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白菜の重ね蒸し
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やはりそうだった。順大という名前と容姿。それは一馬の昔なじみだったのだ。そう思って一馬は音楽を止めに言った順大に話しかける。
「順大か。」
すると順大は一馬の方を振り返る。すると順大は一気に笑顔になると一馬に近づいてきた。
「一馬か。でかくなったからわからなかったな。」
先程のツンケンとした空気が全くなくなった。そして順大は手を差し伸べてくると一馬に握手を求める。それに一馬も応えて手を握った。
「久しぶりだな。」
「CMの音楽で使いたいベーシストってまさかお前なのか。」
「そうだ。」
「お前がベースねぇ。お前がベースなんか弾いているのは意外だったな。」
「そうか?」
「まぁ、中学の時に剣道部がないからって、吹奏楽部に入ったのもちょっと意外だと思ったけど。そのままベースをしているのか。」
「そうだ。」
「ははっ。懐かしいな。」
沙夜がまたスタジオに入ってきた。その朗らかな空気に少し気後れしているように見える。だがここは懐かしい相手と再会を楽しむ場ではない。そう思って一馬は沙夜を呼ぶ。
「泉さん。こっちへ来てくれないか。」
そう言われて沙夜は二人の元へ足を運んだ。その様子に順大は少し首をかしげる。
「あんたは?」
すると沙夜はバッグから名刺入れを取り出し、順大に自分の名刺を手渡す。
「「Music Factory」で「二藍」の担当をしている泉と申します。」
「「二藍」?」
「ご存じありませんでしたか。」
外国のバレエ団に在籍しているらしい。そんな順大はおそらく「二藍」のことは知らないのだろう。
「悪いな。音楽はバレエ音楽で手一杯でね。」
「そうでしたか。花岡は「二藍」のベースを担当しています。今回はよろしくお願いしますね。」
すると順大はその名刺をよく見ると、少し笑った。
「「Music Factory」は知っている。あっちでうちのバレエ団のソフトなんかを出しているし。」
「そうでしたか。」
「そんな大手のレコード会社に籍を置いているなんてな。こっちじゃ有名人なのか。」
「そうでも無い。お前の方が話題になっているようだ。」
「そうだったのか?」
「外国のバレエ団にこの国の人が、しかも男だと言うだけで話題だ、尚且つあのホールで演目をしたそうだな。学生の時の目標は達成されたわけだ。」
「そりゃな。東洋人で、しかもここの国ってのはどうしても話題になるわ。でも凄かったよ。嫉妬の嵐がさ。」
「有名になればなるほどそう言うことを言われる。仕方がないことかも知れないな。」
この男もやはりそう言うことで苦労をしているのだろう。この国の人にしては手足が長く背も高い。細身で無駄のない筋肉は、モデルでも通用しそうな感じがするが、やはり本場の人に比べると見劣りするのだろう。骨格なんかも違ってくるからだ。
それを押しのけて舞台に立てたのはおそらく、この男の自己努力のたまものなのだろう。
「そんなことはどうでも良いけど、ビールのCMだっけ?」
「そうです。その音楽を花岡が担当することになりまして。」
「ピアノも入るだろ?そのピアニストってのは来ないのか。」
やはりそれを言われたか。この男は先程から努力をするとか、そういう事を口にしている。プロ意識が高い証拠だ。だからこそこういう仕事にも手を抜きたくないのだろう。だから一馬だけではなくピアニストもこの場に来るのは当然だと思っているのだ。
「ピアニストは表に出ません。」
「表に出ないってだけでここへ挨拶に来るくらいは出来るだろ?俺だって中途半端なことはしたくないんだ。大体、CMに出るのは俺で一馬とそのピアニストはバックの音楽だって聞いているし、ここに来るくらいは問題ないんじゃないのか。」
まずい。順大は昔とあまり変わっていないようだ。この性格で順大は見た目が良いのに敵を作りやすかった。つまり自分が求めるモノを他人にも求めるところがある。それが常識だと信じて疑わないのだ。他人と自分が違うと言うことがわかっていない。それに沙夜がどれだけ耐えられるだろうか。
「事情があって、表に出れないんです。」
