守るべきモノ

神崎

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同居

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 いつものように朝食を作っていると泉が起きてきた。そして春樹も起きてきたようで、閉めている雨戸を開けた音がしている。再び雨戸を閉めた音がして、居間に入ってくる。テーブルを振いている伊織に、春樹は挨拶をする。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「外は昨日よりも雨が強くなっているみたいだ。」
 味噌汁と人数分持ってきた泉は、少し笑って言う。
「おはようございます。藤枝さん。」
「おはよう。こんな日まで仕事にでないといけないのは大変だね。」
「今日はお昼出勤で良いって言われましたよ。店長はいつも通りかもしれないけど私は電車通勤だし、電車も止まっているから。」
「電車も止まっているの?本当に台風みたいだ。」
 春樹はそういってテレビを見る。台風になり損ねている熱帯低気圧が、こちらに向かっているのだ。
「……。」
 驚くほどいつも通りだ。昨日倫子に言ったことなど忘れているのだろうか。それくらい泉の前では普段通りに見える。
「泉。そろそろコーヒーを淹れてくれる?倫子起きるかな。」
「結構昨日飲んでたみたいだし、どうかしらね。」
「俺も結構飲んでた。結局二人でワイン一本開けたようなものだね。藤枝さんあまり飲んでくれないんだもん。」
「実は弱いんだよね。でも、嫌いじゃないんだけど。」
 しばらくすると、コーヒーの香りが台所から漂ってくる。それは春樹も泉も好きな香りだった。
「いい香りだね。」
 ご飯や味噌汁、めざし、お浸しなどが並んで、コーヒーを淹れ終わったのに、倫子が部屋からやってこなかった。
「起きないね。今日。疲れてるのかな。」
「私見てくるわ。二人は食べてて。」
 そういって泉が倫子の部屋へ行く。その後ろ姿を見て、ぽつりと伊織が言った。
「藤枝さん、行かなくてもいいんですか?」
「阿川さんが行くというんだから、別に俺が行く必要はないよ。」
 不倫に慣れているのか。他の人にばれないようにするのがとてもうまいと思う。だから倫子とも関係があっても自然に振る舞えるのだろうか。
 しばらくすると倫子が泉につれられてやってきた。だがあまり頭は起きていないといったところだろうか。いつもよりもぼんやりしている。
「何時まで起きてた?」
 伊織がそう聞いてカップにコーヒーをいれて、座った倫子の前に置く。すると倫子はぼそっと口の中で何か言って、そのコーヒーを口にいれる。
「え?」
「覚えてないって。」
 泉はそういうと手を合わせて味噌汁に口を付ける。
「倫子、しばらく寝てなよ。差し迫ってる締め切りはないんでしょう?」
 するとコーヒーから口を離して、倫子は首を横に振る。
「……「三島出版」から依頼が来てた。パソコンのメールボックスに入ってて。」
「「三島出版」……。」
 春樹は少しいぶかしげな顔をする。ライバル会社だったからだ。確かに倫子は「戸崎出版」と独占契約をしているわけではないので、どこと契約してもかまわないだろう。だがそれだけ厳しいモノが求められる。
「ジャンルは?」
 春樹が聞くと、倫子は少し戸惑ったように言った。
「シナリオ。「三島出版」と提携している携帯のゲームアプリを作る会社がだす、推理モノのゲームだそうです。」
「携帯のゲーム?泉はする?」
「私ほとんどしないな。店長もしないし、本屋の子は好きな子がいるけれど。」
「まぁ、俺もそんな感じだな。うちの職場でも休憩中にケータイゲームしている人も結構多いよ。手軽だよね。あぁいうの。」
 やったことのないジャンルだ。倫子はそれで少し迷っているのかもしれない。だが仕事は選べないと思っているのだろう。
「最初であれば、クローズド・サークルにするとわかりやすいかもね。」
 春樹はそういうと、倫子はうなづいた。
「その線でいこうとしてました。ケータイゲームは画面が小さいし、イヤホンをしてする人が多いから、そういうモノの方がより怖いんじゃないかと思って。」
「それからどんなジャンルのモノが売れているのか、一つくらいはダウンロードをした方が良いかと思うけどね。」
「つまんないんですよね。あぁいうゲームって。」
「え?」
 倫子はそういってやっと箸を持つ。すると泉は少し思い出したように倫子に言う。
「思い出した。倫子って、一緒に映画とかいくとつまんなくなるって梓が言ってた。」
「……そんな昔のこと。」
 気分転換に映画を見に行くことはあるが、あまり人といくのは好きではなかった。映画をどうしても見たいという友人と一緒に行って、そのジャンルがミステリーだったりすれば尚更だ。
「犯人がすぐわかるんだもん。」
「叙述トリックとかすぐわかるじゃない。いくら臭い相手を出してもさ。」
 これはつまらないだろう。映画の暴騰で「この人が犯人だ」などといわれるのは、推理小説の目次に犯人の名前を書いているような小説を見るようだ。
 春樹も昔、妻に同じようなことを言った。妻は要領はあまりいい方ではなかったが、読解力は春樹や絵里子よりも群を抜いていたようで、古参の作家には受けがよかったように思える。
「テレビゲーム自体はするんですか?」
「しないですね。弟は好きみたいでしたけど……。あぁ、昔、推理モノのゲームをしてて弟と喧嘩になったことがありましたね。」
「推理モノのゲーム?そんなモノがあるの?」
 元々この国にあまりいなかった伊織は、ゲーム自体が身近ではなかった。今もすることはない。
「こう……小説みたいに文章と映像と音楽が流れて、選択肢がいくつかあって……。」
「あぁ。有名な作家がシナリオを書いているヤツね。私も好きだったなぁ。」
 同世代の泉も進んでゲームをする方ではないが、それをちらっと見たことくらいはあるのだろう。
「あぁいうゲームを作るといいのかもしれないけれど……今度頼まれているのは、キャラクターがもうあるからどう動かしていいのやら。」
 元々キャラクターから設定まですべて自分で作っていた倫子にとって、このキャラクターでこういうゲームのシナリオをお願いしますというのは、足かせになっているのかもしれない。
「担当編集者に相談するべきですね。今日は日曜ですし、この天気ですし、無理かもしれませんが。」
「……担当編集者もなぁ……。」
 春樹はずっと付き合いがあるし、どんな人間かわかっているつもりだから家の中に呼ぶこともあるし、泊まっても何とも思わない。だがそれ以外の編集者は、あまりここに呼びたくない。そう思って玄関先で済ませたり、余所の店へ行って打ち合わせをすることもあるのだがここの編集者は隙があれば家に入ろうとする。図々しくて倫子が一番嫌がるタイプだ。
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