触れられない距離

神崎

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バーベキュー

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 夕方ほどになり、マイケルが車に乗ってやってきた。いつもの社用車は白いバンだが、今日乗ってきたのは黒いバンになる。それを見て遥人は不思議そうにマイケルに言った。
「この車も社用車?」
 するとマイケルは首を横に振る。
「いや。これは父親の車でな。マーケットに荷物を運ぶときに使うモノだ。」
「だからか。なんか凄い片付いていると思ってさ。」
 座席はあるが慌てて取り付けたような感じがする。それは普段座席を付けなくて、荷物を運んでいるだけだからだろう。
「運ぶって、どっか倉庫か何かを借りているのか?」
 治が聞くと、マイケルは頷いた。
「ほとんどが輸入品だからな。向こうの国から空輸されたり、船で運ばれてきたモノをあの近くにある倉庫に一時的に入れているんだ。そこから必要な分だけをこの車に乗せて運んでいる。」
 父親は朝早くから豆腐を作る所から初め、それが出来上がったらマーケットの方へ豆腐や荷物を運ぶ。一日営業をして帰ってくるのは夜になるらしい。
「その父親の仕事の都合は大丈夫か。」
 治はそう聞くと、マイケルは首を横に振った。
「明日は休みでな。ちょうど良いから借りてきたんだ。」
 みんな車に乗り込んで、運転席に座る。助手席にはいつもだったら沙夜が乗っているが、今は後ろの席に乗っていた。いつも助手席に乗っていたのは打ち合わせがあったりしたからであり、今はそんなことをする必要は無い。そして今助手席に座っているのは治だった。この国の車は左ハンドルが多いのだが、この車は右ハンドルだ。それに助手席に着いているエンブレムは、治達の車の有名なメーカーのモノでおそらくそこから買ったのだろう。
「結構走っているな。この車。バイクも結構走ってるのか。」
「そうだな。父親はあの国のことはそこまで話をしないが、製品は好きなようだ。だから豆腐なんかは今でも作っているんだろう。」
 バックミラーで沙夜の方を見た。沙夜の顔色は、コテージに送っていったときよりも良くなっている。やはり自分でも言っていたように、疲れていたのだろう。それに一人になる時間が無かった。こうやって一人になる時間も沙夜には必要なのだろう。
 エンジンをかけて車を進めていく。そしてコテージ群を抜けると、いつも行くリーの家まですぐの距離だった。その間、マイケルは治に忠告をする。
「酒を飲むだろうから言っておくが、この車でリバースは勘弁してくれ。父親も好意で貸してくれたんだ。大人なんだから許容範囲はわかるだろう。」
 すると治は笑顔で言う。
「俺は酒が飲めないんだ。最初から飲めないからノンアルで頼むわ。」
「他はどうだ。」
「純はほとんど飲めないかな。飲めないことも無いって位であとは普通くらいか。」
 その会話が聞こえたのだろう。遥人が文句を言うように言う。
「俺が一番普通くらいだろ。翔も飲むことは飲むけどすぐ赤くなるし。」
「俺は顔色だけだよ。」
 つまり翔は代謝が良い方なのだ。だが意識はしっかりあるのだという。
「なるほど。他はどうなんだ。」
 一馬は携帯電話を見ていたが、その会話にふとこちらに意識を向ける。
「普通だと思う。沙夜はざるだな。」
 すると沙夜は口を尖らせていった。
「もう。また酒豪みたいに言って。あなたが普通って言うのもおかしいわ。」
 すると一馬は少し笑ってまた携帯電話の画面を見始めた。そして沙夜も携帯の画面を見る。そろそろ向こうでは朝になってきたのだろう。
 芹は沙夜に言いにくいことをメッセージで送ってきたのだ。直接言ってこない所が芹らしいと思う。もちろん、悪い意味で。良いことは言葉にして言いたいが、悪いことはメッセージで済ませようとしているのだ。
 数日前、沙夜は芹に帰ってきたらどこか旅行にでも行きたいと芹から誘われたらしい。一泊二日で良いから山の温泉へ行こうと言ってくれた。こちらではあまり湯船に浸かる習慣がないので、ゆっくり温泉でも入りたいと思ったのだろう。その心遣いが沙夜のモチベーションになったのだ。
 だが今朝のメッセージに芹は仕事が入っていけなくなったのだという。そのメッセージを見たとき、沙夜は思わずため息を付いてしまった。そしてそれから頭をあのメッセージが過り、暗い気持ちになってしまう。きっとマイケルには気づかれていた。
 こういう事は珍しくない。むしろ一馬とこんな関係になってしまって、都合が良かったのかもしれない。だがそういう考え自体が、自分をまた暗くさせる。
 沙夜はそれを正直に一馬に告げた。すると一馬も同じようなことを思っていたらしい。アルバムのレコーディングが終わったら妻と子供とで三人で旅行へでも行こうと思っていた。お互いに忙しかったし、引っ越しの物件も引っ越しも一馬は手伝えなかったのだ。洋菓子店の人達と真二郎に任せてしまったのも、一馬にとって負い目になる。だから家族でそういう事をしたいと思っていたのだが、一馬の方は奥さんに直接言われたらしい。洋菓子店が再開したばかりで、今は休むわけにはいかないと。旅行はいつでも行ける。だが今は行くときでは無いと。
 同じようなことを二人は言われたのだ。もしかしたら響子も芹も気が付いていたのかもしれないと沙夜は不安になっていた。だから一馬は一度、芹に話を聞いてみたいとメッセージを送っていたのだ。だがそのメッセージの返信はまだ無い。
 仕事を詰めていたし、寝ていないと思っていたのだがそうでは無かったようだ。
 芹も諦めていた所があるのかもしれない。

