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意識
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水を手渡すと、ゆっくりとその水を口に入れる。春樹はあまり酒が強い方ではないのだろう。倫子はそう思いながら、そのコップを手にした。
「あとは、ご自分で出来ますよね。」
倫子はそういって置いていた自分のバッグを手にする。
「どうして……。」
わずかに春樹がそういった。その言葉に倫子は足を止める。
「え?」
「どうして、キスなんかしたんですか?」
いつしただろう。倫子は驚いて春樹を見下ろす。この男とキスをしたのだろうか。いつしたのだろうか。全く覚えていない。
「どうしてっていわれても……いつしたんですか?と言うか……え?」
考えられるのは、春樹が家に泊まりにきたときだろうか。あとで泉から、春樹が起こしにいったけどどうしても起きなかったといっていたのだ。
倫子は寝起きが悪い方だ。寝付きは悪く、起き抜けはゾンビのようだと言われたことがある。意識がなくてキスをしたというのは、十分考えられることだ。
「それは……悪いことをしました。あの……奥様にも悪いことを……。」
「ずっと気になってたんです。」
春樹はコップをテーブルに置くと、倫子の方を見上げた。複雑そうな倫子に、春樹は頭をくしゃくしゃとかく。
「すいません。つい……。」
こんなことを言うつもりはなかった。担当編集者が作家の精神状態を不安定にさせてどうする。春樹はそう思いながら、首を横に振った。
「忘れてください。すいません。言うつもりはなかったんですけど。」
「……いいえ。謝るのはこちらでしょう。」
倫子はそういってそのソファーの側の床に座る。
「奥様が居て、そんなことをしてしまうなんて。不倫だけは避けてたのに。」
だから礼二もセックスは一度したが、それ以降もそうならないように気をつけていたのに。
「キスは不倫ですか?」
「お世話をするくらいなら、不倫ではないのでしょうが……一線を越えてしまったと思うし……。あの、やりにくかったでしょう?あれからだったら。担当を代えていただいてもいいんですが。」
すると春樹は倫子を見下ろして言う。
「それは駄目です。」
「どうして?やりにくいでしょう?こんなこと……。」
「俺じゃないと駄目なんです。」
どうしてこんなにこだわるのだろう。他の出版社の担当だって倫子の担当は難しいからと言われて、何度も担当が変わったこともあるのに。
「無理しなくても良いです。」
「ずっと、あなたの担当でいたい。」
その言葉に倫子は首を横に振った。
「奥様がいらっしゃるのでしょう?死にそうだって、あんなに取り乱していたのに。」
わざと奥さんのことを出した。思い出してもらうように。
「……。」
「間違いだったんです。だから、忘れましょう。ね?自分がしてしまったことで、無責任だと思うかもしれませんけど。あの……。」
すると春樹はソファーから降りると、倫子の目線に下がる。そしてじっと倫子をみた。
「あなたは妻が見つけたんです。だから、俺の手で作品を発表したい。」
そのとき、倫子は勘違いをしていたことに気がついた。この男は、自分が好きだとか、そんなことを言っていない。そして妻しか見ていないのだ。
「期待に添えられるように……しますから。」
絞り出すように倫子は言うと、春樹は少し笑った。そして、その頬に手を添える。
「泣かないでください。」
「泣いてませんよ。」
「そうですか?濡れてますよ。」
「汗です。」
エアコンも効いていない蒸し風呂のような部屋だ。春樹はその言葉に、テーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンに手を伸ばしてスイッチを入れる。するとピッという軽い音がして、エアコンが起動した。
「駅の方へ行けば、タクシー捕まりますよね。帰ります。」
そういって倫子は立ち上がると、春樹に背を向けた。バッグを手にすると、玄関の方へ向かう。
「早く寝た方が良いですよ。本当に明日奥様の所に行ったとき、酒臭いなんて言われたくないでしょう?」
わざと春樹の方を向かなかった。お互い忘れようと言ったばかりだから。
「先生。」
春樹は立ち上がると、倫子の方へ足を向ける。
「前から思ってたんですけど、先生ってやめてくれませんか。そんなに偉くないし。」
「立場上そうは言っていられないんですよ。」
「だったら、今だけでもやめてください。」
すると春樹は頭をかいて、倫子の背中に言う。
「倫子さん……。すいません。あの……。」
「もうやめて。」
思わず大きな声で言ってしまった。こんなに自分が不安定になると思ってなかった倫子は、口を押さえる。
「すいません……自分で言っておきながら。」
「だいぶ、興奮してますね。お互い。」
「藤枝さんも?」
やっと倫子が春樹の方を向いた。すると春樹は少し笑っていった。
「俺のことも、藤枝さんをやめてもらえないかな。」
「……何だったかしら。」
すると春樹は、倫子に近づいて言う。
「春樹。」
「春樹さん?」
「春樹。倫子。春樹だ。」
すると倫子は少しうつむいて言う。自分の顔が赤くなっているのがわかる。
「春樹……。」
「そう。」
春樹はそういうと、倫子の頬に手を押いて顔を上げる。すると、倫子は春樹を見上げていった。
「感情なんか無いわね。お互い。」
「俺は妻しか見てないよ。」
「私も自分しか見えてない。」
倫子はそういうと、春樹の胸に倒れ込むように顔を埋めた。そして春樹もその後ろ頭を支えると、その唇に軽く唇を重ねる。
「……。」
