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和室
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やがて夏になる。じめじめした梅雨が終わり、まぶしい太陽が雲間から顔をのぞかせる。
それを恨めしそうに、伊織は見ていた。
「在宅をする理由がないなら、ちゃんと出社して。」
富美子に言われた言葉が頭に響いて、その太陽がますます恨めしい。さすがにもう不動産屋に行かないといけないだろう。そう思いながら、伊織はまた上京してきたのだ。
そして会社の近くにある不動産屋のドアをたたいた。
「この家賃でしたら、こんな物件はいかがですか。」
そう言って店員が進めてくるアパートの間取りをみる。あまり新しい物件ではないが、リフォームしているらしくなかなか綺麗にしてあった。
「和室はないんですか?」
今住んでいるところも和室だ。出来れば畳がいい。
「古くなりますよ。」
何度もそう言われて、一応その間取りのチラシをもらった。大学の時には寮に入っていたしそんなことで苦労をしたことはないのだが、こんなに条件に合わないものが多いのかとため息を付く。
と言うか、どうしてこんなこじゃれたものばかり推薦するのだろう。床がフローリングなんて、板敷きじゃないか。伊織はそう思いながら、近くのカフェでアイスコーヒーを買った。
それを飲みながら公園で一息入れていると、ふと向こうに神社のようなものが見えた。こんなところに神社があるなんて。そう思いながら、ベンチから立ち上がりその神社の方へ向かった。
そこは神社というよりも庵のようなものだった。お供えものの釈迦木や、饅頭などが添えられている。それを見て一度手を合わせた。こういうものには礼儀をしておくのが当たり前だ。
カシャ……。
シャッターの音がして、振り返った。するとそこには、派手に肌を露出させた細長い女性が立って、デジタルカメラのシャッターを押していた。
「何……。」
「あぁ、手を合わせたいならどうぞ。私はあなたじゃなくて、庵を撮りたいから。」
そう言って女性は、またシャッターを切る。確かに撮っているのは伊織ではなく、その建物のようだった。そしてその側にある、この庵を建てた看板などをまた撮っていた。
「ふーん。やっぱりそうなんだ。」
「何が?」
「ここは、元遊郭だったからその魂を納めるために建てられたものなんだ。」
その言葉にぞっとした。昔を思い出したからだろう。伊織はまた氷の溶けかけたアイスコーヒーのカップを手にすると、そこを避けようとした。そのときその女性に目が止まる。
タンクトップの上から薄いカーディガンを羽織っているが、その首もとから胸にかけて黒い竜の入れ墨が見える。そしてその手元にも蛇の頭のような入れ墨。そしてショートパンツから伸びる太股には、バラか何かの花の入れ墨があった。堅気の人に見えない。
「……取材か何かですか?」
「そう。取材。今度の話は遊郭だから。情報は得たいでしょ?」
「は?話?」
「小説を書いてるの。」
てっきりヤクザのたぐいなのかと思ったら違った。
「あとは遊郭の建物の内部を知りたいな。それから……。」
全く目に入っていない。相手にもしていないと言うことだろうか。それならそれでかまわないが、小説という単語に伊織は少し反応する。
「もしかして……小泉倫子?」
「呼び捨てにされる筋合いはないわ。」
「俺、富岡伊織です。」
そう言って伊織は倫子に自分の名刺を手渡す。すると倫子はその名刺を見てわずかに微笑んだ。
「あぁ……本のデザインをしてくれた?「office queen」の?」
「そうです。」
名刺から目線をはずして、伊織をみる。茶色い髪やよく灼けた肌は、とても健康的で倫子にはないものだった。
「女性かと思ったわ。」
「よく名前から間違えられます。」
「デザインも女性的ね。」
