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写真スタジオで倫子と夕は並んで写真を撮られている。倫子は入れ墨を隠すように布の多い服を着ていた。着物をリメイクしたワンピースは元々持っている倫子の白い肌に良く合っている。
そして隣にいるのは、荒田夕。写真慣れをしていて、スーツ姿の夕はどう移っても様になっていた。
その様子を見ていて、昔、妻と写った結婚式の写真を思い出す。あっち向いて、こっち向いて、手を握って、もっと寄り添ってと、自分が人形にでもなった気分になる。だが妻は綺麗だった。懐かしい思い出だと思う。
「はい……。あぁ、それはですね……。」
倫子も写真を撮られながら春樹の方に少し視線を送る。春樹はその間も忙しそうだ。電話が良くかかってくる。自分だけの編集者ではないのだし、役職は編集長だ。だから本来こんなところにいる立場ではないのに、倫子が心配だからとここへやってきたのだ。それを裏切るわけにはいかない。
「小泉先生。荒田先生に視線を合わせてもらえませんか。」
その言葉に倫子は夕の方を見上げる。背が高い夕は、倫子が見上げるくらいある。その熱っぽい視線は、きっとだれでも勘違いするだろう。だが倫子の心に届くはずはない。
「先生。いくつでしたっけ。」
「歳ですか?二十五です。」
「……それにしては……。」
写真を撮られながらでもなんだかんだと話しかけてくる。終わったら速攻で帰ろうと思っていたのに、追い打ちを書けるような一言を夕は言った。
「ガキっぽい。」
「は?」
表情が明らかに変わり、カメラマンがシャッターを止めた。
「小泉先生。笑顔です。」
「うるさい。こんな笑顔なんか状態で作れるか!」
その騒ぎに電話をしていた春樹が思わず電話を切って、スタジオの方をみる。
「思ったことをずけずけ言うのは、子供の証拠でしょう。脳と口が繋がってるんですか。」
その様子に見ていた編集者の男も頭を抱えた。夕も我慢していたのだろうが、本来夕も言葉に遠慮がないタイプだ。それだからコメンテーターなどの仕事も出来るのだろう。ただテレビの場合はもっとオブラートに包む。
だが今日の倫子の態度は、その我慢も限界だったのだ。
「あなたとはもう二度と仕事を一緒にしたくない。」
「同感です。所詮一時の人気でしょう。」
「顔だけで売っている人に言われたくないわ。歳を取ったらどうするつもりなの?」
「女が一人前に小説家気取りしてんじゃねぇよ。あんたが書いてる小説の犯人のようなヤツがどこにいるんだ。そんな人間離れしてるヤツいるか。」
「いるのよ。人間は鬼にも悪魔にもなれる。あなたこそ、そんなに人間が弱いわけがないでしょう?母親にすがる犯人なんて、ただのマザコンだわ。」
一触即発の空気だった。さすがにもう撮影が出来ないだろうと、カメラマンがため息をついた。そのとき春樹が、二人に近寄る。
「はい。終わり。」
倫子と夕の肩に触れて、春樹は少し笑う。
「言いたいことを言ったでしょう?これでお終い。」
「藤枝さん……。」
「小泉先生も、荒田先生も、仕事をしに来たんでしょう?喧嘩をしに来た訳じゃない。」
「……。」
文句があるように倫子は口を尖らせる。すると春樹は少し笑って、メイクの女性に声をかけた。
「悪いけど、メイクがよれてる。なおしてもらえませんか。」
「はい。」
呆然としていたメイクの女性が、倫子に駆け寄る。それを終えると、倫子は少し首を横に振った。
「すいません……。ちょっと頭を冷やしてきて良いですか。」
「俺もそうする。」
夕もそういってその場を離れようとした。
「じゃあ、十五分休憩しましょう。」
春樹はそういうと、空気が少し和らいだ。
「あんなことを思ってたんだな。二人とも。」
「押しのけて立つ世界だから仕方ないよ。でも……。」
どちらが良いとは言えない。どちらも正しいのだから。
倫子は喫煙所にやってくると煙草を付けた。自分の考えが一番正しいなんて言うエゴイストな考えは持ちたくない。だがあの荒田夕にあって以来、少し自分がいらついているのはわかる。
夕に非はない。悪いのは自分。わかっているのに、素直になれなかった。
そのとき喫煙所に夕がやってくる。夕の手にも煙草が握られていた。気まずそうに倫子は、灰を落とす。
「……悪かったですよ。さっきは。」
謝ろうと思っていたのに先に謝られた。すると倫子も少しうつむいて夕に言う。
「沸点が低いってよく言われます。だから人とあまり関わりたくなかったんですけど。」
「そうは言ってられないでしょう?人と関わりたくなければ、山奥で自給自足でもしない限り無理だってわかってるでしょうに。」
「……あなたに非はないです。私の事情ですから。」
夕は煙草に火を付けて、倫子の方をみる。
「入れ墨。」
