卒業させてくれるとか。でもあのママは、どう考えても五十は過ぎているわ。」
「きっと……伊織も同じようなものだったんだろうね。」
土地が違えば、考え方も変わる。遠く離れた国では一夫多妻性がまだ根強いところもあるのだ。
「子供を産まなければ女として認められないし、男も家族を作らなければ男として認められないのよ。」
二人は並んでカウンター席にいる。手を伸ばせば触れられる距離だろう。伸ばした手を春樹は引っ込めた。倫子の言葉が、妻を見ろと言っているように聞こえたから。
妻と家族を作る予定だった。だが妻は、起きることがない。春樹は水割りを口に付けて、倫子に言った。
「妻は今年一杯持つかわからないと言われたよ。」
その言葉に倫子は箸を止めた。
「……調子が悪いの?」
「あぁ。少し前までは目を開けることもあったんだけれど、最近はそれもない。もしかしたらとは思っていた。」
「そう……。」
だからといって春樹の奥さんが亡くなったら、自分が妻になるなんてことはない。だが心の中にもやっとしたものがある。
「奥様の話はあまり聞いたことがないわね。」
「君に言うと、何でもネタにしそうだ。」
「そんなことはないわ。そこまで節操がないわけじゃない。」
頬を膨らませて、倫子は春樹を見ていた。
「今日のはネタにはしない?」
「しないわ。でも……俄然興味が出てきたわね。」
「何が?」
「伊織の居た国。表面上だけを聞いて、一本ショートストーリーを考えたけれど、やはりリアルな空気を知りたいわ。」
「女性が一人でいけるような国じゃないよ。」
「え?」
「何度か会ったことがあるかな。加藤さん。」
「あぁ。女性の編集者の……。」
倫子に敵意を燃やしている女性なので、倫子は良く覚えていた。
「年に一度だけ長期の休みを取ることがあって、その休みで海外へ行くんだ。だけど、そっちの方面には行かないと言っていた。」
「どうして?」
「あっちの国は自由恋愛が禁止なんだ。結婚相手は親が決める。だからデートもしないし、映画ですらラブシーンは御法度だ。」
「だから売春をするの?」
「そう。お金になるからね。でもそのお金を持っていない人は、一人歩きの女性をレイプすることが多い。特に旅行者は格好のターゲットになる。旅行者なら、後腐れもないからね。」
「それって国際問題にはならないの?」
「なることもある。だけど、人数が多すぎて手が回らないってのが現状みたいだ。」
レイプされる人が多いのか、それとも集団のレイプ犯が多いのかはわからない。どちらにしても泣き寝入りしかない。
「行くんなら、男性と一緒に行った方が良い。特に夫婦であれば歓迎されるってね。」
だからといって春樹と行くことはない。倫子はそう思いながら、また焼きなすに箸をつけた。
とりあえず頭を冷やそうと泉は風呂に入り、伊織は片づけと明日の米を研いでいた。明日、米を買わないといけないだろう。米櫃の中の米が少ない。
そしてお茶を入れると、居間に戻ってそれに口を付けた。すると泉が居間に戻ってくる。まだ濡れ髪のままだ。
「アイス食べたいな。」
泉はそういって台所の冷凍庫から棒付きのアイスを取り出した。そしてそれをかじると、ため息をつく。言われたことはショックだったのだ。自分が遠くの国で死んだ女性と似ているから抱きしめたのだという事実に。
「泉。」
お茶を飲みながら、伊織は座るように促した。すると泉は素直にそれに応じる。
「……俺さ……謝らないといけないと思って。」
「……私も過剰に反応したわ。」
「初めてだったんだろう?」
「伊織は?」
「え?」
「その……死んだ女性の母親に……その……。」
「あぁ。それなりにしたよ。俺、何歳だと思ってんの。」
その言葉に泉は少し笑う。
「けど……うまくできないときもあったよ。立たなかったときもあるし。」
「そう……。」
「俺さ……失礼かもしれないけれど、倫子ならうまくやれると思った。」
「倫子が好きだから?」
アイスにかじり付いて泉はそう聞くと、泉は首を横に振った。
「その死んだ女とは正反対だと思ったから。」
