守るべきモノ

神崎

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取材

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 春樹の部屋は、風呂場やトイレからすぐ近いところにある。だからゆっくり本を読んでいても、誰かが通っていったというのはわかる。さっき伊織が風呂から上がったようだ。伊織の部屋は隣で、ふすま一枚で仕切られている。だがそのふすまの前には本棚があり、実質、そのふすまは開けられないが。
 雨で濡れてしまった本は何とか買い戻すことが出来たし、倫子だけではなく伊織も泉も結構本を読むタイプだったので、読みたくなったら借りに行ったり出来るのでその辺は不自由を感じない。
 だが伊織がいれば、ここに倫子を呼ぶことは出来ないだろう。薄いふすま一枚だと、声も筒抜けだからだ。
 そうしている間にも、作家や同僚からの連絡はくる。調子が悪くて締め切りに間に合いそうにないだの、同僚からは私的な相談までされる始末だ。面倒見が良いという噂が立っているので、それにも答えないといけないのだろうが正直疲れる。
「そんなに良い人でもないんだけどなぁ。」
 妻を裏切っていることで、まず良い人とは思えない。
 そのときドアの向こうで声がした。
「春樹さん。ちょっと良いかしら。」
 倫子の声だ。春樹は思わず本を閉じて立ち上がると、ドアを開ける。
「どうしたの?」
「ちょっと相談したいことがあって。」
 隣には伊織がいる。伊織に聞かれても良いという話なのだろうか。戸惑いながら、春樹は部屋に倫子をいれた。
「なんかあった?」
「二人の前では言えなかったから。」
 倫子は持っていた携帯電話の画面を、春樹に見せる。それは、改札口をくぐる春樹と倫子の姿だった。まるで恋人のように春樹が気を使っているように見える。
「これって……この間の?」
「えぇ。荒田先生から送られたの。」
「……脅されてるの?」
 倫子は少し舌打ちをすると、頭をかいた。
「週刊誌に売りたくなかったら、週末につき合えって。」
「つまり……そういうこと?」
 この容姿だ。倫子は誤解されやすいのだろう。誰でもセックスをさせる股の緩い女だと。きっと夕もそれを誤解しているのだ。
「どうするの?」
「行かなきゃ、売られるんでしょうね。行けばセックスをしないといけないんでしょう。」
 どちらにしても望んだことじゃない。あのとき荒田夕に会ったのはまずかった。
「でも、誤解は解けたんじゃなかったの?」
「そんな話は信じてないって。」
 煙草をくわえると、春樹は火をつける。こんな形で倫子をあの軽薄な男に渡したくない。
「そうだね……。そんな手を使ってくるのは卑怯だ。少し待ってて。」
 春樹はそういって携帯電話を手にして、廊下へ行ってしまった。そのあとをそっと倫子がのぞくと、隣の部屋から伊織も顔をのぞかせた。
「聞いてたの?」
「寝ようと思ったら話し声が聞こえてきたから。」
 聞かせたくないと思っていたのに聞いていたのか。それがイヤだからここに来たのに。
「春樹さんと出かけたんじゃないの?」
「違うわ。乗った路線は一緒だったけど、別々の駅で降りたわ。」
 それが真実なのかわからない。だがもう確かめることは出来ないのだ。春樹はそのまま庭の方に歩いていったようだった。何の話をしているかはわからない。
 しばらくして、春樹が戻ってきた。隣の部屋から伊織が顔をのぞかせているのを見ると、春樹は複雑そうに笑った。
「倫子さん。ちょっと表に出てくれるかな。」
「俺には聞かせられないこと?」
 不満そうに伊織が言うと、春樹はうなづく。
「こういうことは、どこから漏れるかわからない。伊織君のことは信用しているけれど、きっと倫子さんがイヤだろうと思ってね。」
 その言葉に納得したように伊織は部屋に戻っていった。

 夜になると冷えてきた。もうシャツ一枚では少し肌寒い。倫子はそう思いながら、カーディガンを肩にあげる。そして春樹が連れてきたのは、近くにある公園だった。
 この公園は割と広く、公園の周りをぐるっと一周するランニングコースなんかもあるし、片隅には子供が遊ぶための遊具がある。
 だが夜になれば様相は一変する。通る度にセンサーが反応しライトが道を照らす。それが幻想的で、カップルがデートをしに来ているのだ。
 そんな甘い空気は全くない。部屋着のままやってきた二人は、何とも気の抜けたような格好だった。あくまで仕事の話をしに来たのだし、きな臭い話をしようとしているのだ。
「荒田先生のことは気にしなくても良いよ。君は普段通り、仕事をしてもらえばいいから。」
「何かしたの?」
 すると春樹は煙草に火をつけて倫子の方をみる。
「脅しには脅しをしただけ。」
「え?」
「俺も荒田先生のネタはいくつか握っている。もし、君と俺との画像が流れたら、荒田先生のネタを売るとね。」
「……。」
「君と俺よりも、あっちの方がダメージが大きいからね。テレビの仕事、CM、コラムの仕事までしているし。」
「ネタって?」
「それは言えないな。でもどこからか俺らのことがばれても、本当に俺はあの日、君とは別行動をしていた。その証拠は作っておいたから。」
「……。」
「君はあの島を舞台にしたショートショートを書いてくれないかな。」
「え?でも……あれは、ゲームのシナリオになるから。」
「ゲームのシナリオは学校だろう?別のところを舞台にしたモノをね。」
 すると倫子は島の概要を思い出していた。砂浜ではなく、石浜だった。何か野菜でも作っていたような荒れ地になってしまったような畑。
「……そうね。その線で作ってみるわ。」
「頼もしいね。」
 灰皿に煙草の灰を捨てると、春樹は少し笑いながら倫子を見ていた。
「帰ってプロットをたてる。」
「待って。まだどの作家先生にもその話はしてないんだ。正式に依頼があってからにしてくれる?」
「えぇ。そうするわ。」
 こうして一つ一つを誤魔化しながら、関係を続けるのだろうか。確かに手を繋ぐことも出来ない関係だ。陰に隠れてこそこそキスをするようなことをしている。感情はなく、ただ作品のネタのためだといいわけをして。
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