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家族
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雨が降りそうだなと思いながら、倫子は乾いた洗濯物を取り込んでいた。四人分になった洗濯物は、割と多くなった。イヤ正確には五人分。そのもう一人分は、春樹の妻である未来のモノだ。タオルや下着を春樹は毎日持って帰る。それを洗って干して畳むと、春樹の部屋の入り口に春樹の洗濯物と一緒に置いておくのだ。それは伊織も泉も一緒のこと。
もし意識が戻ったら、春樹はどう説明するのだろう。独身の女性の家に間借りさせてもらっているなど、一昔の文芸作品であれば使い古されたネタでもある。イヤ、それよりもことあるごとに寝ているなんていうことをどう説明するのだろう。作品のため、そして倫子のために仕方がないというのだろうか。
体の相性というのは少なからずあるのだろう。春樹とのセックスは誰よりも気持ちがいい。自分を忘れそうになるくらい求めてしまう。
春樹のパンツを畳みながら、倫子は少しため息を付いた。
これがもし、伊織だったらこんなに悩まないのかもしれない。独身の男女が一つ屋根の下にいるのだ。いつまでも友達や仲間でいれるわけがない。だが伊織とこんなことをしたくないと思う。やはり春樹ではないと意味がないのだ。
「……。」
そのとき家のチャイムが鳴った。洗濯物をその場において、玄関へ向かう。
「はい。」
ドアを開けると、そこには宅配業者が発泡スチロールを持って立っていた。
「小泉さんのお宅ですか。」
「はい。」
「お届け物です。サインか印鑑をいただきたいのですが。」
ペンを差し出されると、倫子はその上でサインをする。その間、その男の視線が倫子の胸元に注がれた。セクハラか。そう思いながら、倫子はペンを返して、その荷物を受け取った。
「どうも。お疲れさまです。」
倫子はそういってドアを閉める。発泡スチロールである、冷蔵の文字がある。生物なのだろう。そう思いながら台所にそれを運んだ。そして相手先の名前をみた。だがその名前に見覚えがない。
「富岡?あ……。」
もしかしたら伊織の関係なのだろうか。だとしたら勝手に開けていいのか。イヤ。生物と書いてある。開けなければ冷蔵庫にいれられない。そう思いながら、倫子は自分の部屋に置いてある携帯電話で伊織にメッセージを送る。しばらくすると伊織からメッセージが返ってきた。
相手は「富岡淳子」。伊織の母らしい。勝手に開けて冷蔵庫に入れて置いて欲しいとメッセージには書いてある。
それを確認して発泡スチロールを開ける。そこには見事な牛肉が数枚鎮座してあった。和牛で、霜降り。これは素人が焼いても美味しいヤツだ。
「でもまぁ……肉ってそんなに食べないけどなぁ。」
以前、四人で焼き肉へ行ったことはある。だが倫子は肉よりも酒だし、春樹は胃もたれをすると言ってきたし、伊織は肉よりも魚が好きだ。唯一、よく食べるのは泉くらいだろう。
「……。」
しかし泉には少し不安材料がある。最近、早く出て遅く帰る。それはこの家の誰かに会いたくないからだろうか。それは自分なのかと不安になる。もしかして、倫子と春樹の関係を知ってしまったのだろうか。だからこの家にいたくないのだろうか。
いろんな想像をして不安になる。だがすべてに確信はない。
チョコレートから想像させた店のロゴは、そこの菓子店のコンクールに採用された。伊織は心中でガッツポーズを取りながら、その店のオーナーから手渡されたチョコレート菓子を鞄の中に入れる。
アルコールが入っているから、倫子が好きだろう。そう思っていたのだ。
そして退社時間になって伊織は帰ろうとしたときだった。伊織の携帯電話が鳴る。その相手を見て少しげんなりした。
「はい……え?こっちに来てるの?うん……わかった。会社近くにある、カフェに行くよ。」
ため息を付いて携帯電話を切る。イヤな人から連絡があったものだと思ったのだ。
「どうしたの、大きなため息ね。」
社長である上岡富美子が、そういって声をかけた。
「イヤ……姉が来てるらしくて。ちょっと会わないといけないって思うとですね。」
「お姉さん嫌いなの?」
「んー……得意ではないですね。あっちはエリートだし。」
