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年末
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会社での仕事は二十三時で一旦打ち切られる。二十四時になったら会社自体が閉まるのだ。それから三日間は必要な人くらいしか出社をしない。つまりそれぞれの部門の対応は正月明けからになる。奏太もそれをSNSで告げると、帰り支度をした。だが時間的にはフェスに出る「二藍」のステージには間に合いそうだ。これだけ大騒ぎになっているのだ。一度、生で音を聴いてみるかと思い、フェスの会場へ足を伸ばした。社員証があれば、会場の隅からでもライブの様子を見ることが出来る。
それでも奏太は少し理解が出来ない部分があった。確かにあの音楽番組で「二藍」が演奏した曲は評判がいい。奏太が関わったCDや配信での音源とは同じ曲なのに違って聞こえた。それが悪いとは思わないが、どうしても奏太には気持ちが悪く感じていたのだ。
つまり「二藍」はそれぞれが調子に乗るとそれぞれの悪いところが出てくる。純は余計なおかずを入れることもあるし、治は早くなる。翔はとちるし、遥人は音を外すこともある。一馬が一番安定していたが、あの音源では少し間延びするのが見えた。個々が主張しすぎている。それが気になっていたのに、周りはそれを絶賛する。みんな耳が腐っているのかとさえ思えた。
クラシックであんな演奏をされたらたまったモノじゃ無い。コンマスや指揮者に合わせるのが大前提なのだから。そう思いながら、奏太はその会場へ足を運ぶと、行き交う人達がトイレや喫煙所へ行こうとするのが見えた。
「「二藍」って次だっけ?」
「その次の次くらい?」
「ネットで凄い騒がれてたよ。歌番組の曲良かったって。」
「アルバム買わなきゃ。いつだっけ、新しいアルバム。」
そういう声も聞こえて、奏太はため息を付く。世の中本当にどうにかなっていると思えた。その時、ふと見覚えのある人がいるのを見た。あれは、芹だ。沙夜と同居をしていた男。それから隣には沙夜の妹が居る。やはりこの二人が付き合っていたのか。そして「草壁」とはおそらく一馬のことなのだ。あんなに偉そうなことを書いているのは、普段からやはり偉そうなことを口走っているから、それが文章になっただけなのだろう。そう思っていたとき、沙菜の方が奏太に気が付いて近づいてくる。
「あ、一度ご飯食べに来たよね?望月さん。」
「あ……あぁ。」
「関係者じゃ無いの?何でバックヤードにいないの?」
沙菜は無邪気にそう聞いてくると、芹が少し笑って言う。
「ハブられたのか?」
その言い方がいらつく。そう思いながら、奏太は首を横に振った。
「違うよ。俺は会社で仕事だったんだ。直帰しても良かったけど、ライブが気になったから来ただけ。」
すると沙菜の方が芹に言う。
「そうだよ。ハブるとかハブられるとか、「二藍」の中であるわけ無いじゃん。芹さ、ちょっと卑屈になりすぎだよ。」
その言葉に芹は肩をすくませる。だがどう見ても奏太がここに居るというのはそういう風に見えても仕方が無いだろう。「二藍」の担当という割にはバックヤードにも呼ばれていないのだから。
「ねぇ。「二藍」の評判凄いね。あたし達見てないけどさ。音楽番組で凄い話題になってる。」
携帯電話を取りだした沙菜は、SNSの画面を開いてそれを見る。すると「二藍」のページにある画像をタップすると、コメントがもう相当付いているのがわかった。そのほとんどが賞賛の声だったように思える。
「コメント読むのにきりが無くてさ。半分諦めてる。」
「あんたが担当してるのか?」
芹がそう聞くと、奏太は首を横に振った。
「俺もやってるけど、沙夜もやってる。大体この画像は、会場にいなきゃ撮れないだろ?」
「それもそうだね。」
沙菜は沙夜とは顔が似ていると思う。だが性格は全く違って見えた。素直に褒めたり、気を遣ったり、身なりだけでは無くそう言うところが女性らしい。だから芹は付き合っているのだろう。
