触れられない距離

神崎

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料亭

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 三人は電車に乗り込み、そして翔はそのまま自宅がある最寄り駅で降りた。この駅で降りる人は多い。ここはベットタウンなので、アパートやマンションだけでは無く一戸建ても多いのだ。
「じゃあ、お疲れ。」
「今日は一日ありがとうね。お疲れ様。」
 沙夜はそういうと翔は少し笑って電車を降りる。そして電車のドアが閉まると、車内は限られた人しか居なかった。疲れたサラリーマン、酔っ払っている人、水商売風の女性。椅子もそこそこ空いているが、沙夜と一馬はそのまま立っていた。
 一馬は携帯電話を取りだして、何かメッセージを送っている。昨日の今日なのだ。響子の所に帰るのだろう。夕べは真実を知らされて、きっと複雑だっただろうから。一馬は夫でその響子に付き添ってあげるのは当然のことだろう。
 だが響子が傷ついているときに、居るべき芹はきっと居ない。普段から自分で片付けられることは自分で片付けないといけない。頼り、頼られの関係はきっと長続きしないのだろうからと勘違いしているのだろうから。
 その時だった。沙夜の携帯電話にメッセージが届いた音がした。沙夜はそれを感じて、携帯電話をバッグから取り出す。するとそのメッセージの相手は遥人だった。
 純も治も家の前や側で降ろしたあと、遥人もそのまま家に帰ったらしい。こうやって報告してくれれば楽だろう。そう思って返信をするとまたバッグに携帯電話を入れようとした。その時、また携帯電話が鳴る。メッセージのようでそれを取り出すと、相手は一馬だった。目の前に居るのにわざわざメッセージをよこすというのは、それなりの理由があるのだろう。そしてその理由は沙夜でもわかる。いくら車内に人がいなくても、どこで何を聞かれるかわからないから。それに口に出して癒えるような無いようでは無いのだろう。
「今日はお前の家に行きたい。」
 そのメッセージに沙夜は首を横に振った。沙夜だって気持ちを抑えようとしているのに、そんな誘惑に乗るわけには行かないのだから。
「駄目。」
 一言そう言ってメッセージを送ると、すぐに一馬からメッセージが届いた。
「今まで我慢していたのに?」
 一馬の方を見ると、一馬は視線をそらせていた。それでも沙夜ならわかる。一馬が恥ずかしいのか、頬を染めていること。だがそれでも四人に不用意な行動をしないで欲しいと言ったばかりなのに、早速自分が破って良いのだろうかと思う。
「それでも、示しが付かない。」
 すると一馬は首を横に振った。そしてまたメッセージを送る。
「大切な話がある。」
 こういう時の一馬は強引だ。その強引さでこんな関係にもなった。沙夜はため息を付くと、一馬にメッセージを送る。
「わかった。スタジオで楽器を降ろしてから来て。」
 それでも用心をした方が良い。今日は隣に棗も居ないのだ。変装をして欲しいと思ったから。

