守るべきモノ

神崎

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家族

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 コーヒーの匂いで目を覚ました。だが頭はまだぼんやりしている。だが朝は冷えてきた。空気の冷たさが肌を露出させた倫子の肌に鳥肌を立てる。
「あー……。」
 布団をそのままに倫子はパーカーを羽織ると、部屋を出る。そして居間へ向かった。そこにはいつものように春樹と伊織、そして泉がいて泉は手にサーバーに入ったコーヒーを手にしていた。
「おはよう。倫子。」
「おはよう……あれ?もう泉行くの?」
「うん。ちょっと仕事があってね。」
 最近泉は朝が早い。倫子が起きてきてそのまま入れ替わるように自分の部屋へ行く。そのまま荷物を持ってでていくのだ。
「忙しいのかな。」
 春樹はそう言って味噌汁を飲む。だが伊織だけが何も言わなかった。
「クリスマススイーツだったかしら。チラシを見せてくれたわ。」
「チョコレートとか食べるの?」
 コーヒーをカップに注いで、倫子は席に着く。
「それなりにね。チョコレートとコーヒーはよく合うし。ブランデーにも合うわ。伊織は食べないの?」
 ずっと黙っていた伊織は急に話を降られて、卵焼きを飲み込む。
「食べるよ。……この間さ。」
「ん?」
「チラシ案を見て欲しいと言われたんだ。けど、ここで口を出すことは立場上出来ないし、断ったんだ。」
「それはそうだね。倫子さんは、フリーでしているから口出しをしても何の問題もないけれど、伊織君の場合は違うだろうね。」
 倫子はコーヒーを飲んだあと、食事に箸を付ける。それを泉は気にしているのだろうか。そんなことくらい理解しないほどバカではないだろうに。

 本当は早く家をでないといけない用事はない。駅前のカフェでコーヒーを飲みながら、ぼんやりと行き交う人たちを見ていた。だがここではゆっくり出来ない。おそらく少しすれば伊織や春樹がここの前を通って、会社へ向かう。そのとき泉の姿を見ないとも限らないのだ。
 飲んだカップを返却口に返し、泉はそのカフェを出る。すると予想外のことが起こってしまった。
「泉さん?」
 声をかけられた。振り向くとそこには春樹の姿がある。
「カフェにいたの?」
 泉はため息を付いて春樹の方をみる。
「うん……。」
「早く出る用事はなかったの?家にいたくないの?」
 すると泉は少し黙っていたが春樹の方を見上げて言う。
「春樹さんこそ、今日は早いのね。」
「ちょっとしないといけないこともあったしね。」
「そう。急いでるんなら、そっちを優先させて。」
 そう言って春樹を急かした。訳は言いたくなかったから。
「……倫子さんと何かあった?」
「倫子?別に何も。」
「だったら伊織君かな。」
 伊織の名前に泉の顔が少し赤くなる。男として意識してしまったのだろうか。だから居たくないとでも思っているのか。
「まぁね。男と女が一つ屋根の下で何もないってことはないと思うし。」
「下世話だわ。」
「そうかな。自然な流れだと思うけど。」
 春樹には奥さんがいる。意識はないにしても妻なのだ。だから二人に手を出すことはないとでも思っているのだろう。
「そういう話題って春樹さん好きだよね。」
「ゴシップ好きみたいに言わない。」
 すると泉は少し笑う。だがその笑顔もどことなく元気がなかった。
「伊織君は……人間としてもいい男だと思うよ。泉さんの好みではなくても、つきあっていくうちに感情が生まれるかもしれない。」
「イヤよ。だって……伊織は、倫子しか見てないじゃない。なのにあんなこと……。あんなに軽薄だと思ってなかった。」
「あんなこと?」
 その言葉に泉は思わず口をふさいだ。そして誤魔化すように会社への道をみる。
「春樹さん。仕事があるんでしょう?行かないの?」
「……まぁいいよ。」
 伊織に聞けばいいことだ。今日、伊織に会わないといけないこともあるし、そのときに詳しい話を聞いてみようと春樹は思っていた。
 おそらく倫子に泉と伊織が何かあると知ったら、ネタのためにあれこれ聞くのかも知れないが、これだけ泉が拒否しているのだから言わせたくない。
 そう思いながら泉と別れて、春樹は会社へ向かう。そして会社のロビーに入ったときだった。

 パン!

 何かをたたく音がして思わずそちらをみる。そこには「淫靡小説」の編集長である夏川英吾が受付である女性に平手打ちをされている光景があった。
 行き交う社員たちは面白そうに見ていたが、春樹にとっては「おなじみ」の風景だった。仕事は出来るが女癖が悪く、それがネックで部長にもなれない男だ。
「遊びだって、嘗めたこと言わないで。セックスをスポーツみたいにみんな思っているわけじゃない。」
 女の言葉で春樹の足が止まる。その言葉が春樹の心にも突き刺さったからだ。
 「愛している」とか「好きだ」とか自分も妻以外の人に言っている。だがそれは本音じゃない。だとしたらスポーツ感覚なのだろうか。だから倫子と寝れるのだろうか。イヤ違う。いつの間にか、本心になっていた。
 だから妻の顔が最近見れない。このまま起きなければいいと心のどこかで思う自分が卑怯だ。
「藤枝編集長。」
 エレベーターホールで、春樹は声をかけられた。そこには頬を赤くした英吾がいる。
「朝から派手でしたね。」
「遊びだからって最初から言っていたはずなんですけど、どうも女はわからない。」
 英吾はセックスはただのスポーツ感覚だ。お互いに気持ちよくて、乱れられればそれで良い。だが女はその感覚をずっともてないようで数回すれば恋人のように振る舞ってくるし、他の女と寝ればこういうこともある。
「藤枝編集長は、遊ばないんでしょう?」
「えぇ。妻も居ますし。」
「一人似縛られたくないって言うのは、自分が我が儘なんでしょうかね。」
「……。」
 反省はしていない。おそらくまたこういうことがあるのだろう。
「あぁ。そうだった。この間別の出版社で、小泉先生が官能のジャンルを書いていたみたいですけど。」
「えぇ。話は聞いてます。」
「うちでも書いてもらえませんか。」
「駄目だと言ったばかりでしょう。」
「イヤ。あのときはそう思ったんですよ。でも愛が見えてきたような気もしますし。」
 さっきはセックスがスポーツ感覚だと言っていたのに、文章には「愛」を求めるのか。
「夏川編集長を嫌がってますから。」
「他のモノを担当に付けますよ。それで聞いてください。」
「わかりました。明日、小泉先生のところにいく予定もあるので、それで話をしておきます。」
 受けるかどうかはわからない。倫子は相変わらず気分屋で、感情の起伏が激しいのだから。
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