触れられない距離

神崎

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料亭

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 集まる場所はK街でも少し外れ。しかも平日であり、マスコミもここまで羽織ってこないだろう。だから遥人は安心して仕事が終わってマネージャーが運転する車に乗っていた。だが運転するマネージャーは少し不機嫌そうだった。
「でも何でこんな急に集まろうなんて言ってるんだろうな。」
 信号で停まり、マネージャーは少し愚痴った。
「何かあったかな。」
「遥人の父親のことが少し収まったからって、少し軽率かもしれないのに。」
 先程の仕事は雑誌のインタビューだった。新しいアルバムのこともそうだが、映画のことなんかも聞かれると思っていたのだが、その雑誌のインタビュアーは気を抜けば父親のことを聞こうとする。だから普段はあまり付き添ったりしないが、最近はインタビューにも付き添っている。本来だったらインタビューの間には他の仕事が出来るのだが、付き添っていればそういうことも出来ない。だから必然的に仕事が増えていて休みもあまり取れないのが実状なのだ。
「沙夜さんだったら、そこら辺も考えているよ。多分集まって話が終わったらスパッと帰れって言うはずだから。」
「それでもなぁ……。」
 他のメンツもいる。沙夜だけでは無く奏太もいる。だからそこまで心配することは無いのだが、どうしてこんなに愚痴っているのだろう。そう思いながら遥人はふと気が付いてマネージャーの方を向いてにやっと笑いながら言った。。
「あー。あれだ。わかった。」
 その言葉にマネージャーはドリンクホルダーに置いていたお茶のペットボトルを落としそうになった。
「何だよ。」
「デート出来ないんだろ?って言うか会うのもあまり無いって事?」
 するとマネージャーは口を尖らせた。恋人が出来てもそこまで長続きしないマネージャーだが、今回の恋人は長く付き合えている。美容師をしていて、ブラック企業だと言われかねないような労働状況で、恋人も時間がほとんど取れないのに更に時間が取れないのだ。それがマネージャーの不満なのだろう。
「そうだよ。前にいつ会ったっけとか思うしさ。」
「メッセージのやりとりとかしないの?」
「するけどさ。ほとんどすれ違いみたいな。しかもこの間会ったときには、丁度何も出来ない時期だったし。」
「そんなにセックスしないといけないのか。」
「したいだろう。」
「性欲処理だけだったら方法はいくらでもありそうなのに。」
「そんなもんじゃ無いんだよ。」
 遥人はこの辺がずれている。おそらく遥人はオ○ニーもセックスも同じくらいのレベルなのだ。本当に人を好きになったことが無いのだろうか。
 そういう関係を切れなかったから、遥人の父親はその相手を失って喪失感で押しつぶされそうになっているのを、遥人は何もわかっていないのだ。父親に同情しそうになる。
「ふーん……。」
「そんな感覚って泉さんでもわかると思うよ。まだ別れていないんだろう?恋人と。」
 沙夜のことを言われて少し黙った。沙夜はいけないとわかっていても一馬とずっとセックスをしているのだ。芹と離れられないのに、一馬とのそういう関係を辞められないのはただ単に性欲処理で片付けられない感情なのだ。その辺が遥人にはわからない。
「別れたって聞いてないけど。」
「泉さんが結婚したら大変だろうな。」
「何で?」
「家庭を顧みそうに無いから。旦那よりも「二藍」を大事にしそうだよ。」
「……そっかな。旦那もそんなタイプだったら良いんじゃ無いの?」
「結婚ってそんなもんかな。あぁ。ここ右だっけ。」
 そう言ってK街の離れの通りを車で進んでいく。一番栄えている通りから少し離れた所は、街によっては車が入れなかったり一方通行だったりするが、指定された所はそうでも無い。少し離れている所にあるのだ。
「今度お前も時間作っていくか。」
 するとマネージャーは頷いた。
「評判が良い料理屋なんだろう。彼女も一緒に連れていって良い?」
「わかった。わかった。そのあとにホテルにしけ込めば良いじゃん。」
「そうするよ。」
 いつになるかわからない。だが遥人はこういう事を必ず守ってくれる。だから少し期待をした。
