触れられない距離

神崎

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年末

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 結局バンドの演奏を終えるまで、機材の撤収は出来なかった。ある程度の機材はトラックに運んでいたが、翔の機材の撤収はバンドの演奏が終わるまで出来なかったからだ。
 アンコールまでしっかり演奏をして、フェスはお開きになる。片付けをしているメンバーのお陰で撤収は早く終わりそうだ。荷物を運び込んで挨拶をして会社へ帰ろうと思っていたとき、古参のバンドのメンバーであるギタリストが沙夜に声をかけた。
「泉さん。今日は悪かったね。」
「え?」
 トラックの鍵を閉めて沙夜は驚いたようにギタリストを見た。
「翔君に無理をさせたんじゃ無いかと思ってた。」
「いいえ。千草は良い経験をさせてもらったと喜んでますよ。」
「そのようだ。実は……正直あまり期待はしていなかったけれど、思った以上に馴染んでくれていたようだし。」
「期待をしていなかった?」
「ボーカルの男が、千草君はモデルをしている時期もあったといって毛嫌いしていたところがあるんだ。キーボーディストとしても中途半端で、モデルとしても中途半端な男だと。」
「プロ意識が高ければそう思われても仕方ないですよ。実際、千草もモデル業は進んでするべき事では無いというスタンスをずっと持ってました。職業モデルの人と比べるとあまりにも稚拙だと。でも、需要があったんですよ。今でも声がかかるくらいですから。」
「そのようだ。でも実際演奏をしてみると、全く違うんだね。モデルはただ姿だけで取られていたように思えるよ。節制しているのか。」
「どうでしょうね。」
 本当は少しずつジムへ行ったり、食事に気を遣っているのは知っているがそこまで詳しかったら疑っていなくても疑ってしまうだろう。そう思って黙っておいた。
「怪我の功名だと思う。バイオリニストでどうなることかと思ったけれど、結局ライブも盛り上がったし。」
「バイオリニスト……。」
 そうだった。あのバイオリニストは、沙夜は見覚えがある。だが奏太と言い合っていたのは良くわからなかったが。
「実は、あの曲を入れるときに弦楽団を入れる予定にはしていなかったんだ。こちらで音源を用意すると言ったら、スタッフが生の音を入れても構わない。こちらが用意すると言ってきてね。」
「はぁ……。と言うことは、あのバイオリニストはスタッフが用意した人ですか。」
「と言うか主催者がね。」
「主催者……。」
 ボーカルの男が嫌がっていた。良くわからないような人達に音楽を任せたくなかったのだろう。
「そちらの担当の男性と言い合っていたみたいだけど。」
「詳しくはわかりませんが、こちらも来させなければ良かったと思ってました。すいません。余計にごちゃごちゃさせたみたいで。」
「いいや。謝らなくても良い。ただ、先程も言ったが怪我の功名だと思ってる。」
「はぁ……。」
「今年は翔君とコラボが出来ないだろうか。」
 おそらくそれが一番言いたかったことだろう。それくらいこのバンドにとってもいい影響を与えたのだ。
「本人次第ですが、断らないと思いますよ。あとは会社に伺いを立ててみます。会社も反対はしませんよ。むしろ……良いんですか。そちらのネームバリューを利用したみたいに思われるかもしれませんが。」
「いいや。むしろこちらが利用しているよ。また連絡をする。会社の方で良いのかな。」
「でしたら、名刺を渡しておきます。」
 そう言って沙夜はバッグから名刺入れを取り出し、ギタリストに手渡した。
「私を呼んでください。居ない時には先程つまみ出された男性が出ますから。」
「だったら裕太を呼び出すよ。」
「そうでしたね。西藤部長は後輩ですか。」
「そう。一緒のフェスでステージをした仲だ。一緒に飲みに行くこともあったし。」
「はぁ……仲が良さそうですね。」
「「二藍」さんはこのまま帰ると言っていたけれど、このあと打ち上げには?」
「それぞれ家庭があったりしますからね。また今度にしてください。」
「わかった。じゃあ、また連絡をする。」
「はい。」
 腰が低い男だ。おそらくバンドの中の交渉なんかはこの男がしているのだろう。おそらく普通の仕事をしていても、良い営業マンなんかになれそうだった。沙夜ではあんなに柔軟になれない。
「話は終わったか。」
 マイケルが煙草を吸い終わりこちらにやってきた。「二藍」のメンツはそれぞれに挨拶をしているのだろう。そろそろ移動したいところだ。足がずいぶん冷えている。
「えぇ。翔に一緒に音楽を作らないかと言われてね。」
