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日常
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街のアーケード内にある、本屋は二階にはカフェがあり食事を楽しむことも出来るが、主に一階で書った本を二階に持ち込んで飲み物を楽しむために作られた。その評価は上々でカップルが本を持ち込んでた害の薦める本を読んだり、一人でその時間を楽しむ人もいる。
その中で黒いエプロンと帽子をかぶった小柄な人が動き回っていた。阿川泉、二十五歳。小柄な体とメリハリのない体つき、化粧家のない顔立ちは、まるで男子高校生がアルバイトをしているようにも見える。だが顔立ちは悪くない。色気が見えないだけだ。
「お待たせいたしました。」
コーヒーは親会社が提携しているコーヒーの卸業者から仕入れたもの。その業者の講師が教えてくれたコーヒーの入れ方はとても独特だが、香りと味に誰もが満足する。
「美味しい。こういうコーヒーが四百円ってもったいないね。」
「本当。なんか香ばしい感じがする。ミルク入れるのもったいないね。」
その声に泉は少し笑う。だが外は雨が降っているし、今日は平日だし、あまり客足は延びないだろう。そう思いながらカウンターに、空のカップと皿を下げた。
「泉。今日、豆が余りそうだわ。」
カウンターの向こうにいる男が声を上げる。カフェの方の店長で、まだ三十代半ばのひょろっとした男だった。
「焙煎しすぎたんじゃないんですか。店長。」
「雨が降るなんて予報で言ってなかったからさ。」
春先の雨は、いつも突然だ。泉も今日は傘を持ってきていない。だが帰りにコンビニか何かで買えば済むことだろう。
「終わりまで余ってたら、持って帰るか?」
「うん。そうします。倫子に渡したい。」
「そうしろ。そうしろ。ちょっとはカフェも小泉先生に貢献しないとな。」
泉は少し笑いながら、またやってきた二人組のカップルに声をかける。
「いらっしゃいませ。どうぞ。お好きなお席へ。」
手には一階で書った本が握られている。こういうカップルは珍しくない。だが男はあまり本なんかというタイプに見える。きっと小説よりもマンガを読むタイプなのだろう。
「有紗。小説なんか読むんだな。」
「ううん。ぜんぜん読まないけど、この間映画を真希と見てさ。面白かったから原作読みたいとずっと思ってたの。」
「で、やっと見つかったの?」
「うん。」
宝物のように抱き抱えた紙袋から取りだしたのは、白い表紙のハードカバーの本だった。題名は「白夜」。作家の名前は、小泉倫子と書いてある。
「そんなに面白いかな。小説って文字ばっかで疲れるじゃん。」
「映画を見ると良いよ。あーでも一樹は、駄目なんだっけ。アクションとかしか観ないって言ってたもんね。」
「んー。だったら、有紗が言うんだったら映画だけでも見るかな。」
「大丈夫?結構すごいシーンあるよ。」
「すごいシーン?」
「皆川絵梨佳が血塗れになってるの。」
泉はその会話を聞きながら、二人のテーブルの上にお冷やを置いた。
「あ、店員さん。」
「はい?」
「下の本屋さんに張ってあった、小泉倫子さんのサインって本物?」
「えぇ。デビュー作の「白夜」のサイン会があったときに、書いてもらったんです。」
「えー?来てたんだ。見たかったなぁ。」
その言葉に、泉は少し笑う。あとでメッセージを打っておこう。作家、小泉倫子はまたコーヒーを求めているのだろうから。
二十時には仕事を終えて、二十一時に店を出る。泉は制服の姿からジーパンとシャツ姿で外にでた。少し茶色のショートカットがさらに活発に見えるが、やや子供っぽくも見えた。だが本人は気にしていない。
今のところ恋人も欲しくない。仕事とプライベートは充実しているのだから。
アーケードをでると、雨は上がっていた。コンビニで傘を買う手間は省けた。そう思いながら、電車で自分が住んでいる町に向かう。
街から二駅。その街に降りると、住宅街が広がっていた。あるのはコンビニとか、二十四時間営業のスーパー、ドラッグストアなど、アーケードにあるようなしゃれた洋服屋や雑貨屋などはない。一気に所帯じみた街になるのだ。
その中にはいると、一気に素の自分に戻れる気がした。泉はそう思いながら、駅に停められている自転車に乗り込んだ。
そしてその住宅街の一角にある、日本庭園の家の駐車場に停めた。そして門を開けて、中にはいる。
「ただいま。」
明かりはあるがしんとしている。きっと集中しているのだろうと、泉は足音を立てないように、そっと家の中に入った。
だがあまり新しい家ではない。歩く度にぎしっという音がする。
「お帰り。」
しゃがれた声の女性が、途中のドアから出てきた。その女性の姿に泉は声をかける。
「仕事中だったんじゃない?邪魔した?」
「ううん。そろそろ一息入れようと思ってたから。」
アンニュイな笑顔を浮かべる。全体的にけだるそうだ。
「倫子。何か食べた?」
「ううん。さっきほら、昨日買ってきてくれたクッキー食べたわ。」
「朝からそれだけ?」
「動かないからね。」
「駄目だよ。また食べるの忘れてぇ。何か作るよ。朝ご飯炊いておいて良かった。」
誰がこの女性を今人気のミステリー作家である小泉倫子だと思うだろうか。
伸ばしっぱなしの黒い髪。細身の体。なのに胸や尻は成長していて、ただ小柄でメリハリのない体をしている泉とは全くタイプが違う。
しかし二人は大学生の時からの友人で、倫子が小説を書いて中古ながら買った家に泉が転がり込んできたのは約二年前だった。
