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進展
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倫子が帰ってきたようだ。風呂から出て体を拭いていた伊織は、その声にほっとする。今日は帰ってきたのだ。だったら昨日どこへ行っていたのか聞けることになる。そう思いながらハーフパンツとTシャツを身につけた。
そして居間に戻ると、もう倫子の姿はなかった。
「アレ?倫子が帰ってたんじゃないの?」
「用事?」
泉はそう言いながら携帯電話から目を離す。
「別に用事はないけど、声が聞こえたと思って。」
「仕事をしたいから先にお風呂入りたいって言ってたんだけど、今伊織が入っているからって言ったら、じゃああとにするって言って部屋に戻ったよ。」
「ふーん。じゃあ呼びに行こうかな。」
「良いよ。気分が乗ったら入ると思うし、それに会ってたのお兄さんだって言ってたもんね。」
「それがどうしたの?」
「あのお兄さんと会うの嫌だろうなって思って。倫子じゃなくても機嫌が悪くなるよ。」
泉は一度兄に会ったことがある。最初は男と間違えられてずいぶん倫子が怒鳴られていたようだが、女とわかれば今度は、男か女かわからないと言って罵ったのだ。正直、あまり関わりたくはない相手ではある。
「弟君はそうでもなかったけどね。」
「弟がいるんだ。」
「まだ大学生。薬剤学部にいるみたいだよ。」
ここより少し離れたところにいる弟は、近くなのにこの家により付こうとはしない。事情はありそうだ。
伊織は台所へ行くと、冷凍庫からアイスを取り出した。倫子が食べている気配はない。元々あまりアイスなどは食べないのだろう。それを手にして居間に戻ると、泉も立ち上がった。
「さてと、そろそろ寝ようかな。」
「もう寝るの?」
「ラジオ聴きながら寝ると、幸せだよねぇ。」
泉の部屋からはいつも何かしらの音楽が流れている。それがラジオなのだとは初めて知った。
「泉は一人っ子?」
「ううん。弟がいるわ。歳が離れてるから、まだ高校生なんだけど。」
「ふーん。」
「伊織は一人っ子っぽいね。」
「いいや。姉がいるよ。姉はもう嫁いでるし、姪っ子と甥っ子がいる。」
「おじさんね。」
「そう。毎年お年玉くれってうるさい。」
幸せそうな家庭だ。泉には縁がなさそうに思える。
「そっか……。」
「どうかした?」
「幸せそうだなって思って。」
テレビのニュースが天気予報を告げる。土曜日までは天気が持つようだが、日曜日は雨となっていた。
「土曜日天気だって。」
「バーベキューでしょ?面白そうだね。」
「普通のバーベキューならね。」
「普通じゃないの?」
「半分合コンみたいな感じ。」
その言葉に一気に行く気が失せた。ぎらぎらした女は苦手なのだ。そのとき後ろで気配がした。
「あら。伊織お風呂出てたの?」
「うん。仕事するって言ってたから邪魔しちゃいけないと思って。」
「まだ手も着けてないからいいのに。じゃ、先に入ろうかな。」
倫子はそう言って自分の部屋に戻る。結局、今朝見た倫子の体についていた無数の跡の訳は聞けなかった。
夢を見た。春樹が倫子の手を繋いで歩いていたが、急にその手を離される。そして前に立っていた女性に近づくと、倫子を置いて先に行ってしまう。
さようならも言えないまま。
その女性の顔はわからない。だがそれはきっと奥さんなのだろう。
倫子は起きあがると、それが夢だったのにほっとした。そしてまだ夜明け前だったことを確認する。修正を終えたのが二時だった。それから今時計を見ると四時。二時間ほどしか寝れていない。こんな時間では伊織も泉も起きているわけはない。自分も少し寝ようとまた横になる。
だが目を瞑ればその女性の顔がちらついた。見たことはないのに、どうしてこんなに気になるのだろう。
奥さんには悪いことをしてしまったという罪悪感からなのか。それとも奪ってやりたいと思っているのだろうか。そう思って首を横に振る。それはない。
倫子はそう思いながら、いったん布団から起きあがると部屋を出る。そして今を抜けて台所をでると、コップを取り出して水を注ぐ。
「誰?」
思わず水を噴きそうになった。急に声をかけられたからだ。倫子は振り返ると、そこには伊織の姿があった。
「もう起きたの?」
「音がしたから。」
「私はちょっと目が覚めちゃっただけ。まだ寝れるんなら寝た方が良いよ。」
コップを置いて伊織の方へ近づく。すると伊織は体を避けようとしない。
「ちょっと……。」
すると伊織は急に倫子の二の腕をつかんだ。そしてその腕を引き寄せる。
「何……。」
「ちょっと大人しくしてて。」
抱きしめられているような感じだ。だが抱きしめている伊織の方が震えている。どういうことだろう。
「伊織?」
やがて息づかいが荒くなってくる。そしてすぐに伊織は倫子の体を離すと、首を横に振った。
「ごめん。」
「なんかあった?」
「……なんでもないんだ。悪い。あと一時間くらいは寝れるから、寝るね。お休み。」
「おやすみなさい。」
伊織は少しふらつきながら、自分の部屋に戻っていった。
だが先ほどの行動が、倫子に悪夢を一瞬でも忘れさせた。寝れないなら、寝なければいい。どうしても寝たいときは昼でも寝れるのだから。
