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燃焼
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抜けるように青い空が窓の外を彩っている。それを見ながら、泉はため息を付いた。おそらく今、近くの河川敷でバーベキューをしているのだ。その様子を見に行くこともない。仕事は二十一時まで。終わっていっても何もないのだ。
毎年そんな感じだ。来週は同じ時期に花火があるが、それも見ることはない。ただいつも帰りの電車が嫌になるほど混んでいるし、臨時に出ているバスだって同じようなものだ。こういう仕事を選んだのだから仕方がない。縁がないのだ。
「阿川さん。」
声をかけられて我に返る。
「アイスティーとイチゴのジェラート。四番さんね。」
「はい。」
カップルが座っている席だ。旅行雑誌を開いて、あぁでもない、こうでもないと言い合っている。おそらく海外にでも旅行に行くのだろう。
「お待たせしました。」
男の方にアイスティーとシロップとミルクを置き、女性の方にイチゴのジェラートを置く。するとさっとそれを男女逆に置き直した。しまった。別だったか。泉はこう言うところが読み切れないところがあると、礼二から言われるのだ。
「また読みがはずれた。」
別に間違ったテーブルには混んでいるわけではないので、いいのではないかと思うがそれで来てくれない客もいるのだからと礼二は言う。こういうところが礼二は厳しいのだ。ずっと接客業をしていたから、それが身についているのだろう。
「だからオーダーを言った人が誰なのかも覚えておかないと。」
「そうでした。すいません。」
すると礼二は少しため息を付く。
「気になってるの?」
「え?」
「バーベキュー。誰だったか、同居している男。」
「伊織ですか。」
「そいつも行くんだろう。それから小泉さんも。」
倫子のことは倫子さんと言っていたのに、いつの間にか距離を取るように名字で呼ぶようになった。それが違和感があるが、何も聞く必要はない。
「そう言えばそういうイベントって行ったこと無いなぁって思って。」
「接客してたらそうなるよ。ここはお盆に連休があるけど、本屋の方はないからまだましだろう?」
確かにそうだ。メーカーが休みになるので、カフェは開けていても何も出来ないのだ。コーヒー豆は鮮度が一番だとこだわっているからだろう。
「夜にでも顔を出したら?店に。」
「飲めないし、つまらない。」
「すねないの。このあと、どっか行く?」
「家族のところに帰った方が良いですよ。倫子に振られたからって、私に言わないで下さい。」
「そんなことはないけど。」
「あ、いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ。」
書った本を手にして、女性の一人客はテーブル席に着く。一人客はカウンター席に座るのであれば会話を楽しみたいと思っているのかもしれないが、テーブル席をあえて選ぶのは静かに本を読みたいからなのだ。それがわかるから、泉は水とおしぼりをトレーに乗せると、静かにその女性の元へ向かう。
「いらっしゃいませ。お決まりになりましたら、お呼び下さい。」
「あの……。」
「お決まりですか。」
そういって伝票を手にする。
「ホットコーヒーを。」
「ブレンドでよろしいですか。」
「は……はい。」
何か緊張することでもあったのだろうか。そう思いながら泉はそれをオーダーを受けて、カウンター席へ向かう。
「ブレンドワンです。」
「あー……悪い。阿川、ちょっと淹れててくれないか。」
「え?」
「トイレ行きたくなったから。」
「はい。」
泉はそういうとエプロンをはずした礼二と代わってカウンターにはいる。そしてコーヒーを煎れる準備をした。礼二はそのままトイレへ向かうと、先ほどの女性もトイレへ向かう。なるほど。そういうことか。
女性の挙動不審な行動も、礼二の急にトイレに行くのも、あの女性の為なのだろう。そう思いながらお湯を沸かす。するとすぐに礼二が戻ってきた。
