触れられない距離

神崎

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チゲ鍋

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 CMをまたいで、「二藍」の演奏が始める。演奏をするのは二曲。一曲目は「二藍」の名前が一気に知れ渡るようになったアニメの主題歌で、おそらく誰でもこの曲は知っていると思う。その時からSNSの反応は相当なモノだったと思う。
「同じ曲なのか。」
「レベルが違いすぎる。」
「他のバンドが高校生の文化祭のようだ。」
 おそらく同じ曲を過去に別番組やイベントでも組み込むことがあり、みんな耳馴染みがあるのかもしれないがそれを上回る完成度だったのだ。聴いていた観客も声援と拍手の手が止まらない。
 そして二曲目に繋げる。二曲目は新しいアルバムの中で先行シングルで発売されている曲だった。映画の主題歌を持ってこなかったのはクリスマスイブというときに不倫ソングは無いだろうという見解だったから。もちろん、そちらの曲を推したい部分はあったがせっかくのクリスマスイブなのだからもっと幸せな曲を演奏すれば良いと思っていたのだ。だがSNSの反応を見ると、そちらの曲を聴きたかったという声もチラチラと見える。そちらの曲をしなかったのはパクりだという声が上がったからなのかという人もいたが、そういう声に沙夜が反応する前に別のユーザーがそれを指摘してくれた。クリスマスに不倫ソングは無いと。
 どういう状況でこの番組をみんな見ているのかわからない。幸せな家族の場もあるだろうし、一人で普段と変わらない生活をしている人もいるだろう。当然不倫をしている人だっている。どういう状況でも変わること無く聴いて欲しい。それは「二藍」もそうだが沙夜の願いでもあったからだ。
 演奏を終えてそれぞれが頭を下げるとそのままステージ脇へ向かった。その間沙夜は楽器の片付けをスタッフと一緒に手伝う。その間は「二藍」は司会者達からインタビューを受けるのだ。赤い深いスリットの入ったキラキラした体にフィットしているドレスを着ている女性と、スーツを着ている男のタレントが話を聞いている。女性はあまりこういう場には慣れていないが、男の方は司会者としてのキャリアはもう長い。若い頃からこういう仕事ばかりをしていたのだ。
 そしてその男は遥人の先輩でもある。つまり、元アイドルなのだ。解散したグループでも歌よりもダンスであり、そして頭の回転が速く司会業なんかに相当向いているようだ。今インタビューをされているのも、先輩と言うことで遥人が主にインタビューを受けている。
 そして女性の方から純に、おすすめのクリスマスソングを聞かれ純はあまりこちらの方では知られていないクリスマスソングを紹介した。あらかじめ曲は告げている。流れてきた曲を聴いて、沙夜は少し笑う。その様子に機材を運んでいたスタッフも笑った。
「夏目さんが紹介するのって本当マニアックですね。」
「本当。こんな曲を知っていたなんて思ってなかったですよ。」
 沙夜はそう思いながらインタビューをされている五人の方をちらっと見た。すると純はやはりこういう場にあまり慣れていないのか、曲に対して話を続けようとしていたのだが、それを遥人が止める。
「あまり語るなって。尺があるんだから、純が話し始めるといくらあっても足りないから。」
 すると司会の男が遥人に言った。
「そう言うなよ。遥人。お前も昔は話しすぎるって社長から言われていたじゃん。お前も口から産まれてきたのか。」
 その言葉に観客席がどっと笑う。まるで三人で漫才をしているように見えた。それに対してのSNSの反応は、純がラジオで話をしているときと同じだと好意的だったと思う。もうすでに「二藍」のパクリ疑惑というのは全く気にしていないように感じた。このまま消えてくれれば良い。そう沙夜は思いながら機材を運び、次のバンドのための機材がまたステージに持ち込まれている。もちろん、次はここで演奏するわけでは無く、向かい合った向こうのステージで演奏するのだ。そのためにバンドがもうセッティングをしているようだが、きっとあのバンドはやりづらいだろう。

