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じゃがいものグラタン
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翔の最寄り駅で三人は降り、裕太はそのままマンションの方向へ向かう。子供を義理の両親のところに預けているのだ。最近は裕太も保育園へ息子を引き取りに行けないことが多いので、義理の母親に任せているのだ。だがあまりそうしていると紫乃からあまり良い印象は無い。裕太の両親のように子供の育て方というのは時代によって変わるということを、あまり理解していないようだ。平気で子供に食べさせては行け無いものを食べさせたりしたり、勝手に服を買って着せているのを腹立たしく思っている。出来れば早く引き取りに行きたいと裕太は急ぎ足でマンションの方へ向かった。その後ろ姿を見てやはり紫乃の尻に裕太は惹かれているのだと思う。
「夫婦の形って色々あるけれど、天草さんの所っていうのは少し特殊みたいね。」
「あんなに尻に敷かれてたら、俺だったら家に帰りたくないな。」
お互いの言い分を聞いて納得して、夫婦生活を過ごすことが出来る。一馬のところもそうしていたのに、どこで間違ってしまったのだろう。
「沙夜はこのまま帰る?」
本当はもう少し電車に乗っておきたかったが、裕太にはこの駅が最寄り駅のアパートに住んでいると思わせている。なのでわざとこの駅で降りたのだ。
「そうね……。ねぇ。今日、家には誰か居る?」
「家?そうだな。芹は二,三日見ていないし、沙菜は今日大きなスーツケースを持って出掛けてた。海外で撮影があるんだっていっていたみたいだよ。」
「慎吾さんは入院しているのよね?」
「様子を見に行ったよ。医師からは順調だと言ってくれた。」
「と言うことは今日は一人なの?」
「そうなるかな。」
「食事ってどうしているの?」
「俺、食事が作れないことも無いけどね。そりゃ、沙夜のようにはいかないけど。」
「今日、作りに行っても良いかしら。」
「え?良いの?」
一馬との曲も決まったし、あとはレコーディングをするだけだ。だったら家で一人で食事を作って食べるよりも、せっかくこの駅で降りたのだから広い台所で二人分くらいの食事を作るのも良い。
「たまにはそうしたいのよ。」
「わかった。買い物に行きたいかな。商店街はまだ開いているよ。日が暗くなっただけで時間はそこまで下がっているわけじゃ無いし。」
「えぇ。あなたは家に帰って家を温めておいてくれないかしら。凄く寒くなりそうだし。」
雪が降るほどでは無いが身を切るような風が吹いている。その風はスラックスを履いている沙夜の足を凍えさせるようだ。
「わかった。そうするよ。冷蔵庫は適当に色んなモノが入っていると思う。」
「えぇ。適当に買って行くわ。」
そう言って二人は別れる。沙夜は商店街の方へ、翔は家の方へ急いだ。洗濯物も干しっぱなしになっている。それも入れておきたいと思っていた。
家に帰り着くとやはり家の中は真っ暗だった。電気を付けて、エアコンを入れる。ジャンパーを脱ぎ、そのまま手を洗ったりしたあと、掃き出し窓を開ける。そして庭に出て干している洗濯物を入れた。これはおそらく沙菜が干したモノだ。最初よりは綺麗に干せているが、まだ皺が十分に伸びないまま干しているモノもある。タオルなんかは皺が寄っていようと良いが、シャツなんかは少し気になるところだ。
シャツを畳んでそれぞれの部屋へ持って行く。沙菜や芹はベッドや入り口当たりに置いておけば良いが、慎吾はしばらく居ないのでクローゼットの中に入れる。慎吾の部屋はあまりモノが無い。女の所を転々としていたと言っていたからだろう。
最初のうちは沙菜も少し慎吾が来ることに抵抗があったようだが、芹がそれを見張っていて慎吾から沙菜を遠ざけている。おそらく慎吾も沙菜と芹が付き合っていると誤解をしているのだ。それを見て沙菜にはもう手を出していない。そして徐々に慎吾が元々持っていた明るさが出てきたような気がしていた。
