守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
36 / 384
進展

36

しおりを挟む
 倫子が帰ってきたようだ。風呂から出て体を拭いていた伊織は、その声にほっとする。今日は帰ってきたのだ。だったら昨日どこへ行っていたのか聞けることになる。そう思いながらハーフパンツとTシャツを身につけた。
 そして居間に戻ると、もう倫子の姿はなかった。
「アレ?倫子が帰ってたんじゃないの?」
「用事?」
 泉はそう言いながら携帯電話から目を離す。
「別に用事はないけど、声が聞こえたと思って。」
「仕事をしたいから先にお風呂入りたいって言ってたんだけど、今伊織が入っているからって言ったら、じゃああとにするって言って部屋に戻ったよ。」
「ふーん。じゃあ呼びに行こうかな。」
「良いよ。気分が乗ったら入ると思うし、それに会ってたのお兄さんだって言ってたもんね。」
「それがどうしたの?」
「あのお兄さんと会うの嫌だろうなって思って。倫子じゃなくても機嫌が悪くなるよ。」
 泉は一度兄に会ったことがある。最初は男と間違えられてずいぶん倫子が怒鳴られていたようだが、女とわかれば今度は、男か女かわからないと言って罵ったのだ。正直、あまり関わりたくはない相手ではある。
「弟君はそうでもなかったけどね。」
「弟がいるんだ。」
「まだ大学生。薬剤学部にいるみたいだよ。」
 ここより少し離れたところにいる弟は、近くなのにこの家により付こうとはしない。事情はありそうだ。
 伊織は台所へ行くと、冷凍庫からアイスを取り出した。倫子が食べている気配はない。元々あまりアイスなどは食べないのだろう。それを手にして居間に戻ると、泉も立ち上がった。
「さてと、そろそろ寝ようかな。」
「もう寝るの?」
「ラジオ聴きながら寝ると、幸せだよねぇ。」
 泉の部屋からはいつも何かしらの音楽が流れている。それがラジオなのだとは初めて知った。
「泉は一人っ子?」
「ううん。弟がいるわ。歳が離れてるから、まだ高校生なんだけど。」
「ふーん。」
「伊織は一人っ子っぽいね。」
「いいや。姉がいるよ。姉はもう嫁いでるし、姪っ子と甥っ子がいる。」
「おじさんね。」
「そう。毎年お年玉くれってうるさい。」
 幸せそうな家庭だ。泉には縁がなさそうに思える。
「そっか……。」
「どうかした?」
「幸せそうだなって思って。」
 テレビのニュースが天気予報を告げる。土曜日までは天気が持つようだが、日曜日は雨となっていた。
「土曜日天気だって。」
「バーベキューでしょ?面白そうだね。」
「普通のバーベキューならね。」
「普通じゃないの?」
「半分合コンみたいな感じ。」
 その言葉に一気に行く気が失せた。ぎらぎらした女は苦手なのだ。そのとき後ろで気配がした。
「あら。伊織お風呂出てたの?」
「うん。仕事するって言ってたから邪魔しちゃいけないと思って。」
「まだ手も着けてないからいいのに。じゃ、先に入ろうかな。」
 倫子はそう言って自分の部屋に戻る。結局、今朝見た倫子の体についていた無数の跡の訳は聞けなかった。

 夢を見た。春樹が倫子の手を繋いで歩いていたが、急にその手を離される。そして前に立っていた女性に近づくと、倫子を置いて先に行ってしまう。
 さようならも言えないまま。
 その女性の顔はわからない。だがそれはきっと奥さんなのだろう。
 倫子は起きあがると、それが夢だったのにほっとした。そしてまだ夜明け前だったことを確認する。修正を終えたのが二時だった。それから今時計を見ると四時。二時間ほどしか寝れていない。こんな時間では伊織も泉も起きているわけはない。自分も少し寝ようとまた横になる。
 だが目を瞑ればその女性の顔がちらついた。見たことはないのに、どうしてこんなに気になるのだろう。
 奥さんには悪いことをしてしまったという罪悪感からなのか。それとも奪ってやりたいと思っているのだろうか。そう思って首を横に振る。それはない。
 倫子はそう思いながら、いったん布団から起きあがると部屋を出る。そして今を抜けて台所をでると、コップを取り出して水を注ぐ。
「誰?」
 思わず水を噴きそうになった。急に声をかけられたからだ。倫子は振り返ると、そこには伊織の姿があった。
「もう起きたの?」
「音がしたから。」
「私はちょっと目が覚めちゃっただけ。まだ寝れるんなら寝た方が良いよ。」
 コップを置いて伊織の方へ近づく。すると伊織は体を避けようとしない。
「ちょっと……。」
 すると伊織は急に倫子の二の腕をつかんだ。そしてその腕を引き寄せる。
「何……。」
「ちょっと大人しくしてて。」
 抱きしめられているような感じだ。だが抱きしめている伊織の方が震えている。どういうことだろう。
「伊織?」
 やがて息づかいが荒くなってくる。そしてすぐに伊織は倫子の体を離すと、首を横に振った。
「ごめん。」
「なんかあった?」
「……なんでもないんだ。悪い。あと一時間くらいは寝れるから、寝るね。お休み。」
「おやすみなさい。」
 伊織は少しふらつきながら、自分の部屋に戻っていった。
 だが先ほどの行動が、倫子に悪夢を一瞬でも忘れさせた。寝れないなら、寝なければいい。どうしても寝たいときは昼でも寝れるのだから。
 倫子はそう思って部屋にはいると髪を結んだ。そしてパソコンを立ち上げると他の出版社から頼まれている原稿の入力を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...