死んだその女も飾り気はなかった。暑い国だったから確かに露出は激しかったが、胸の膨らみはほとんどなかったように思える。
だから倫子のように女らしく、入れ墨もあり、色気のあるタイプならいけると思った。
「でも……やっぱり女は女だ。どうしても手が震えるよ。」
倫子に襲いかかったこともあった。だが体が震えて、止められなかった。
「そっか……。だからいっそ忘れないように似たような女に手を出してみようと思ったの?」
「違うよ。あのとき、俺は……。」
泉が女であることに自信をなくして、だから自信をつけさせようと思ったのか。違う。
死んだ女に泉を重ねたからだろうか。それも違う。
だったら何だろう。泉をあのとき抱きしめたのは、どういう感情だったのだろうか。
「泉……。」
アイスを食べ終わって、泉はその棒をビニールの中にくるんだ。
「何?」
「もう一度抱きしめさせてもらえないか。」
斜め向かいで、伊織が泉に聞く。すると泉は口をとがらせた。
「倫子の代わりっていうのだったら嫌。」
「違う。俺……泉だったら震えないと思う。その確認がしたい。」
それが恋愛感情なのかわからない。恋人になるのかもわからない。だがそれを確かめたいと思う。
コップをおいて、泉を見ていた。すると泉は首を横に振る。
「怖いから……。」
抱きしめて欲しい。なのにそう自分にいいわけをした。すると伊織は立ち上がると、いつも倫子の座っているその席に座った。隣には泉がいる。
うつむいているのに頬が赤いのがわかる。そこに手を伸ばすと、伊織はその後ろ頭に手を添えた。そして倒れ込んでくる泉の体に手を伸ばす。すると泉もまたその体に手を伸ばした。
「美味しいわ。焼きなす。」
「なすはもう旬が終わったと思っていたけど。」
「そうね。なす自体の美味しさではなくて、味付けのようね。ポン酢の酢が変わった香りがする。」
もう少しで日が変わるだろうに、客はとぎれることはない。この辺は住宅街なのに、飲むところが少ないからだろうか。この裏にはスナックがある。高校生の間で少し評判のママがしているのだ。
「裏のスナックの話を聞いたことがある?」
「あぁ。工業高校の近くのアパートに住んでいて、いつも見えるように下着を干しているとね。」
「高校生が頼めば童貞を卒業させてくれるとか。でもあのママは、どう考えても五十は過ぎているわ。」
「きっと……伊織も同じようなものだったんだろうね。」
土地が違えば、考え方も変わる。遠く離れた国では一夫多妻性がまだ根強いところもあるのだ。
「子供を産まなければ女として認められないし、男も家族を作らなければ男として認められないのよ。」
二人は並んでカウンター席にいる。手を伸ばせば触れられる距離だろう。伸ばした手を春樹は引っ込めた。倫子の言葉が、妻を見ろと言っているように聞こえたから。
妻と家族を作る予定だった。だが妻は、起きることがない。春樹は水割りを口に付けて、倫子に言った。
「妻は今年一杯持つかわからないと言われたよ。」
その言葉に倫子は箸を止めた。
「……調子が悪いの?」
「あぁ。少し前までは目を開けることもあったんだけれど、最近はそれもない。もしかしたらとは思っていた。」
「そう……。」
だからといって春樹の奥さんが亡くなったら、自分が妻になるなんてことはない。だが心の中にもやっとしたものがある。
「奥様の話はあまり聞いたことがないわね。」
「君に言うと、何でもネタにしそうだ。」
「そんなことはないわ。そこまで節操がないわけじゃない。」
頬を膨らませて、倫子は春樹を見ていた。
「今日のはネタにはしない?」
「しないわ。でも……俄然興味が出てきたわね。」
「何が?」
「伊織の居た国。表面上だけを聞いて、一本ショートストーリーを考えたけれど、やはりリアルな空気を知りたいわ。」
「女性が一人でいけるような国じゃないよ。」
「え?」
「何度か会ったことがあるかな。加藤さん。」
「あぁ。女性の編集者の……。」
倫子に敵意を燃やしている女性なので、倫子は良く覚えていた。