 番組のスタッフは最後までいないことを告げていた。なので楽屋に帰ってきたらすぐに五人は衣装から私服に着替える。テレビ画面では古参のバンドが演奏をしていた。いくら古参でもまだまだ人気があるようで、「二藍」に負けず劣らず声援が送られているようだ。
「あー。この人達の演奏は生で聴きたかったなぁ。」
 純はジャンパーを羽織りながらそう言うと、遥人が笑いながら言う。
「確かに。このボーカルの人は超絶声が伸びるよな。」
「ギターのテクも盗みたい。」
「止せ止せ。またパクリって言われるんだから。」
 治がそう言うと純は笑いながら言う。
「それにしても消えたな。パクリの話題は。」
 翔がそう言うと、遥人は頷いた。
「こういう所のSNSって良いやつしか流さないと思ってたんだけどさ。どうも違うよ。」
 遥人はそう言って携帯電話を取りだしてSNSをチェックする。パクリだと言っていた本人のつぶやきはどうやら削除されていた。それどころか呟いた人のアカウントまで消えているようで、それを責めているユーザーが出てきていた。
「遥人。その呟いたヤツの画面は見れるか?」
 一馬はジャンパーを羽織って遥人にそう聞くと、遥人は頷いた。
「達也からDMで送られてきたよ。スクリーンショットで保存していたみたいなんだ。」
 沙夜もそれくらいならしそうだし、沙夜がしていなくても会社がしているだろう。そう思って一馬はその画面を見せてもらった。するとそのアカウントはどうやらフォロワーもフォローをしている人もいない。捨てアカウントと言うヤツだろう。当然、画像なんかも無い。
「このアカウントの主はアカウント自体を消しているのか。」
「今はね。」
「……。」
 消したくらいで自分が割り出せないと思っているのだろうか。一馬はこういう事には疎いが、何とかして割り出すことは出来ないことは無いだろうに。
「消しても無駄だと思うよ。」
 翔も同意見だったらしい。バッグの中の荷物をチェックしながら翔はそう言うと、二人を見た。
「消したアカウントを割り出すことが出来るのか。」
 遥人がそういうと翔は頷いた。
「俺はあまり詳しくないけれど、沙夜ならわかっているんじゃ無いのかな。」
「沙夜さんが?」
 遥人は驚いて翔の方を見る。
「沙夜がSNSに詳しいとは知らなかったが。」
 一馬はそういうと翔は首を振って言う。
「昔は沙夜もSNSを個人でしていたし、今も「二藍」の名前でやっているよね?でもトラブルはほとんど無い。それは沙夜が昔、SNSで痛い目に遭っていたからだ。」
「そうだったな。」
 沙夜は「夜」として個人で活動をしていたとき、SNSでも相当叩かれたのだ。そしてその相手を訴えている。と言うことは沙夜は、その相手がもしアカウントを消して姿をくらませたとしても割り出す方法を知っていると言えるだろう。
「そんなことまで出来るんだ。」
「本当に有能なんだよ。だから離れて欲しくないな。」
 すると治が少し笑って翔に言う。
「それは個人的な感情じゃ無くて?」
 その言葉に一馬がちらっと翔の方を見た。確かに以前ならそう思っただろう。だが今は違う。沙夜への想いは吹っ切ったし、今は別の人を想っている。今日会うことはきっと出来ない。だがあらかじめ送っておいたモノがある。それを今日は身につけて欲しいと思った。そして翔の胸にも同じような石が入っているネックレスがある。シャツで見えないが、それでも繋がっていられると思えた。
「それも無いことも無いけど、もしさ……リー・ブラウンが言うように、俺らが外国へ行くとするなら、沙夜も一緒に行けたら良いと思うよ。」
「当たり前。」
 治はそう言うと、純も頷いた。
「もうすでに六人で「二藍」だからさ。」
 その時楽屋のドアがノックされる。そして沙夜の声が聞こえた。
「もう着替えたかしら。」
 その言葉に治がドアの方へ近づいて、そのドアを開ける。
「大丈夫だよ。」
「栗山さんはこれから仕事でしょう?さっさと移動しないといけないわね。部長に確認をしたら、電車もストップしているみたいだから、みんなタクシーで帰って欲しいって言っていたわ。」
「だったら時間を気にしなくて良いよな。」
 遥人はそう言うと治は口を尖らせて言う。
「俺は早く帰らないと。クリスマスなんだし、家でケーキが余ってると良いけどなぁ。一馬の所はどう?」
 すると一馬はベースを背負って言う。
「今日は妻は遅くなるだろうし、息子は実家に預けている。毎年そのまま寝かせていたが、今年はこのあと仕事も無いし息子を家に連れて帰ろうと思う。」
 その言葉に沙夜も少し笑った。
「そうね。そうしてあげると良いわ。」
 また沙夜が無理をしている。そう思ったが、不倫の相手とクリスマスに過ごせるとは思わないのだろう。最初からそんなことは期待していない。もちろんそれは翔も同じだった。
 辛いかもしれないが、これも自分たちが選んだことなのだと言い聞かせて。
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