「あんたらはデートなのか?」
奏太はそう聞くと、芹が手を振ってそれを否定する。
「いや。いや。俺は仕事。」
「仕事?」
芹はそう言うと沙菜は少し笑って言う。
「ライターだもんね?」
「音楽ライター?」
だとしたら「草壁」なのか。この男がそうだというのだろうか。いや違う。「草壁」がこの男だとしたら、沙夜と付き合っているのはこの男ということになる。そして沙夜を放置して妹とデートするような男だとしたら、あまりにも沙夜が不憫だ。
「ライターって言っても、音楽だけのライターじゃねぇから。」
「違うのか。」
「なんて言うのか……幅広くやってるよ。この間は、過去にあった連続殺人事件の犯人のことを調べたし。」
「あー……そういう……。」
つまり文章が書ければ何でも書くのだろう。今日はたまたまフェスだったと言うだけなのだ。
「音楽は素人なんだ。」
「芹さん。あんたは素人って言うけど、その素人から聞く「二藍」ってどう?」
すると芹はちらっと奏太の方を見る。何を言わせようとしているのかわかるから、無難な答えを言っておこうかと思うが、思えばこの男は紫乃と繋がりがあると言っていた。あまり不用意なことも言えない。
「俺は音楽となれば何でも聴いていた方なんだけどさ。「二藍」はもうすでにハードロックとは言えないかな。」
「だったら何だと思う?」
「ジャンルなんてこだわってない音楽だと思うけど。」
「……。」
すると芹は貼られているポスターを見て言う。
「このバンドミクスチャー・ロックって言ってたっけ。」
「人気あるんだよね。でもインディーズだよ?」
沙菜はそう言うと、芹は頷いた。
「「二藍」だったら多分、こういうジャンルにも手を出しそうだし、シンフォニックな所にも行きそうだし、ゲストを呼んでラップを入れたり、雅楽なんかも入れそうだな。」
「そこまでするか。」
奏太はそう言うと沙菜は目を丸くして言う。
「何でしないと思うの?」
「そんなの邪道で……。」
「聴いている人が良い音楽だと思えばそれで良いじゃん。誰のために弾いてんの?」
沙菜の言葉は無邪気だ。音楽の知識がない分、本当に疑問に思うからそう聞くのだろう。
「ハードロックの本場でそんなモノが通用するわけが無い。」
「してんじゃん。海外でも人気があったんだろ?」
芹はそう言うと奏太は思わず黙ってしまった。
「望月さん。何を言いたいの?あたし達が「二藍」の変わったようなハードロックの批判でもすると思った?」
「いや……。でも……。」
「俺は最近の「二藍」の音楽は、この国には狭すぎるかなって思ってるよ。」
芹のその言葉に沙菜は驚いて芹を見る。
「芹。それって……。」
すると芹はぎゅっと手を握って、耐えているように感じた。その様子に思わず沙菜は手に触れたくなる。だが今は奏太の前なのだ。そんなことが出来るわけが無い。
「「二藍」は何度も言われてるんだよ。」
「え?」
すると奏太は首を横に振って言う。
「海外のレーベルに籍を置かないかって。でもあいつら遥人以外はみんな芸能事務所には籍を置いていないし、守れるモノは自分だけとなるとちょっと厳しいと思う。それに……五人もそうだし沙夜もこの国は離れたくないみたいなんだよ。多分、恋人と離れたくないとか、家族を置いていきたくないとか、そんな理由なんだろうけど、甘いってな。言われているうちが華なのに。」
そんなことがあったのか。その言葉に芹は少しほっとする。沙夜と連絡を自由に付けれない状況だが、沙夜はこの国を離れたくないと想っているのだと思うと離れていても、連絡が付かなくても、心は側にあるような気がしたから。
しかし今実際隣に居るのは沙菜だ。その現実からは目を背けられない。沙夜を裏切っているのは自分なのだと言われているようだった。
「あ、そろそろ時間だね。行こうよ。」
沙菜はそう言うと芹は奏太に挨拶をしてその会場の中に入っていく。奏太は一度携帯電話を取り出すと沙夜に連絡を入れた。沙夜がこの連絡を見ているかどうかはわからない。だが、見ていて欲しいと思った。そして帰るときにでも、沙夜と一緒になれれば良いと思う。