慎吾は学生の時から注目されていたところがある。演劇部のステージでも慎吾だけが光が当たって見えたし、注目されていた。それに女にとてももてていたのだ。一人で部屋に籠もって音楽をずっと作っていた翔とは対照的だったと思う。だが今は対照的になっていて、それが慎吾の負い目になっていた。だがこの明るさがあれば、慎吾だって光を浴びることが出来る。慎吾がしたかった舞台の仕事が来ることだって考えられるのだ。
その部屋でぼんやりしていたとき、チャイムが鳴った。それでやっと翔は我に返る。慎吾の部屋を出て原研へ向かうと、そこには荷物を持った沙夜の姿があった。
「いらっしゃい。」
ドアを開けると、沙夜は少し笑って玄関の中に入る。
「お邪魔します。って何か変ね。」
ずっとここに住んでいたのに他人行儀だと思ったのだろう。だがその通りなのだ。
「相変わらず掃除が行き届いているわね。」
コートを脱いでソファーに置いた沙夜は周りを見てそう呟いた。棚の上にも埃一つ落ちていない。掃除は翔の役割なのだ。
「掃除はね。なんか家が汚いとテンションが下がりそうだし。それに慎吾が来てからは更に気を遣うよ。」
「こちらに帰ってきてもしばらくは見えないんでしょう?」
「うん。」
包帯が取れたら帰ることが出来るそうだが、それでも視力が戻るまではまだ少し時間がかかりそうだ。なのでつまずきそうなモノなんかは避けているので、必然的に余計なモノが無くなったのだろう。
ジャケットを脱ぐとブラウス一枚になる。それは寒いかもしれないが、ジャケットを着たままでは料理がしづらい。
「部屋の温度を上げようか。」
そう言ったが沙夜は首を横に振る。
「大丈夫。料理をしていると温かくなるから。」
「それもそうだね。で、何を作るの?」
「グラタン。」
「え?面倒じゃ無い?」
「って言っても全然たいしたことないグラタンよ。手抜きのグラタン。ジャガイモが安かったの。新ジャガイモがもう出てきている季節だったみたい。それから大根のサラダ。海藻と一緒にして。」
「手伝うよ。こっちにエプロンがあるから。」
「あぁ。これ取っておいてくれたの?」
沙夜が使っていたエプロンを出してくれた。おそらく誰も使わないまま置いておいたのだろう。
「捨ててくれても良かったのに。」
「母親がいつでもここへ来て料理をしても良いと言っていたからね。それに、きっと「二藍」でなんかの集まりをするときにはきっとここでするから。」
「餃子会みたいな?」
「そう。餃子。鍋でも良いよ。夏だったら何になるかな。」
「焼き肉とか良いかもね。庭でやっても良いし。」
「リーの所みたいにバーベキューを本格的には出来ないけどね。」
そう言いながら沙夜は材料を揃える。ジャガイモは主役だ。皮を剥いて適度な大きさに切っていくと水にさらす。
すると翔もエプロンを付けてやってきた。
「何かしようか。」
「だったらそうね……スープも作りたいの。卵スープにしようかと思って。」
「だったらそれにキノコを入れるよ。それからネギと。全部冷凍しているんだ。」
「キノコを?」
「あまり長期的には保存出来ないけど、キノコは冷凍すると香りが良くなるんだ。ネギは刻んでキッチンペーパーに挟んで冷凍しておくと、パラパラで使いやすいから。」
「へぇ……それは知らなかったわ。」
「母親がそう言っていたよ。それから響子さんも知ってた。」
響子の名前に沙夜は少し戸惑った。翔は、やはり響子と繋がりがあるのだろう。それでも責めることは出来ない。沙夜も一馬と繋がりがあるのだから。
「響子さんとはあまり会えないでしょう?海斗君もいるし。」
「うん。でも……休みの日なんかはスタジオに来てくれるよ。面白そうに機材を見てる。一馬のスタジオへは行かないみたいだからね。」
