守るべきモノ

神崎

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家族

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 電車の中はもう冷房などはきいていない。もう少しすれば暖房になるのかもしれないが、まだ暖房も必要ではないだろう。それに濡れた体には、冷房はかえって体を冷やす。
「春樹さんは、結婚する前は彼女がいたことはあるの?」
「それなりにね。」
「浮気は?」
「したこと無いな。俺が仕事ばかりしていたから、あっちが浮気されることが多くてね。」
 仕事ばかりしているからだ。勝手にくっついて勝手に離れていくのがいつも通りだった。
「俺、大学の時と、社会人になってから何人かつきあったけど……。」
 伊織は奥手だった。相手のことはそれなりに好きだったし、キスをしたい、セックスをしたいと思う相手も居た。だがそのたびに昔を思い出す。
「君が何があったかなんて知らない。けれど、泉さんに何かをしたのは確実なんだ。」
「泉に……。」
 泉は逃げていた。だから家にいたくないと思っている。
「泉さんは何も経験していないと言っていた。君が迫ったの?」
「迫ったって言うか……。泉が女として自信をなくしていたから……。」
「だから君が迫ってみたってことか。君、泉さんに好かれているとでも思っていたの?」
「違う。」
「だったら……。」
「俺がしたかったから。」
 途中の駅で止まり、春樹は少しため息を付いた。自分も似たようなものだ。倫子は嫌がっていたが、酔いに任せてキスをした。作品のためと言ってセックスをした。だがそれは倫子のためと言いながら、自分のためだと思う。すなわち、心から好きなのだ。
「それは言葉が先じゃないか。言わなければ伝わらないよ。なんのために言葉があるんだ。」
「……俺、泉が好きなんじゃない。」
「……倫子さん?」
 それだけは口にしないで欲しかった。だが伊織はゆっくりとうなづく。これで倫子が伊織を好きになれば、自分がもう倫子を抱くことはないのだ。
「だったら泉さんにどうして手を出したの?」
「泉がそんなことまで?」
 電車のドアが閉まり、また電車は少し揺れて走り出した。
「いいや。かまを掛けただけ。本当に手を出したの?」
 すると伊織は口をとがらせる。賭で言われただけのことを言われたくなかった。
「抱きしめた。」
 倫子が相手だとちらついた相手が、泉相手ではちらつかなかった。それだけ泉のことを思っていたからかもしれない。

 駅をでると雨は土砂降りになっていた。やはり傘を買うべきだったかと、二人は忌々しく空を見ていた。駅の近くにはコンビニがあるが、傘はもう無いだろう。
「濡れて帰るか。」
 そう言って春樹はそのまま外にでようとした。そのときだった。
「ちょっと待って。」
 聞き慣れた声がする。そこには倫子の姿があった。
「倫子さん。待ってたの?」
「伊織から連絡があったのよ。仕事道具が濡れたら大変なことになるからって。」
 着く時間を伝えていたのだろう。倫子の手には傘が三本握られている。
「泉は合羽を持って行ってたわ。」
「用意がいいね。」
 春樹はそう言って傘を受け取った。
「あぁ。伊織。お肉を受け取ったわ。」
「肉?」
 春樹が不思議そうにきくと、伊織は少し笑って言う。
「姉が母の名前で肉を送ったって言っていたよ。」
「電話しておいたわ。感じのいいお母さんね。」
 長いことが異国の生活をしている両親だ。生まれが違えば考え方も違うと、いろんな人に合わせているのだろう。それは倫子のような人でも同じだ。
「あのお肉は週末食べましょう。とりあえず今日は、肉じゃがをしておいたから。」
「倫子が作ったの?」
「えぇ。ちょっと執筆に詰まってたから、料理でもしようかと思って。」
 倫子は仕事に詰まると料理をしたり、掃除を始める。そうやって気分をうまく変えていたのだ。
「そう言えば、倫子さん。明日、仕事の話をしに行くから。」
「……何か依頼?」
「そうだね。他の雑誌のオファーが入っている。」
 春樹や伊織のおかげで、家のローンは割と余裕がある。夏ほど「仕事」と言わなくても良くなった。
「同じ出版社でしょう?まさか「淫靡小説」じゃないの?」
「その通りだよ。」
 すると倫子はため息を付く。あの軽薄そうな男に家に入られるのがいやだ。
「担当は夏川編集長じゃなくても良いって言ってた。」
「また「愛」のある作品をなんて言うんでしょ?お断りだわ。」
 その言葉に伊織も思わず笑った。
「官能小説に「愛」?」
「えぇ。そう言うことをしろって。ただの肉欲に「愛」なんかあるわけ無いでしょ?」
「この間別の出版社で書いたモノが評判が良いみたいだよ。そう言う感じで書いて欲しいとね。」
「……。」
 だったら不倫モノでも書いてやろうか。倫子はそう思いながら足を進める。だが今はそれを書きたくない。書けば自分が重なるから。
「まぁ……書きたいジャンルはあるの。」
「どんなの?」
「前に会ったSMの女王様のネタ。」
「へぇ……。倫子さんは縛りたいの?」
「いやよ。書いたからって、自分の性趣向と重なるなんてことはないわ。」
「じゃあ、縛られたいの?」
 意地悪そうに伊織がきくと、倫子はどんと伊織の体を軽くはたいた。
「勘弁してよ。」
 倫子はこの容姿だからサディストなのだと思っていた。だが実際は違う。いや、いやと抵抗しても、そのたびに興奮するようにそこが濡れるのだ。
 きっとマゾヒストなのだろう。
 それが自分をまたかき立てる。
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