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意識
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タクシーの中で倫子は先ほどまでのことを思い出していた。
タクシーの会社に連絡して、自分がいたところに戻ると春樹の姿はなかった。どこへ行ったのだろうと見回していると、すぐに春樹はやってきて倫子に言う。
「今日は駄目になった。妻の容態が良くないらしい。」
目の前にはその妻が眠っている病院がある。そこへ行かない理由はないだろう。というか、行かないといけない。
「こんなことになってしまって、悪いと思ってるけど……。」
倫子は少しうつむいて、視線をそらせた。
「私は帰ります。タクシーが来るそうですから。」
「こっちも何時になるかわからない。」
「……奥様を大事にして下さい。」
そういうのが精一杯だった。その様子がわかって春樹は倫子の手を握る。だが連れて行くことなど出来ないのだ。せめて、残せるものがあればいい。
「倫子。」
春樹はそういって、倫子の手を引くと病院の方へ向かっていった。
「春樹。何で……。」
そしてその建物と建物の隙間に倫子を連れて行くと、倫子の体を抱きしめた。
「今度、連絡をする。今度こそ連れて帰りたいから。」
「作品のためですよね。」
「……育てた作家をバカにされるような編集者じゃない。君は俺の自信だから。」
お互いそういいわけをしているような気がした。倫子はため息を付いて、その流れる景色を見ていた。
「お客さん。着きましたよ。」
運転手にそう言われて、倫子は我に返った。料金を払うと、タクシーを降りる。
家にもう光はない。泉も伊織も寝てしまったのだろう。そう思いながら倫子は家の門をくぐる。
ヒールを脱いで、音を立てないように家の中にはいる。居間から台所に抜けると電気をつけてコップを用意し、冷蔵庫に入っている麦茶を取り出した。普段はコーヒーを飲んでいるが、伊織が会社へ行くのに麦茶を沸かしているのだ。余ったものを倫子や泉が飲んでいる。スポーツドリンクよりも糖分がないので心地いい。
その麦茶を飲むと、後ろで人の気配がした。振り向くとそこには泉がハーフパンツとTシャツ姿で台所の入り口に立っていた。
「まだ起きてたの?」
「ちょっと寝れなくて。」
「何があってもすぐ寝付きがいいのに珍しいね。」
「喉が渇いちゃった。」
そう言って泉もコップを取り出して、麦茶を注いだ。
「お風呂沸いてるよね。」
「どうだろう。伊織がお湯を抜いちゃったかな。どうせ終電は間に合わないから、亜美の所に行くかと思っていたし。」
「それも考えたけど、仕事したいから。」
だがその仕事すら手に付くだろうか。自信を持って作品を産みだしているわけじゃない。だがあそこまで自分を否定されると、少しは考えないといけないのかもしれない。
その相手が春樹であれば都合がいい。お互い感情がないと言っているのだから。
「倫子さ……。」
伊織が言ったように、春樹と何かあるのだろうか。何かあればそれは不倫だ。不倫は泉が一番嫌がることだから。
「そう言えば、今日、泉、何か用事があるから食事いらないって言っていなかったかしら。用事無くなったの?」
「うん。まぁ……店長が食事に連れて行ってくれるって言ってたんだけど、帰り間際に奥さんから連絡があったみたい。子供が熱がでたから帰ってきて欲しいって。」
「子供がいると大変ね。」
泉や倫子の周りの女性たちももう結婚している人もいるし、子供がいる人も増えてきた。幼稚園が見つからないだの、旦那が協力してくれないだの、グチは果てしなくある。
「秋に、麻里が結婚式をするって連絡があったわ。」
「へぇ……。あの子、お嬢様だからすごいところで結婚するのかもね。相手もすごいんでしょう?」
「バツイチのおっさんらしいよ。」
「え?」
「略奪愛らしいわ。」
不倫の恋がうまくいくはずがない。そう思っていたが、実際うまくいった例なのかもしれない。
「そう……。」
「けど、絶対そのおっさん、また違う女に手を出すよね。」