「翔は堂々としたモノだったな。あれだけ出来れば誘われるのもわかる。」
「そうね。」
 スタジオに籠もって一人で音楽を作っていたあの時間が、翔の糧になっている。それだけでは無い。それぞれにみんなレベルアップしているのだ。だが群を抜いて良くなっているのは一馬なのだろう。それはおそらく沙夜と一緒に演奏する機会が増えたから。
「沙夜。あの男は……。」
「先程のギタリスト?」
「では無くて、奏太のことだ。」
「あぁ。望月さんね。」
「あいつは担当なんだろう。あちらにいたときに受け口になってくれたのはあいつだった。」
「私がほとんどオフィスにいなかったからね。」
「あいつは担当から外れた方が良いんじゃ無いのか。」
 マイケルでは無くてもそう言うだろう。問題があるから女から叩かれたし、つまみ出されたのだ。そしてバンドにも迷惑がかかった。
「それは……。」
 その時会場の中から雑談をしながら五人がやってくる。こういう機会でも無ければ他のバンドの人と交流は出来ないのだ。普段はあまり口数が少ない一馬も、古参のバンドのベーシストとは話が合ったように思える。
「あのドラムの人と連絡先交換しちゃったよ。俺、SNSも考えるなぁ。」
 治は少し興奮しながら携帯電話を手にしていた。すると純が笑いながら言う。
「治はずっとファンだったんだろ?」
「一番は違うけど、やっぱSNSやってたらそう言う繋がりももてるって思ったらさぁ。」
「SNSは気をつけろよ。大変な目に遭うんだから。」
 遥人はそう言うと治は頷いた。そのSNSの言葉に、沙夜は思いだしたように遥人に言う。
「栗山さん。そういえばあの指輪だけど。」
「指輪?あぁ、これ?」
 そう言って遥人は指輪をポケットから取り出して、沙夜に見せる。すると翔が少し苦笑いをする。沙夜が文句を言うと思ったから。
「それをはめてちょっとみんなで写真を撮りましょう。」
「写真?」
「栗山さんだけでも良いんだけど、指輪に関する問い合わせがあとを絶たないの。私が持っていた指輪と言うこともわかっている人もいるし。」
「釈明するんだ。わかった。トラックの前で良いの?」
「そうね。丁度街灯の所が明るいからそこで良いかしら。」
 そう言って沙夜は遥人と共に駐車場の街灯の側へ行く。そこが明るく照らし出されて、ステージのように感じるから。
「指輪がどうして遥人の所にあるのかとか、そういうのはどうでも良いんだ。まずは釈明か。」
「仕事の鬼みたいだね。」
 純はそう言って少し笑っていた。だが一馬は不服そうに翔に聞く。
「翔。どうしてあの指輪を遥人に渡したんだ。あの指輪が何なのかわかって渡したのか。」
 その言葉にマイケルが翔の方を見る。マイケルもずっと気になっていたことだったから。あの指輪を見てから沙夜は様子がおかしかったのだ。
「……わかってるよ。俺が奪い取ったんだし。」
「どうしてそんな真似を?」
「芹はずっと結婚をしたいと言っていたよ。沙夜とさ。」
 芹というのは沙夜の恋人なのだろうか。そう思うとマイケルは姿の見えない「芹」という男にいらついてくる。
「俺もそれは聞いていたが……。」
 一馬は響子を捨てることは無いと思う。だが沙夜は芹と結婚することは無いと思っていた。いや。思い込んでいたのかもしれない。
「普通の恋人なら、別の人に自分が贈った指輪を渡して付けてもらった。それが仕事だから仕方が無いと言っても、気分は良くないはずだ。」
「それはそうだろう。」
 一馬も結婚指輪はしている。それを他人に渡すことはまず無い。
「いくら個人的に連絡を取らないでくれと言われていても、強引に聞くはずだ。普通ならね。」
「普通じゃ無い言い方だな。」
「芹は気にしていないなら、俺が予想していたとおりだと思うから。」
「翔が予想していたとおり?」
「芹は沙菜に本気だと言うこと。」
 その言葉に一馬はため息を付く。遠くの街灯の下で沙夜は遥人の写真と、手が目立つような写真を撮っている。それをSNSに載せるためだ。
「これ、返そうか?」
 遥人からもそう言われたが、沙夜は首を横に振る。
「良い意味でも話題になっている。急に取った姿なんかだったら違和感だから、しばらくは付けてテレビなんかには出ないとね。」
「良いの?」
「やってしまったモノは仕方ないでしょ。」
 沙夜はそう言って呆れていた。そしてその画像をSNS用に加工をする。携帯電話で出来ることは限られているが、出来るだけ早く釈明したかったのだ。そして早く芹と話がしたい。誤解だと口では言うだろうが、芹もおそらく誤魔化すだろうから。
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