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意識
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風呂から上がると、居間で泉が携帯電話に何かメッセージを送っているようだった。その様子に伊織は少し笑う。
「何?」
「若いなぁって思って。携帯のメッセージ打つのも早いし。」
「これくらい普通でしょ?」
そういって泉はテーブルに携帯電話を置く。
「冷たいものがあったっけ?」
「スポーツドリンクがあるよ。」
「ありがたいな。」
伊織はそういって台所へ行くとコップを取り出して、冷蔵庫からスポーツドリンクを注いだ。それを手にして居間に戻ると、泉はまた携帯電話にメッセージを送っている。
「彼氏?」
「違うよ。大学の時の友達。今度結婚式をするからって、住所を教えて欲しいって。」
「倫子さんも行くの?」
「ううん。倫子とは繋がりがないと思うから。」
倫子は大学の時、浮いた存在だった。綺麗な容姿で近づこうとしている人が多かったようだが常に肌を隠すような洋服を着ていたし、何より人を避けるように常に図書館にいたのが印象的だと思う。
「泉は大学の時は楽しかった?」
「うーん。大学行きながらバリスタの勉強していたし、バイトもしてたし、あまり合コンだとかサークルだとかには熱心じゃなかったな。どっちにしても興味ないから良いけど。」
「ふーん。」
「伊織は楽しかったでしょ?芸術系の大学って楽しそうじゃない?」
「そうでもないよ。画材を買うためにずっとバイトしてたし、寮は門限があったしね。」
「門限?すごいね。高校生みたい。」
すると伊織はコップを置いて、少し笑った。
「泉の所は一人暮らし?」
「私も寮だったよ。でも倫子は一人暮らしをしてたな。お嬢様だもん。」
「お嬢様?」
その言葉は意外だった。あんな露出が激しく、入れ墨を入れたような女性がお嬢様というのに違和感を覚えたのだ。
「って言っても、倫子の家はすごいボロだったけどね。」
「お嬢様なのにそんなにボロい家に住んでたの?」
「家に頼りたくないって言ってたな。」
どうしてそんなことになったのかはわからない。火傷、お金持ちの家、そしてボロい部屋。聞きたいのになにも聞けなかった。
「でも何で倫子のことをそんなに聞くの?」
「え……。別に何でもないよ。」
「倫子はやめておいた方が良いよ。」
泉はそういって頬杖をつく。
「どうして?」
「今日、出て行ったのも、デリヘルに会うためだもの。」
「え?」
まさか女性が趣味なのだろうか。だったら全く眼中には言っていないのは当たり前だ。
「今書いてるの、遊郭の話でしょ?本当だったら体を売ってるような人に話が聞きたかったのかもしれないけど、それは無理だからデリヘル嬢に話を聞きたいって。」
「あぁ……仕事のためか。」
少しほっとした。だがすべてが仕事の為なのだ。自分はおろか、泉にすら興味がないのだろう。
「倫子は仕事しか見えてないの。男になんか興味がないって。」
「それは、泉だってそうじゃないの?」
「私?」
「バリスタの資格だって、どっちかって言うと取らされたって感じ?本当は本屋の方で働きたいんじゃないの?」
その言葉に泉は唇をとがらせた。
「私の意見なんか通らないもん。うちの会社クソだわ。」
「自分の思い通りになる会社なんか無いよ。給料をもらってるんだから、しっかり尽くさないとね。」
「大人ぶっちゃって。」
「ははっ。」
倫子とはこんな話が出来ない。倫子にその悩みを言えば、「じゃあ、辞めればいいのに」と言うだけだ。別に本当に辞めて本屋に勤めたいわけじゃない。ただその愚痴を言いたいだけなのだ。
伊織が居てくれて良かった。
タクシーはすぐに捕まった。押し込むように春樹を乗せて、倫子はその横に乗り込む。おそらく駅にしてみたら、一つ手前の駅で降りればちょうど良いところにある住宅街だろう。側には、大学がある。
学生アパートが立ち並ぶアパートの中でも、ひときわボロいアパートが春樹の家だった。
「ここの二階です。」
