守るべきモノ

神崎

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同居

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 お菓子のパッケージのデザインが伊織のものに決まって、伊織は少しほっとした。基本給は出るにしても、それからプラスは自分の実力、つまりどれだけ採用されたかによる。伊織が得意とするのはジェンダーレスのものが多い。お菓子、ケーキ屋、本など。そして向こうに座っている高柳明日菜は、フェミニンなものが多く化粧品、香水、アパレルショップのポスターなどだがどうしても被るものがあり、それが明日菜を目の敵にさせているらしい。
 伊織にとってはどうでもいいことだ。自分が認めてもらえればそれでいい。
「本か……。」
 本のデザインは、倫子のものであれば採用される確率は高くなる。だが、今回のものは倫子ではなく荒田夕のものだ。
 その内容を少し読んでみると倫子を意識したような感じで、だが濡れ場が少し生々しいと思っていた。こういうのは男がデザインする方がいいかもしれない。つまり、男でも女でも受け入れられるような伊織のデザインは不向きだ。
 だが採用されないと思いながら作ることはない。自信がなければやめればいい。富美子はいつもそう言っていた。そう言われれば言われるほど意地になるのは、自分が強情だからかもしれない。
「曲線かな。」
 タブレットペンでそれを書いていくと、その横から明日菜がそれをのぞき見る。
「荒田先生の?」
「そうだけど。」
「富岡には無理だと思うよ。」
「何で?」
 する前から無理なんて言われるのは心外だ。ついムキになってしまう。
「この本の内容みた?相当エロいよ。官能小説家と思った。」
「ミステリーじゃん。」
「殺されるのは娼婦でしょう?それから男娼も出てくるし、小泉先生とはタッチが違うもんね。」
 明日菜も本は読んだ上で、自分には描けないと思ったのだ。当然、伊織も描くことはできないと思う。
「そう言うのは島さんとかが得意じゃん。」
 確かに官能小説やエロ雑誌のデザインを請け負っている島という男であれば、描けるかもしれない。だがやる前から無理とは言いたくない。
「うるさいな。やる前から無理なんか言われたくないっての。」
「やって挫折を味わうよりも、親切だと思うけど。」
「高柳はそんなんだから、成長しないんだよ。」
「何ですって?」
 その様子にさすがに富美子が口を挟む。
「高柳さん。自分の仕事に戻って。」
「はーい。すいません。」
 明日菜はそう言うが、最近、伊織の作風は少し変わった気がする。ジェンダーレスが伊織の持ち味だと思っていたが、最近は男らしさ、女らしさを追求しているような気がする。恋でもしたのだろうか。そしてその恋の相手にはライバルでもいるのだろうか。自分よりも男らしい男とか。
 まぁいい。それで自分が成長してもらえばいいのだから。
 そう思いながら富美子は、事務作業の手伝いをしていた。

 今日まで春樹は校了で戻れないらしい。そして今日は泉も帰ってくるのが遅いらしい。最近ずっとそうだ。泉の店は、クリスマスのためのスイーツの開発をしているらしい。そのメンバーに泉が選ばれて、最近はずっと開発と試食を繰り返している。
 それを気遣って、伊織はしばらく甘いおかずを避けていた。元々、倫子もあまり甘いものを得意としないし、春樹にいたっては好き嫌いはない。
 スーパーで伊織は材料をみながら、食材を買うと家に帰ろうと外に出たときだった。
「雨?」
 スーパーに入ったときは降っていなかった。なのに今は土砂降りだ。
「通り雨かな。」
 だとしたらすぐに止むだろう。そう思っていたときだった。
「伊織。」
 声をかけられてそちらをみると、傘を持った倫子がそこにいた。
「倫子。出てたの?」
「うん。ちょっと用事があってね。」
 明日島へ取材にいく。丸一日はそれに費やされるだろう。だから明日できることをしておきたいと、資料を集めに行っていたのだ。
「傘持ってない?」
「雨が降るなんて思ってもなかったから。」
「入っていく?ビニール傘じゃないから、大きいし。」
 そう言って倫子は傘を差しだした。見れば、向こうで同じようなカップルが傘に入っている。相合い傘という奴だ。少し照れるが、照れるような歳ではない。
「お邪魔するよ。」
「今日のご飯はなにかしら。」
「がパオライス。」
「ライムでもあった?」
「うん。辛いのは平気?」
「平気よ。あぁでも、泉はあまり得意じゃないわ。泉の物は控えめにしておいてね。」
「春樹さんはどうかな。」
「今日帰れるかどうかも怪しいわね。」
 昨日も帰らなかったのだ。きっと奥さんの洗濯物が溜まっているだろう。
「明日、洗濯機がフル稼働だね。」
「明日は晴れてくれるといいんだけど。」
 ふと、伊織の方を見る。少し距離を置いているのかもしれないが、材料を入れているエコバッグが濡れている。
「伊織。もう少し入って。」
「え?」
「荷物濡れてるから。」
 倫子はそう言って、伊織を傘の中に入れるように手を引いた。その温もりが心をぎゅっとさせる。
「だったら倫子。俺が傘を持つよ。」
「そうね。そうしてくれる?そのバッグ持つわ。」
 伊織が普段持っているバッグのことだろう。それを見て、伊織は少し苦笑いをした。
「重いよ。タブレットなんかも入っているし。」
「平気よ。筋肉はあるの。」
 一度、倫子を抱きしめたことがある。確かにその言葉の通り、倫子は柔らかいが、その中に堅さもあるような気がする。筋肉があるというのは嘘じゃない。
 まるでカップルだ。同棲中のカップルはこんな気持ちなのだろうか。伊織はそう思いながら、家に帰り着いた。
「ただいまぁっと。」
「お帰り。」
 伊織はそう言って荷物をおくと、靴を脱いだ。そして今を通って、台所に買ったものを入れていく。
「伊織。バッグどうする?」
「あ、部屋に置いておいていいから。」
「勝手に入るわよ。」
 その言葉に、伊織は一瞬動きが止まる。そして急いで倫子が向かう自分の部屋の方へ足を進めた。
「待って。待って。」
「どうしたの?」
「ちょっと……出しっぱなにしてて。」
「何を?」
「いいから。バッグありがとう。」
 そう言って無理矢理のように伊織は、倫子から自分のバッグを取り上げる。その様子に、倫子はうなずいた。
「興味あるわ。見せて。」
「何を?」
「ナニを。」
 そう言って倫子はずかずかと伊織の部屋の方へ向かう。そしてドアを開けると、そこには予想もしないものが置いてあった。
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