姉は世界を回っていた両親に愛想を尽かして、留学という形で離れた。先進国で飛び級をして、若いうちから国際弁護士になっていたが、結婚を期に地方の弁護士事務所に籍を置いたのだ。子供がいれば、そうなってしまうのかもしれない。
だがプライドは高い。その高さが伊織をいらつかせる。
そして伊織はオフィスをでて、近くのカフェに入った。するとそこにはグレーのスーツを着た背の高い女性が、パソコンとにらめっこをしている。伊織もコーヒーを頼むと、それを手にしてその女性の前に座った。
「姉さん。」
「あー。伊織。久しぶりね。」
「うん。」
「こっちに出てきたのいつ?」
「半年前くらいかな。」
「そう……あぁ、母さんの名義で肉を送っておいたわ。あなたの家主宛に。」
「うん。連絡をもらったよ。」
窮屈にまとめた髪は弁護士として嘗められないように。子供を産んでいるから、仕事に制限があると言われないようにと出来る限り仕事をしているらしい。
「姉さんこそ、こんな街で仕事?」
「顧問弁護士をして欲しいんだってさ。知ってる?「戸崎出版」。」
その名前に思わずコーヒーを噴きそうになった。春樹のいる出版社だからだ。
「え……「戸崎出版」で?」
「最近、ほら、ゴーストライターだの、模倣だのって訴えられることも多いし、それから海賊版の問題もあるんでしょう?」
「あぁ。そうだね。」
「あんたも、派手に動いているみたいだけど「模倣」なんて言われたら、仕事を一気になくすでしょう?」
「まぁね。」
「そうならないように気をつけなさいよ。」
この間、そういうニュースがあったばかりだ。伊織もそれにはずっっと気をつけている。
「それから、同居してる人たちってあと何人いるの?」
「家主の他はあと二人。」
「家主って、小泉倫子先生よね。」
「うん。」
「若いの?」
「俺より若いよ。」
「それで家を買うなんて、博打も良いところね。本は面白いけれど……あの人、どんな人なの?」
「どんな人って?」
姉の顔が少し不安そうだ。文章だけで倫子を見ているなら、確かに不安になるかもしれない。
「だから将来本が売れなくなって、家を手放さないといけないとかそういうことにならないかってこと。」
「無いよ。そうならないようにいつも努力してる。」
倫子はきっと売れなくなるかもしれないと言う不安といつも戦っている。今は売れていても、将来古本屋で百円もしない価格で売られているかもしれないのだ。
もし意識が戻ったら、春樹はどう説明するのだろう。独身の女性の家に間借りさせてもらっているなど、一昔の文芸作品であれば使い古されたネタでもある。イヤ、それよりもことあるごとに寝ているなんていうことをどう説明するのだろう。作品のため、そして倫子のために仕方がないというのだろうか。
体の相性というのは少なからずあるのだろう。春樹とのセックスは誰よりも気持ちがいい。自分を忘れそうになるくらい求めてしまう。
春樹のパンツを畳みながら、倫子は少しため息を付いた。
これがもし、伊織だったらこんなに悩まないのかもしれない。独身の男女が一つ屋根の下にいるのだ。いつまでも友達や仲間でいれるわけがない。だが伊織とこんなことをしたくないと思う。やはり春樹ではないと意味がないのだ。
「……。」
そのとき家のチャイムが鳴った。洗濯物をその場において、玄関へ向かう。
「はい。」
ドアを開けると、そこには宅配業者が発泡スチロールを持って立っていた。
「小泉さんのお宅ですか。」
「はい。」
「お届け物です。サインか印鑑をいただきたいのですが。」
ペンを差し出されると、倫子はその上でサインをする。その間、その男の視線が倫子の胸元に注がれた。セクハラか。そう思いながら、倫子はペンを返して、その荷物を受け取った。
「どうも。お疲れさまです。」
倫子はそういってドアを閉める。発泡スチロールである、冷蔵の文字がある。生物なのだろう。そう思いながら台所にそれを運んだ。そして相手先の名前をみた。だがその名前に見覚えがない。
「富岡?あ……。」
もしかしたら伊織の関係なのだろうか。だとしたら勝手に開けていいのか。イヤ。生物と書いてある。開けなければ冷蔵庫にいれられない。そう思いながら、倫子は自分の部屋に置いてある携帯電話で伊織にメッセージを送る。しばらくすると伊織からメッセージが返ってきた。
