守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
42 / 384
燃焼

42

しおりを挟む
 思えば、あまり誕生日を祝ってもらったことはない。ケーキに乗せられたろうそくを見ながら、泉はそう思っていた。それを一気に吹き消すと、倫子がナイフを持ってきてそれを切り分ける。生クリームの乗ったイチゴのショートケーキ。洋酒の効いたチョコレートケーキではないのは、やはり泉のことを思ってのことだろう。
「すいかの方が嬉しがると思ったけどな。」
 伊織はそういってケーキを受け取った。
「誕生日にすいかはないわ。」
「俺、すいか好きだけどな。」
「伊織の誕生日の時はそうしようか?」
「俺、誕生日十二月だけど。」
「高いすいかになりそうだね。」
 春樹はそういってケーキに口を付けた。するとその横で泉の口元に生クリームが付いているのに気が付く。
「生クリームが付いているよ。」
 春樹がそういうと泉は恥ずかしそうにどこについているのかと探る。
「どこ?」
「ここ。」
 そういって倫子は手を伸ばすと、生クリームを拭った。そしてそのまま自分の口に運ぶ。その様子に伊織と春樹が目を合わせた。
「何ですか?」
 いぶかしげに倫子が春樹に聞くと、春樹は苦笑いをして言う。
「小泉先生は、女性もいけるんですね。」
「は?そんな趣味なんかありませんけど。」
「なんか、レズっぽかったよ。」
「やめて。そんなことを言うの。何も出来なくなるわ。」
 こんな普通の会話が嬉しかった。実家にいたとき、窮屈な家だったのを思い出す。食事中のこんな会話をずっと禁止されていたからだ。

 泉が風呂に入っている間、三人は余っているワインを飲んでいた。もう春樹の顔は真っ赤で、これ以上飲まない方が良いかもしれないと倫子は水を用意する。
 その間にも台所の向こうで、雨の音がひどいようだ。台風のような風も吹いてきた。
「すごい雨ですね。」
 すると春樹は携帯電話を取り出して、天気予報を見ている。
「大雨警報がでていますよ。」
「この家は大丈夫なの?」
「雨漏りは完璧みたいねぇ。どこも漏れてないわ。伊織の腕がいいのね。」
 そういって倫子は、春樹の前に水を差し出す。
「そんなことないよ。昔いたところではこう言うのは当たり前だったから。」
「富岡君は、ずっとアジアの方にいたの?」
「いいえ。十歳くらいまではヨーロッパですね。」
 ヨーロッパでも都会の町にいた。すべてがおしゃれで、建物も、売っている服も、どこか洗練されていた。だが割と個人主義の国で、アジア人の伊織にとっては居心地が悪かった。
「任期って結構長いのね。」
「え?」
「外交官なんでしょう?お父さんが。」
「そうでもないよ。いろんな国をたらい回しにしてた。それにしてもよくそんなことまで覚えてるね。」
「いろんな国の話を聞きたいと思ってたから。」
「十五までしか家族に付いていなかったから、出来る話は限られているよ。倫子も機会があればいってみると良いかもね。」
 ただ倫子一人で行くには厳しい国が多い。この国の人は外国人にとって、性に奔放だと思われているところがあるからだ。
「世界が広がりそう。小説もミステリーだけではなく、他のジャンルも書いてみたいわ。」
 その中には恋愛小説は含まれないのだろう。恋愛がわからないと言うのだから。それを一度きりのセックスでわかるとは思えない。というか、本気で好きだなどと言っていないのだからやった意味があるのかと思う。
 ただ倫子を抱いたとき妻を忘れかけた。そしてもう一度したいとも思う。はまったのは自分の方かもしれない。
「藤枝さんは、奥さんとは同じ会社で知り合ったとか。」
「そうだね。後輩とその指導を任されてた。」
「起きたら、一緒に住むんですか。」
「どうだろうね。医師が言うのには、起きても長いリハビリが必要だろうって。寝たきりなんだから、いろんな筋肉が落ちている。例えば、声を出すのだって物を食べることだって筋肉が必要だ。それから立ち上がったり歩いたりするリハビリもあるだろうし、それ以上に記憶障害もないかとか、脳に障害が残るかもしれないとも言われているんだ。」
「……起きたら起きたで大変ですね。」
 それくらい妻を見ているのだ。そもそも倫子の付け入る隙なんかはない。セックスの時の「好き」は嘘なのだと自分でもわかっていたはずなのに、なぜか胸が苦しい。それを誤魔化すのに、目の前のワインをグラスに注ぐとそれを口にする。
「お風呂出たから、誰かどうぞ。」
 泉が風呂から出てきて、三人を見る。まだ飲んでいるのかと少し呆れたようだ。
「小泉先生、入ってきてください。」
「でも……お客様なのに。」
「男の、しかもおっさんの後はイヤでしょう?」
「そうですか?でも気にされているんだったら、先にいただきます。」
 そういって倫子はワインを飲み干すと、席を立った。自分の部屋の下着や部屋着をとってくるためだ。
「倫子。」
 行こうとした倫子に、泉が声をかける。
「何?」
「ちゃんと下着付けてね。男の人の前なんだから。」
「あぁ……そうね。」
 伊織相手ではあまりそう思わなかったが、確かに春樹の前だ。さすがにノーブラではいけないだろう。
「もうワイン、ほとんど無いの?」
「ほとんど倫子が開けたな。」
「小泉先生はザルだな。」
「昔っからですよ。大学の時、私たち文芸サークルに入ってて、その歓迎会で新入生の中で一人だけ平気な顔をして飲んでたんだから。」
「未成年じゃん。」
「それが許された時代なのよ。」
 春樹が大学の時はもっとひどかった。吐いては飲まないと、大変な目に遭うのだ。
「芸大の飲み会って、やっぱおしゃれなの?ワインとか飲んだりチーズかじったりするの?」
「そんなことはないよ。普通の飲み会だと思う。」
 どんなイメージを持っているのだろう。芸大に行く人のほとんどが、画材のためにバイトをしたりレッスンを受けるためにホステスをしているような人がほとんどなのに。伊織もずっと大学時代はバイトばかりしていたのだ。両親に頼りたくなかったから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...