「たぶんね。でも麻里がそれで良いなら、それでいいんじゃない。」
泉の分のコップも受け取ると、倫子はそれを軽く洗って水を切った。
「不倫が幸せになると思えないな。」
「大抵はね。今度はそう言う話を書こうかな。」
「倫子、不倫してるの?」
すると倫子は口元だけで笑った。
「してないわ。ただネタとしては面白いと思ったの。」
やはり伊織の考え過ぎなのだ。倫子がそんなことをするはずはない。泉はほっとして、胸をなで下ろす。
「泉。そろそろ寝たら?明日も仕事でしょう?」
「うん。お休み。」
「おやすみなさい。」
泉が行ってしまったあと、倫子も自分の部屋に戻った。そして下着や着替えを手にすると風呂場へ向かう。
自分がしていることを不倫ではない。気持ちがない分、ただの遊びなのだ。
どうも酒を飲むとトイレが近い。伊織はそう思いながら、半分寝ぼけてトイレへ向かう。そして用を足すと、ふと脱衣所に光があるの気が付いた。倫子が帰ってきたのだろうか。春樹と一緒にいると思っていたのに、それは自分の勘違いだったのだろうか。そう思って、伊織は脱衣所のドアを開ける。
「わっ……ごめん。」
そこにはまだ髪から水が滴っている全裸の倫子の姿があった。思わずドアを閉める。
一気に目が覚めてしまった。そう思いながら自分の部屋に戻っていく。そして布団にまた潜り込んだ。しかし目をつぶると、さっきの光景が浮かんでくる。
男とは違う体だ。全体的に丸く白い肌。入れ墨の柄。細身なのに豊かな胸と尻。想像しただけで意識してしまう。
そっと自分のそこに手を這わせる。少し堅くなっていた。
「やべ……。」
ジャージのズボンに手を入れて、そこに手を這わせた。あの顔がどんな風に乱れるのだろう。どんな甘い声を上げるのだろう。あの胸に触れたら、どんな反応をするのだろう。
そう思うだけでその手のスピードが速くなっていく。
「ん……くっ……。」
思わず射精しそうになった。あいている手でティッシュを数枚取ると、そこを押さえる。
「あっ……。」
そのとき顔が浮かんだのは、倫子の顔だった。このとき初めて、倫子としたいと思った。だがその一歩が踏み出せない。
他人よりも怖いものはないのだから。
タクシーの会社に連絡して、自分がいたところに戻ると春樹の姿はなかった。どこへ行ったのだろうと見回していると、すぐに春樹はやってきて倫子に言う。
「今日は駄目になった。妻の容態が良くないらしい。」
目の前にはその妻が眠っている病院がある。そこへ行かない理由はないだろう。というか、行かないといけない。
「こんなことになってしまって、悪いと思ってるけど……。」
倫子は少しうつむいて、視線をそらせた。
「私は帰ります。タクシーが来るそうですから。」
「こっちも何時になるかわからない。」
「……奥様を大事にして下さい。」
そういうのが精一杯だった。その様子がわかって春樹は倫子の手を握る。だが連れて行くことなど出来ないのだ。せめて、残せるものがあればいい。
「倫子。」
春樹はそういって、倫子の手を引くと病院の方へ向かっていった。
「春樹。何で……。」
そしてその建物と建物の隙間に倫子を連れて行くと、倫子の体を抱きしめた。
「今度、連絡をする。今度こそ連れて帰りたいから。」
「作品のためですよね。」
「……育てた作家をバカにされるような編集者じゃない。君は俺の自信だから。」
お互いそういいわけをしているような気がした。倫子はため息を付いて、その流れる景色を見ていた。
「お客さん。着きましたよ。」
運転手にそう言われて、倫子は我に返った。料金を払うと、タクシーを降りる。
家にもう光はない。泉も伊織も寝てしまったのだろう。そう思いながら倫子は家の門をくぐる。
ヒールを脱いで、音を立てないように家の中にはいる。居間から台所に抜けると電気をつけてコップを用意し、冷蔵庫に入っている麦茶を取り出した。普段はコーヒーを飲んでいるが、伊織が会社へ行くのに麦茶を沸かしているのだ。余ったものを倫子や泉が飲んでいる。スポーツドリンクよりも糖分がないので心地いい。
その麦茶を飲むと、後ろで人の気配がした。振り向くとそこには泉がハーフパンツとTシャツ姿で台所の入り口に立っていた。