相手は「富岡淳子」。伊織の母らしい。勝手に開けて冷蔵庫に入れて置いて欲しいとメッセージには書いてある。
それを確認して発泡スチロールを開ける。そこには見事な牛肉が数枚鎮座してあった。和牛で、霜降り。これは素人が焼いても美味しいヤツだ。
「でもまぁ……肉ってそんなに食べないけどなぁ。」
以前、四人で焼き肉へ行ったことはある。だが倫子は肉よりも酒だし、春樹は胃もたれをすると言ってきたし、伊織は肉よりも魚が好きだ。唯一、よく食べるのは泉くらいだろう。
「……。」
しかし泉には少し不安材料がある。最近、早く出て遅く帰る。それはこの家の誰かに会いたくないからだろうか。それは自分なのかと不安になる。もしかして、倫子と春樹の関係を知ってしまったのだろうか。だからこの家にいたくないのだろうか。
いろんな想像をして不安になる。だがすべてに確信はない。
チョコレートから想像させた店のロゴは、そこの菓子店のコンクールに採用された。伊織は心中でガッツポーズを取りながら、その店のオーナーから手渡されたチョコレート菓子を鞄の中に入れる。
アルコールが入っているから、倫子が好きだろう。そう思っていたのだ。
そして退社時間になって伊織は帰ろうとしたときだった。伊織の携帯電話が鳴る。その相手を見て少しげんなりした。
「はい……え?こっちに来てるの?うん……わかった。会社近くにある、カフェに行くよ。」
ため息を付いて携帯電話を切る。イヤな人から連絡があったものだと思ったのだ。
「どうしたの、大きなため息ね。」
社長である上岡富美子が、そういって声をかけた。
「イヤ……姉が来てるらしくて。ちょっと会わないといけないって思うとですね。」
「お姉さん嫌いなの?」
「んー……得意ではないですね。あっちはエリートだし。」
姉は世界を回っていた両親に愛想を尽かして、留学という形で離れた。先進国で飛び級をして、若いうちから国際弁護士になっていたが、結婚を期に地方の弁護士事務所に籍を置いたのだ。子供がいれば、そうなってしまうのかもしれない。
だがプライドは高い。その高さが伊織をいらつかせる。
そして伊織はオフィスをでて、近くのカフェに入った。するとそこにはグレーのスーツを着た背の高い女性が、パソコンとにらめっこをしている。伊織もコーヒーを頼むと、それを手にしてその女性の前に座った。
「姉さん。」
「あー。伊織。久しぶりね。」
「うん。」
「こっちに出てきたのいつ?」
「半年前くらいかな。」
「そう……あぁ、母さんの名義で肉を送っておいたわ。あなたの家主宛に。」
「うん。連絡をもらったよ。」
窮屈にまとめた髪は弁護士として嘗められないように。子供を産んでいるから、仕事に制限があると言われないようにと出来る限り仕事をしているらしい。
「姉さんこそ、こんな街で仕事?」
「顧問弁護士をして欲しいんだってさ。知ってる?「戸崎出版」。」
その名前に思わずコーヒーを噴きそうになった。春樹のいる出版社だからだ。
「え……「戸崎出版」で?」
「最近、ほら、ゴーストライターだの、模倣だのって訴えられることも多いし、それから海賊版の問題もあるんでしょう?」
「あぁ。そうだね。」
「あんたも、派手に動いているみたいだけど「模倣」なんて言われたら、仕事を一気になくすでしょう?」
「まぁね。」
「そうならないように気をつけなさいよ。」
この間、そういうニュースがあったばかりだ。伊織もそれにはずっっと気をつけている。
「それから、同居してる人たちってあと何人いるの?」
「家主の他はあと二人。」
「家主って、小泉倫子先生よね。」
「うん。」
「若いの?」
「俺より若いよ。」
「それで家を買うなんて、博打も良いところね。本は面白いけれど……あの人、どんな人なの?」
「どんな人って?」
姉の顔が少し不安そうだ。文章だけで倫子を見ているなら、確かに不安になるかもしれない。
「だから将来本が売れなくなって、家を手放さないといけないとかそういうことにならないかってこと。」
「無いよ。そうならないようにいつも努力してる。」
倫子はきっと売れなくなるかもしれないと言う不安といつも戦っている。今は売れていても、将来古本屋で百円もしない価格で売られているかもしれないのだ。
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