「阿川。ちょっといい?」
「はい?」
早いな。そう思いながら、泉は手を止めた。すると先ほどの女性が礼二の後ろに立って顔を背けている。
「何なんですか?」
「あー。この人さ、俺の奥さんの友達で桃子って言うんだけど。」
不倫相手ではなかったのか。黒髪のロングヘアは清楚な感じがしていたので、不倫をするようなタイプに見えないと思っていたが、人は見かけによらないと心の中でつぶやいていたのだが。
「はぁ……。」
「同居しているんですよね。小泉倫子先生と。」
その言葉にじろっと礼二をみた。こういうファンがいるから、そのことは口外しないで欲しいと頼んでいたのに。
「あまり言えないんですけど。」
「あ、「bell」の亜美さんからも聞いてるので。」
「亜美と?」
元は亜美からだったのか。亜美も何を考えているのだかと、心の中でため息を付く。
「それで……ここに来ることもあるのだったら、いつ来るとかわかりますか。」
「あー。わからないです。」
「え?」
「倫子は気分屋だし、すぐいなくなるし、一晩中帰ってこないこともあるし、結構生活はすれ違ってるんで。」
「そうだったんですか……。」
少し暗い顔をして、桃子という女性はうつむいた。
「桃子さん。あまり考えない方が良いですよ。」
「だって……亜美とあんなに親しそうに……。一度話がしたいって思ってたから……。」
ん?なんだか様子が違う。そう思いながら泉はコーヒーを淹れていく。
「親しい?」
「……この人な、亜美さんの恋人なんだよ。」
「え?」
亜美に女性の恋人がいるのは初めて聞いた。思わず手が止まる。
「だって……亜美は彼氏がいた時期もあるのに。」
「男も女もいけるんだろう。博愛な人だ。」
性対象が女性。それは考えたこともなかった。確かに一緒に倫子と一緒に住むと両親に伝えたとき両親はそれを一番疑ったものだが、倫子もその間に彼氏が出来たこともあって両親はほっとしていたのを思い出す。
「河川敷でバーベキューするって聞いてます?」
「えぇ。でも……亜美の前で聞くのは怖くて。」
恋をするとこんなものなのだろうか。弱くて、臆病になる。裏表はなく、何でも言ってしまう泉には理解が出来ないのかもしれない。
毎年そんな感じだ。来週は同じ時期に花火があるが、それも見ることはない。ただいつも帰りの電車が嫌になるほど混んでいるし、臨時に出ているバスだって同じようなものだ。こういう仕事を選んだのだから仕方がない。縁がないのだ。
「阿川さん。」
声をかけられて我に返る。
「アイスティーとイチゴのジェラート。四番さんね。」
「はい。」
カップルが座っている席だ。旅行雑誌を開いて、あぁでもない、こうでもないと言い合っている。おそらく海外にでも旅行に行くのだろう。
「お待たせしました。」
男の方にアイスティーとシロップとミルクを置き、女性の方にイチゴのジェラートを置く。するとさっとそれを男女逆に置き直した。しまった。別だったか。泉はこう言うところが読み切れないところがあると、礼二から言われるのだ。
「また読みがはずれた。」
別に間違ったテーブルには混んでいるわけではないので、いいのではないかと思うがそれで来てくれない客もいるのだからと礼二は言う。こういうところが礼二は厳しいのだ。ずっと接客業をしていたから、それが身についているのだろう。
「だからオーダーを言った人が誰なのかも覚えておかないと。」
「そうでした。すいません。」
すると礼二は少しため息を付く。
「気になってるの?」
「え?」
「バーベキュー。誰だったか、同居している男。」
「伊織ですか。」
「そいつも行くんだろう。それから小泉さんも。」
倫子のことは倫子さんと言っていたのに、いつの間にか距離を取るように名字で呼ぶようになった。それが違和感があるが、何も聞く必要はない。
「そう言えばそういうイベントって行ったこと無いなぁって思って。」
「接客してたらそうなるよ。ここはお盆に連休があるけど、本屋の方はないからまだましだろう?」
