触れられない距離

神崎

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一人飯

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 昼を少し過ぎた頃に全ての収穫を終えた。大量の大根や里芋を見て、一馬はこれをこの一家で消費するわけでは無いだろうと思っていた。するとそれを辰雄は分け始める。
「一馬。これな。」
「うん?」
「これくらいの大きさと太さくらいのヤツと、大きすぎるヤツ、小さすぎるヤツ。それから形が悪いヤツって分けてくれないか。」
「わかった。」
 里芋も同じ要領で分けていく。沙夜は忍と一緒に鶏を小屋に納めると家の中に入っていった。早速採れた大根で何か作るのだろうか。
「漬物にでもするのか。」
 そう言って二股に分かれている大根を避けると、辰雄は里芋をわけていた。
「うん。形が悪いヤツはうちで消費したり、近所に配ったり。味は変わらないんだけど、売れないんだよ。形の悪いヤツは。」
「売るのか?」
「物産館に持って行くんだ。で、大きすぎるヤツは加工して売るんだよ。俺らが食べるのはこっちで十分。」
「なるほど。」
「お前らも持って帰るのはそっちな。卵も持って帰るか。」
「良いのか?」
「良いよ。でも売り物にならないやつな。鶏肉も持って行くか。」
「気前が良いな。」
「また来て欲しいから。お前は器用だし、言ったことをやってくれるし、そういうヤツは使いやすいんだよ。」
 音楽でもそうだった。自分のこだわりは無く、言われたことを弾いているだけだ。農業なら尚更なのだ。素人なのだから。
「沙夜からはいつも自分が無いと言われている。でも沙夜が居てくれたから、「二藍」の中でも意見を言えるようになった。するとずいぶん楽になったと思う。」
 仕事であれば言われたことを黙ってするだけだ。そこに自分の意思はなくて良いと思う。だが自分が好きなことで自分に責任がある事というのはこだわりたい。だから自分がアレンジした曲は相当こだわった。特に「薊」のカバーはこだわりが強かったと思う。それだけ加藤啓介への想いが強かったのだ。
「それで良いと思うよ。ただそれを沙夜に押しつけるなよ。」
「沙夜に?」
「沙夜がホイホイ言うことを聞くから、調子に乗るなって言ってんだよ。」
「……。」
「惚れた弱みに付け込んだりしたら承知しないからな。あいつだって気が乗らないときだってあるんだし、一人になりたいときもあるんだ。それは沙夜だけじゃ無い。奥さんだってそうだろうよ。」
 まるで娘のように思っているんだな。一馬はそう思いながら、大根をより分けていた。
 その頃、台所では沙夜が大根を千切りにしていた。取れたての大根は水にさらしただけで生で食べられるのだ。これをごま油、塩、醤油なんかと和える。すると大根のサラダが出来るのだ。大根の葉の部分はちりめんじゃこと炒めている。それに醤油を加えてご飯と混ぜ込んでいるのが忍だった。
「大根って捨てるところ無いよね。」
「本当。煮ても良いし生でも食べられるし、葉の部分まで食べられるなんて凄いよね。」
 料理をしていても急に明菜がぐずるときがあるのだ。そんなときには手を止めて明菜の所へ行く。普段なら辰雄が手伝っているのだろうが、今は沙夜が居てくれるので、言ってくれたことをしてくれる。辰雄なら「こうした方が良いんじゃ無いのか」とアレンジを加えてくれて、それが言い風の変わってくれれば良いがほとんどはそこまで期待出来ない。
「羊が前は居たわよね。今日は見かけなかったけれど、どこかへ行っているの?」
「うちで飼われているモノじゃ無いからね。この地域の羊みたいな。だってメルにそっちは違う家だから行かないでって言っても通じないじゃ無い?」
「まぁ。そうね。」
 そもそも獣なのだ。言葉が通じなくて当たり前なのだから。
「大根をすりおろして鍋にするとみぞれ鍋になって凄く美味しいよ。鬼おろしを使ったら結構早くおろせるし、一人ならあっという間に出来るから。」
「そうね。そうやって作ってみようかな。」
 一人だと言うことは忍も知っている。今日収穫したモノも大量にはいらないとわかっているからだ。
「一人暮らしって初めて?」
「そうじゃ無いわね。大学の途中で妹と一緒に住んでいたけれど、それまでは一人。」
