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進展
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「終電、出たね。」
煙草を吹かしながら時計を見ると、もう日が変わっている。朝までここにいればいいと春樹は思っていた。
「……始発で帰るわ。」
倫子もそう言って煙草に火をつけた。何度も何度も絶頂して、正直体がだるい。少しでも休んで帰らないといけないだろう。
「また、来る?」
春樹はそう聞くと、倫子は少し微笑んだ。
「望んでるみたい。」
「……。」
「言ったでしょう?お互い、今の「好き」は一時的なものだって。」
「俺はあっても良いと思う。」
「別れられないわよね。」
「……。」
本当はこんなことをしてはいけない。病室で寝ている妻のことを考えれば、軽率だったのかもしれない。しかしそんなことを考える余裕もなかった。
「いくら思っても、そんな関係だったのよ。割り切るって言ったわ。」
すると春樹は首を横に振って煙草を消すと、倫子の体を抱き寄せた。
「危ないわ。まだ火がついてるの。」
「君はまだ何もわかってなかった。これじゃあ、前と変わらないと思う。だったら、またしないといけない。」
「……バーベキューへ行くわ。」
「俺も行くよ。」
「春樹。」
「少なくとも、こんな顔をほかに見せるのは嫌だと思う。」
倫子はそう思わない。元々春樹は奥さんである未来のものだ。しかるべきところに帰るべきなのだ。自分がやっていることで増えたのは愛情ではなく、罪悪感だったのかもしれない。
始発で帰れば、まだ伊織も泉も寝ている。そっと玄関を開けて、部屋に帰るとカーディガンを脱いだ。一気に涼しくなったような気がしたが、鏡を見るとタンクトップから見える胸元や肩には無数の赤い跡がある。春樹が付けたものだ。
「……ったく……。」
倫子はそう言ってまたカーディガンを羽織った。
そのときだった。部屋の向こうで声がする。
「倫子。」
伊織の声だ。そう言えば夕べ、伊織には春樹と会っていたのを見られていたのだ。そのまま朝帰りをしたとなれば、やることは一つだろう。
だが春樹に奥さんがいることは、伊織も知っていることだ。やはりこんなことをしてしまったのは、隠さないといけないだろう。
倫子はドアを開けると、伊織をみる。
「おはよう。早いわね。」
「今帰った?」
「うん。まぁ……あのあと、ほかの会社の担当と打ち合わせもあったから。」
「終電に間に合わなかった?」
「間に合ったけど、そのまま飲みに行ったから。」
「それにしては酒臭くないね。」
探偵か。そう思いながら、倫子は伊織を見上げている。
「朝ご飯どうする?」
「少し眠るから、あとで食べるわ。あなたも今日は仕事でしょう?」
倫子はそう言ってドアを閉めようとしたが、不信そうな伊織を黙らせる方法を思い出した。
「文庫本の見本が出来たの。あなたがデザインしたもの。」
そう言って倫子はバッグの中から封筒をとりだした。そしてその中身を見せる。
「結構鮮やかになったな。」
「コレくらいでちょうど良いと思う。ありがとう。いいものを作ってくれて。」
普段はそんなにお礼なんか言わない。機嫌が良いようだ。その理由はやはり、春樹について行ったからなのだろうか。いいや、ただ単に良い本が出来たからだろうか。そう思っていたのに、ふとカーディガンの襟刳りから赤いものが見えた。思わずそこに手を伸ばす。
「何……。」
一カ所だけではない。無数にその跡がある。そんなにしたのだろうか。相手は春樹なのだろうか。そう思うと、手が震える。
「ちょっと……何なの?」
手を離して、伊織を見上げる。
「藤枝さんと?」
「違うから。」
「恋人はいないって言ってたのに。」
「それくらいの相手がいるって言うこと。」
すると伊織は、部屋の中にはいるとそのカーディガンを脱がせた。タンクトップから見える跡は、沢山ある。春樹にその跡を付けられる度に、声を上げたのだろうか。
「倫子。」
そのとき部屋の外で声がする。
「倫子。起きてる?ご飯どうする?」
その声に倫子はカーディガンをまた羽織ると、ドアへ近づいた。
「食べるわ。」
「寝てないでしょ?」
「食べた方が寝れるから。」
泉にとっては普通の出来事だったのかもしれない。長いつきあいがあれば、不倫も見て見ぬ振りなのだろうか。