そして「二藍」の話題はもう一つあることを奏太は言い出せずにいた。遥人の小指にある指輪。明らかにあの指輪は女性モノで、憶測が飛び交っている。その話題はおそらく遥人だったら無視することが出来るだろう。
しかし見逃さないのはおそらく紫乃なのだ。紫乃がどんな反応を示すか、奏太にはまだわからなかった。
それでも奏太は少し理解が出来ない部分があった。確かにあの音楽番組で「二藍」が演奏した曲は評判がいい。奏太が関わったCDや配信での音源とは同じ曲なのに違って聞こえた。それが悪いとは思わないが、どうしても奏太には気持ちが悪く感じていたのだ。
つまり「二藍」はそれぞれが調子に乗るとそれぞれの悪いところが出てくる。純は余計なおかずを入れることもあるし、治は早くなる。翔はとちるし、遥人は音を外すこともある。一馬が一番安定していたが、あの音源では少し間延びするのが見えた。個々が主張しすぎている。それが気になっていたのに、周りはそれを絶賛する。みんな耳が腐っているのかとさえ思えた。
クラシックであんな演奏をされたらたまったモノじゃ無い。コンマスや指揮者に合わせるのが大前提なのだから。そう思いながら、奏太はその会場へ足を運ぶと、行き交う人達がトイレや喫煙所へ行こうとするのが見えた。
「「二藍」って次だっけ?」
「その次の次くらい?」
「ネットで凄い騒がれてたよ。歌番組の曲良かったって。」
「アルバム買わなきゃ。いつだっけ、新しいアルバム。」
そういう声も聞こえて、奏太はため息を付く。世の中本当にどうにかなっていると思えた。その時、ふと見覚えのある人がいるのを見た。あれは、芹だ。沙夜と同居をしていた男。それから隣には沙夜の妹が居る。やはりこの二人が付き合っていたのか。そして「草壁」とはおそらく一馬のことなのだ。あんなに偉そうなことを書いているのは、普段からやはり偉そうなことを口走っているから、それが文章になっただけなのだろう。そう思っていたとき、沙菜の方が奏太に気が付いて近づいてくる。
「あ、一度ご飯食べに来たよね?望月さん。」
「あ……あぁ。」
「関係者じゃ無いの?何でバックヤードにいないの?」
沙菜は無邪気にそう聞いてくると、芹が少し笑って言う。
「ハブられたのか?」
その言い方がいらつく。そう思いながら、奏太は首を横に振った。
「違うよ。俺は会社で仕事だったんだ。直帰しても良かったけど、ライブが気になったから来ただけ。」
すると沙菜の方が芹に言う。
「そうだよ。ハブるとかハブられるとか、「二藍」の中であるわけ無いじゃん。芹さ、ちょっと卑屈になりすぎだよ。」
その言葉に芹は肩をすくませる。だがどう見ても奏太がここに居るというのはそういう風に見えても仕方が無いだろう。「二藍」の担当という割にはバックヤードにも呼ばれていないのだから。
「ねぇ。「二藍」の評判凄いね。あたし達見てないけどさ。音楽番組で凄い話題になってる。」
携帯電話を取りだした沙菜は、SNSの画面を開いてそれを見る。すると「二藍」のページにある画像をタップすると、コメントがもう相当付いているのがわかった。そのほとんどが賞賛の声だったように思える。
「コメント読むのにきりが無くてさ。半分諦めてる。」
「あんたが担当してるのか?」
芹がそう聞くと、奏太は首を横に振った。
「俺もやってるけど、沙夜もやってる。大体この画像は、会場にいなきゃ撮れないだろ?」
「それもそうだね。」
沙菜は沙夜とは顔が似ていると思う。だが性格は全く違って見えた。素直に褒めたり、気を遣ったり、身なりだけでは無くそう言うところが女性らしい。だから芹は付き合っているのだろう。
「あんたらはデートなのか?」
奏太はそう聞くと、芹が手を振ってそれを否定する。
「いや。いや。俺は仕事。」
「仕事?」
芹はそう言うと沙菜は少し笑って言う。
「ライターだもんね?」
「音楽ライター?」
だとしたら「草壁」なのか。この男がそうだというのだろうか。いや違う。「草壁」がこの男だとしたら、沙夜と付き合っているのはこの男ということになる。そして沙夜を放置して妹とデートするような男だとしたら、あまりにも沙夜が不憫だ。
