守るべきモノ

神崎

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取材

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 この間の対談の打ち上げに選んだのは居酒屋などではなく、個室のある中華の店だった。対談の時は春樹や荒田夕の担当である梶という男、田丸というカメラマン、メイクや照明を担当したスタッフくらいしか会っていなかったが、企画を立てた人、衣装を選んだ人などこんなに多くの人が関わっていたのかと、倫子は感心していた。
 自分が本を出すときもそうだ。自分は書くだけ。どんな本のデザインにするのか、レイアウトはどうするのか、それをまとめるのが春樹をはじめとした他の出版社の倫子の担当編集者なのだ。倫子が知らないだけでいろんな人が関わっている。そう思うと頭が上がらないな。倫子はそう思いながら、隣に座っていた女性にビールを注いだ。
 何度か会ったことのある女性だ。春樹の同僚らしい加藤絵里子。倫子を敵視するような感覚があって、少し苦手としていたがそんなことを表に出したくない。
「小泉先生。写真は見ました?」
「ポラだけですけどね。」
「もっと表に出ても良いくらい綺麗でしたよ。」
 それを倫子は聞いていて苦笑いをした。本心からそう思っているとは思えない。嫌みにもとれるからだ。
「はぁ……。」
「荒田先生みたいにもっと対談をすれば、対談集を出せますよ。」
「個人のことなど興味がありますかね。」
 ビールを注がれて、倫子はそれを口に運ぶ。春樹は夕と何かを話しているようだが、もうすでに顔が赤い。お酒が弱いのだ。だが飲まなければいけないのだろう。この会場だけで春樹は帰らせた方がいいのではないだろうかと思う。
「編集長ですか?」
 いけない。見過ぎたか。隣の絵里子がからかうように倫子に言った。
「顔が赤いなと思って。」
「赤くなるだけなんですよ。最初はみんな「飲まない方が良い」って言ってお酒を取り上げてましたけどね。しっかりそのあと自分の足で帰ってましたし。」
「そういう人もいますよね。」
 酒に弱いわけではない。ということは、あのアパートでキスをしたとき、酔ったふりをしていたのだろうか。自分と一線を越えたいだけで演技をしていたのだろうか。そう思うと春樹に不信を持ってしまう。
「藤枝さん、酒弱いんですか?」
 顔が赤い春樹に夕が心配そうに聞いていた。
「若い頃は人並みだと思ってたんですけどね。歳とともにだんだん弱くなってきました。夜起きてるのも辛くなってきたし。」
「あぁ。わかります。昔は徹夜しても書いていたんですけどね。今は徹夜できなくなったなぁ。小泉先生くらいだったらまだいけるでしょ?」
 急に倫子は向こうから話を降られて、倫子は少し笑った。
「そうですね。徹夜をしないといけないほど追いつめられて書くことは、今はそんなにないですね。」
「でも、仕事量は今の方が多いでしょう?」
「んー……。どちらにしても夜型だし。」
 昼は取材や資料集めをしていて、夜にまとめて書いている。資料が集まれば、もう昼にも出かけることはない。だが夜遅い時間まで仕事はしていて、朝は相変わらず眠そうだ。
「荒田先生はテレビなんかでも出ているでしょう?執筆が遅れないですか?」
 絵里子が聞くと、夕は少し笑って言う。
「情報番組くらいですよ。あれは生放送ばかりなので、あまり時間に縛られることはありませんし。待っている間に書いたりしてますよ。」
 店員が大皿を持ってきた。どうやらチャーハンのようで、もうお開きに近いのかもしれない。しまった。どうせなら紹興酒でも飲めば良かった。倫子はそう思いながらビールを口に付ける。
「二次会。どこですか?」
 夕が絵里子に聞いてきたが、絵里子は少し笑って言う。
「うちの部署の行きつけがあるんですよ。」
「加藤さん。「bell」へ行くの?」
「あそこは融通が利くし、雰囲気も良いから。」
 亜美のところへ行くのか。あそこでお酒を飲むのも悪くない。だが春樹の様子を見ていると、手放しで行っていいのだろうかと思う。顔が赤い。酔っている感じもする。
 しかしこれが演技であれば、放っておいてもいいだろう。
「ちょっとトイレへ。」
 倫子はそういって席を立つ。そして個室をあとにするとトイレを探す。すると後ろから声がした。
「トイレ向こうですよ。」
 振り返ると春樹の姿があった。側で見ると顔が赤いのがわかる。
「ありがとうございます。」
 倫子は素っ気なくそういうと、トイレの方へ向かう。すると後ろから春樹が声をかけた。
「「bell」行きます?」
「あなたが酔っているなら帰った方が良いと思ったんですけど。」
 絵里子との会話が聞こえていた。きっと倫子は誤解をしている。
「倫子。トイレに行ったら少し待ってて。」
「いいわけ?」
「そうだね。釈明させて欲しい。」
「政治家か。」
 倫子はそういって少しため息を付く。
「だったらこのまま聞いて。」
「……何を?」
「酔ってたふりはしてた。あの夜だよ。」
 考えてみればあんなに酔っていたのに、しっかりキスをしたというのは狙っていたのだろう。
「私が前にしたから?」
「その真意も聞きたかった。」
「私は寝ぼけていたから。」
 すると春樹は倫子の肩をつかんで、足を止めさせる。
「倫子。」
「そもそもそんな関係じゃないでしょう?」
 冷たく倫子はそういうと、春樹を見上げた。
「トイレ行きたい。」
「今日は俺、ホテル取ってる。」
「……。」
「来る?」
「そんな話をここでしないで。」
 倫子はそういってまた足を進めてトイレに入っていった。
 そんな関係ではない。そんなことはわかってる。恋人ではないし、「好きだ」という言葉だって嘘だ。
 体だけで惹かれているのであれば、ただの獣だ。それはわかってる。だが離れられない。
 春樹もトイレに向かうと用を足す。その間もいらいらした。倫子に対してではない。はっきり出来ない自分にいらつくのだ。
 手を洗ってトイレを出ると、倫子が夕と何か話をしている。だがその表情はさらに浮かない。
「何かあった?」
 春樹がそう声をかけると、倫子の方にぽんと夕は手をかける。そしてトイレに入っていく。
「……倫子。」
「……戻るわ。」
 会場に戻っていこうとする倫子に、春樹は声をかける。
「自分一人で抱え込まないでくれないか。何のための担当編集者なんだ。」
 すると倫子はぽつりという。
「二次会、行きますから。」
 それが精一杯だった。これ以上春樹に迷惑をかけられない。
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