触れられない距離

神崎

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白菜の重ね蒸し

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 持って帰った野菜は根菜が主で、保存が結構聴くモノが多い。キャベツは湯がいて冷凍が出来る。白菜は豚肉のばらなんかと挟んで蒸し焼きにすると結構食べられるのだ。夕べはそうやって食事をした。
 休暇が明けて沙夜は仕事がずっと詰まっている。それぞれのメンバーも個々の活動に忙しいようだ。
 翔は最近音楽を作る仕事と共に機材の講師としての顔もある。割とその仕事も増えてきたようで、翔自体も新しい機材をいち早く演奏することが出来て嬉しいのだ。
 純は相変わらずギターのメーカーと手を組んで、新しい楽器などを開発しているらしい。最近はハンダゴテを使うのも慣れてきたようだ。
 治は育児雑誌とドラム講師の顔とスタジオミュージシャンをまた始めている。こちらの方が家に入れる時間が増えるのだ。生まれてきた子供の面倒を奥さんと二人でして居て、更に二人の子供の面倒を見ている。活動は五人の中では一番表に出ていないのは家庭の為なのだろう。
 そういった意味では遥人が一番派手に動いているのかも知れない。外国から帰ってきてすぐにまた映画やモデル業を再開しているのだから。その間にもラジオやテレビも出演していて、そのトーク力は他の四人も見習って欲しいと思っていた。
 そして一馬はいつも通りだった。佐久間芙美香のレコーディングは外国へ行く前に終わらせていて今は他のアーティストの録音をしている。これからオーケストラのダブルベースの話も来ていて、しばらくそっちにも手をかけられそうだ。オーケストラのベースは普段弾いているベースとは質が全く違う。なのでスタジオに籠もってまた練習を重ねているらしい。沙夜の所へは来たり来なかったり、沙夜が行ったり行かなかったりと必ず立ち寄るわけでも無ければ、絶対セックスをするわけでも無い。お互いに気分が乗らないときにはしないこともある。芹もそういう人だったが、だが芹よりは確実に回数も内容も質も濃い。いつもぐったりとしてしまうのだ。
 それでも幸せだと思える。心地良い疲労感だった。
 そう思っていたとき、ふと沙夜のパソコンにメッセージが届いたのに気が付いた。その相手は余り見覚えの無いところで、出版社とかそう言うところでは無い。この相手は確か……。沙夜はそう思ってそのメッセージを開こうとしたときだった。
「お疲れ。」
 声をかけられてそちらを見る。そこには奏太の姿があった。期待したように沙夜のデスクの隣の自分のデスクにバッグを置くと、沙夜の方を見る。
「お疲れ様です。」
 沙夜は奏太の方を見ることも無く、そのやってきたメッセージを開こうとした。だが奏太はそれを無視するように沙夜に声をかける。
「あのさ。レコーディングしたヤツ聴いてみた?それから翔にも送った?渡摩季ってヤツにも。」
 沙夜達が外国へ行っている間に、奏太が担当しているバンドのレコーディングが終わったのだ。それを沙夜と作曲をした翔。それから渡摩季である芹にも聞かせて欲しいと二人にそのファイルを送ったのだ。その反応が見たかったのだろう。奏太にとっては自信がある一曲になったし、苦労したかいがあると思う。これで売れなければ、世の中が間違っているとすら思っていたのだ。
「翔からも渡先生からもメッセージが届いているわ。読んでみる?」
 沙夜が何も言わなくてもこの二人が言いたいことを言っている。そう思えて沙夜はあえてそのメッセージを奏太のパソコンに送った。そして奏太も自分のデスクのパソコンを開きそのメッセージを開く。すると一気に表情が険しくなった。
「何だよ。翔ってこんな奴だったのか。それにこの渡ってヤツ。何様なんだよ。」
 二人とも共通して言えるのは、この曲をこのバンドが演奏して意味があるのだろうかということだった。沙夜もそれは同意見だったし、二人がいいたいことを全て言ってくれている気がする。
 整いすぎているハードロックだと思ったのだ。正確に刻まれたドラム。音楽を支えているベース。ギターのテクニックは相当練習したのだろう。歌も相当歌えていると思える。だがそれだけに違和感しか無かったのだ。
「……自信があったの?この曲。」
「当たり前だろ?顔だけじゃ無いって言えるよ。これなら。」
「翔が音声の作成ソフトで作ったモノと何が違うの?」