と言うか二階建ての木造だ。倫子の家よりも古そうに見える。
タクシーを待たせて、春樹を階段にあがらせようとした。だがその足取りもおぼつかない。仕方ない。倫子はタクシーにお金を払うと、自分もそのタクシーを降りた。
「捕まってください。」
あとでまた駅の方へ行けばタクシーは捕まるだろう。駅まではそう遠くない。そう思いながら、春樹の手をつかんで崩れそうな鉄製の階段を上がっていく。
「どこの部屋ですか?」
「一番奥です。」
頭だけはしっかりしてるんだな。そう思いながら、倫子は一番奥の部屋の前に春樹を連れてくる。すると春樹はバッグのポケットから鍵を取り出して、部屋のドアを開けた。
中にはいると暗くてよく見えないが、本特有のカビの匂いと煙草の匂いがする。
「あっ。」
玄関の段差に足をつまずかせたらしい。倫子はそれに気がついて、部屋に入ると靴を脱いで春樹の手を握った。
「大丈夫ですか?どこか打ってません?」
そう聞くと、春樹はその手を振り払って首を横に振る。
「大丈夫。大丈夫ですから。」
「大丈夫に見えませんけど。」
こんなに酒が弱いのによく飲みに行こうと思ったな。倫子はそう思いながら、とりあえず壁に手をはわせて電気を探る。やっと電気のスイッチが見つかり、そのスイッチを押す。すると周りがぱっと明るくなった。
入ってすぐは台所がある。その奥には部屋があるようだが、二人暮らしをするような部屋に見えない。学生アパートのようだ。それに部屋の中も結構ボロい。こんなところに住むような収入ではないはずだが、どうしてこんなところに住んでいるのだろう。
今はそんなことはどうでもいい。倫子はこけて倒れ込んでいる春樹に手を差し出して、起きあがらせる。そして手を掴んで、リビングのソファーに座らせた。意識はあるのだろうか。そう思いながら、顔をのぞき見る。
顔色は悪くない。水でも飲ませよう。そう思って台所の方へ向かった。冷蔵庫を開けるとそれなりに食材があり、ペットボトルの水が目に映る。そして食器棚を見てコップを探そうとした。だがその食器も、一人分しかない。どうしてだろう。結婚しているといっていた割には、一人分しかないのは不自然だと思った。
「何?」
「若いなぁって思って。携帯のメッセージ打つのも早いし。」
「これくらい普通でしょ?」
そういって泉はテーブルに携帯電話を置く。
「冷たいものがあったっけ?」
「スポーツドリンクがあるよ。」
「ありがたいな。」
伊織はそういって台所へ行くとコップを取り出して、冷蔵庫からスポーツドリンクを注いだ。それを手にして居間に戻ると、泉はまた携帯電話にメッセージを送っている。
「彼氏?」
「違うよ。大学の時の友達。今度結婚式をするからって、住所を教えて欲しいって。」
「倫子さんも行くの?」
「ううん。倫子とは繋がりがないと思うから。」
倫子は大学の時、浮いた存在だった。綺麗な容姿で近づこうとしている人が多かったようだが常に肌を隠すような洋服を着ていたし、何より人を避けるように常に図書館にいたのが印象的だと思う。
「泉は大学の時は楽しかった?」
「うーん。大学行きながらバリスタの勉強していたし、バイトもしてたし、あまり合コンだとかサークルだとかには熱心じゃなかったな。どっちにしても興味ないから良いけど。」
「ふーん。」
「伊織は楽しかったでしょ?芸術系の大学って楽しそうじゃない?」
「そうでもないよ。画材を買うためにずっとバイトしてたし、寮は門限があったしね。」
「門限?すごいね。高校生みたい。」
すると伊織はコップを置いて、少し笑った。
「泉の所は一人暮らし?」
「私も寮だったよ。でも倫子は一人暮らしをしてたな。お嬢様だもん。」
「お嬢様?」
その言葉は意外だった。あんな露出が激しく、入れ墨を入れたような女性がお嬢様というのに違和感を覚えたのだ。
「って言っても、倫子の家はすごいボロだったけどね。」
「お嬢様なのにそんなにボロい家に住んでたの?」
「家に頼りたくないって言ってたな。」
どうしてそんなことになったのかはわからない。火傷、お金持ちの家、そしてボロい部屋。聞きたいのになにも聞けなかった。