「え?」
「近寄ったときわかりました。入れ墨に紛れて、火傷の跡がありますよね。」
「火事に巻き込まれたんです。生きてここにいるのは奇跡です。」
「火事?」
「……あなたが行ったという温泉街。その側に祖母が経営していた私設図書館があったんです。」
小さいときは祖母が一人で管理をしていた。だが時がたって祖母がいなくなり、市に委託された。それでもその中で本をむさぼるように読むのが好きで、職員もまた何も言わなかったのだ。
「俺が行ったときは図書館なんか無かった。ただ……何かあったんだろうって思ったけど……。」
「……図書館が火事になって、それに巻き込まれました。」
だから地元のことは口に出したくなかったのだろう。死にかけたのかもしれない。
「俺の方こそ、無責任なことを言いました。」
「知らないから仕方がない。ですけど……知らないことは、無意識のうちに人を傷つけるんですね。」
「……。」
倫子はそういって煙草を消すと、夕を見上げる。
「すいませんでした。私も……きっとあなたを傷つけたでしょう。」
「いいや。真実です。俺も……これからどうするかと思ってましたし。」
「これから?」
「顔だけで売れるならこれからどんどん劣化しますし、本当に作品を生み出す実力を持たないと。あなたの作品のように一本ヒットがでないから。」
「兄からは酷評された作品ですよ。」
「厳しい人ですね。」
すると夕も煙草を消す。そして倫子を先に喫煙所からだそうと出口へ促した。それが倫子にもわかり、倫子は足を外に出そうとした。そのとき、長いスカートの裾を倫子は踏んでしまった。
「あっ……。」
こけそうになり、思わず夕はその腕をさしのべた。
「すいません。」
「いいえ。」
片手で倫子の体を支える。それは抱きしめているようにも見えた。思わずその体を引き寄せる。
「……あの……。」
すると思いとどまったように、夕は倫子を引き離す。
「すいません。思わず……。」
「いいえ。じゃあ、先に出ます。」
喫煙所のドアを開けて、外に出ようとした。そのとき目の前に春樹の姿があった。まずい。さっきのを見られていたのだろうか。
「藤枝さん……あの……。」
「話し合いは出来ましたか。」
見られてなかった。良かった。倫子はほっとして、うなずいた。そのあとを、夕も出てきて少し笑う。
「小泉先生。もう一度メイクルームへ行きましょうか。」
「え?」
「アイラインが滲んでますから。荒田先生は先にスタジオへ行っててください。」
春樹はあくまで冷静にそういった。ただの作家と編集者だと思わせるように。
そして隣にいるのは、荒田夕。写真慣れをしていて、スーツ姿の夕はどう移っても様になっていた。
その様子を見ていて、昔、妻と写った結婚式の写真を思い出す。あっち向いて、こっち向いて、手を握って、もっと寄り添ってと、自分が人形にでもなった気分になる。だが妻は綺麗だった。懐かしい思い出だと思う。
「はい……。あぁ、それはですね……。」
倫子も写真を撮られながら春樹の方に少し視線を送る。春樹はその間も忙しそうだ。電話が良くかかってくる。自分だけの編集者ではないのだし、役職は編集長だ。だから本来こんなところにいる立場ではないのに、倫子が心配だからとここへやってきたのだ。それを裏切るわけにはいかない。
「小泉先生。荒田先生に視線を合わせてもらえませんか。」
その言葉に倫子は夕の方を見上げる。背が高い夕は、倫子が見上げるくらいある。その熱っぽい視線は、きっとだれでも勘違いするだろう。だが倫子の心に届くはずはない。
「先生。いくつでしたっけ。」
「歳ですか?二十五です。」
「……それにしては……。」
写真を撮られながらでもなんだかんだと話しかけてくる。終わったら速攻で帰ろうと思っていたのに、追い打ちを書けるような一言を夕は言った。
「ガキっぽい。」
「は?」
表情が明らかに変わり、カメラマンがシャッターを止めた。
「小泉先生。笑顔です。」
「うるさい。こんな笑顔なんか状態で作れるか!」
その騒ぎに電話をしていた春樹が思わず電話を切って、スタジオの方をみる。
「思ったことをずけずけ言うのは、子供の証拠でしょう。脳と口が繋がってるんですか。」
その様子に見ていた編集者の男も頭を抱えた。夕も我慢していたのだろうが、本来夕も言葉に遠慮がないタイプだ。それだからコメンテーターなどの仕事も出来るのだろう。ただテレビの場合はもっとオブラートに包む。
だが今日の倫子の態度は、その我慢も限界だったのだ。
「あなたとはもう二度と仕事を一緒にしたくない。」
「同感です。所詮一時の人気でしょう。」
「顔だけで売っている人に言われたくないわ。歳を取ったらどうするつもりなの?」
「女が一人前に小説家気取りしてんじゃねぇよ。あんたが書いてる小説の犯人のようなヤツがどこにいるんだ。そんな人間離れしてるヤツいるか。」