泉が言ってしまった足跡を聞いて、伊織も部屋を出る。だから男は面倒なのだ。倫子はそう思いながら、いすに座ると煙草に手を伸ばした。
煙の向こうで夕べのことを反芻する。あんなにねちっこく愛撫をする人などいただろうか。そう思えば、体が熱くなりそうだ。おもわず春樹の名前を呼びそうになった。だが春樹は別の人のものなのだ。
もう二度はない。他の人とそうしたように、春樹とも何ももう無いのだ。
ふと立ち上がって本棚の中から本を一冊手に取る。それは初めて春樹と仕事をしたときの本だった。コレが倫子にとってのデビュー作だった。
「白夜」とタイトルを付けた。北の方には季節によって太陽が沈まない国があるらしい。それを文字って、夜が来ないことというのをテーマに書いたものだった。
夜が来なければいい。
倫子はそう思っていた時期があった。嫌なことを思い出すから。
火傷の跡がまだ熱いような気がする。もうあれからずいぶんたつのだ。熱いわけがないのに。
「初出版ですね。おめでとうございます。」
春樹はそう言ってサンプルの本を持ってきた。そのとき、倫子はどんな表情をしていたのだろう。自分の本が沢山あるほんの一冊になればいいと思っていたのかもしれない。
そのとき携帯電話がなった。倫子はバッグから携帯電話を取り出すと、その相手を見てため息を付く。
「はい……おはよう。……えぇ、元気よ。そちらも変わりはない?」
電話を切ると、倫子は部屋を出て居間へ向かう。もう食事のよう胃が出来そうだった。
「あ、おはよう。倫子。」
「おはよう。泉もおはよう。」
一緒に朝食を作っていたのだろう。泉もいつもと変わらない様子だった。
「今日、夕食はいらないわ。」
「あ、そうなんだ。結構続くね。何かあった?」
「ずっと仕事関係だったけど、今日は兄が仕事でこっちに来ているの。一緒に食事でもって言ってくれた。」
「兄さん?あぁ。一度会ったことがあるよね。あんなイケメンの先生が居たら勉強が手に付かないよ。」
その言葉に倫子は少し笑った。相変わらずだなと思ったのだ。泉が格好良いと言っているのは、付き合いたいとかそんなことではない。ただのあこがれだ。
泉は何か違う。言葉にはしないが、何か思うことがあったのだろう。
煙草を吹かしながら時計を見ると、もう日が変わっている。朝までここにいればいいと春樹は思っていた。
「……始発で帰るわ。」
倫子もそう言って煙草に火をつけた。何度も何度も絶頂して、正直体がだるい。少しでも休んで帰らないといけないだろう。
「また、来る?」
春樹はそう聞くと、倫子は少し微笑んだ。
「望んでるみたい。」
「……。」
「言ったでしょう?お互い、今の「好き」は一時的なものだって。」
「俺はあっても良いと思う。」
「別れられないわよね。」
「……。」
本当はこんなことをしてはいけない。病室で寝ている妻のことを考えれば、軽率だったのかもしれない。しかしそんなことを考える余裕もなかった。
「いくら思っても、そんな関係だったのよ。割り切るって言ったわ。」
すると春樹は首を横に振って煙草を消すと、倫子の体を抱き寄せた。
「危ないわ。まだ火がついてるの。」
「君はまだ何もわかってなかった。これじゃあ、前と変わらないと思う。だったら、またしないといけない。」
「……バーベキューへ行くわ。」
「俺も行くよ。」
「春樹。」
「少なくとも、こんな顔をほかに見せるのは嫌だと思う。」
倫子はそう思わない。元々春樹は奥さんである未来のものだ。しかるべきところに帰るべきなのだ。自分がやっていることで増えたのは愛情ではなく、罪悪感だったのかもしれない。
始発で帰れば、まだ伊織も泉も寝ている。そっと玄関を開けて、部屋に帰るとカーディガンを脱いだ。一気に涼しくなったような気がしたが、鏡を見るとタンクトップから見える胸元や肩には無数の赤い跡がある。春樹が付けたものだ。
「……ったく……。」
倫子はそう言ってまたカーディガンを羽織った。
そのときだった。部屋の向こうで声がする。
「倫子。」
伊織の声だ。そう言えば夕べ、伊織には春樹と会っていたのを見られていたのだ。そのまま朝帰りをしたとなれば、やることは一つだろう。
だが春樹に奥さんがいることは、伊織も知っていることだ。やはりこんなことをしてしまったのは、隠さないといけないだろう。
倫子はドアを開けると、伊織をみる。
