守るべきモノ

神崎

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同居

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 伊織は湯船に浸かりながら、昔のことを思い出していた。払拭させるように顔を洗うと、その湯船をでる。そして体を拭いて下着を身につけると、部屋着に着替えた。泉が後かたづけをしていたはずなので、台所へ向かう。すると泉は明日の朝の米をといでいた。
「風呂、あがったよ。」
「あー。倫子はまだ資料整理終わらないんでしょ?私先にはいるわ。」
 炊飯器に米をセットすると、予約のスイッチを押す。
「春樹さんは帰ってこれるのかな。」
「校了の時は、食事をして帰るみたいだからいらないんじゃない?」
 考えてみればそうだったか。そう思いながら、伊織はコップを取り出して麦茶を注ぐ。
「高柳鈴音ってさ。」
「ん?」
 泉はエプロンを取ると、伊織の方を見る。
「男だろ?」
「そう。有名なパティシエでしょ?ほら、テレビとかにも出てるし。すごい男前。だけど腹が立つわ。」
 泉はそういって不機嫌そうにエプロンを壁に掛ける。
「気分屋だもんね。倫子と良い勝負だ。」
「……さっきも思ったけど、知り合い?」
「うん。まぁね。俺の同期の兄だし。」
 伊織は昔のことがあって、女にあまりがつがつしていなかった。それが大学の時も、就職してからも噂になることがあったことがある。
「入社して間もなくだったかな。高柳鈴音の店が新規オープンするからって、そのホームページのデザインの仕事があったんだ。」
 ウェブ関係はあまり詳しくなかったが、それでも何とか形になった。これは採用されないだろうと思っていたのに、なぜか伊織のものは最終選考まであがったのだ。
「すごいじゃない。」
「身内が落とされて、何で俺が受かったんだろうってみんな不信がるのが先だったな。」
 すごい見栄えがするわけでもないのにどうして残ったのか、伊織もそれが不思議だった。だから、噂を立てられたのだ。
「高柳鈴音ってね、ゲイの噂があるんだ。」
「ゲイ?」
「あれだけ男前なのに、女の噂の一つもたたないからだと思うけどね。だから、俺が体で仕事を取ったんじゃないかって。」
「……マジ?」
 確かに伊織と住みだして少し時がたったが、女の影すらない。それは泉も少し思っていたことだった。
「俺は女が好きだよ。そんなこと真に受けないでくれよ。」
「そう?別にゲイだろうとバイだろうと、そんなのどうでもいいんだけど。」
 結局伊織の案は最終選考で落ちた。だがその噂はいつまで立ってもつきまとっている。だから明日菜が伊織を目の敵にしているのも理由の一つだった。
「たとえそうだとしても体で仕事なんか取らないよ。」
「その後どうしたの?」
「んー。合コンに行って、彼女を作った。それでゲイの噂は消えたけどね。」
「その彼女ともうまく行かなかったの?」
「まぁ……俺、今は結構余裕がある方だけど、昔は仕事をしてたら連絡一つとるの面倒だったし。」
 たまに倫子と伊織が重なるときがある。それはそういうところなのだろう。倫子も恋人がいるときがあるが、連絡を取るのをめんどくさいと思っていたのだ。
 そのとき台所に倫子がやってきた。手にはコップが握られている。
「あー。目がチカチカする。」
 そういって目頭を押さえた。
「パソコンばかり見てるからでしょ?たまには違うものをみた方がいいよ。」
「うん。だから明日は、取材。」
「島に行くって言ってたね。」
「うん。孤島よ。いろんな資料が集められそう。」
 孤島に何を求めているのだろう。伊織はそう思いながら、飲み終わったコップをシンクにおく。
「一人で行くの?」
「そのつもりだけど。」
 春樹と行くことは言っていない。きっと伊織は嫌がるだろうから。
「俺も行ってみたかったな。」
「伊織も?」
「明日急病で休もうかな。」
「そんなにぴんぴんしてるのに急病はないわ。」
 泉はそういって笑いながら台所を出て行く。風呂にはいるつもりなのだろう。
「伊織。」
 コップにお茶を注ぎながら、倫子は伊織の方を向く。
「何?」
「泉っていい子でしょう?」
「……。」
 何が言いたいのだろう。伊織は少し倫子の方を見ながら、ため息をついた。
「そうだね。」
「でも、泉に手を出さないでね。」
「え?」
 くっつけたいのかと思っていた。だからその言葉は意外だと思う。
「泉は処女だから。」
「あのさ……倫子。俺が前に行ったこと覚えてる?」
「……宿の招待券。」
 その言葉に、伊織は顔色を変えた。やはり倫子は部屋にあったあの招待券を見ていたのだ。
「泉を誘いたいのかもしれないけれど、泉はずっと恋なんかしていないのよ。」
「違う。俺は……。」
「私は駄目よ。」
 汚れているのだ。自分は、妻がいる人と寝てしまったのだ。作品のためといいわけをしながら、心がこんなに動いている。
「泉も駄目だから。」
 もし泉が知ったら、泉は出て行く。不倫を一番嫌がっているのは泉なのだから。
「他の人を見て。ほら……いつか会ったわね。同期のあの人。きっと伊織に……。」
 その言葉に、伊織は倫子の手を握って自分に引き寄せた。ぎゅっと抱きしめて、その温もりを確認する。愛しいなんて、ずっと忘れていた。
「倫子。」
 名前を呼ぶ度に胸が張り裂けそうなくらい切ない。ずっとこうしていたかった。
 だがその名前を呼ぶ声に倫子は伊織の体を引き離す。
「や……。」
 そのとき玄関の方で音がした。春樹が帰ってきたのだろう。倫子は転がったコップを手にして、濡れた床を拭き始めた。
「ただいま。」
 春樹が顔をのぞかせる。すると伊織はいつもの表情に変わった。
「あぁ……お帰り。今日は早かったんだね。」
「校了がやっと終わって、印刷所に納品してきた。あぁ、疲れたなぁ。部内の子はみんなご飯を食べに行ったけど、俺、昨日も寝てなくてね。」
「あぁ、そうだったんだ。何か用意しようか?今日がパオライスだったからちょっと刺激が強いかな。」
「そうだね。」
 床を吹き終わった倫子は立ち上がるとその雑巾をおいて手を洗う。そして冷蔵庫を見ていた。
「雑炊でも作ろうか?」
「倫子さんがしてくれるの?」
「伊織は、さっきお風呂入ったばかりでしょ?髪でも乾かしたら?」
 そういって倫子は、冷凍してあったご飯を手にする。その間、伊織を見ようともしなかった。
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