79 / 384
家族
79
しおりを挟む
電車の中はもう冷房などはきいていない。もう少しすれば暖房になるのかもしれないが、まだ暖房も必要ではないだろう。それに濡れた体には、冷房はかえって体を冷やす。
「春樹さんは、結婚する前は彼女がいたことはあるの?」
「それなりにね。」
「浮気は?」
「したこと無いな。俺が仕事ばかりしていたから、あっちが浮気されることが多くてね。」
仕事ばかりしているからだ。勝手にくっついて勝手に離れていくのがいつも通りだった。
「俺、大学の時と、社会人になってから何人かつきあったけど……。」
伊織は奥手だった。相手のことはそれなりに好きだったし、キスをしたい、セックスをしたいと思う相手も居た。だがそのたびに昔を思い出す。
「君が何があったかなんて知らない。けれど、泉さんに何かをしたのは確実なんだ。」
「泉に……。」
泉は逃げていた。だから家にいたくないと思っている。
「泉さんは何も経験していないと言っていた。君が迫ったの?」
「迫ったって言うか……。泉が女として自信をなくしていたから……。」
「だから君が迫ってみたってことか。君、泉さんに好かれているとでも思っていたの?」
「違う。」
「だったら……。」
「俺がしたかったから。」
途中の駅で止まり、春樹は少しため息を付いた。自分も似たようなものだ。倫子は嫌がっていたが、酔いに任せてキスをした。作品のためと言ってセックスをした。だがそれは倫子のためと言いながら、自分のためだと思う。すなわち、心から好きなのだ。
「それは言葉が先じゃないか。言わなければ伝わらないよ。なんのために言葉があるんだ。」
「……俺、泉が好きなんじゃない。」
「……倫子さん?」
それだけは口にしないで欲しかった。だが伊織はゆっくりとうなづく。これで倫子が伊織を好きになれば、自分がもう倫子を抱くことはないのだ。
「だったら泉さんにどうして手を出したの?」
「泉がそんなことまで?」
電車のドアが閉まり、また電車は少し揺れて走り出した。
「いいや。かまを掛けただけ。本当に手を出したの?」
すると伊織は口をとがらせる。賭で言われただけのことを言われたくなかった。
「抱きしめた。」
倫子が相手だとちらついた相手が、泉相手ではちらつかなかった。それだけ泉のことを思っていたからかもしれない。
駅をでると雨は土砂降りになっていた。やはり傘を買うべきだったかと、二人は忌々しく空を見ていた。駅の近くにはコンビニがあるが、傘はもう無いだろう。
「濡れて帰るか。」
そう言って春樹はそのまま外にでようとした。そのときだった。
「ちょっと待って。」
聞き慣れた声がする。そこには倫子の姿があった。
「倫子さん。待ってたの?」
「伊織から連絡があったのよ。仕事道具が濡れたら大変なことになるからって。」
着く時間を伝えていたのだろう。倫子の手には傘が三本握られている。
「泉は合羽を持って行ってたわ。」
「用意がいいね。」
春樹はそう言って傘を受け取った。
「あぁ。伊織。お肉を受け取ったわ。」
「肉?」
春樹が不思議そうにきくと、伊織は少し笑って言う。
「姉が母の名前で肉を送ったって言っていたよ。」
「電話しておいたわ。感じのいいお母さんね。」
長いことが異国の生活をしている両親だ。生まれが違えば考え方も違うと、いろんな人に合わせているのだろう。それは倫子のような人でも同じだ。
「あのお肉は週末食べましょう。とりあえず今日は、肉じゃがをしておいたから。」
「倫子が作ったの?」
「えぇ。ちょっと執筆に詰まってたから、料理でもしようかと思って。」
倫子は仕事に詰まると料理をしたり、掃除を始める。そうやって気分をうまく変えていたのだ。
「そう言えば、倫子さん。明日、仕事の話をしに行くから。」
「……何か依頼?」
「そうだね。他の雑誌のオファーが入っている。」
春樹や伊織のおかげで、家のローンは割と余裕がある。夏ほど「仕事」と言わなくても良くなった。
「同じ出版社でしょう?まさか「淫靡小説」じゃないの?」
「その通りだよ。」
すると倫子はため息を付く。あの軽薄そうな男に家に入られるのがいやだ。
「担当は夏川編集長じゃなくても良いって言ってた。」
「また「愛」のある作品をなんて言うんでしょ?お断りだわ。」
その言葉に伊織も思わず笑った。
「官能小説に「愛」?」
「えぇ。そう言うことをしろって。ただの肉欲に「愛」なんかあるわけ無いでしょ?」
「この間別の出版社で書いたモノが評判が良いみたいだよ。そう言う感じで書いて欲しいとね。」
「……。」
だったら不倫モノでも書いてやろうか。倫子はそう思いながら足を進める。だが今はそれを書きたくない。書けば自分が重なるから。
「まぁ……書きたいジャンルはあるの。」
「どんなの?」
「前に会ったSMの女王様のネタ。」
「へぇ……。倫子さんは縛りたいの?」
「いやよ。書いたからって、自分の性趣向と重なるなんてことはないわ。」
「じゃあ、縛られたいの?」
意地悪そうに伊織がきくと、倫子はどんと伊織の体を軽くはたいた。
「勘弁してよ。」
倫子はこの容姿だからサディストなのだと思っていた。だが実際は違う。いや、いやと抵抗しても、そのたびに興奮するようにそこが濡れるのだ。