「鍵は持っているけれど行かないというのは……やはり……。」
響子は気が付いている。だが自分も不倫をしているのだから後ろめたいのだろう。そういう夫婦の形もあるのかもしれないが、どことなく遥人の両親のように沙夜は思えていた。つまり仮面夫婦だと言うことだ。
そんな形にしたかったのだろうか。理想的な夫婦だと思っていたのに、壊したのは沙夜であり、翔だったのだろう。そして芹にはまだ何も言えていない。
「夫婦の形って色々あるけれど、天草さんの所っていうのは少し特殊みたいね。」
「あんなに尻に敷かれてたら、俺だったら家に帰りたくないな。」
お互いの言い分を聞いて納得して、夫婦生活を過ごすことが出来る。一馬のところもそうしていたのに、どこで間違ってしまったのだろう。
「沙夜はこのまま帰る?」
本当はもう少し電車に乗っておきたかったが、裕太にはこの駅が最寄り駅のアパートに住んでいると思わせている。なのでわざとこの駅で降りたのだ。
「そうね……。ねぇ。今日、家には誰か居る?」
「家?そうだな。芹は二,三日見ていないし、沙菜は今日大きなスーツケースを持って出掛けてた。海外で撮影があるんだっていっていたみたいだよ。」
「慎吾さんは入院しているのよね?」
「様子を見に行ったよ。医師からは順調だと言ってくれた。」
「と言うことは今日は一人なの?」
「そうなるかな。」
「食事ってどうしているの?」
「俺、食事が作れないことも無いけどね。そりゃ、沙夜のようにはいかないけど。」
「今日、作りに行っても良いかしら。」
「え?良いの?」
一馬との曲も決まったし、あとはレコーディングをするだけだ。だったら家で一人で食事を作って食べるよりも、せっかくこの駅で降りたのだから広い台所で二人分くらいの食事を作るのも良い。
「たまにはそうしたいのよ。」
「わかった。買い物に行きたいかな。商店街はまだ開いているよ。日が暗くなっただけで時間はそこまで下がっているわけじゃ無いし。」
「えぇ。あなたは家に帰って家を温めておいてくれないかしら。凄く寒くなりそうだし。」
雪が降るほどでは無いが身を切るような風が吹いている。その風はスラックスを履いている沙夜の足を凍えさせるようだ。
「わかった。そうするよ。冷蔵庫は適当に色んなモノが入っていると思う。」
「えぇ。適当に買って行くわ。」
そう言って二人は別れる。沙夜は商店街の方へ、翔は家の方へ急いだ。洗濯物も干しっぱなしになっている。それも入れておきたいと思っていた。
家に帰り着くとやはり家の中は真っ暗だった。電気を付けて、エアコンを入れる。ジャンパーを脱ぎ、そのまま手を洗ったりしたあと、掃き出し窓を開ける。そして庭に出て干している洗濯物を入れた。これはおそらく沙菜が干したモノだ。最初よりは綺麗に干せているが、まだ皺が十分に伸びないまま干しているモノもある。タオルなんかは皺が寄っていようと良いが、シャツなんかは少し気になるところだ。
シャツを畳んでそれぞれの部屋へ持って行く。沙菜や芹はベッドや入り口当たりに置いておけば良いが、慎吾はしばらく居ないのでクローゼットの中に入れる。慎吾の部屋はあまりモノが無い。女の所を転々としていたと言っていたからだろう。
最初のうちは沙菜も少し慎吾が来ることに抵抗があったようだが、芹がそれを見張っていて慎吾から沙菜を遠ざけている。おそらく慎吾も沙菜と芹が付き合っていると誤解をしているのだ。それを見て沙菜にはもう手を出していない。そして徐々に慎吾が元々持っていた明るさが出てきたような気がしていた。
慎吾は学生の時から注目されていたところがある。演劇部のステージでも慎吾だけが光が当たって見えたし、注目されていた。それに女にとてももてていたのだ。一人で部屋に籠もって音楽をずっと作っていた翔とは対照的だったと思う。だが今は対照的になっていて、それが慎吾の負い目になっていた。だがこの明るさがあれば、慎吾だって光を浴びることが出来る。慎吾がしたかった舞台の仕事が来ることだって考えられるのだ。