確かにそうだ。メーカーが休みになるので、カフェは開けていても何も出来ないのだ。コーヒー豆は鮮度が一番だとこだわっているからだろう。
「夜にでも顔を出したら?店に。」
「飲めないし、つまらない。」
「すねないの。このあと、どっか行く?」
「家族のところに帰った方が良いですよ。倫子に振られたからって、私に言わないで下さい。」
「そんなことはないけど。」
「あ、いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ。」
書った本を手にして、女性の一人客はテーブル席に着く。一人客はカウンター席に座るのであれば会話を楽しみたいと思っているのかもしれないが、テーブル席をあえて選ぶのは静かに本を読みたいからなのだ。それがわかるから、泉は水とおしぼりをトレーに乗せると、静かにその女性の元へ向かう。
「いらっしゃいませ。お決まりになりましたら、お呼び下さい。」
「あの……。」
「お決まりですか。」
そういって伝票を手にする。
「ホットコーヒーを。」
「ブレンドでよろしいですか。」
「は……はい。」
何か緊張することでもあったのだろうか。そう思いながら泉はそれをオーダーを受けて、カウンター席へ向かう。
「ブレンドワンです。」
「あー……悪い。阿川、ちょっと淹れててくれないか。」
「え?」
「トイレ行きたくなったから。」
「はい。」
泉はそういうとエプロンをはずした礼二と代わってカウンターにはいる。そしてコーヒーを煎れる準備をした。礼二はそのままトイレへ向かうと、先ほどの女性もトイレへ向かう。なるほど。そういうことか。
女性の挙動不審な行動も、礼二の急にトイレに行くのも、あの女性の為なのだろう。そう思いながらお湯を沸かす。するとすぐに礼二が戻ってきた。
「阿川。ちょっといい?」
「はい?」
早いな。そう思いながら、泉は手を止めた。すると先ほどの女性が礼二の後ろに立って顔を背けている。
「何なんですか?」
「あー。この人さ、俺の奥さんの友達で桃子って言うんだけど。」
不倫相手ではなかったのか。黒髪のロングヘアは清楚な感じがしていたので、不倫をするようなタイプに見えないと思っていたが、人は見かけによらないと心の中でつぶやいていたのだが。
「はぁ……。」
「同居しているんですよね。小泉倫子先生と。」
その言葉にじろっと礼二をみた。こういうファンがいるから、そのことは口外しないで欲しいと頼んでいたのに。
「あまり言えないんですけど。」
「あ、「bell」の亜美さんからも聞いてるので。」
「亜美と?」
元は亜美からだったのか。亜美も何を考えているのだかと、心の中でため息を付く。
「それで……ここに来ることもあるのだったら、いつ来るとかわかりますか。」
「あー。わからないです。」
「え?」
「倫子は気分屋だし、すぐいなくなるし、一晩中帰ってこないこともあるし、結構生活はすれ違ってるんで。」
「そうだったんですか……。」
少し暗い顔をして、桃子という女性はうつむいた。
「桃子さん。あまり考えない方が良いですよ。」
「だって……亜美とあんなに親しそうに……。一度話がしたいって思ってたから……。」
ん?なんだか様子が違う。そう思いながら泉はコーヒーを淹れていく。
「親しい?」
「……この人な、亜美さんの恋人なんだよ。」
「え?」
亜美に女性の恋人がいるのは初めて聞いた。思わず手が止まる。
「だって……亜美は彼氏がいた時期もあるのに。」
「男も女もいけるんだろう。博愛な人だ。」
性対象が女性。それは考えたこともなかった。確かに一緒に倫子と一緒に住むと両親に伝えたとき両親はそれを一番疑ったものだが、倫子もその間に彼氏が出来たこともあって両親はほっとしていたのを思い出す。
「河川敷でバーベキューするって聞いてます?」
「えぇ。でも……亜美の前で聞くのは怖くて。」
恋をするとこんなものなのだろうか。弱くて、臆病になる。裏表はなく、何でも言ってしまう泉には理解が出来ないのかもしれない。
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