「いるのよ。人間は鬼にも悪魔にもなれる。あなたこそ、そんなに人間が弱いわけがないでしょう?母親にすがる犯人なんて、ただのマザコンだわ。」
一触即発の空気だった。さすがにもう撮影が出来ないだろうと、カメラマンがため息をついた。そのとき春樹が、二人に近寄る。
「はい。終わり。」
倫子と夕の肩に触れて、春樹は少し笑う。
「言いたいことを言ったでしょう?これでお終い。」
「藤枝さん……。」
「小泉先生も、荒田先生も、仕事をしに来たんでしょう?喧嘩をしに来た訳じゃない。」
「……。」
文句があるように倫子は口を尖らせる。すると春樹は少し笑って、メイクの女性に声をかけた。
「悪いけど、メイクがよれてる。なおしてもらえませんか。」
「はい。」
呆然としていたメイクの女性が、倫子に駆け寄る。それを終えると、倫子は少し首を横に振った。
「すいません……。ちょっと頭を冷やしてきて良いですか。」
「俺もそうする。」
夕もそういってその場を離れようとした。
「じゃあ、十五分休憩しましょう。」
春樹はそういうと、空気が少し和らいだ。
「あんなことを思ってたんだな。二人とも。」
「押しのけて立つ世界だから仕方ないよ。でも……。」
どちらが良いとは言えない。どちらも正しいのだから。
倫子は喫煙所にやってくると煙草を付けた。自分の考えが一番正しいなんて言うエゴイストな考えは持ちたくない。だがあの荒田夕にあって以来、少し自分がいらついているのはわかる。
夕に非はない。悪いのは自分。わかっているのに、素直になれなかった。
そのとき喫煙所に夕がやってくる。夕の手にも煙草が握られていた。気まずそうに倫子は、灰を落とす。
「……悪かったですよ。さっきは。」
謝ろうと思っていたのに先に謝られた。すると倫子も少しうつむいて夕に言う。
「沸点が低いってよく言われます。だから人とあまり関わりたくなかったんですけど。」
「そうは言ってられないでしょう?人と関わりたくなければ、山奥で自給自足でもしない限り無理だってわかってるでしょうに。」
「……あなたに非はないです。私の事情ですから。」
夕は煙草に火を付けて、倫子の方をみる。
「入れ墨。」
「え?」
「近寄ったときわかりました。入れ墨に紛れて、火傷の跡がありますよね。」
「火事に巻き込まれたんです。生きてここにいるのは奇跡です。」
「火事?」
「……あなたが行ったという温泉街。その側に祖母が経営していた私設図書館があったんです。」
小さいときは祖母が一人で管理をしていた。だが時がたって祖母がいなくなり、市に委託された。それでもその中で本をむさぼるように読むのが好きで、職員もまた何も言わなかったのだ。
「俺が行ったときは図書館なんか無かった。ただ……何かあったんだろうって思ったけど……。」
「……図書館が火事になって、それに巻き込まれました。」
だから地元のことは口に出したくなかったのだろう。死にかけたのかもしれない。
「俺の方こそ、無責任なことを言いました。」
「知らないから仕方がない。ですけど……知らないことは、無意識のうちに人を傷つけるんですね。」
「……。」
倫子はそういって煙草を消すと、夕を見上げる。
「すいませんでした。私も……きっとあなたを傷つけたでしょう。」
「いいや。真実です。俺も……これからどうするかと思ってましたし。」
「これから?」
「顔だけで売れるならこれからどんどん劣化しますし、本当に作品を生み出す実力を持たないと。あなたの作品のように一本ヒットがでないから。」
「兄からは酷評された作品ですよ。」
「厳しい人ですね。」
すると夕も煙草を消す。そして倫子を先に喫煙所からだそうと出口へ促した。それが倫子にもわかり、倫子は足を外に出そうとした。そのとき、長いスカートの裾を倫子は踏んでしまった。
「あっ……。」
こけそうになり、思わず夕はその腕をさしのべた。
「すいません。」
「いいえ。」
片手で倫子の体を支える。それは抱きしめているようにも見えた。思わずその体を引き寄せる。
「……あの……。」
すると思いとどまったように、夕は倫子を引き離す。
「すいません。思わず……。」
「いいえ。じゃあ、先に出ます。」
喫煙所のドアを開けて、外に出ようとした。そのとき目の前に春樹の姿があった。まずい。さっきのを見られていたのだろうか。
「藤枝さん……あの……。」
「話し合いは出来ましたか。」
見られてなかった。良かった。倫子はほっとして、うなずいた。そのあとを、夕も出てきて少し笑う。
「小泉先生。もう一度メイクルームへ行きましょうか。」
「え?」
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