「年に一度だけ長期の休みを取ることがあって、その休みで海外へ行くんだ。だけど、そっちの方面には行かないと言っていた。」
「どうして?」
「あっちの国は自由恋愛が禁止なんだ。結婚相手は親が決める。だからデートもしないし、映画ですらラブシーンは御法度だ。」
「だから売春をするの?」
「そう。お金になるからね。でもそのお金を持っていない人は、一人歩きの女性をレイプすることが多い。特に旅行者は格好のターゲットになる。旅行者なら、後腐れもないからね。」
「それって国際問題にはならないの?」
「なることもある。だけど、人数が多すぎて手が回らないってのが現状みたいだ。」
レイプされる人が多いのか、それとも集団のレイプ犯が多いのかはわからない。どちらにしても泣き寝入りしかない。
「行くんなら、男性と一緒に行った方が良い。特に夫婦であれば歓迎されるってね。」
だからといって春樹と行くことはない。倫子はそう思いながら、また焼きなすに箸をつけた。
とりあえず頭を冷やそうと泉は風呂に入り、伊織は片づけと明日の米を研いでいた。明日、米を買わないといけないだろう。米櫃の中の米が少ない。
そしてお茶を入れると、居間に戻ってそれに口を付けた。すると泉が居間に戻ってくる。まだ濡れ髪のままだ。
「アイス食べたいな。」
泉はそういって台所の冷凍庫から棒付きのアイスを取り出した。そしてそれをかじると、ため息をつく。言われたことはショックだったのだ。自分が遠くの国で死んだ女性と似ているから抱きしめたのだという事実に。
「泉。」
お茶を飲みながら、伊織は座るように促した。すると泉は素直にそれに応じる。
「……俺さ……謝らないといけないと思って。」
「……私も過剰に反応したわ。」
「初めてだったんだろう?」
「伊織は?」
「え?」
「その……死んだ女性の母親に……その……。」
「あぁ。それなりにしたよ。俺、何歳だと思ってんの。」
その言葉に泉は少し笑う。
「けど……うまくできないときもあったよ。立たなかったときもあるし。」
「そう……。」
「俺さ……失礼かもしれないけれど、倫子ならうまくやれると思った。」
「倫子が好きだから?」
アイスにかじり付いて泉はそう聞くと、泉は首を横に振った。
「その死んだ女とは正反対だと思ったから。」
死んだその女も飾り気はなかった。暑い国だったから確かに露出は激しかったが、胸の膨らみはほとんどなかったように思える。
だから倫子のように女らしく、入れ墨もあり、色気のあるタイプならいけると思った。
「でも……やっぱり女は女だ。どうしても手が震えるよ。」
倫子に襲いかかったこともあった。だが体が震えて、止められなかった。
「そっか……。だからいっそ忘れないように似たような女に手を出してみようと思ったの?」
「違うよ。あのとき、俺は……。」
泉が女であることに自信をなくして、だから自信をつけさせようと思ったのか。違う。
死んだ女に泉を重ねたからだろうか。それも違う。
だったら何だろう。泉をあのとき抱きしめたのは、どういう感情だったのだろうか。
「泉……。」
アイスを食べ終わって、泉はその棒をビニールの中にくるんだ。
「何?」
「もう一度抱きしめさせてもらえないか。」
斜め向かいで、伊織が泉に聞く。すると泉は口をとがらせた。
「倫子の代わりっていうのだったら嫌。」
「違う。俺……泉だったら震えないと思う。その確認がしたい。」
それが恋愛感情なのかわからない。恋人になるのかもわからない。だがそれを確かめたいと思う。
コップをおいて、泉を見ていた。すると泉は首を横に振る。
「怖いから……。」
抱きしめて欲しい。なのにそう自分にいいわけをした。すると伊織は立ち上がると、いつも倫子の座っているその席に座った。隣には泉がいる。
うつむいているのに頬が赤いのがわかる。そこに手を伸ばすと、伊織はその後ろ頭に手を添えた。そして倒れ込んでくる泉の体に手を伸ばす。すると泉もまたその体に手を伸ばした。
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