 どんな曲なのか翔は一応その曲の見本として音楽の作成ソフトで作っていたのだ。それと沙夜は変わらないと思ったのが正直な感想で、芹も翔も同意見だったらしい。だが奏太にはそれがわからないのだろう。
「あいつらがどれだけ苦労したか……。」
「苦労しないで作った曲も無いわ。演奏者が真剣なのは当たり前。そしてこの曲はこの人達が演奏する意味があるのかしら。」
 西藤裕太はレコーディングは八十パーセントくらいの出来で良いというらしい。だがそんな事では手に取って貰えない。修正すればライブの時にぼろが出る。だから完璧に仕上げたいと思っていたのだ。だがそのやった結果がこんな評価になると思っていなかった奏太は手をぎゅっと握りしめる。
「翔に連絡をしてみる。」
「何て連絡をするの?」
「どこが修正なのか聞くんだ。まだ音を編集しているときだし、間に合わないことも無いから。あいつらをまたスタジオに呼んで……スタジオはまだ採れるか微妙だな。」
「無理をしない方が良いんじゃ無い?そんな苦労をして作ったモノが良いモノになるのかしら。」
「お前らはレコーディングが終わって余裕なんだろう?良いよな。リー・ブラウンに見て貰えるなんて。俺らは自分たちだけでしないといけないわけだし。」
 その言葉に沙夜は呆れたように奏太に言う。
「リー・ブラウンに見て貰えたから良いモノが出来たと思っているの?それは違うわ。リーはどちらかというと一緒に作っていった感じがするのよ。新しい意見が出て来て、みんなで作り上げたモノだと思うわ。あなたたちはそうしたの?」
 その言葉に奏太は手を止めて沙夜を見る。裕太はそれをいいたかったのだろうか。ワンマンで奏太が進めてきたあの男達の曲は、「二藍」のアルバムのどの曲よりも劣って見えた。翔が作って渡摩季が作詞をしてくれたのに、せっかくの曲が台無しだと言いたいのだろう。
「だったらどうするんだよ。精度が高くないモノなんか誰も手にしないだろう。」
「そもそも彼らってそんなに音楽をしたいのかしら。」
「……。」
「あなたが威圧的だっただけなんじゃ無いの?あまりすぎるとパワハラなんて言われるかも知れないから気をつけないとね。」
「……そんなことねぇよ。俺は……。」
 その時奏太の携帯電話が鳴る。それに奏太はため息を付いた。そしてその着信を取ると、オフィスの外へ出て行く。そして入れ替わるように入ってきたのは翔だった。翔は沙夜を見つけるとそこへ駆け寄ってくる。
「沙夜。」
「悪かったわね。スタジオへは今はなかなか行けなくて。」
「構わないよ。これ。頼まれたモノ。」
 そう言って翔は紙袋を手渡す。きっちり封をしているのは、中身が見えないようにしているから。その中身は隠すほどのモノでは無い。なんせ西川辰雄の所から送られた里芋なのだから。
「ありがとう。」
 ずっと翔は沙夜と会っていない。一緒の家に居たときには毎日のように顔を合わせていたのに、今は全くと言って良いほど見ることが無いのだ。
「どう?一人暮らしは。」
「そうね。今までみんなに頼り切っていたって思ってしまって。」
「頼っていた?」
「洗濯物を干して出掛けて、雨が急に降り出したときにはショックだったわ。また洗い直してコインランドリーかと思うとね。そちらはどう?」
 沙夜らしいと思う。寂しさとかそういう事を引き合いに出すのでは無いのだから。
「芹が食事を作っていたり、俺が早く帰られれば俺が作ったりするよ。でも弁当はまだ用意出来ないかな。」
「徐々にしていけば良いのよ。慣れてくるんだから。」
「沙夜は作ってる?」
「作り過ぎちゃってね。夜ご飯の残りをお弁当に詰めたりしてね。」
「なるほどね。そういうことも出来るんだ。」
 表面上は和やかに会話をしている。そしてそのまま翔はスタジオへ帰ろうとしたときだった。奏太が携帯電話を手にしてオフィスに戻ってくる。そして翔の姿を見ると、翔に外に来るように促した。
「翔。ちょっと良いか?何だよ。あのメッセージは。」
「なんだって……俺が……。」
「良いからちょっと来いよ。」
 奏太は更にイライラしているようだ。翔のことなので言い負かされたりしないだろうか。そう心配していたが、二人で出て行ったのだ。追いかければ更に過保護だと言われるだろう。そう思って沙夜は先程来たメッセージをチェックする。
 するとそのメッセージに沙夜は絶句した。
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