「何?そのピアニスト病気なの?それか外に出れない事情があるとか。」
「そんなところです。」
深い事情を言ってもこの男には通用しない。そう思って沙夜はそれで話を終わらせようとした。だがそれに順大が首を横に振る。
「そんなピアニストをCMに使うなんてさ。あり得ない。なぁ、一馬。お前さ、もらった音源みたいなヤツで弾いていたピアニストとかって呼べないのか。」
「もらった?」
「え?」
その言葉に二人は驚いたように順大を見る。すると順大は悪びれもなく、二人に言った。
「ライブバーか何かなのか。CMの制作会社からこのベースとピアノ曲のような感じの音楽をオリジナルで作ってもらうって言われて、音源を渡されたよ。それすげぇ良かったから。」
順大は二人から離れると、台の上に置いてあった携帯型の音楽プレーヤーを手にする。その音を小型のスピーカーに繋げているのだ。そうやってこの練習室に音楽を流しながら練習をしているらしい。だがそんなことは今はどうでも良い。
「貰ったって言ってたわね。」
「CMの会社だと言っていたが……沙夜。それは問題じゃないのか。」
すると沙夜は頷いた。その制作会社はイメージを膨らませるために順大に音源を渡したのかも知れない。だがそれは世間一般から考えてもおかしいことなのだ。
その時スピーカーから流れてきたのは、男性や女性の声と拍手の音。そしてピアノの音が聞こえた。そして次にベースの音。これは「Flipper's」で沙夜と一馬が弾いたモノだった。
「これ、ずっと最近ループして聴いてるよ。この音で踊れそうな感じだ。」
順大はそんなこととは知らずに、のんきにその音に合わせて踊っている。確かにこの音楽とこのダンスはとても調和していて、まるでダンスのために作られたような曲にさえ思えた。しかしこの曲はバレエ音楽でも何でも無い。ただクラシックのアレンジなのだ。それにあまり音質は良くない。音楽には手拍子や客がはやし立てる声も混ざっているのだから。しかしそれすらも音楽に聞こえる。ダンスがそうさせていて、まるで客がいるかのような錯覚にも思えた。
「……どう?」
曲を終えて、順大は暑くなったのかほどいていた髪をまた結ぶ。一馬ほどではないが髪が長いのだ。
「確かに……相当踊れるようになっているようだな。K街にあるバレエ教室であの女性の先生に口やかましく言われていたときとは雲泥の差だ。」
「言うなよ。でもあの先生に口やかましいことを言われたから、今があるんだし。そりゃ、あの時は「くそババア」って思ったこともあるけど、今は感謝しかないよ。あの人がいなきゃ、俺はここまで来れなかったわけだし。外国への留学だってあの人がいなきゃ出来なかったし。」
根が悪い人では無い。それにダンスも相当な腕があるのはわかる。それだけに一馬は戸惑っているようだった。だが沙夜はそんなことは関係ない。
「鳴神さん。」
「ん?」
「その音源はCMの制作会社から渡されたんですか。」
「そうだよ。CMに出てくれないかって言われて、ちょっと渋ったんだよ。俺。別にタレントになるためにバレエをしているわけじゃ無いし、しかもビールのCMだろ?俺、あまりビール飲まないのにさ。」
「そうですか。でしたらその制作会社にも言わないといけませんね。鳴神さんもお願いしたいのですが、その音源は違法なモノです。」
「違法?」
法という言葉に順大は驚いて沙夜を見る。
「ライブバーでの音源のようですが、あのライブバーは録画、録音は禁止されています。」
「え?そうなのか。」
すると一馬も頷いた。
「即刻削除してもらって良いですか。」
沙夜は静かな口調だった。だがその中に怒りが込められている。おそらく沙夜はふつふつと怒りをため込んでいるのだ。今はまだ怒りが頂点に達していない。なので順大が大人になってくれれば良いと、一馬は願っていた。
だがその願いは届かない。順大は沙夜の側へやってくると沙夜をにらみつけるような目線を投げていた。そして沙夜に言う。
「絶対消さない。これは俺のお気に入りなんだ。一馬がこれ以上のモノを作れるという自信があるなら消すけど、自信はあるのか。」
「ある。自信がなければ仕事など受けない。」
一馬らしい言葉だと思った。だが順大は沙夜の方を見ていった。