「おはよう。早いわね。」
「今帰った?」
「うん。まぁ……あのあと、ほかの会社の担当と打ち合わせもあったから。」
「終電に間に合わなかった?」
「間に合ったけど、そのまま飲みに行ったから。」
「それにしては酒臭くないね。」
探偵か。そう思いながら、倫子は伊織を見上げている。
「朝ご飯どうする?」
「少し眠るから、あとで食べるわ。あなたも今日は仕事でしょう?」
倫子はそう言ってドアを閉めようとしたが、不信そうな伊織を黙らせる方法を思い出した。
「文庫本の見本が出来たの。あなたがデザインしたもの。」
そう言って倫子はバッグの中から封筒をとりだした。そしてその中身を見せる。
「結構鮮やかになったな。」
「コレくらいでちょうど良いと思う。ありがとう。いいものを作ってくれて。」
普段はそんなにお礼なんか言わない。機嫌が良いようだ。その理由はやはり、春樹について行ったからなのだろうか。いいや、ただ単に良い本が出来たからだろうか。そう思っていたのに、ふとカーディガンの襟刳りから赤いものが見えた。思わずそこに手を伸ばす。
「何……。」
一カ所だけではない。無数にその跡がある。そんなにしたのだろうか。相手は春樹なのだろうか。そう思うと、手が震える。
「ちょっと……何なの?」
手を離して、伊織を見上げる。
「藤枝さんと?」
「違うから。」
「恋人はいないって言ってたのに。」
「それくらいの相手がいるって言うこと。」
すると伊織は、部屋の中にはいるとそのカーディガンを脱がせた。タンクトップから見える跡は、沢山ある。春樹にその跡を付けられる度に、声を上げたのだろうか。
「倫子。」
そのとき部屋の外で声がする。
「倫子。起きてる?ご飯どうする?」
その声に倫子はカーディガンをまた羽織ると、ドアへ近づいた。
「食べるわ。」
「寝てないでしょ?」
「食べた方が寝れるから。」
泉にとっては普通の出来事だったのかもしれない。長いつきあいがあれば、不倫も見て見ぬ振りなのだろうか。
泉が言ってしまった足跡を聞いて、伊織も部屋を出る。だから男は面倒なのだ。倫子はそう思いながら、いすに座ると煙草に手を伸ばした。
煙の向こうで夕べのことを反芻する。あんなにねちっこく愛撫をする人などいただろうか。そう思えば、体が熱くなりそうだ。おもわず春樹の名前を呼びそうになった。だが春樹は別の人のものなのだ。
もう二度はない。他の人とそうしたように、春樹とも何ももう無いのだ。
ふと立ち上がって本棚の中から本を一冊手に取る。それは初めて春樹と仕事をしたときの本だった。コレが倫子にとってのデビュー作だった。
「白夜」とタイトルを付けた。北の方には季節によって太陽が沈まない国があるらしい。それを文字って、夜が来ないことというのをテーマに書いたものだった。
夜が来なければいい。
倫子はそう思っていた時期があった。嫌なことを思い出すから。
火傷の跡がまだ熱いような気がする。もうあれからずいぶんたつのだ。熱いわけがないのに。
「初出版ですね。おめでとうございます。」
春樹はそう言ってサンプルの本を持ってきた。そのとき、倫子はどんな表情をしていたのだろう。自分の本が沢山あるほんの一冊になればいいと思っていたのかもしれない。
そのとき携帯電話がなった。倫子はバッグから携帯電話を取り出すと、その相手を見てため息を付く。
「はい……おはよう。……えぇ、元気よ。そちらも変わりはない?」
電話を切ると、倫子は部屋を出て居間へ向かう。もう食事のよう胃が出来そうだった。
「あ、おはよう。倫子。」
「おはよう。泉もおはよう。」
一緒に朝食を作っていたのだろう。泉もいつもと変わらない様子だった。
「今日、夕食はいらないわ。」
「あ、そうなんだ。結構続くね。何かあった?」
「ずっと仕事関係だったけど、今日は兄が仕事でこっちに来ているの。一緒に食事でもって言ってくれた。」
「兄さん?あぁ。一度会ったことがあるよね。あんなイケメンの先生が居たら勉強が手に付かないよ。」
その言葉に倫子は少し笑った。相変わらずだなと思ったのだ。泉が格好良いと言っているのは、付き合いたいとかそんなことではない。ただのあこがれだ。
泉は何か違う。言葉にはしないが、何か思うことがあったのだろう。
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