倫子に悪気はない。自分に正直で、思ったことをすぐ口に出してしまうのだ。だから倫子の周りには敵が多い。
「今度でる本の表装は別の会社にしてもらったけれど、正直、あなたの会社が出すデザインが良かったんだけど。」
「却下されたと聞きました。」
「私が却下したんじゃないわ。版元の繋がりでしょう?そちらのデザインばかり選ぶわけにはいかないでしょうし。でも今度の本は、前ほど売れない。」
「どうしてですか?」
「表装って重要だから。私の作品に興味が無くても、デザインを見て手に取るでしょう。あのデザインでは手に取らないと思うから。少なくとも、私なら取らない。」
その言葉に伊織は焦ったように、倫子に言う。
「だったら、文庫本がでるときは俺がします。」
必死さは伝わる。思わず倫子が笑った。
「自信があるのね。」
「自信がなければこんな仕事してませんよ。」
何にしてもデザインの公募に出品するときは、自分が一番良いと思うようなものしか出さない。そうでなければ、やる意味がないのだ。
「面白い。私の同居人によく似てるわ。」
「同居人?」
男でもいるのだろうか。だったら恋人というのが正しいのに。
「カフェの店員をしているの。バリスタとしてはまだ一人前ではないみたいだけれど、自分の淹れたコーヒーは世界で一番美味しいと自信を持ってるみたい。そんなに自信たっぷりだったら、飲んでる方もプレッシャーだとは思わないのかしら。」
バカにしたような言い方に、伊織は置いておいたアイスコーヒーのカップを手にする。
「それ、本人に?」
「言わなくてどうするのよ。調子に乗らせないのも友人の勤めでしょう?」
「友人?」
恋人ではないのか。しかしこの容姿だ。友人と言ってもあまり変わらない人かもしれない。にたような風貌ヤクザの女だろう。
「……あなたの友人は大変でしょうね。」
「あっちも言ってくるから、気にしていない。さて、無駄話をしたわ。さっさと資料を集めよう。」
倫子はそう言って、デジタルカメラをバッグにしまい込んだ。そしてまたヒールを鳴らして去っていく。その後ろ姿に伊織は昔を思いだして、ぞっとした。
それを恨めしそうに、伊織は見ていた。
「在宅をする理由がないなら、ちゃんと出社して。」
富美子に言われた言葉が頭に響いて、その太陽がますます恨めしい。さすがにもう不動産屋に行かないといけないだろう。そう思いながら、伊織はまた上京してきたのだ。
そして会社の近くにある不動産屋のドアをたたいた。
「この家賃でしたら、こんな物件はいかがですか。」
そう言って店員が進めてくるアパートの間取りをみる。あまり新しい物件ではないが、リフォームしているらしくなかなか綺麗にしてあった。
「和室はないんですか?」
今住んでいるところも和室だ。出来れば畳がいい。
「古くなりますよ。」
何度もそう言われて、一応その間取りのチラシをもらった。大学の時には寮に入っていたしそんなことで苦労をしたことはないのだが、こんなに条件に合わないものが多いのかとため息を付く。
と言うか、どうしてこんなこじゃれたものばかり推薦するのだろう。床がフローリングなんて、板敷きじゃないか。伊織はそう思いながら、近くのカフェでアイスコーヒーを買った。
それを飲みながら公園で一息入れていると、ふと向こうに神社のようなものが見えた。こんなところに神社があるなんて。そう思いながら、ベンチから立ち上がりその神社の方へ向かった。
そこは神社というよりも庵のようなものだった。お供えものの釈迦木や、饅頭などが添えられている。それを見て一度手を合わせた。こういうものには礼儀をしておくのが当たり前だ。
カシャ……。
シャッターの音がして、振り返った。するとそこには、派手に肌を露出させた細長い女性が立って、デジタルカメラのシャッターを押していた。
「何……。」
「あぁ、手を合わせたいならどうぞ。私はあなたじゃなくて、庵を撮りたいから。」