 マネージャーはこのまま帰るらしい。遥人を置いて、そのままK街を離れて行き、遥人の目にはテールランプの赤い光が見えた。周りは結構静かな所で呼び込みなんかはあまり居ない。繁華街の中心は居酒屋やスナック、ホストクラブやキャバクラなどがあるようだし、風俗だってある。だがこの辺はもっと落ち着いている。ワインバーがあったり、昼間にはコーヒー豆を売る店なんかもあるが、少し入れば栄えている所より過激なサービスをしてくれる風俗店があったりする。こういうところにあるというのは意外かもしれないが、案外こういうところの方が多かったりするのだ。
 そして遥人はそのビルの前に立っていた。一階にはバーがあったり雑貨屋があったり色んな店が入っているようだが、二階は一つの店しか無い。横にある案内板にはそう書いてあった。料亭の名前が書いている。この店は父親のお気に入りで、遥人は何度かここに父親と来たことがある。苦手な父親だが、兄夫婦と子供達とだったらこういう店に来ることもあるのだ。子供が居ても十分楽しめるようなところだし、第一個室なのだ。お忍びで来るには最適だと思う。
 しかし沙夜がこの店を選んだというのは少し意外だと思った。あまりこういう店を苦手にしていると思っていたから。だが一馬が薦めたのかもしれないし、順大もK街出身だと言っていたので自然と知っていただけかもしれない。二人の耳には評判の居酒屋から高級店、風俗店までよく知っているだろうから。
 階段を使って二階に上がり、店の前に立つと玄関の先に季節の花が飾られていた。その辺は本当に料亭のように見える。だが中は少し違う。
 引き戸を開けると、普通の料亭なら玄関があり靴を入れる靴箱があるはずだ。だがここはそれが無い。レジカウンターがあり、その下には本日のメニューなんかが書かれている。その下に、土足でお上がりくださいと書かれていた。つまり土足で上がれるようなところで、その辺は少し居酒屋らしく思える。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか。」
 レジカウンターにいたのは桜色の作業着と、同じ色のズボン。それに藍色の前掛けをかけた女性だった。髪を一つに結って、薄く化粧をしている。こういうところの仲居というのは着物なのだろうと思っていたが、こちらの方が確かに動きやすいだろう。こう言うところの仲居は動き回るのだから。
「あ……泉という名前で予約が入っていませんか。」
「お調べいたします。」
 レジカウンターの手元はおそらくノートなんかでは無い。タブレットがあるらしくせわしなくそれで予約をチェックしているようだ。その辺は近代的だと思う。ガチガチの料亭というわけでは無いのだ。メニューだってコース料理が基本だが、子供向けのメニューもあったり、一品料理もある。だから遥人の甥っ子や姪っ子が来ても退屈しないのだ。
「泉様。お待たせいたしました。ご案内いたします。」
 確認が取れたのだろう。遥人は帽子だけ取ると、その仲居について行った。
 席によっては半個室もあるようだが、案内されたのは個室が建ち並ぶところのようで同じような仲居とすれ違っていたが、遥人を見て表情一つ変えない。おそらくこの店は芸能人なんかも利用することが多いのだろうか。だから芸能人に慣れているのかもしれない。だがこう言うところほどバックヤードで何を言われているのかわからなくて、その辺は普通の女性なのだ。話をされているのは想像出来るがもうそんなことで目くじらを立てたりしない。きりが無いからだ。
 そう思いながら、遥人は一番奥の部屋に案内された。そして部屋を開けられるとそこには長机と椅子に座った「二藍」の四人。それに沙夜に奏太の姿がある。おそらく遥人が一番最後だったのだろう。
「悪いな。待たせたか。」
「いいえ。大丈夫。そこまで待っていないわ。」
 仲居は案内するだけ案内したら部屋を出ていく。
 座り位置は決まっているのだろうか。「二藍」のことで話をするのだったら本来、沙夜の隣には奏太が来るのだろう。だが沙夜と奏太は向かい合っている。沙夜の隣には一馬が居て、その向こうには翔が居る。そして奏太の隣には純が居てその向こうに治がいた。純と奏太はそこまで仲が良いというわけでは無いが、どうしてこんな隣に居るのだろう。それに純の表情が浮かない気がした。そう思いながら上着をハンガーに掛ける。すると奏太が遥人に言った。
「こっちに座れよ。」
「良いの?」
「良いよ。別に。」
 奏太の表情も浮かない気がした。隣に一馬が居るからだろうか。相変わらず奏太はまだ沙夜のことを想っているのだろう。なのに席を譲っているのは、もう覚悟を決めたからなのだろうか。
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