触れられない距離

神崎

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バーベキュー

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 大型の書店と喫茶の有名メーカーが提携して作られているこの店のコーヒーは、一馬の奥さんが勤めている洋菓子店が出しているコーヒーと比べることはないが、美味しさの質が違う。美味しさの好みというのは個人が感じることで、それは音楽と同じだと思った。ただこのコーヒーは万人に受けると思う。それにあの洋菓子店のようにケーキやフードにこだわっているわけでは無く、むしろそちらの方はおまけのように感じた。カップケーキやサンドイッチは本を読みながら口に出来るモノであり、洋菓子店のように凝っているわけでは無いのだから。
 頼んだコーヒーを飲みながら、裕太はそう思っていた。そして目の前には芹が居る。芹は作詞家である「渡摩季」としての活動と、「草壁」として音楽ライターをしている。どちらも本名では無いが、「草壁」としての方が顔が知られていた。ライターとしての方が活発に動かないといけないからだろう。この間、裕太が昔組んでいた「Glow」というバンドの事について取材を受けたばかりだ。その事について話があるのだという。
 芹は雑誌をしまうと、バッグからタブレットを取り出した。そして自分の書いた文書を裕太に見せる。
「この間納品した文書なんですけどね。」
「「Glow」の?」
「石森さんから待ったがかかってですね。」
「待った?」
 石森愛は裕太にとっても昔からの知り合いで、そんなことを言われると思っていなかった裕太は意外そうにそのタブレットに目を移す。
「この部分です。」
 海外のフェスに出たことは「Glow」としては無かった。ただ海外での反応も悪くないという担当の言葉を信じて、新曲を持ってヨーロッパの方でライブをしたのだ。
 世界的にはハードロックは全盛期で、裕太も受け入れられると思っていたのだが実際は違ったことを芹には言っていた。
「メディアはこのライブは成功したって事になってるんですよね。でも西藤さんの話だと、批判されていたって……。」
「どこかで聴いた感じのメロディーだとか、俺も散々なことを言われた。それは事実。だけど、メディアにうちの会社が手を回して評判は良かったと伝えておいてくれと言ってくれていたんだ。」
「だからか……。」
 海外の当時の雑誌を見てみると、「Glow」の評判はそこまで良い方では無い。それに芹は引っかかっていたのだ。愛は、この話題には触れない方が良いと忠告してきた。変に昔のことを掘り起こして、メディアを敵に回さない方がフリーのライターとしては仕事を失いかねない。
「「二藍」はすんなり受け入れられて羨ましいよ。」
「ハードロックって時代遅れな所があったと思ったんですけどね。」
「時代は回るんだ。ファッションだってそうだよ。女性のスカートの丈が短いモノが流行っていたと思ったらロング丈が流行る。その繰り返しだろう?」
「そうかも知れませんね。」
 それでもハードロックを貫いて、ずっと活動しているバンドも中にはあるのだ。そういうバンドは、自分たちが作りたい音楽をやっているように見えて進化しているような気がする。それが時代に沿っているのであれば成功してずっと続けていられるのだろう。
「泉さんはそのバランスは凄く良い。」
「沙夜が?」
「自分のしたいことと時代の流れが上手く沿っていてね。あの感覚はどこから来ているんだろうな。」
 その言葉に芹は少し笑う。沙夜を理解しているようでこの男はあまり理解していなかったからだ。
「沙夜のベースはきっとクラシックですよ。」
「クラシック?」
「クラシックってのは流行廃りがほとんど無い。百年くらい前の音楽だって近代って言われてるくらいですよ。ロックで百年なら相当前に感じるのに。それくらい長いこと愛されている音楽ですからね。それがベースなら流行廃りなんて関係ないんじゃ無いんですか。」
 その言葉に裕太は驚いたように芹を見る。そこまで沙夜のことを理解しているのだ。そういえばこの男も「夜」のことを知っていると言っていたし、ずっと「夜」の音を聴いて感じたままの言葉なのだろう。