その部屋でぼんやりしていたとき、チャイムが鳴った。それでやっと翔は我に返る。慎吾の部屋を出て原研へ向かうと、そこには荷物を持った沙夜の姿があった。
「いらっしゃい。」
ドアを開けると、沙夜は少し笑って玄関の中に入る。
「お邪魔します。って何か変ね。」
ずっとここに住んでいたのに他人行儀だと思ったのだろう。だがその通りなのだ。
「相変わらず掃除が行き届いているわね。」
コートを脱いでソファーに置いた沙夜は周りを見てそう呟いた。棚の上にも埃一つ落ちていない。掃除は翔の役割なのだ。
「掃除はね。なんか家が汚いとテンションが下がりそうだし。それに慎吾が来てからは更に気を遣うよ。」
「こちらに帰ってきてもしばらくは見えないんでしょう?」
「うん。」
包帯が取れたら帰ることが出来るそうだが、それでも視力が戻るまではまだ少し時間がかかりそうだ。なのでつまずきそうなモノなんかは避けているので、必然的に余計なモノが無くなったのだろう。
ジャケットを脱ぐとブラウス一枚になる。それは寒いかもしれないが、ジャケットを着たままでは料理がしづらい。
「部屋の温度を上げようか。」
そう言ったが沙夜は首を横に振る。
「大丈夫。料理をしていると温かくなるから。」
「それもそうだね。で、何を作るの?」
「グラタン。」
「え?面倒じゃ無い?」
「って言っても全然たいしたことないグラタンよ。手抜きのグラタン。ジャガイモが安かったの。新ジャガイモがもう出てきている季節だったみたい。それから大根のサラダ。海藻と一緒にして。」
「手伝うよ。こっちにエプロンがあるから。」
「あぁ。これ取っておいてくれたの?」
沙夜が使っていたエプロンを出してくれた。おそらく誰も使わないまま置いておいたのだろう。
「捨ててくれても良かったのに。」
「母親がいつでもここへ来て料理をしても良いと言っていたからね。それに、きっと「二藍」でなんかの集まりをするときにはきっとここでするから。」
「餃子会みたいな?」
「そう。餃子。鍋でも良いよ。夏だったら何になるかな。」
「焼き肉とか良いかもね。庭でやっても良いし。」
「リーの所みたいにバーベキューを本格的には出来ないけどね。」
そう言いながら沙夜は材料を揃える。ジャガイモは主役だ。皮を剥いて適度な大きさに切っていくと水にさらす。
すると翔もエプロンを付けてやってきた。
「何かしようか。」
「だったらそうね……スープも作りたいの。卵スープにしようかと思って。」
「だったらそれにキノコを入れるよ。それからネギと。全部冷凍しているんだ。」
「キノコを?」
「あまり長期的には保存出来ないけど、キノコは冷凍すると香りが良くなるんだ。ネギは刻んでキッチンペーパーに挟んで冷凍しておくと、パラパラで使いやすいから。」
「へぇ……それは知らなかったわ。」
「母親がそう言っていたよ。それから響子さんも知ってた。」
響子の名前に沙夜は少し戸惑った。翔は、やはり響子と繋がりがあるのだろう。それでも責めることは出来ない。沙夜も一馬と繋がりがあるのだから。
「響子さんとはあまり会えないでしょう?海斗君もいるし。」
「うん。でも……休みの日なんかはスタジオに来てくれるよ。面白そうに機材を見てる。一馬のスタジオへは行かないみたいだからね。」
「鍵は持っているけれど行かないというのは……やはり……。」
響子は気が付いている。だが自分も不倫をしているのだから後ろめたいのだろう。そういう夫婦の形もあるのかもしれないが、どことなく遥人の両親のように沙夜は思えていた。つまり仮面夫婦だと言うことだ。
そんな形にしたかったのだろうか。理想的な夫婦だと思っていたのに、壊したのは沙夜であり、翔だったのだろう。そして芹にはまだ何も言えていない。
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