触れられない距離

神崎

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バーベキュー

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 真実を暴露して「夜」が沙夜であることを明かした為、レコーディング自体も沙夜が口を出せるようになった。そのお陰なのかもしれないが一日をおいてレコーディングは終了し、余った一日はそれぞれの時間に充てることになった。余裕を持って計画をしていたのが功を奏したのだろう。
 治家族と翔はテーマパークへ行くという。沙夜達のいる国でも系列のテーマパークはあるが、国によって限定のモノがあり翔はそれを見たいという。テーマパークはアニメ映画のテーマパークで、翔はこのアニメ映画のずっとファンなのだ。音楽も映像も全てが翔好みで、翔が誰よりも一番見たかったのでは無いかと言うくらいだった。沙夜も映画は観たことがあるが、音楽も映像もとても綺麗で特にクラシックをモチーフにしたサイケデリックな映像は時代を感じさせないモノだと思う。翔が好きなのもわかる気がした。
 一馬と純、それから遥人は街の方へ行くらしい。遥人はこの土地で売られている古着なんかを見たいのだ。沙夜達の国で売られているアロハシャツやジーパンは、この国から輸入されているモノが多く、場合によっては相当安値で買えたりするからだ。純は楽器屋やレコード屋を巡りたいと言っていたし、一馬は家族の為のお土産を選びたいのだという。
 それぞれが行きたい所へ行っている間、沙夜はマイケルと共に会社に居た。仕上がったアルバムの曲をキャリーに聴かせたり、この国で発売されるCDジャケットやストリーミングでのパッケージの最終決定をする為だ。
 キャリーはその曲を聴きながら、これはどの世代にも受け入れられそうだと満足げだった。そして沙夜に一つ提案をする。
「レコードですか。」
 最近はCDをわざわざ買わなくても、インターネットで購入することが出来る。だがその一方ではレトロブームと言うこともあり、電気屋ではレコードプレーヤーも見ることが出来る。針もそれに準じて売られていた。それを見てレコードでも売ってみたらどうだろうという提案に、沙夜は面白そうに話を聞いていた。
 悪くない話だと思った。確かに需要は限られるだろうが、クラブなんかで流れる曲はレコード盤が多い。それに本当に音楽好きな人なんかはレコードプレーヤーで音楽を楽しんでいる人だって居るのだ。何にしても発売の幅が広がるのは悪くない。
「向こうで話をしてみます。またリモートやメッセージの連絡になるでしょうが。」
 ちらっとマイケルの方を見ると、マイケルは頷いた。向こうに帰ってからも沙夜との連絡が着くのだと言われて嬉しかったのだ。
「また明日、空港へ行く前にメンバーと挨拶に来ます。色々とお世話になりました。」
 するとキャリーは手を差し伸べてくる。マニキュアの付いていないその手を握ると、沙夜は少し笑う。キャリーには「夜」のことを沙夜自身の口からは言っていないが、キャリーくらいの地位になればわかっていることなのだ。良い音楽を作る女性だとキャリーは内心思っていたらしい。それだけにこの国に留まらないのが惜しいと思っていた。
 沙夜だけでは無い。「二藍」もこの国に籍があれば、もっと花が開くと思っていた。あの国に固執するのはそれぞれ事情があるだろうが、沙夜には少なくとも無いと思う。リーもキャリーもずっとそう思っていた。