「そうかもね。」
 ピアノばかり弾いていたと言っていたのだ。ベースがクラシックだと言うことは安易にわかることだったかもしれない。大体沙夜はこの部署に来るまでハードロックなどは聴いたことが無かったのだという。そういった意味では、奏太よりも不利な状況で入ってきたのにもう今は「二藍」の誰からも絶大な信頼を得ているのだ。
「それはそうとして、この記事を扱えないとなるとどうするかなぁ……。」
「今時の音楽業界のことでも言おうか。」
「今はアイドルですかねぇ。アイドルが飽和している気がするし。隣の国の同じ顔をしたようなアイドルとかも人気でしょ?」
「音楽的にはとても良い。それにあれだけ動いているのにあれだけ歌えるのはどれほど体幹がしっかりしているのか、基礎がしっかりしているのか。」
「ダンスってのはやっぱ体を作らないといけないですかね。」
「もちろん。ダンスだけでは無いよ。ボーカリストは確実に声を売りにしているんだから、体作りが基本だろう。その辺は遥人は真剣に取り組んでいるね。」
 その言葉に芹は違和感を感じた。そう思いながらコーヒーを口にして、カップを置くと裕太に言う。
「あのさ。さっきから「二藍」のことを話させようとしてますか。」
「気になるからね。一応上司だし。」
「それだけじゃ無いでしょ?」
 案外性格の悪い男だ。芹と沙夜が付き合っているのは知っているから、今沙夜が居なくていらついている様子を楽しそうに見ているのだ。
「そんなことをは無いけどね。」
「そういう風に見えますよ。良く沙夜から文句言われませんね。」
「いつも泉さんはイライラしているようだ。」
「あんたがその態度だからイライラするでしょうね。」
 その言葉に思わず裕太は思わず笑った。敬語なのにあんた呼ばわりするのは、かなりイライラしている証拠だから。
「まぁ、そう言わない。コーヒーのお代わりは?」
「こっち持ちじゃ無いですか。良いですよ。」
「まぁ、そう言わないで。頼もうか。」
「あー。だったら紅茶に今度はします。」
「紅茶も美味しそうだ。」
 どちらがインタビュアーなのかわからなくなってきた。裕太はそう思いながら、少し笑いながら先程の店員を呼び止めて紅茶を頼む。するとカップを下げてくれた。
「明後日帰ってくるんですよね。順調だったんですか。レコーディング。」
「それは泉さんから聞いていないのかな。」
「あらかたのことは聞いてますよ。順調なレコーディングでは無かったって。」
「そうだね。ゴタゴタしていたけれど、それが俺には返って良かったと思ってる。」
「良かった?」
「本来だったら一ヶ月二ヶ月かけて録音するアルバムを、二週間という短さでしないといけない。だったら集中して詰め込もうとするだろう。それがそうはいかなかった。盗聴器や盗撮器の騒ぎ、コーディネーターが信頼出来る人物では無かったし、水川有佐のこともあったしね。」
 まだ他にもあるが、芹に言って良いのかというのは悩むところだ。個人的に付き合うだけなら良いかもしれない。だがこの男はライターなのだ。いつ記事にするかわからない。一馬のことやモデルの件は、裕太だけの胸にしまっておこうと思う。それにみんなで演奏したあの曲も。
「良くわからない人間をよくコーディネーターに付けましたよね。今のコーディネーターは大丈夫なんですか。」
「心配ないよ。」
 マイケルのことは聞いている。はっきりはしないが一馬の腹違いの兄弟かもしれないのだ。マイケルもその事は表に出されたくないだろうし、いわば一馬がいる限りマイケルは弱みを握られているような状態なのだ。そうしなければ信頼出来ないというのは寂しいと思うが短期間なら仕方ないことだろう。信頼というのはいきなり築けるモノでは無いのだから。
「レコーディングは順調なんですか。」
「今朝のメッセージで全てアップしたとあってね。あとで曲を全部聴いてみようと思っているんだ。嫌でも期待は膨らむよ。なんせリー・ブラウンが手がけているんだから。」
「はぁ……。」
 そんなモノなのか。芹はそう思いながら、運ばれてきた紅茶を受け取った。
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