守るべきモノ

神崎

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日常

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 焙煎が終わった豆を瓶に入れて、そして今日が飲み頃の豆を表に出す。その行程を店長である川村礼二がしている間、泉はデザートのパウンドケーキを焼いていた。
 元々カフェであり食事は主体では無いという本社の意向から、この「book cafe」のカフェコーナーでだす食事は、甘いものが主体だった。軽く軽食くらいは出すが、カツ丼などは出るわけがない。
「そろそろ、夏のスイーツ出したいですねぇ。」
 泉はそう言うと、礼二は少し笑ってプリントアウトした紙を見せる。
「ほら。夏スイーツ。」
 そこには夏に向けたデザートのレシピが書いてあった。
「わぁ。今年は、ジェラート。」
「イチゴとミルクね。」
「どっちも美味しそう。でもまたアイスクリームマシン出さないといけないのかな。」
「あれが結構大変だけど、まぁ……阿川には任せないから。」
「何でですか?」
「女の子だから。」
「バカにして。私、結構力があるんですよ。」
「はいはい。」
 そう言って礼二が、今日出すコーヒー豆をチェックしていた。コーヒーを入れて、その味を見る。悪くない。
「よし。そっちもいい?」
「OKです。」
「じゃあ、開店しようか。」
 本屋自体の営業は十時からだが、カフェは十時三十分から。本を選び終わった客が、いそいそと二階に上がってくる。ここのコーヒーは、書店をしている会社とコーヒーなどを卸す会社が提携してで来た店だった。だからコーヒーにはこだわりがある。
 評価は悪くない。そして一緒に働く泉もやりやすい相手だ。高校生のような容姿は女を感じないし、泉も男としてみてくれていない。
 問題なのは昼間にやってくる。
「お疲れさまでーす。」
 十時から、二十時までの営業時間だから、泉も礼二も一時間の休憩がある。その間に書店の女性が手伝いに来るのだ。コーヒーを入れることが出来るのは礼二と泉だけなので女性はウェイトレスをしているが、その間の時間が苦痛だ。
「川村さん。今度書店の人たちと飲みに行こうっていってたじゃないですかぁ?」
 愛想笑いで交わしながら、礼二はエプロンと帽子を取った泉をちらっとみる。
「あー。悪いねぇ。飲みに行くとうちのが不機嫌でさ。ほら、うち子供小さいし。」
 嘘だ。むしろ、家にいる妻は社員同士のコミュニケーションも大事だと、飲みに行った方がいいと言ってくれるのだが正直、面倒くさい。
「でもぉ。」
「あ、レジ行って。」
 その様子を後目に泉がバッグを持って、書店側にあるバッグヤードへ向かおうとしたときだった。二階に誰かがやってくるのが見えて、さっとその道をよけた。
「あれ?」
 上がってきた人を見て驚いた。そこには、今朝十円をおごってくれたその男性がいたからだ。
「あ……ここの人だったんですか。」
「はい。いらっしゃいませ。」
 その言葉に伊織は少し笑った。元気のいい女性だと思ったから。
「富岡君。知り合い?」
 伊織の向こうには、もう一人男がいる。この男はよく知っている。と言うか、泉の頬が赤くなった。
「あ……「戸崎出版」の……。」
「あぁ。なんだ。誰かと思いましたよ。確か……阿川さんだったかな。」
「はい。阿川泉です。」
「ははっ。相変わらず元気だね。」
 背が高くてひょろっとしている春樹は、泉をずいぶん見下ろすような感じに見えた。
「知り合いですか。藤枝編集長。」
「うん。ほら、今度手がけてもらおうと思ってた小泉倫子先生の同居人だそうだよ。」
「へ?一緒に住んでるんですか?」
「あ、はい。倫子の家は、広いから。」
「作家って儲かるんですね。」
 その言葉に、春樹は少し笑った。
「どうだろうね。小泉先生は結構特殊だから。」
 倫子が家を買うと言ったときのことを思い出す。

 倫子はあのときから少し無気力な感じがしていたが、あのころはもっとひどかった。
「家を買います。」
 倫子はそう言って少し笑った。
「アパートは手狭かな。」
「変なヤツが居るから。」
 変に人気作家になると大変なのだ。六条一間のボロいアパートに住んでいたのだが、最近変なヤツにつきまとわれているのだという。
 その理由が何となくわかる。
 入れ墨だらけの体。薄着をしすぎて、裸とあまり変わらないような容姿。その上、春樹の前でもノーブラだ。男として全く見ていないのだろう。
「キツくないかな。頭金は出るにしても。」
「……誰か住ませようかな。ちょうどいいの居るし。」
 そういって倫子があの家に移り住んだのは、すぐあとになってからだった。そしてそこに一緒に住んでいるのが泉だった。
 その話を聞いて、伊織は少し首を傾げた。
「同級生だったんですか。」
「大学のね。学科は違ったそうだけど。」
 コーヒーを飲みながら、春樹は伊織がデザインした本のデザインを見ていた。
「うん。これが良いな。」
「でも小泉先生がうんって言うかわからないでしょ?」
「君だからうんって言うかもね。」
 その言葉に、伊織の耳が赤くなる。昔を思い出したからだ。
「何でですか?」
「君はデビュー作の「白夜」の表装をした。それが小泉先生にとても気に入られてね。この人とはもう一度仕事がしたいと言っていたし。」
 そのとき休憩から戻ってきた泉が、二人の側を通り過ぎようとしていた。それに春樹が声をかける。
「阿川さん。」
「はい?」
 足を止めて泉は二人をみる。
「「白夜」の表紙、小泉先生はとても気に入っていたよね。」
 すると泉は少し首を傾げていった。
「んー。一番ましだったって言ってたかな。」
 その言葉に春樹はため息を付いた。
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