泉は家の心配をしなくても良い。そのかわり、倫子は身の回りの世話を泉にいっさい任せていた。
料理上手で、掃除をまめにしてくれる泉は、倫子にとってもかけがえのない存在だったのだ。
その中で黒いエプロンと帽子をかぶった小柄な人が動き回っていた。阿川泉、二十五歳。小柄な体とメリハリのない体つき、化粧家のない顔立ちは、まるで男子高校生がアルバイトをしているようにも見える。だが顔立ちは悪くない。色気が見えないだけだ。
「お待たせいたしました。」
コーヒーは親会社が提携しているコーヒーの卸業者から仕入れたもの。その業者の講師が教えてくれたコーヒーの入れ方はとても独特だが、香りと味に誰もが満足する。
「美味しい。こういうコーヒーが四百円ってもったいないね。」
「本当。なんか香ばしい感じがする。ミルク入れるのもったいないね。」
その声に泉は少し笑う。だが外は雨が降っているし、今日は平日だし、あまり客足は延びないだろう。そう思いながらカウンターに、空のカップと皿を下げた。
「泉。今日、豆が余りそうだわ。」
カウンターの向こうにいる男が声を上げる。カフェの方の店長で、まだ三十代半ばのひょろっとした男だった。
「焙煎しすぎたんじゃないんですか。店長。」
「雨が降るなんて予報で言ってなかったからさ。」
春先の雨は、いつも突然だ。泉も今日は傘を持ってきていない。だが帰りにコンビニか何かで買えば済むことだろう。
「終わりまで余ってたら、持って帰るか?」
「うん。そうします。倫子に渡したい。」
「そうしろ。そうしろ。ちょっとはカフェも小泉先生に貢献しないとな。」
泉は少し笑いながら、またやってきた二人組のカップルに声をかける。
「いらっしゃいませ。どうぞ。お好きなお席へ。」
手には一階で書った本が握られている。こういうカップルは珍しくない。だが男はあまり本なんかというタイプに見える。きっと小説よりもマンガを読むタイプなのだろう。
「有紗。小説なんか読むんだな。」
「ううん。ぜんぜん読まないけど、この間映画を真希と見てさ。面白かったから原作読みたいとずっと思ってたの。」
「で、やっと見つかったの?」
「うん。」
宝物のように抱き抱えた紙袋から取りだしたのは、白い表紙のハードカバーの本だった。題名は「白夜」。作家の名前は、小泉倫子と書いてある。
「そんなに面白いかな。小説って文字ばっかで疲れるじゃん。」
「映画を見ると良いよ。あーでも一樹は、駄目なんだっけ。アクションとかしか観ないって言ってたもんね。」
「んー。だったら、有紗が言うんだったら映画だけでも見るかな。」
「大丈夫?結構すごいシーンあるよ。」
「すごいシーン?」
「皆川絵梨佳が血塗れになってるの。」
泉はその会話を聞きながら、二人のテーブルの上にお冷やを置いた。
「あ、店員さん。」
「はい?」
「下の本屋さんに張ってあった、小泉倫子さんのサインって本物?」
「えぇ。デビュー作の「白夜」のサイン会があったときに、書いてもらったんです。」
「えー?来てたんだ。見たかったなぁ。」
その言葉に、泉は少し笑う。あとでメッセージを打っておこう。作家、小泉倫子はまたコーヒーを求めているのだろうから。
二十時には仕事を終えて、二十一時に店を出る。泉は制服の姿からジーパンとシャツ姿で外にでた。少し茶色のショートカットがさらに活発に見えるが、やや子供っぽくも見えた。だが本人は気にしていない。
今のところ恋人も欲しくない。仕事とプライベートは充実しているのだから。
アーケードをでると、雨は上がっていた。コンビニで傘を買う手間は省けた。そう思いながら、電車で自分が住んでいる町に向かう。
街から二駅。その街に降りると、住宅街が広がっていた。あるのはコンビニとか、二十四時間営業のスーパー、ドラッグストアなど、アーケードにあるようなしゃれた洋服屋や雑貨屋などはない。一気に所帯じみた街になるのだ。
その中にはいると、一気に素の自分に戻れる気がした。泉はそう思いながら、駅に停められている自転車に乗り込んだ。
そしてその住宅街の一角にある、日本庭園の家の駐車場に停めた。そして門を開けて、中にはいる。
「ただいま。」
明かりはあるがしんとしている。きっと集中しているのだろうと、泉は足音を立てないように、そっと家の中に入った。
だがあまり新しい家ではない。歩く度にぎしっという音がする。
「お帰り。」
しゃがれた声の女性が、途中のドアから出てきた。その女性の姿に泉は声をかける。
「仕事中だったんじゃない?邪魔した?」
「ううん。そろそろ一息入れようと思ってたから。」
アンニュイな笑顔を浮かべる。全体的にけだるそうだ。
「倫子。何か食べた?」
「ううん。さっきほら、昨日買ってきてくれたクッキー食べたわ。」
「朝からそれだけ?」
「動かないからね。」
「駄目だよ。また食べるの忘れてぇ。何か作るよ。朝ご飯炊いておいて良かった。」
誰がこの女性を今人気のミステリー作家である小泉倫子だと思うだろうか。
伸ばしっぱなしの黒い髪。細身の体。なのに胸や尻は成長していて、ただ小柄でメリハリのない体をしている泉とは全くタイプが違う。
しかし二人は大学生の時からの友人で、倫子が小説を書いて中古ながら買った家に泉が転がり込んできたのは約二年前だった。
泉は家の心配をしなくても良い。そのかわり、倫子は身の回りの世話を泉にいっさい任せていた。
料理上手で、掃除をまめにしてくれる泉は、倫子にとってもかけがえのない存在だったのだ。
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