触れられない距離

神崎

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チゲ鍋

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 会社に戻り、五人はそれぞれ帰らせた。電車やバスは止まっているのでタクシーを捕まえる必要があったが、早めに連絡をしていたのですんなりとそれぞれを帰らせる事が出来たのだ。
 そして沙夜はそのまま会社に入り、オフィスで報告書を書いていた。そして昼間に撮った新しいアルバムのジャケット写真を見て少し笑う。
 それぞれが良いキャラクターを出してきたと思ったのだから。純だって思わぬところから人気が出てきているようだが、それは純の作り上げたようなキャラクターでは無く純はそもそも少しオタク気質で、興味のあることは掘り下げていくことがあるしその事を語り出すと止まらないのだ。そういうのが受け入れられる時代になったのだろう。
 一馬は相変わらずキャラクターはぶれない。強面でがっちりした体つきはマフィアかAV男優のように見えるのに、家族想いな一面がある。だが今は一馬はそちらの方が素では無いのだ。一馬の本当の顔は、沙夜を抱いてくれるあの優しい声と、少しサディスティックな一面。それは沙夜しか知らないことなのだろう。そして奥さんも知っていると思う。
「お疲れ。」
 奏太が帰ってきた。オフィスにはまだ数名の社員が残っているが、こんなに遅く帰ってきたのは奏太だけだろう。今日はもう西藤裕太も帰ってしまったのだ。クリスマスイブに子供や奥さんの側にいない理由は無いというのだから、見た目はチャラいように見えるがしっかり家族思いなのだ。一馬も今夜はそうするだろう。
「お疲れ様。飲んできた?」
「うん。悪いな。でも一杯だけだから。」
「良いわ。そういうことも必要だから。あの社長さんはなんだかんだで飲ませたいみたいだし。」
 酒好きの音響機器の取引先だった。沙夜もずっと世話になっているが、あの会社へ行ったら確実に酒を飲まされるか、酒を手土産に渡される。それが悪いわけでは無いが、あまり聞いたことも無いような日本酒を渡されると少し気が引ける。
「あぁ、これ、そうだ。あそこの社長がお前に渡してくれって。」
「私に?」
「気に入られてるな。」
 そう言って細長い包みを沙夜に手渡す。おそらく酒瓶なのだろう。
「日本酒かしらね。」
「みたいだよ。あの社長の弟が作ったヤツだって言ってたけど。」
「本当に杜氏になったんだ。」
 日本酒の会社に籍を置いていた音響機器の社長の弟がそもそも酒好きだったのだ。好きが高じて酒造会社に天職したらしく、奏太はその弟が作ったという酒を持って帰ったのだろう。
「熱燗が良いのかしら。冷やが良いのかしら。」
「冷やが良いって言ってた。」
「期待しよう。」
 一人で飲むのだろうか。確かに五合瓶なので一人で飲めないことも無いし、沙夜なら一人で空けられるだろう。だがその隣には一馬が居るかもしれないと思うと複雑な気持ちになる。
「で、ジャケット写真ってどうだった。」
「こんな感じね。」
 その写真を見せると、奏太は少し笑顔になる。
「あいつらいい顔になったよな。」
「そうかしら。」
「純なんか少し笑ってないか。」
「最近、夏目さんは人気だからね。」
「ラジオだろ。あいつの音楽の知識は舌を巻くようだ。ハードロックやメタルしか聞いてないと思ってたのにな。」
「そうね。でも夏目さんに限ったことじゃないわ。翔も一馬も、橋倉さんも、もちろん栗山さんも結構聴いている方だと思うけど。それでお互いが良いモノを薦め合って、また音楽の知識を増やしているんだから。」
「そうだな。」
 その中に奏太も加わることもあったが、圧倒的に奏太はその知識が足りない。少しずつ聴いているが、まだ自分の中でピンとくるモノが無かったのだ。
「あぁ……。やっぱり。」
 報告書を書き終えて送信を終えた沙夜は、念のためにパソコン上でSNSの画面を開く。すると今夜の音楽番組が終わったらしく、その書き込みが相当あるようだがその中でも「二藍」のモノは群を抜いて多い。そのほとんどが賞賛の声だった。
 だが沙夜がやっぱりと口にしたのは、そこでは無い。
「どうした。」
「本番前にちょっとね。SNSで呟かれたのよ。」