「まだ起きてたの?」
「ちょっと寝れなくて。」
「何があってもすぐ寝付きがいいのに珍しいね。」
「喉が渇いちゃった。」
そう言って泉もコップを取り出して、麦茶を注いだ。
「お風呂沸いてるよね。」
「どうだろう。伊織がお湯を抜いちゃったかな。どうせ終電は間に合わないから、亜美の所に行くかと思っていたし。」
「それも考えたけど、仕事したいから。」
だがその仕事すら手に付くだろうか。自信を持って作品を産みだしているわけじゃない。だがあそこまで自分を否定されると、少しは考えないといけないのかもしれない。
その相手が春樹であれば都合がいい。お互い感情がないと言っているのだから。
「倫子さ……。」
伊織が言ったように、春樹と何かあるのだろうか。何かあればそれは不倫だ。不倫は泉が一番嫌がることだから。
「そう言えば、今日、泉、何か用事があるから食事いらないって言っていなかったかしら。用事無くなったの?」
「うん。まぁ……店長が食事に連れて行ってくれるって言ってたんだけど、帰り間際に奥さんから連絡があったみたい。子供が熱がでたから帰ってきて欲しいって。」
「子供がいると大変ね。」
泉や倫子の周りの女性たちももう結婚している人もいるし、子供がいる人も増えてきた。幼稚園が見つからないだの、旦那が協力してくれないだの、グチは果てしなくある。
「秋に、麻里が結婚式をするって連絡があったわ。」
「へぇ……。あの子、お嬢様だからすごいところで結婚するのかもね。相手もすごいんでしょう?」
「バツイチのおっさんらしいよ。」
「え?」
「略奪愛らしいわ。」
不倫の恋がうまくいくはずがない。そう思っていたが、実際うまくいった例なのかもしれない。
「そう……。」
「けど、絶対そのおっさん、また違う女に手を出すよね。」
「たぶんね。でも麻里がそれで良いなら、それでいいんじゃない。」
泉の分のコップも受け取ると、倫子はそれを軽く洗って水を切った。
「不倫が幸せになると思えないな。」
「大抵はね。今度はそう言う話を書こうかな。」
「倫子、不倫してるの?」
すると倫子は口元だけで笑った。
「してないわ。ただネタとしては面白いと思ったの。」
やはり伊織の考え過ぎなのだ。倫子がそんなことをするはずはない。泉はほっとして、胸をなで下ろす。
「泉。そろそろ寝たら?明日も仕事でしょう?」
「うん。お休み。」
「おやすみなさい。」
泉が行ってしまったあと、倫子も自分の部屋に戻った。そして下着や着替えを手にすると風呂場へ向かう。
自分がしていることを不倫ではない。気持ちがない分、ただの遊びなのだ。
どうも酒を飲むとトイレが近い。伊織はそう思いながら、半分寝ぼけてトイレへ向かう。そして用を足すと、ふと脱衣所に光があるの気が付いた。倫子が帰ってきたのだろうか。春樹と一緒にいると思っていたのに、それは自分の勘違いだったのだろうか。そう思って、伊織は脱衣所のドアを開ける。
「わっ……ごめん。」
そこにはまだ髪から水が滴っている全裸の倫子の姿があった。思わずドアを閉める。
一気に目が覚めてしまった。そう思いながら自分の部屋に戻っていく。そして布団にまた潜り込んだ。しかし目をつぶると、さっきの光景が浮かんでくる。
男とは違う体だ。全体的に丸く白い肌。入れ墨の柄。細身なのに豊かな胸と尻。想像しただけで意識してしまう。
そっと自分のそこに手を這わせる。少し堅くなっていた。
「やべ……。」
ジャージのズボンに手を入れて、そこに手を這わせた。あの顔がどんな風に乱れるのだろう。どんな甘い声を上げるのだろう。あの胸に触れたら、どんな反応をするのだろう。
そう思うだけでその手のスピードが速くなっていく。
「ん……くっ……。」
思わず射精しそうになった。あいている手でティッシュを数枚取ると、そこを押さえる。
「あっ……。」
そのとき顔が浮かんだのは、倫子の顔だった。このとき初めて、倫子としたいと思った。だがその一歩が踏み出せない。
他人よりも怖いものはないのだから。
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