きっとマゾヒストなのだろう。
それが自分をまたかき立てる。
「春樹さんは、結婚する前は彼女がいたことはあるの?」
「それなりにね。」
「浮気は?」
「したこと無いな。俺が仕事ばかりしていたから、あっちが浮気されることが多くてね。」
仕事ばかりしているからだ。勝手にくっついて勝手に離れていくのがいつも通りだった。
「俺、大学の時と、社会人になってから何人かつきあったけど……。」
伊織は奥手だった。相手のことはそれなりに好きだったし、キスをしたい、セックスをしたいと思う相手も居た。だがそのたびに昔を思い出す。
「君が何があったかなんて知らない。けれど、泉さんに何かをしたのは確実なんだ。」
「泉に……。」
泉は逃げていた。だから家にいたくないと思っている。
「泉さんは何も経験していないと言っていた。君が迫ったの?」
「迫ったって言うか……。泉が女として自信をなくしていたから……。」
「だから君が迫ってみたってことか。君、泉さんに好かれているとでも思っていたの?」
「違う。」
「だったら……。」
「俺がしたかったから。」
途中の駅で止まり、春樹は少しため息を付いた。自分も似たようなものだ。倫子は嫌がっていたが、酔いに任せてキスをした。作品のためと言ってセックスをした。だがそれは倫子のためと言いながら、自分のためだと思う。すなわち、心から好きなのだ。
「それは言葉が先じゃないか。言わなければ伝わらないよ。なんのために言葉があるんだ。」
「……俺、泉が好きなんじゃない。」
「……倫子さん?」
それだけは口にしないで欲しかった。だが伊織はゆっくりとうなづく。これで倫子が伊織を好きになれば、自分がもう倫子を抱くことはないのだ。
「だったら泉さんにどうして手を出したの?」
「泉がそんなことまで?」
電車のドアが閉まり、また電車は少し揺れて走り出した。
「いいや。かまを掛けただけ。本当に手を出したの?」
すると伊織は口をとがらせる。賭で言われただけのことを言われたくなかった。
「抱きしめた。」
倫子が相手だとちらついた相手が、泉相手ではちらつかなかった。それだけ泉のことを思っていたからかもしれない。
駅をでると雨は土砂降りになっていた。やはり傘を買うべきだったかと、二人は忌々しく空を見ていた。駅の近くにはコンビニがあるが、傘はもう無いだろう。
「濡れて帰るか。」
そう言って春樹はそのまま外にでようとした。そのときだった。
「ちょっと待って。」
聞き慣れた声がする。そこには倫子の姿があった。
「倫子さん。待ってたの?」
「伊織から連絡があったのよ。仕事道具が濡れたら大変なことになるからって。」
着く時間を伝えていたのだろう。倫子の手には傘が三本握られている。
「泉は合羽を持って行ってたわ。」
「用意がいいね。」
春樹はそう言って傘を受け取った。
「あぁ。伊織。お肉を受け取ったわ。」
「肉?」
春樹が不思議そうにきくと、伊織は少し笑って言う。
「姉が母の名前で肉を送ったって言っていたよ。」
「電話しておいたわ。感じのいいお母さんね。」
長いことが異国の生活をしている両親だ。生まれが違えば考え方も違うと、いろんな人に合わせているのだろう。それは倫子のような人でも同じだ。
「あのお肉は週末食べましょう。とりあえず今日は、肉じゃがをしておいたから。」
「倫子が作ったの?」
「えぇ。ちょっと執筆に詰まってたから、料理でもしようかと思って。」
倫子は仕事に詰まると料理をしたり、掃除を始める。そうやって気分をうまく変えていたのだ。
「そう言えば、倫子さん。明日、仕事の話をしに行くから。」
「……何か依頼?」
「そうだね。他の雑誌のオファーが入っている。」
春樹や伊織のおかげで、家のローンは割と余裕がある。夏ほど「仕事」と言わなくても良くなった。
「同じ出版社でしょう?まさか「淫靡小説」じゃないの?」
「その通りだよ。」
すると倫子はため息を付く。あの軽薄そうな男に家に入られるのがいやだ。
「担当は夏川編集長じゃなくても良いって言ってた。」
「また「愛」のある作品をなんて言うんでしょ?お断りだわ。」
その言葉に伊織も思わず笑った。
「官能小説に「愛」?」
「えぇ。そう言うことをしろって。ただの肉欲に「愛」なんかあるわけ無いでしょ?」
「この間別の出版社で書いたモノが評判が良いみたいだよ。そう言う感じで書いて欲しいとね。」
「……。」
だったら不倫モノでも書いてやろうか。倫子はそう思いながら足を進める。だが今はそれを書きたくない。書けば自分が重なるから。
「まぁ……書きたいジャンルはあるの。」
「どんなの?」
「前に会ったSMの女王様のネタ。」
「へぇ……。倫子さんは縛りたいの?」
「いやよ。書いたからって、自分の性趣向と重なるなんてことはないわ。」
「じゃあ、縛られたいの?」
意地悪そうに伊織がきくと、倫子はどんと伊織の体を軽くはたいた。
「勘弁してよ。」
倫子はこの容姿だからサディストなのだと思っていた。だが実際は違う。いや、いやと抵抗しても、そのたびに興奮するようにそこが濡れるのだ。
きっとマゾヒストなのだろう。
それが自分をまたかき立てる。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる