守るべきモノ

神崎

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取材

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 ICレコーダーにスイッチを入れて、対談を始める。サスペンスやホラーのようなミステリーを書く倫子は、どちらかというとトリックに凝っていて読んだあとに「なるほど、そうきたか」と言う意外性があるが、荒田夕のものはどちらかというと心情に重点を置いている。なぜそうしたのか、何の恨みがあったのか、と読む者の心を掴まされる。精神科医を目指していたという夕らしい、文章だと思った。
「毒薬を使うこともあるようですけど、たとえば、無味無臭の薬を混ぜても違和感があるというのは……。」
 あくまで作品のことしか触れてこない。二人ともプライベートのことは話したくないのだ。元々、この雑誌はそういう趣向で作られている。それにそっちの方が、倫子も話しやすいだろう。
 二時間ほど対談をした後、春樹はそのレコーダーのスイッチを切る。
「身になるようでした。作品を読む読者がわくわくすると思いますよ。」
 だが向かいに座る男の編集者は少し納得が行かないようだった。荒田夕はともかく、倫子はあまり表にでない人だ。読者はもっと倫子のことが知りたいと思っているのではないだろうかと思う。
「そういえば、小泉先生は××市の出身だそうで。」
 その言葉に、倫子は少し眉を潜ませた。あまり自分のことを語りたくないと思っているのだろう。
「梶君。その話は良いよ。」
 春樹は止めるが、夕がそれに食いついてしまった。
「温泉が有名なところですよね。去年、温泉宿へ行きましたよ。」
「そうですか。」
「湖が綺麗でした。あそこを舞台に書きたいな。」
 その言葉に倫子はわずかに顔をひきつらせた。何かあるのだろうか。
「……地元へは定期的に帰っていますが、地元民だからこそわからないこともありますし。」
「そうですね。俺も自分の出身地にあんな有名な偉人がいると思ってませんでしたよ。」
「教科書に載っていることが全てではないですから。」
 もう話を終わらせよう。春樹はそう思って携帯電話の時計をみる。この後写真スタジオへ行って二人の写真を撮るのだ。その約束の時間までは少し時間がある。
 そのとき、入り口の方から客が入ってきた。スーツを着た男と、後ろにはジーパンとTシャツ姿の男で、その姿に泉が顔をひきつらせた。その人は、高柳鈴音だったからだ。
「お疲れさまです。」
 エリアマネージャーの男が、礼二に声をかける。
「川村店長。高柳さんだ。」
 すると礼二もあわててカウンターから出てきた。
「どうも。お疲れさまです。店長の川村です。」
「高柳です。どうですか?クリスマスのためのケーキを作ったんですけど。」
「コーヒーとチョコレートは良く合っているので、売れると思いますけど。」
 その会話を聞いて、泉は少しため息をつく。さっきまで酷評していたのに、本人が来たら手のひらを返すのだと。
「ん?」
 そのとき片隅の席にいた荒田夕を見つけて、高柳鈴音はそちらに近づいた。
「夕。久しぶりだね。」
「あぁ……高柳さん。どうも。お疲れさまです。」
 きらきらしている二人が並ぶと気後れする。だが倫子は相変わらず興味が無さそうに、コーヒーのなくなってしまったカップを見て春樹に言う。
「コーヒー。お代わりしても良いですか。」
「えぇ。どうぞ。」
「泉。お代わりちょうだい。」
 すると泉は伝票に何か書いて、カウンターに入った。礼二はエリアマネージャーと何か話していたからだ。
「小泉先生。すいません。話の途中で。」
「いいえ。どうぞ、お気になさらずに。」
 話がそっちに行ってもらえば楽なのだが。そう思いながら倫子は、カウンターの方へ目を向ける。すると鈴音が倫子の方を見て少し笑った。
「小泉?」
「小泉倫子先生だよ。「白夜」の。」
「あぁ。知ってます。どうも。高柳鈴音です。」
「小泉倫子です。宜しく。」
 そういって倫子は手をさしのべると、鈴音もその手を握った。
「小泉先生の作品、俺良く読んでるんですよ。」
「ありがとうございます。」
「「白夜」は人気ですけど、俺、この間発刊した、「夢見」好きですよ。あと、今連載してるヤツも。遊郭のヤツ、イメージして和菓子を作りたくなりました。」
「和菓子は洋菓子と全く違うでしょう?」
「えぇ。」
「出来ないことは無理をしない方が良い。そう思いますが。」
 相変わらず毒舌だ。それは全く畑違いの人でも同じだろう。夕は驚いたように倫子を見ていた。だが鈴音は全く気にしていない。
「小泉先生。甘いモノはお好きですか?」
「嫌いでも好きでもないですね。ここのババロアは美味しかったですが。」
「今度、俺が手がけたデザートを出してくれるらしくて、小泉先生見ませんか。」
 そういって鈴音はバッグの中からデザートの案を、倫子に見せる。すると倫子は首を傾げて言う。
「これは、ここの店に?」
「えぇ。」
「売れませんよ。」
 ばっさりという倫子に、さすがのエリアマネージャーも驚いて倫子をみる。
「どうして?」
「ここの店のコンセプトは、本とコーヒーです。お気に入りの本とコーヒーで非日常でしょ?」
「えぇ。」
「これはナイフとフォークを使いますね。」
「えぇ。」
「両手が塞がってどうやって本を読むんですか?」
 その言葉に鈴音は驚いて倫子をみる。そこまで見ていたのかと。」
「それは……。」
「片手で食べられるようなモノが良いと、食事もバーガーやサンドイッチに限っています。パウンドケーキも、マフィンも、片手、なのに切って食べる手間をかけるんだったら、他の店へ私なら行きますし。」
「……。」
「もう一度考え直した方が良いですよ。このソースを付けながら食べると、本に垂れたら大惨事ですし。」
 そのとき泉がコーヒーを入れて倫子の前に置く。その香りに倫子は少し笑った。
「泉のコーヒーは美味しいわ。」
「ありがとう。いつも飲んでるから、舌が慣れてるだけじゃないの?」
「そんなことはないわ。どこのよりも美味しい。」
 すると鈴音は少しため息をついて、倫子をみる。わざとこういうメニューにしたのに、倫子は全てを否定した。正直な人でまっすぐだ。だがこういう人はきっと世の中に生きにくいだろう。自分の妹と被る。
「もう一度考えてみますよ。」
「テイクアウトを視野に入れた方が良いですよ。」
「……そうですね。」
 鈴音は振り返ると、エリアマネージャーにその話をする。するとそのエリアマネージャーは苦々しく、倫子を見ていた。だが倫子は悪いことをしたとは全く思っていない。
 こういう人だから好きになったのだ。春樹は心の中で少し笑う。
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