守るべきモノ

神崎

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取材

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 駅から近くにあるカフェで、倫子は持ってきたノートパソコンで執筆をしていた。それも時間つぶしにすぎない。
 打ち上げをしたいといっていたが、結局夕も仕事があって今度の週末にでもまた集まれたらいいと言うことになった。正直気は乗らないが、そういうことも必要なのだと倫子は自分に言い聞かせてまたノートパソコンの画面を見る。
 春樹は会社に戻り雑務を終わらせたあと、病院へ行くという。未来の具合は相変わらず良くなったり悪くなったりだ。
 正直、未来のことは考えたくない。小説のネタになるとは言っても、人の旦那と寝ているのだ。罪の意識がないわけではない。
 携帯電話が目に映ってそれを手にする。そこには夕の連絡先がある。今度また話をしたいといって半ば強引に連絡先を聞いてきたのだ。
「はぁ……。」
 いろんなことが重なりすぎる。何も知らないところに逃げてしまいたいところだ。
 そのときカフェの入り口があいて、そこに目を移す。そこには、春樹の姿があった。
「待たせた?」
 コーヒーを片手に、倫子が座っている席の隣に座った。カウンター席だったので、向かい合うことはない。
「作品を書いてたから。」
「あぁ、「三島出版」のヤツ?」
「納期はもう少しあるんだけど、進めれるだけ進めたいと思って。」
 この話ももうそろそろ最終章だ。この次のプロットをそろそろ考えないといけない。
「ファンタジーは面倒ね。世界から考えないといけないし。」
「まぁ……確かにね。でも、またそっちはファンタジーを書いて欲しいと?」
「まぁね。でも気分転換にはなるもの。」
 パソコンを閉じると、倫子はコーヒーを口にする。
「まっすぐに帰る?」
「疲れたわ。変に気を使ったし。」
「気を使ったの?あれだけお互い言いたい放題だったのに。」
 それがかえって夕に気に入られたのかもしれない。
「まっすぐ帰る?」
「……元気よね。春樹は。」
「君だからじゃないかな。」
 子供が欲しいと未来は言っていた。排卵日にあわせて早く帰ったりしていたが、あまり気が乗らないときもあったり、何より仕事を優先してしまうから、結婚前は少し呆れていたような気がする。
 こんなに欲しいと思ったのは久しぶりだった。
「とりあえず帰ろう。化粧が気持ち悪い。」
「そっか。でも……。」
「何?」
「あの格好は似合ってた。今書いているのが遊郭だったから、花魁をイメージしたのかな。わざと着物のリメイクのワンピースだったし。」
 コーヒーを一口飲むと、倫子は少し思い出したように言う。
「和服、似合わないの。」
「そう?」
「背が高いし細い割に胸があるからどうしてもね。」
「昔からそんな体型だったの?」
「えぇ。昔ね、祖母が残した着物を母が着せてくれたの。赤い牡丹柄の。」
 着たくないと言っていたのに、無理矢理着せた。祖母とは身長が違いすぎるし、体型も違う。案の定裾が短くて足袋が丸見えになった。
「ブスだねぇ。」
 母はそういって着物をさっさと脱がせてしまった。
「自分の娘にブスって言う親もすごいな。」
「母親譲りなのよ。歯に着せない言い方は。」
 だから母親はパート先でも煙たがられていた。だが料理は上手だったし手早かったので、給食の調理員の仕事では重宝されたらしい。
「今は、孫が出来てそっちが忙しいみたい。お盆に帰ったら、開口一番入れ墨のことを責めたわ。」
「だと思うよ。」
 目立つ入れ墨だ。おそらく何も知らない人が見れば、きっと倫子はデリヘル嬢にでも見えるはずだし、春樹はその客にでも見えるはずだ。
「春樹は?」
「ん?」
「帰ったんでしょう?お盆。」
「あぁ。奥さんの実家と、うちの実家とね。」
 そうだった。奥さんの実家にも顔を出さないといけないのだろう。
「見合いをしないかって言ってきたよ。」
「まだ亡くなっていないのに。」
「体裁が悪いらしい。結婚した直後に事故にあったからね。どうしてもあちらの親は、俺が妻に縛り付けられているように見えるみたいだ。」
 好きでしていることなのだから放っておいて欲しい。だが未来が死んだからと言って、倫子と結婚するかと言われるとわからない。
 そのときだった。
「倫子。」
 声をかけられて倫子は振り返った。そこには亜美の姿があった。
「亜美。今から仕事?」
「えぇ。今晩は。藤枝さん。」
「「bell」の……。」
「えぇ。二人でデートでもしているの?」
「いいえ。違うわ。今日、藤枝さんにはお世話になったの。」
 春樹ではなく、名字で呼んだ。おそらく隠さないといけない相手なのだろう。春樹はそう察して、笑顔で対応をした。
「取材?」
「えぇ。そのあと、少し打ち合わせをしたいからって。」
「あぁ、仕事だったの。ごめんなさいね。邪魔をしてしまって。」
「いいの。もう終わったから。」
 パソコンをしまうと、倫子は立ち上がる。春樹も紙コップだったその飲みかけのコーヒーを手にして立ち上がった。
「今日は帰るの?」
「カレー仕込んでて。」
「へぇ。良いなぁ。倫子のカレーって美味しいもの。今度作ったら教えて。食べに行くわ。」
「良いわよ。」
 そういって二人は亜美と別れてカフェをあとにした。だが倫子の表情は、少し緊張しているように見える。
「倫子。さっきの……。」
「亜美にはばれない方が良いわ。」
「え?」
「何の狙いがあるのかわからない。だけど……亜美が、私と寝たっていう噂が立った男を、近づけないようにしているのは事実なの。」
「暮らしているのも?」
「言わない方が良い。」
 倫子は倫子で警戒する人が多いのだろう。心を許せるのは今まで、泉しかいなかったのだ。
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