「ライターって言っても、音楽だけのライターじゃねぇから。」
「違うのか。」
「なんて言うのか……幅広くやってるよ。この間は、過去にあった連続殺人事件の犯人のことを調べたし。」
「あー……そういう……。」
つまり文章が書ければ何でも書くのだろう。今日はたまたまフェスだったと言うだけなのだ。
「音楽は素人なんだ。」
「芹さん。あんたは素人って言うけど、その素人から聞く「二藍」ってどう?」
すると芹はちらっと奏太の方を見る。何を言わせようとしているのかわかるから、無難な答えを言っておこうかと思うが、思えばこの男は紫乃と繋がりがあると言っていた。あまり不用意なことも言えない。
「俺は音楽となれば何でも聴いていた方なんだけどさ。「二藍」はもうすでにハードロックとは言えないかな。」
「だったら何だと思う?」
「ジャンルなんてこだわってない音楽だと思うけど。」
「……。」
すると芹は貼られているポスターを見て言う。
「このバンドミクスチャー・ロックって言ってたっけ。」
「人気あるんだよね。でもインディーズだよ?」
沙菜はそう言うと、芹は頷いた。
「「二藍」だったら多分、こういうジャンルにも手を出しそうだし、シンフォニックな所にも行きそうだし、ゲストを呼んでラップを入れたり、雅楽なんかも入れそうだな。」
「そこまでするか。」
奏太はそう言うと沙菜は目を丸くして言う。
「何でしないと思うの?」
「そんなの邪道で……。」
「聴いている人が良い音楽だと思えばそれで良いじゃん。誰のために弾いてんの?」
沙菜の言葉は無邪気だ。音楽の知識がない分、本当に疑問に思うからそう聞くのだろう。
「ハードロックの本場でそんなモノが通用するわけが無い。」
「してんじゃん。海外でも人気があったんだろ?」
芹はそう言うと奏太は思わず黙ってしまった。
「望月さん。何を言いたいの?あたし達が「二藍」の変わったようなハードロックの批判でもすると思った?」
「いや……。でも……。」
「俺は最近の「二藍」の音楽は、この国には狭すぎるかなって思ってるよ。」
芹のその言葉に沙菜は驚いて芹を見る。
「芹。それって……。」
すると芹はぎゅっと手を握って、耐えているように感じた。その様子に思わず沙菜は手に触れたくなる。だが今は奏太の前なのだ。そんなことが出来るわけが無い。
「「二藍」は何度も言われてるんだよ。」
「え?」
すると奏太は首を横に振って言う。
「海外のレーベルに籍を置かないかって。でもあいつら遥人以外はみんな芸能事務所には籍を置いていないし、守れるモノは自分だけとなるとちょっと厳しいと思う。それに……五人もそうだし沙夜もこの国は離れたくないみたいなんだよ。多分、恋人と離れたくないとか、家族を置いていきたくないとか、そんな理由なんだろうけど、甘いってな。言われているうちが華なのに。」
そんなことがあったのか。その言葉に芹は少しほっとする。沙夜と連絡を自由に付けれない状況だが、沙夜はこの国を離れたくないと想っているのだと思うと離れていても、連絡が付かなくても、心は側にあるような気がしたから。
しかし今実際隣に居るのは沙菜だ。その現実からは目を背けられない。沙夜を裏切っているのは自分なのだと言われているようだった。
「あ、そろそろ時間だね。行こうよ。」
沙菜はそう言うと芹は奏太に挨拶をしてその会場の中に入っていく。奏太は一度携帯電話を取り出すと沙夜に連絡を入れた。沙夜がこの連絡を見ているかどうかはわからない。だが、見ていて欲しいと思った。そして帰るときにでも、沙夜と一緒になれれば良いと思う。
そして「二藍」の話題はもう一つあることを奏太は言い出せずにいた。遥人の小指にある指輪。明らかにあの指輪は女性モノで、憶測が飛び交っている。その話題はおそらく遥人だったら無視することが出来るだろう。
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