「何を?」
 奏太はSNSをしていない。なのでおそらく知らないのだろう。
「「二藍」の音楽がパクリなんじゃ無いかって。」
「パクリ?そんなことをいうヤツってまだ居るんだ。」
 世界的には模倣の問題というのはもうそこまで言われていない。そもそもミクスチャーというジャンルももう確立しているのだ。既存の曲をサンプリングしたモノは、パクリどころかそのまま使っているのだから。
「それを呟いたのは捨てアカウントだったわ。呟いて批判をされたら書き込みを消して、それでもおそらく非難が止まらなかったんでしょうね。今はアカウント自体消えているわ。」
「だったら誰が呟いたのかわからないよな。」
「そうなんだけどね。」
 沙夜は天草裕太にその画面を見せてもらった。するとすぐに違和感を感じ、カマをかけてみたのだがその言葉は当たりだったらしい。
「天草裕太って「Harem」の?それから……。」
 紫乃の旦那だ。それくらいは奏太でも知っている。
「そう。天草さんが呟いていたんでしょうね。捨てアカウントを使ってね。」
 ところがそのパクリと言われている書き込みは残る。いくらアカウントを消しても、スクリーンショットか何かで保存は出来るのだ。そこから何かしらの方法でアカウント主を特定出来るらしく、その主がもう公になっていたのだ。つまり天草裕太がそれを呟いたことはもう明確になっている。
「って事は、厳しいのは天草裕太じゃ無いのか。」
「その通りね。凄い批判が来ているみたい。」
 天草裕太のページだけでは無く、ハッシュタグのトレンドに「Harem解散」「身から出た錆」「瀬名だけ残る」など目を覆いたくなるような文字が書き連ねられていた。それどころか、音楽番組のSNSでも、「二藍」を賞賛する声と同じくらい「Harem」の批判も多いのだ。
「へぇ……。本当に身から出た錆だな。」
「だと思うわ。」
 沙夜はそう言ってページを消そうとした。だが今日の音楽番組でのオフショットを載せていないな。そう思ってカメラとパソコンを繋ぐ。そしてその中から画像を選んだ。今日は衣装を着てもらい、楽屋で撮った集合写真がある。それを載せておこうとそれを選んだ。
「ちょっと待てよ。」
「何?」
 奏太がその画像をのぞき込むように沙夜のデスクへ近づいた。相当近くて、思わず沙夜は体を離す。だが奏太はそんなことを気にしていない。
「載せるんなら、ここ、修正して。」
「あ……。」
 鏡に沙夜の姿が映っている。それを見る人は見るのだから。
「気が付かなかったわ。そうね。だったら別のモノにするわ。こっちだったら良いかしら。」
「楽屋のドアの前だったら良いんじゃ無いのか。みんな楽器持ってるし。」
「良かった。」
 そうって沙夜はその画像を貼り付けてSNSに投稿する。沙夜はそういう所がたまにあるのだ。だから守ってあげたい。お互いに足りないところを埋め合えるような関係になれれば良いと思う。だがまだ奏太は沙夜の足下にも及んでいないと思っていた。
「あのさ……。」
 オフィスの中はついに二人だけになった。いつもならもう少し遅くまで開いているのだが、今日はメンテナンスが入るので少し早めに閉まるのだ。それで無くても電車は動いていない。交通機関が麻痺しているのだ。
「何?」
「いや……。お前、今日どうやって帰るんだ。」
「タクシー。」
「泊まっていかないか。」
 奏太の家は知っている。だがもう二度とあの部屋には行かないと思っていたのだ。当然、泊まるなど考えもしない。
「泊まらない。帰るわ。あぁ……でもあなたには話があったんだけど。」
「話?」
 結婚でもするのか。一馬が離婚するのか。どちらにしてもそんなに簡単な問題では無いのだろうに、何だというのだろう。
 沙夜は周りを見る。やはりオフィスには二人しか居ない。今しかないだろう。
「テレビ局の方へあなたのお兄様が来たわ。それからお母様も。」
「へ?」
 予想もしない言葉に、奏太は驚いて沙夜を見る。すると沙夜はパソコンをシャットダウンして、ため息を付いた。
 その様子に兄が何を言ったのか。そして母が何を言ったのか、予想が付く。だが奏太は二度と家に帰らない。たとえ父親が死んだとしても、帰りたくなかった。
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