 駅にたどり着くと一旦、一馬はスタジオへ行く。沙夜はそのままアパートの方へ帰って行った。スタジオに着くと楽器を立てかける。そしてそのまま帽子を脱ぎ、革のジャンパーを脱いだ。
 K街では時間になると良く外国人がいる。確かに観光客が興味本位で飲みに来ている人も多いし、住んでいてバイトをしている人も居る。だが中には本当にマフィアのような人も居るのだ。ヤクザに雇われているような人。一馬はそんな人達に挨拶をすることも無いが、どんな格好をしているのかくらいは目にしている。
 普通の格好をしている人も多いが、大抵は外国のメーカーのモノを着ている。こちらの国のモノは体に合わないのだ。一馬も同じような体型をしているのは、純粋にこちらの国の人では無いからだろう。だから外国のモノはとても体に合う。いつも着ている革ジャンも外国のモノらしい。詳しいことはわからないが、着れば着るほど肌に合う気がして手放せない。
 だがこれを着ると一馬だとわかってしまう。だから違うモノを着ることにするのだ。いつか言った古着屋で見つけたブラックジーンズ。向こうの国のモノらしく若干細身なところがあるが動きやすい。それにセーターとジャンパーは黒いダウンジャンパー。秋や春であればジャケットだが、遥人言ってもまだ寒い時期なのでこのジャンパーを着よう。そして髪をほどいてキャップかぶり、サングラスをつけた。どう見ても堅気の人に見えない。それで良いと思う。歩いていても人が避けるくらいが都合が良い。そう思いながら、バッグに下着なんかを入れ、部屋を出る。
 今頃翔は響子と過ごしているのだろう。
 沙夜には言えなかったが、今日、翔の家には芹も沙菜も居ないらしい。二人とも仕事で出かけているのだ。そこに響子が海斗と一緒にやってくる。海斗は結構早い時間に眠ってしまうので、そこから何があるかというのは一馬でも想像が付く。夕べ、何があったとしても響子は翔の手を掴むのだ。
 響子はきっと翔の強さに惹かれている。一馬のような張りぼての強さでは無く、芯があるしっかりした強さだった。一馬では難しいのかもしれない。
 ただ一馬も沙夜となら乗り越えられる。お互いに頼って、頼られる関係はきっと本当の強さを得られると思うから。
 沙夜のアパートのある所は通りから少し入った路地の先だった。その途中にはスナックがある。K街で伝説と言われたゲイバーのママが、ここでスナックをしているのだ。丁度、一馬が通りかかるとそこから数人のサラリーマンが出てきた。
「ありがとう。ママ。また来るね。」
「えぇ。またいらしてね。」
 サラリーマン風の人達は、普通に見える。だがそのサラリーマンを見送ったママと言われた人は、確かにゲイバーの人にしか見えない。紺色のワンピースにはスパンコールが付いているようだが、濃い化粧が少しいびつに見える。だがこの人は昔は一晩で相当な額を稼いでいたという。だがこんな片隅の貸店舗でスナックをしているというのは何なのだろう。
 それはわからないが、どちらにしても一馬に関係のある話では無い。そう思って一馬はそのままアパートを目指す。すると後ろから声がかかった。
「ねぇ。あなた。」
 振り返ると、ママが一馬に近寄ってきた。
「良かったこちらの言葉はわかるのね。」
「……。」
「そこのアパートの人かしら。」
 すると一馬は首を横に振った。ここに住んでいるわけでは無いのだから。
「棗さんのお友達かしら。」
 ここでも棗の名前が出るのか。そう思ったが首をかしげる。するとママは表情を変えずに一馬に言った。
「だったら良いの。うちの店にも遊びに来てね。」
 軽く頭を下げると、一馬はアパートに入っていった。そしてそのまま階段を上がっていく。ママはそのまま店に帰っていったらしい。良かったつけられていなかった。
 余計な知り合いはいない方が良い。特に「二藍」の花岡一馬だと思われたくなかった。
 そしてそのまま沙夜の部屋がある階にたどり着くと、一番端の部屋のチャイム鳴らすとして戸惑った。この隣が棗の部屋なのだろうか。時間的に帰ってきている時間だとは思えないが、沙夜の話では朝早く出ていき夜は相当遅いと言っていた。一馬が居る時間には帰ってくるかどうかは微妙だが、この男にも沙夜との関係はばれたくなかった。妙に人懐っこいというか図々しい感じがとても嫌だと思ったから。
 チャイムを鳴らすと、沙夜が出てきた。
「いらっしゃい。」
「お邪魔する。」
 そう言って一馬は部屋に入る、ふわっと温かいのは暖房を効かせてくれているからだろう。
「お茶でも淹れようか。外が寒かったでしょう?」
「いや……風呂に入らないか。」
「いきなり?」
 沙夜はそう言って少し笑う。すると一馬はそのまま沙夜の腕を引き寄せると、その胸に抱きしめた。
「嫌か。ずっと一日中一緒に居たのに、こんなことも出来ないのは苦痛だったから。」
「……うん……そうね。」
 一馬がそうしたかったのは何となく予想が付いた。手に触れることも出来ないのに、沙夜の周りには順大や、奈々子。そして極めつけは棗という新たな男が出現したのだ。一馬が嫉妬しないわけが無い。
「何かあったの?」
「……風呂の中で話さないか。」
「うちの湯船って少し狭いけど。」
「だったら沸かす間に少し聞いて欲しいことがある。」
 そういった一馬の目は少し寂しそうだった。沙夜が寄り添える問題なのかわからない。しかし、寄り添ってあげたいと思う。響子では無く、沙夜を頼ってきたというのは沙夜に聞いて欲しいことがあったからだと思うから。
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