倫子はそう思って部屋にはいると髪を結んだ。そしてパソコンを立ち上げると他の出版社から頼まれている原稿の入力を始めた。
そして居間に戻ると、もう倫子の姿はなかった。
「アレ?倫子が帰ってたんじゃないの?」
「用事?」
泉はそう言いながら携帯電話から目を離す。
「別に用事はないけど、声が聞こえたと思って。」
「仕事をしたいから先にお風呂入りたいって言ってたんだけど、今伊織が入っているからって言ったら、じゃああとにするって言って部屋に戻ったよ。」
「ふーん。じゃあ呼びに行こうかな。」
「良いよ。気分が乗ったら入ると思うし、それに会ってたのお兄さんだって言ってたもんね。」
「それがどうしたの?」
「あのお兄さんと会うの嫌だろうなって思って。倫子じゃなくても機嫌が悪くなるよ。」
泉は一度兄に会ったことがある。最初は男と間違えられてずいぶん倫子が怒鳴られていたようだが、女とわかれば今度は、男か女かわからないと言って罵ったのだ。正直、あまり関わりたくはない相手ではある。
「弟君はそうでもなかったけどね。」
「弟がいるんだ。」
「まだ大学生。薬剤学部にいるみたいだよ。」
ここより少し離れたところにいる弟は、近くなのにこの家により付こうとはしない。事情はありそうだ。
伊織は台所へ行くと、冷凍庫からアイスを取り出した。倫子が食べている気配はない。元々あまりアイスなどは食べないのだろう。それを手にして居間に戻ると、泉も立ち上がった。
「さてと、そろそろ寝ようかな。」
「もう寝るの?」
「ラジオ聴きながら寝ると、幸せだよねぇ。」
泉の部屋からはいつも何かしらの音楽が流れている。それがラジオなのだとは初めて知った。
「泉は一人っ子?」
「ううん。弟がいるわ。歳が離れてるから、まだ高校生なんだけど。」
「ふーん。」
「伊織は一人っ子っぽいね。」
「いいや。姉がいるよ。姉はもう嫁いでるし、姪っ子と甥っ子がいる。」
「おじさんね。」
「そう。毎年お年玉くれってうるさい。」
幸せそうな家庭だ。泉には縁がなさそうに思える。
「そっか……。」
「どうかした?」
「幸せそうだなって思って。」
テレビのニュースが天気予報を告げる。土曜日までは天気が持つようだが、日曜日は雨となっていた。
「土曜日天気だって。」
「バーベキューでしょ?面白そうだね。」
「普通のバーベキューならね。」
「普通じゃないの?」
「半分合コンみたいな感じ。」
その言葉に一気に行く気が失せた。ぎらぎらした女は苦手なのだ。そのとき後ろで気配がした。
「あら。伊織お風呂出てたの?」
「うん。仕事するって言ってたから邪魔しちゃいけないと思って。」
「まだ手も着けてないからいいのに。じゃ、先に入ろうかな。」
倫子はそう言って自分の部屋に戻る。結局、今朝見た倫子の体についていた無数の跡の訳は聞けなかった。
夢を見た。春樹が倫子の手を繋いで歩いていたが、急にその手を離される。そして前に立っていた女性に近づくと、倫子を置いて先に行ってしまう。
さようならも言えないまま。
その女性の顔はわからない。だがそれはきっと奥さんなのだろう。
倫子は起きあがると、それが夢だったのにほっとした。そしてまだ夜明け前だったことを確認する。修正を終えたのが二時だった。それから今時計を見ると四時。二時間ほどしか寝れていない。こんな時間では伊織も泉も起きているわけはない。自分も少し寝ようとまた横になる。
だが目を瞑ればその女性の顔がちらついた。見たことはないのに、どうしてこんなに気になるのだろう。
奥さんには悪いことをしてしまったという罪悪感からなのか。それとも奪ってやりたいと思っているのだろうか。そう思って首を横に振る。それはない。
倫子はそう思いながら、いったん布団から起きあがると部屋を出る。そして今を抜けて台所をでると、コップを取り出して水を注ぐ。
「誰?」
思わず水を噴きそうになった。急に声をかけられたからだ。倫子は振り返ると、そこには伊織の姿があった。
「もう起きたの?」
「音がしたから。」
「私はちょっと目が覚めちゃっただけ。まだ寝れるんなら寝た方が良いよ。」
コップを置いて伊織の方へ近づく。すると伊織は体を避けようとしない。
「ちょっと……。」
すると伊織は急に倫子の二の腕をつかんだ。そしてその腕を引き寄せる。
「何……。」
「ちょっと大人しくしてて。」
抱きしめられているような感じだ。だが抱きしめている伊織の方が震えている。どういうことだろう。
「伊織?」
やがて息づかいが荒くなってくる。そしてすぐに伊織は倫子の体を離すと、首を横に振った。
「ごめん。」
「なんかあった?」
「……なんでもないんだ。悪い。あと一時間くらいは寝れるから、寝るね。お休み。」
「おやすみなさい。」
伊織は少しふらつきながら、自分の部屋に戻っていった。
だが先ほどの行動が、倫子に悪夢を一瞬でも忘れさせた。寝れないなら、寝なければいい。どうしても寝たいときは昼でも寝れるのだから。
倫子はそう思って部屋にはいると髪を結んだ。そしてパソコンを立ち上げると他の出版社から頼まれている原稿の入力を始めた。
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