「でも何で倫子のことをそんなに聞くの?」
「え……。別に何でもないよ。」
「倫子はやめておいた方が良いよ。」
泉はそういって頬杖をつく。
「どうして?」
「今日、出て行ったのも、デリヘルに会うためだもの。」
「え?」
まさか女性が趣味なのだろうか。だったら全く眼中には言っていないのは当たり前だ。
「今書いてるの、遊郭の話でしょ?本当だったら体を売ってるような人に話が聞きたかったのかもしれないけど、それは無理だからデリヘル嬢に話を聞きたいって。」
「あぁ……仕事のためか。」
少しほっとした。だがすべてが仕事の為なのだ。自分はおろか、泉にすら興味がないのだろう。
「倫子は仕事しか見えてないの。男になんか興味がないって。」
「それは、泉だってそうじゃないの?」
「私?」
「バリスタの資格だって、どっちかって言うと取らされたって感じ?本当は本屋の方で働きたいんじゃないの?」
その言葉に泉は唇をとがらせた。
「私の意見なんか通らないもん。うちの会社クソだわ。」
「自分の思い通りになる会社なんか無いよ。給料をもらってるんだから、しっかり尽くさないとね。」
「大人ぶっちゃって。」
「ははっ。」
倫子とはこんな話が出来ない。倫子にその悩みを言えば、「じゃあ、辞めればいいのに」と言うだけだ。別に本当に辞めて本屋に勤めたいわけじゃない。ただその愚痴を言いたいだけなのだ。
伊織が居てくれて良かった。
タクシーはすぐに捕まった。押し込むように春樹を乗せて、倫子はその横に乗り込む。おそらく駅にしてみたら、一つ手前の駅で降りればちょうど良いところにある住宅街だろう。側には、大学がある。
学生アパートが立ち並ぶアパートの中でも、ひときわボロいアパートが春樹の家だった。
「ここの二階です。」
と言うか二階建ての木造だ。倫子の家よりも古そうに見える。
タクシーを待たせて、春樹を階段にあがらせようとした。だがその足取りもおぼつかない。仕方ない。倫子はタクシーにお金を払うと、自分もそのタクシーを降りた。
「捕まってください。」
あとでまた駅の方へ行けばタクシーは捕まるだろう。駅まではそう遠くない。そう思いながら、春樹の手をつかんで崩れそうな鉄製の階段を上がっていく。
「どこの部屋ですか?」
「一番奥です。」
頭だけはしっかりしてるんだな。そう思いながら、倫子は一番奥の部屋の前に春樹を連れてくる。すると春樹はバッグのポケットから鍵を取り出して、部屋のドアを開けた。
中にはいると暗くてよく見えないが、本特有のカビの匂いと煙草の匂いがする。
「あっ。」
玄関の段差に足をつまずかせたらしい。倫子はそれに気がついて、部屋に入ると靴を脱いで春樹の手を握った。
「大丈夫ですか?どこか打ってません?」
そう聞くと、春樹はその手を振り払って首を横に振る。
「大丈夫。大丈夫ですから。」
「大丈夫に見えませんけど。」
こんなに酒が弱いのによく飲みに行こうと思ったな。倫子はそう思いながら、とりあえず壁に手をはわせて電気を探る。やっと電気のスイッチが見つかり、そのスイッチを押す。すると周りがぱっと明るくなった。
入ってすぐは台所がある。その奥には部屋があるようだが、二人暮らしをするような部屋に見えない。学生アパートのようだ。それに部屋の中も結構ボロい。こんなところに住むような収入ではないはずだが、どうしてこんなところに住んでいるのだろう。
今はそんなことはどうでもいい。倫子はこけて倒れ込んでいる春樹に手を差し出して、起きあがらせる。そして手を掴んで、リビングのソファーに座らせた。意識はあるのだろうか。そう思いながら、顔をのぞき見る。
顔色は悪くない。水でも飲ませよう。そう思って台所の方へ向かった。冷蔵庫を開けるとそれなりに食材があり、ペットボトルの水が目に映る。そして食器棚を見てコップを探そうとした。だがその食器も、一人分しかない。どうしてだろう。結婚しているといっていた割には、一人分しかないのは不自然だと思った。
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