 まだ「二藍」のメンツが戻ってくるには時間があるだろう。沙夜はそう思いながら携帯電話の時間を見ていた。そしてメッセージボックスを開くと、またため息が出そうになった。その様子を見てトイレから出て来たマイケルは不思議そうに沙夜に近づく。
「お前はこれからどうするんだ。治達と合流するのか。それとも一馬達と?」
 今までの様子を見ると沙夜自身だったらどちらにも合流しそうに無かったが、一馬がいるので街の方へ行くと言いそうだと思った。家族の居る一馬とは向こうの国で一緒に入れる時間はあまり無いのだろう。だから少しの間でも一馬と一緒に居たいと思うだろうとマイケルは思っていた。だが沙夜は思わぬ事を口にする。
「ちょっとコテージに帰ろうかな。」
「コテージへ?荷造りは明日するんだろう?みんなそのまま夕方にはリーの所へ行くと言っていたのに。」
 今日は夕方ほどにリーの所へ行き、バーベキューをご馳走になるのだ。ソフィアの得意料理はパエリアだが、リーはバーベキューが得意なのだという。玄関のエントランスに入る度に目にしていた中庭にはバーベキュー用の台なんかがいつも見えていて、そこでいつも肉を焼いたり魚を焼いたりしているのが想像出来た。
「少し疲れてしまってね。」
「ふーん……。」
 マイケルはそう言われて、少し違和感を感じた。いつでもパワフルに動いていたと思うし、頭の回転も速い気がした。だが人並みに疲れたりすることもあるのだと思ったのだ。少し人間らしい一面が見えた気がする。
「違う環境にずっと居たからかしらね。」
「土産なんかは良いのか。」
「空港で明日買うわ。」
 恋人が居ると言っていたのに、その恋人には空港で買ったようなモノで良いのだろうか。この女の恋人なのだ。音楽に精通している人か、逆に全く聞いていないかのどちらかだろう。中途半端な男だと言い負かされるのが目に見えるようだ。
「だったらバイクで送ろうか。」
「バイクで?」
「ここの海も見納めだろう。そっちの国とはまた違って見えないか。」
 マイケルなりに気を遣っているのだろう。それがわかったが、沙夜は首を横に振る。マイケルは気を遣っている以外の気持ちも見え隠れしているから。つまり沙夜と二人になりたいと思っているのだ。これ以上、マイケルの気持ちを弄びたくなかった。
「空港は海の側にあるわ。海が見たければそこへ帰りに寄るし、それよりも少し一人になりたくて。」
 そこまで言われれば無理に連れて行こうとはマイケルも思わない。だが少しだけでも自分の我が儘を聞いて欲しいと思う。
「わかった。だったらコテージへ送ろう。バイクで良いか。」
 車を出すのには手続きが必要になる。沙夜一人を送るのに大きな車は必要ないのに使うとなると、面倒なことになりそうだという。その言葉に沙夜は頷いた。
「あなたがそれで良いなら良いわ。」
 そして二人は駐車場へやってくる。マイケルのバイクは駐輪場の中でもよく目立つようだ。赤いバイクは、マイケルの父親が沙夜達の国居たときに購入したモノを譲ってくれたという。だからメーカーも向こうの国のロゴが入っている。
 ヘルメットを手渡し沙夜はそれを付けると、マイケルも鍵を外すとヘルメットを被る。そして輪留めを外すとバイクを動かし、それにまたがるとエンジンをかけた。低めの排気音がする。沙夜も後ろに乗り込むと、マイケルの腰にしがみつくように乗り込んだ。
 その温かさが嫌でも意識させる。そしてこの温もりを離したくないとさえ思えてきた。
 だがこのバイクに乗るのもこれで最後かもしれない。そう思いながらマイケルはバイクを走らせて、コテージの方へ向かおうとした。だが最後だと思うと、嫌でも少し遠回りしたくなる。この温もりを少しでも長く味わいたかったから。沙夜のことを考えれば身勝手かもしれないが、そうしたかったのだ。
 バイクに乗られながら、沙夜もマイケルの気持ちが何となくわかった。だがエンジン音が結構しているので何を口にしてもマイケルの耳には届いていないかもしれない。だがこの風は気持ちが良かった。
 信号で停まると、私服のマイケルとスーツ姿の沙夜の姿にオープンカーに乗った男女が手を振ってくる。こういうところがこの国はフレンドリーなのだ。手を離して沙夜も手を振ると、男がマイケルに何か話しかけた。だが沙夜の耳には言葉はわかっても意味まではわからない。
 英語がわからないわけでは無いが、この土地の言葉はいわゆる訛りが酷いらしい。その上ゆっくり話してくれるわけでは無いので沙夜にはわからないのだ。
 信号が変わってまたバイクが進み始める。マイケルは少し遠回りをしてコテージへ行こうとしているのだ。コテージへ行くだけなら海岸など通らないのに、海が見える。その海岸を走っていると、潮の香りが強くなりそして水面がキラキラと光っているのがわかる。この辺の海はとても透明度が強く、青色が強いのだ。
 泳いだりサーフィンをするのには向いていない。波が高すぎるのだ。そのかわり海産物が良く取れる。ここの魚はとても美味しいのは沙夜でもわかった。
 本当だったらバイクを止めて少し歩くのも良いのかもしれない。だがマイケルはそこを横切っただけでまたコテージの方へバイクを走らせた。
 もしこれが一馬だったら無理をさせてでもバイクを止めたかもしれない。芹なら説得しただろう。これがマイケルの優しさだった。だが沙夜はこの優しさに応えられない。そう思いながら、後ろからマイケルの腰にしがみついている腕の力を少し強くした。
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