「一馬はそう言うけど、そのピアニストなんかはどうなんだ。外に出ない、会えないようなピアニストなんか俺は信用出来ないね。」
順大の言うこともわかる。だが沙夜は首を横に振った。
「順大か。」
すると順大は一馬の方を振り返る。すると順大は一気に笑顔になると一馬に近づいてきた。
「一馬か。でかくなったからわからなかったな。」
先程のツンケンとした空気が全くなくなった。そして順大は手を差し伸べてくると一馬に握手を求める。それに一馬も応えて手を握った。
「久しぶりだな。」
「CMの音楽で使いたいベーシストってまさかお前なのか。」
「そうだ。」
「お前がベースねぇ。お前がベースなんか弾いているのは意外だったな。」
「そうか?」
「まぁ、中学の時に剣道部がないからって、吹奏楽部に入ったのもちょっと意外だと思ったけど。そのままベースをしているのか。」
「そうだ。」
「ははっ。懐かしいな。」
沙夜がまたスタジオに入ってきた。その朗らかな空気に少し気後れしているように見える。だがここは懐かしい相手と再会を楽しむ場ではない。そう思って一馬は沙夜を呼ぶ。
「泉さん。こっちへ来てくれないか。」
そう言われて沙夜は二人の元へ足を運んだ。その様子に順大は少し首をかしげる。
「あんたは?」
すると沙夜はバッグから名刺入れを取り出し、順大に自分の名刺を手渡す。
「「Music Factory」で「二藍」の担当をしている泉と申します。」
「「二藍」?」
「ご存じありませんでしたか。」
外国のバレエ団に在籍しているらしい。そんな順大はおそらく「二藍」のことは知らないのだろう。
「悪いな。音楽はバレエ音楽で手一杯でね。」
「そうでしたか。花岡は「二藍」のベースを担当しています。今回はよろしくお願いしますね。」
すると順大はその名刺をよく見ると、少し笑った。
「「Music Factory」は知っている。あっちでうちのバレエ団のソフトなんかを出しているし。」
「そうでしたか。」
「そんな大手のレコード会社に籍を置いているなんてな。こっちじゃ有名人なのか。」
「そうでも無い。お前の方が話題になっているようだ。」
「そうだったのか?」
「外国のバレエ団にこの国の人が、しかも男だと言うだけで話題だ、尚且つあのホールで演目をしたそうだな。学生の時の目標は達成されたわけだ。」
「そりゃな。東洋人で、しかもここの国ってのはどうしても話題になるわ。でも凄かったよ。嫉妬の嵐がさ。」
「有名になればなるほどそう言うことを言われる。仕方がないことかも知れないな。」
この男もやはりそう言うことで苦労をしているのだろう。この国の人にしては手足が長く背も高い。細身で無駄のない筋肉は、モデルでも通用しそうな感じがするが、やはり本場の人に比べると見劣りするのだろう。骨格なんかも違ってくるからだ。
それを押しのけて舞台に立てたのはおそらく、この男の自己努力のたまものなのだろう。
「そんなことはどうでも良いけど、ビールのCMだっけ?」
「そうです。その音楽を花岡が担当することになりまして。」
「ピアノも入るだろ?そのピアニストってのは来ないのか。」
やはりそれを言われたか。この男は先程から努力をするとか、そういう事を口にしている。プロ意識が高い証拠だ。だからこそこういう仕事にも手を抜きたくないのだろう。だから一馬だけではなくピアニストもこの場に来るのは当然だと思っているのだ。
「ピアニストは表に出ません。」
「表に出ないってだけでここへ挨拶に来るくらいは出来るだろ?俺だって中途半端なことはしたくないんだ。大体、CMに出るのは俺で一馬とそのピアニストはバックの音楽だって聞いているし、ここに来るくらいは問題ないんじゃないのか。」
まずい。順大は昔とあまり変わっていないようだ。この性格で順大は見た目が良いのに敵を作りやすかった。つまり自分が求めるモノを他人にも求めるところがある。それが常識だと信じて疑わないのだ。他人と自分が違うと言うことがわかっていない。それに沙夜がどれだけ耐えられるだろうか。
「事情があって、表に出れないんです。」
「何?そのピアニスト病気なの?それか外に出れない事情があるとか。」
「そんなところです。」
深い事情を言ってもこの男には通用しない。そう思って沙夜はそれで話を終わらせようとした。だがそれに順大が首を横に振る。