「そうだっけ。妹さんが居たんだったわね。」
 炒め終わった大根葉とちりめんじゃこをボウル取り分けているご飯の中に入れる。そして少し醤油を垂らすと、混ぜ込んでいった。
「芹君には言っているの?」
「言ってない。って言うか、言ってもきっと芹は来れないから。」
 そう言われて、忍は手を止めた。思ったよりも沙夜があっさりしているのは、やはり一馬の影響なのだとわかってしまったから。辰雄から話は聞いていたが、実際目の当たりにすると複雑だと思う。芹とは違い、ここに来ても手を繋ぐわけでも無いし、いちゃついているわけでも無い。ただ一馬が来たいというので連れてきたというだけのように感じる。
「寂しくないんだ。」
 忍はそう言って手を動かし始めると、沙夜は切った大根をボウルの中に入れる。
「……複雑だからね。」
 芹と離れたので、一馬とこうしていられる。だがその理由が沙菜というのが沙夜を複雑な感情にしているのだ。
 キスをしていたところを見られて、もう二度としないと言っていた。だから二人が何も無いことはわかっているし、食事へ行っただけだというのは沙夜だって翔と食事へ行くこともあるのだ。翔と沙夜が居ないときには、食事は芹が簡単に作ったリテイクアウトというのも別に悪くないが、たまには外で食事をしたいこともあるだろう。
 だから二人を責めるつもりは無い。ただ目を付けられた人もタイミングも悪かっただけなのだから。
「でも意外には思わなかったな。あたしは。」
「え?」
 すると忍は大根を切り終わった沙夜の方を見て、ボウルを取り出した。
「これに水を張って少し晒してくれる?それからおにぎりを握ってくれないかな。」
「わかった。」
 切り終わった大根をボウルの中に入れると水を入れた。そして少し時間を置くのだ。その間忍は冷凍庫から干した魚を取り出す。それを網に載せて焼いていくのだ。
「辰雄さんとあたしで芹君とくっつけようとしていたけれど、長くは続かないって思っていたし。」
「どうして?」
「芹君は奥手すぎるのよ。」
「……。」
「一緒になりたいとか結婚したいとか言っている割には家を出ることは無いし、沙夜さんだって実家のご両親に挨拶をしたいとは思ってなかったんでしょう?」
「母はどうしてもね。」
「そうやって沙夜さんも逃げているところがあるし。」
「だけど……。」
「沙夜さんは結婚したいと思ってなかったんでしょう。」
「私は事実婚という形だったらしても良かったの。」
「事実婚?」
「籍を入れなければ一緒になっても良いと思ってた。籍を入れたり、結婚式をするとどうしても身内を呼ばないといけないと思っていたし。芹にはいやな身内がいるし、私の所も母親が強烈なのよ。だからそうしたいと思っていたんだけど、芹には理解出来なかったのかも知れないわ。どうしても籍を入れたいと。」
「それだけ不安だったのかも知れないわね。わからないでも無いけど。」
 手を濡らして沙夜はおにぎりを握り始めた。すると居間の方から明菜の声が聞こえる。それがわかって忍は手を洗うとそのまま居間の方へ足を向けた。
 沙夜がここへ来たとき、昭人はもうスタスタ歩いていたし、言葉も単語だけは話をしていた。だからここまで小さな子供が居ることは無かったのだが、忍はフットワークが軽くすぐに明菜の所へ向かう。それだけ耳も良かったのだろう。
 そういえば忍は、押しかけ女房のようにここに居て結婚したと言っていたがそれだけ忍が情熱的だったのだろうか。その辺の話は聞いたことが無い。聞く必要も無いと思っていたのだが、辰雄は結婚は二回目だと言っていたしあまり気楽に結婚したとは思えなかった。
 そもそも辰雄は人間嫌いな一面がある。芹も一馬も表面上は穏やかに接しているようだったが、やはり沙夜を一番に思っているようで二人の接し方は厳しいと思えた。それだけ沙夜を気に入っているのだろう。そして忍もそれに賛同してくれた。だから不倫であるとわかっていても一馬を受け入れてくれたのだろう。沙夜が選んだことだからと。
 もし会社を辞めることがあるのだったらこういう所に居るのも良いかも知れない。その時隣に居るのは誰なのだろう。沙夜はそう思いながらおにぎりを握っていく。
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