すると堰を切ったように倫子は春樹の首に手を回し、春樹もまたその頬に手を押くと夢中で唇を重ねた。強いアルコールの匂いがする。そのアルコールの匂いに酔ってしまいそうなくらい、夢中で舌を絡めた。
「あとは、ご自分で出来ますよね。」
倫子はそういって置いていた自分のバッグを手にする。
「どうして……。」
わずかに春樹がそういった。その言葉に倫子は足を止める。
「え?」
「どうして、キスなんかしたんですか?」
いつしただろう。倫子は驚いて春樹を見下ろす。この男とキスをしたのだろうか。いつしたのだろうか。全く覚えていない。
「どうしてっていわれても……いつしたんですか?と言うか……え?」
考えられるのは、春樹が家に泊まりにきたときだろうか。あとで泉から、春樹が起こしにいったけどどうしても起きなかったといっていたのだ。
倫子は寝起きが悪い方だ。寝付きは悪く、起き抜けはゾンビのようだと言われたことがある。意識がなくてキスをしたというのは、十分考えられることだ。
「それは……悪いことをしました。あの……奥様にも悪いことを……。」
「ずっと気になってたんです。」
春樹はコップをテーブルに置くと、倫子の方を見上げた。複雑そうな倫子に、春樹は頭をくしゃくしゃとかく。
「すいません。つい……。」
こんなことを言うつもりはなかった。担当編集者が作家の精神状態を不安定にさせてどうする。春樹はそう思いながら、首を横に振った。
「忘れてください。すいません。言うつもりはなかったんですけど。」
「……いいえ。謝るのはこちらでしょう。」
倫子はそういってそのソファーの側の床に座る。
「奥様が居て、そんなことをしてしまうなんて。不倫だけは避けてたのに。」
だから礼二もセックスは一度したが、それ以降もそうならないように気をつけていたのに。
「キスは不倫ですか?」
「お世話をするくらいなら、不倫ではないのでしょうが……一線を越えてしまったと思うし……。あの、やりにくかったでしょう?あれからだったら。担当を代えていただいてもいいんですが。」
すると春樹は倫子を見下ろして言う。
「それは駄目です。」
「どうして?やりにくいでしょう?こんなこと……。」
「俺じゃないと駄目なんです。」
どうしてこんなにこだわるのだろう。他の出版社の担当だって倫子の担当は難しいからと言われて、何度も担当が変わったこともあるのに。
「無理しなくても良いです。」
「ずっと、あなたの担当でいたい。」
その言葉に倫子は首を横に振った。
「奥様がいらっしゃるのでしょう?死にそうだって、あんなに取り乱していたのに。」
わざと奥さんのことを出した。思い出してもらうように。
「……。」
「間違いだったんです。だから、忘れましょう。ね?自分がしてしまったことで、無責任だと思うかもしれませんけど。あの……。」
すると春樹はソファーから降りると、倫子の目線に下がる。そしてじっと倫子をみた。
「あなたは妻が見つけたんです。だから、俺の手で作品を発表したい。」
そのとき、倫子は勘違いをしていたことに気がついた。この男は、自分が好きだとか、そんなことを言っていない。そして妻しか見ていないのだ。
「期待に添えられるように……しますから。」
絞り出すように倫子は言うと、春樹は少し笑った。そして、その頬に手を添える。
「泣かないでください。」
「泣いてませんよ。」
「そうですか?濡れてますよ。」
「汗です。」
エアコンも効いていない蒸し風呂のような部屋だ。春樹はその言葉に、テーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンに手を伸ばしてスイッチを入れる。するとピッという軽い音がして、エアコンが起動した。
「駅の方へ行けば、タクシー捕まりますよね。帰ります。」
そういって倫子は立ち上がると、春樹に背を向けた。バッグを手にすると、玄関の方へ向かう。
「早く寝た方が良いですよ。本当に明日奥様の所に行ったとき、酒臭いなんて言われたくないでしょう?」
わざと春樹の方を向かなかった。お互い忘れようと言ったばかりだから。
「先生。」
春樹は立ち上がると、倫子の方へ足を向ける。
「前から思ってたんですけど、先生ってやめてくれませんか。そんなに偉くないし。」
「立場上そうは言っていられないんですよ。」
「だったら、今だけでもやめてください。」
すると春樹は頭をかいて、倫子の背中に言う。
「倫子さん……。すいません。あの……。」
「もうやめて。」
思わず大きな声で言ってしまった。こんなに自分が不安定になると思ってなかった倫子は、口を押さえる。
「すいません……自分で言っておきながら。」
「だいぶ、興奮してますね。お互い。」
「藤枝さんも?」
やっと倫子が春樹の方を向いた。すると春樹は少し笑っていった。
「俺のことも、藤枝さんをやめてもらえないかな。」
「……何だったかしら。」
すると春樹は、倫子に近づいて言う。
「春樹。」
「春樹さん?」
「春樹。倫子。春樹だ。」
すると倫子は少しうつむいて言う。自分の顔が赤くなっているのがわかる。
「春樹……。」
「そう。」
春樹はそういうと、倫子の頬に手を押いて顔を上げる。すると、倫子は春樹を見上げていった。
「感情なんか無いわね。お互い。」
「俺は妻しか見てないよ。」
「私も自分しか見えてない。」
倫子はそういうと、春樹の胸に倒れ込むように顔を埋めた。そして春樹もその後ろ頭を支えると、その唇に軽く唇を重ねる。
「……。」
すると堰を切ったように倫子は春樹の首に手を回し、春樹もまたその頬に手を押くと夢中で唇を重ねた。強いアルコールの匂いがする。そのアルコールの匂いに酔ってしまいそうなくらい、夢中で舌を絡めた。
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