「そんなピアニストをCMに使うなんてさ。あり得ない。なぁ、一馬。お前さ、もらった音源みたいなヤツで弾いていたピアニストとかって呼べないのか。」
「もらった?」
「え?」
その言葉に二人は驚いたように順大を見る。すると順大は悪びれもなく、二人に言った。
「ライブバーか何かなのか。CMの制作会社からこのベースとピアノ曲のような感じの音楽をオリジナルで作ってもらうって言われて、音源を渡されたよ。それすげぇ良かったから。」
順大は二人から離れると、台の上に置いてあった携帯型の音楽プレーヤーを手にする。その音を小型のスピーカーに繋げているのだ。そうやってこの練習室に音楽を流しながら練習をしているらしい。だがそんなことは今はどうでも良い。
「貰ったって言ってたわね。」
「CMの会社だと言っていたが……沙夜。それは問題じゃないのか。」
すると沙夜は頷いた。その制作会社はイメージを膨らませるために順大に音源を渡したのかも知れない。だがそれは世間一般から考えてもおかしいことなのだ。
その時スピーカーから流れてきたのは、男性や女性の声と拍手の音。そしてピアノの音が聞こえた。そして次にベースの音。これは「Flipper's」で沙夜と一馬が弾いたモノだった。
「これ、ずっと最近ループして聴いてるよ。この音で踊れそうな感じだ。」
順大はそんなこととは知らずに、のんきにその音に合わせて踊っている。確かにこの音楽とこのダンスはとても調和していて、まるでダンスのために作られたような曲にさえ思えた。しかしこの曲はバレエ音楽でも何でも無い。ただクラシックのアレンジなのだ。それにあまり音質は良くない。音楽には手拍子や客がはやし立てる声も混ざっているのだから。しかしそれすらも音楽に聞こえる。ダンスがそうさせていて、まるで客がいるかのような錯覚にも思えた。
「……どう?」
曲を終えて、順大は暑くなったのかほどいていた髪をまた結ぶ。一馬ほどではないが髪が長いのだ。
「確かに……相当踊れるようになっているようだな。K街にあるバレエ教室であの女性の先生に口やかましく言われていたときとは雲泥の差だ。」
「言うなよ。でもあの先生に口やかましいことを言われたから、今があるんだし。そりゃ、あの時は「くそババア」って思ったこともあるけど、今は感謝しかないよ。あの人がいなきゃ、俺はここまで来れなかったわけだし。外国への留学だってあの人がいなきゃ出来なかったし。」
根が悪い人では無い。それにダンスも相当な腕があるのはわかる。それだけに一馬は戸惑っているようだった。だが沙夜はそんなことは関係ない。
「鳴神さん。」
「ん?」
「その音源はCMの制作会社から渡されたんですか。」
「そうだよ。CMに出てくれないかって言われて、ちょっと渋ったんだよ。俺。別にタレントになるためにバレエをしているわけじゃ無いし、しかもビールのCMだろ?俺、あまりビール飲まないのにさ。」
「そうですか。でしたらその制作会社にも言わないといけませんね。鳴神さんもお願いしたいのですが、その音源は違法なモノです。」
「違法?」
法という言葉に順大は驚いて沙夜を見る。
「ライブバーでの音源のようですが、あのライブバーは録画、録音は禁止されています。」
「え?そうなのか。」
すると一馬も頷いた。
「即刻削除してもらって良いですか。」
沙夜は静かな口調だった。だがその中に怒りが込められている。おそらく沙夜はふつふつと怒りをため込んでいるのだ。今はまだ怒りが頂点に達していない。なので順大が大人になってくれれば良いと、一馬は願っていた。
だがその願いは届かない。順大は沙夜の側へやってくると沙夜をにらみつけるような目線を投げていた。そして沙夜に言う。
「絶対消さない。これは俺のお気に入りなんだ。一馬がこれ以上のモノを作れるという自信があるなら消すけど、自信はあるのか。」
「ある。自信がなければ仕事など受けない。」
一馬らしい言葉だと思った。だが順大は沙夜の方を見ていった。
「一馬はそう言うけど、そのピアニストなんかはどうなんだ。外に出ない、会えないようなピアニストなんか俺は信用出来ないね。」
順大の言うこともわかる。だが沙夜は首を横に振った。
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