そう言って女性は、またシャッターを切る。確かに撮っているのは伊織ではなく、その建物のようだった。そしてその側にある、この庵を建てた看板などをまた撮っていた。
「ふーん。やっぱりそうなんだ。」
「何が?」
「ここは、元遊郭だったからその魂を納めるために建てられたものなんだ。」
その言葉にぞっとした。昔を思い出したからだろう。伊織はまた氷の溶けかけたアイスコーヒーのカップを手にすると、そこを避けようとした。そのときその女性に目が止まる。
タンクトップの上から薄いカーディガンを羽織っているが、その首もとから胸にかけて黒い竜の入れ墨が見える。そしてその手元にも蛇の頭のような入れ墨。そしてショートパンツから伸びる太股には、バラか何かの花の入れ墨があった。堅気の人に見えない。
「……取材か何かですか?」
「そう。取材。今度の話は遊郭だから。情報は得たいでしょ?」
「は?話?」
「小説を書いてるの。」
てっきりヤクザのたぐいなのかと思ったら違った。
「あとは遊郭の建物の内部を知りたいな。それから……。」
全く目に入っていない。相手にもしていないと言うことだろうか。それならそれでかまわないが、小説という単語に伊織は少し反応する。
「もしかして……小泉倫子?」
「呼び捨てにされる筋合いはないわ。」
「俺、富岡伊織です。」
そう言って伊織は倫子に自分の名刺を手渡す。すると倫子はその名刺を見てわずかに微笑んだ。
「あぁ……本のデザインをしてくれた?「office queen」の?」
「そうです。」
名刺から目線をはずして、伊織をみる。茶色い髪やよく灼けた肌は、とても健康的で倫子にはないものだった。
「女性かと思ったわ。」
「よく名前から間違えられます。」
「デザインも女性的ね。」
倫子に悪気はない。自分に正直で、思ったことをすぐ口に出してしまうのだ。だから倫子の周りには敵が多い。
「今度でる本の表装は別の会社にしてもらったけれど、正直、あなたの会社が出すデザインが良かったんだけど。」
「却下されたと聞きました。」
「私が却下したんじゃないわ。版元の繋がりでしょう?そちらのデザインばかり選ぶわけにはいかないでしょうし。でも今度の本は、前ほど売れない。」
「どうしてですか?」
「表装って重要だから。私の作品に興味が無くても、デザインを見て手に取るでしょう。あのデザインでは手に取らないと思うから。少なくとも、私なら取らない。」
その言葉に伊織は焦ったように、倫子に言う。
「だったら、文庫本がでるときは俺がします。」
必死さは伝わる。思わず倫子が笑った。
「自信があるのね。」
「自信がなければこんな仕事してませんよ。」
何にしてもデザインの公募に出品するときは、自分が一番良いと思うようなものしか出さない。そうでなければ、やる意味がないのだ。
「面白い。私の同居人によく似てるわ。」
「同居人?」
男でもいるのだろうか。だったら恋人というのが正しいのに。
「カフェの店員をしているの。バリスタとしてはまだ一人前ではないみたいだけれど、自分の淹れたコーヒーは世界で一番美味しいと自信を持ってるみたい。そんなに自信たっぷりだったら、飲んでる方もプレッシャーだとは思わないのかしら。」
バカにしたような言い方に、伊織は置いておいたアイスコーヒーのカップを手にする。
「それ、本人に?」
「言わなくてどうするのよ。調子に乗らせないのも友人の勤めでしょう?」
「友人?」
恋人ではないのか。しかしこの容姿だ。友人と言ってもあまり変わらない人かもしれない。にたような風貌ヤクザの女だろう。
「……あなたの友人は大変でしょうね。」
「あっちも言ってくるから、気にしていない。さて、無駄話をしたわ。さっさと資料を集めよう。」
倫子はそう言って、デジタルカメラをバッグにしまい込んだ。そしてまたヒールを鳴らして去っていく。その後ろ姿に伊織は昔を思いだして、ぞっとした。
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