 リーのスタジオ兼別荘には、中庭がある。玄関を抜けてエントランスに入ると正面にあるのだ。ガラス張りになっていて、芝生があったり花を植えていたりしていた。そして片隅にはケビンが小さい頃に遊んでいたであろう遊具がおいている。もうこういうモノで遊ぶ歳では無いのだが、ソフィアはまだ捨てなくても良いと思っているらしい。つまり次の子供の為に取っているのだ。ライリーはソフィアの姉の子供である為、ソフィアとリーの子供は実際はケビンだけだ。だからもう一人くらい子供が欲しいと思っているのだろう。
 その中庭にはバーベキュー用の鉄板の側で火を扱っているリーの姿があった。これから暗くなるだろうとライトを照らし、薪で焚いている火加減を見ているようだ。
「本当にバーベキューなんだ。」
 遥人はそう言うと、翔は不思議そうに翔に聞く。
「俺らの国でもバーベキューって流行ってるじゃん。それとは違うのか。」
「あぁ、あの河川敷とかでしてるヤツだろ?あれ、どっちかってと焼き肉じゃん。あの鉄板の下は凄いかたまり肉があると思うよ。」
「へぇ。それを切り分けて食べるんだ。」
「そういう事。それにしても何人分だ。結構大きい鉄板だな。」
 するとマイケルは少し笑って言う。
「リー個人のアルバムなんかを制作するときにはもっと多くの人が集まるし、ソフィアがショーの打ち上げをするときにも多くの人が来る。だから大きな鉄板が必要なんだ。」
「なるほどな。今日は少ない方って事か。」
「そういう事。」
 最初にソフィアがパエリアを作ってくれた。そして今はバーベキューをしている。リーはよっぽど「二藍」を気に入っているのか。それとも沙夜としての「夜」を気に入っているのかはわからない。
 それでもマイケルにはまだ話をしないといけないことがある。会社を出るときにキャリーに釘を刺されたのだ。キャリーは出来たアルバムの曲を聴いて判断したことだが、そもそもそういう話はずっと持ち上がっていたのだから。
「あれ?中庭の入り口ってどこだ。」
 純がそう言うと、マイケルは案内してその扉を開ける。中庭は建物に囲まれているとは言っても、どこから人が入るかわからない。だからわかりにくい所に入り口があるのだ。
「……。」
 トングを掴みながら、リーは五人に挨拶をする。そして沙夜にも話しかけた。すると沙夜は礼を言う。リーのお陰で「二藍」史上最高のアルバムが出来たと満足していると。
 するとリーは手を振って言う。
「……。」
 その言葉に沙夜は微妙な表情になる。そして五人を見た。だがリーは悪いことを言ったとは思っていない。
「マジで言ってるのか。」
 純も片言ながらリーの言葉が理解出来たのだろう。するとリーは笑いながら「冗談だ」と言って、またバーベキューの鉄板に被せた蓋を開けて中の肉を見ていた。
「沙夜……。」
 一馬が心配そうに沙夜を見るが、沙夜は首を横に振って言う。
「冗談だと言っているんだから、冗談なのよ。私をこちらの国に呼びたいなんて。」
 あながち冗談では無いのかもしれない。沙夜の作る音を一番気に入っていたのは、リーなのだから。
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